第1話 The fang to the fang-3


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リューが口を閉ざすと、2人の会話は途切れた。
両者の沈黙の隙間をクラシック音楽が埋める。
サーラは考えていた。
リューの申し出についてである。
抵抗が無いと言えばそれは嘘になるだろう。協会と財団と言えば不倶戴天の仇敵同士である。
「『ハイドラ』のあなたが協会の私と共闘すると言う事ですか?」
やや硬質の声でサーラが問いかける。
リューはそれに対し首を横に振って答える。
「俺はもうハイドラでも財団の人間でもない。その心配は不要だ」
取るに足らない、とでも言うようにリューが言う。
「・・・まだ、もう1つ聞きたい事があるわ」
「言ってみろ」
促されて、口元をナプキンで拭ったサーラが問う。
「あなたは何故、神父を狙うの?」
確かにこの男は『私用』だと先程口にしている。
リューはその問いに対し即答しなかった。彼が自身の会話に間を挟むのは初めての事だ。
「・・・お前は、『紅羽鶏』を知っているか?」
15秒程度の沈黙の後で、リューは返答ではなく問いをサーラに返してきた。
「え? ・・・こ、コウウケイ・・・? いいえ、知りません」
予期していなかった返答にサーラは面食らう。
「紅羽鶏とは、その名の通りに赤い羽の鶏だ。飼育が極めて難しい種だが、その肉の味は雑味が無く濃厚で料理人には重宝されている。そもそも、紅羽鶏の飼育には・・・」
はあ・・・、とサーラは間の抜けた返事を返していた。
リューは紅羽鶏の飼育がどれほど繊細で手間がかかるのかという事を説明している。
しかりサーラは何故話がそんな方向に進むのかまったく理解ができない。
「・・・俺はその紅羽鶏の為に神父の命を奪わねばならん」
突然そう話を締め括るリュー。
(ど、どういう繋がりがあるの・・・!!?)
サーラはそう思ったが、もう諦めて口には出さなかった。
そこを問えば今度はどんな料理の歴史や食材の説明が始まるかわかったものではない。
出会って間もない間柄ではあるが、この短時間でサーラはサーラなりにリューという男について分析している。
嘘をついたりはぐらかしたりするような人間ではない様に思う。
話せない事なら話せないとこの男は多分言うだろう。
だから、サーラはそこまでで自身が得た情報からこの男に協力の可否を答える事にした。
「わかったわ。・・・手を組みましょう。クリストファー・リュー。デュラン神父を倒す時まで」
事によっては、協会で処罰の対象になるかもしれない選択だった。
・・・しかし、サーラは自身や協会の面子やルールよりも、一刻も早い事態の解決を選んだ。
「賢明な選択だ」
そう言うとリューは静かに椅子を引いて立ち上がった。
帰るのだろう。それに倣い、サーラも席から立ち上がる。
「1つだけ、約束しておこう」
出口へ向かいかけて、ふとリューが振り返って言った。
「お前は・・・決して死なさない」
丸きり先程までと同じ、不機嫌そうにも聞こえるぶっきらぼうな一言だった。
それでも、その一言はサーラの胸に残った。


その今を遡る事10日程前、ライングラント王国南方の港町フェインクレスをクリストファー・緑は訪れていた。
フェインクレスはライングラント最大の貿易都市である。
その都市の賑わいや規模は首都シュタインベルグにも匹敵する。
港の一角に巨大な本社社屋を構えるウォン商会。
リューの目的地はここだった。
「お久しぶりですな、ミスター・緑」
応接室にリューを迎え、愛想良く笑顔で挨拶をした男はウォン・イーヒン。
このウォン商会の主だ。
ツェンレン系の半獣人であるウォンは、東洋の衣装に痩身を包んでいる。
「久しいな、ウォン」
握手を交わし、リューがソファに腰を下ろす。
「今日俺がここを訪れた用件は、言わずとも察しているだろう」
「ええ、存じておりますとも」
愛想の無いリューに対し、終始笑顔を崩さないウォン。
両者の表情は対照的だった。
・・・しかし、その笑顔は上辺だけの物。
ウォン・イーヒンはフェインクレス屈指の大企業ウォン商会のオーナーであると同時に、この港町一体の暗部を掌握するツェンレン系マフィアの首魁でもあるのだ。
この港町ではもっとも恐ろしい男と人に言われているし、事実その通りである。
勿論その事はリューもよく知っている。
「鶏の取引の件ですな?」
リューの正面に座ったウォンがニヤリと笑った。
リューの店は長年このウォン商会から紅羽鶏を仕入れていた。紅羽鶏は飼育がとても難しく、扱う養鶏場は全国でも数えるほどしかない。
中でもウォン商会の養鶏場はリューの知る限り最高の紅羽鶏を飼育する養鶏場だった。
「今後は俺個人と取引して欲しい。店に降ろしていた時よりも代金は割高になっても構わん」
リューの申し出に、ウォンは背もたれに深く身を沈めると腕を組んで大袈裟に考え込む仕草を見せる。
「ふーむ・・・さて困りましたな。ミスター・緑、ご存知でしょうが紅羽鶏の飼育にはとても手間がかかるのです。その為、お客様のご要望に応じた数だけを我々も飼育しております。間違っても育ててから引き取れないなどと言う事があってはいかんのですよ。ですから我らは信用ある方としか紅羽鶏のお取引はしておりません」
ウォンの丸眼鏡の奥の細い瞳が鋭くリューを射る。
「ミスター・緑、今のあなたはお店も辞められ、財団の後ろ盾も無い。確かにあなたは長年のビジネスパートナーではありますが、残念ながらそれだけではお取引の約束をさせて頂く訳にはいきません」
「・・・前置きはいい、ウォン。用件に入れ」
腕を組んで目を閉じたまま、リューが言う。
「昨日今日の付き合いではない。お前が断ると決めている話で人と会う時間を割くような男では無い事は百も承知している。条件を言え」
リューの言葉に一瞬ウォンは鼻白んだが、すぐにその顔に笑みを戻した。
「結構。確かに『時は黄金にも勝る』との格言もあります。単刀直入に行きましょうか」
ウォンは懐から1枚の写真を取り出すと、それを応接机の上に置いて指先でリューの方へ寄せた。
「デュラン・パウエル神父です」
リューが机から写真を取り上げて見る。そこには聖職者の出で立ちをした痩せた中年の男が写っていた。
「半月ほど前まで、うちのお抱えで『仕事』をさせてたんですがね。少しばかり・・・こう、血を愉しみ過ぎる傾向がありましてな」
ウォンが肩をすくめる。
・・・組織に所属し、「始末屋」をしていたが命令以外の殺しを繰り返したという事だ。
「その辺諭してやろうと思った所、逆にうちのを何人か殺して逃亡しまして・・・いやはや、お恥かしい限りです」
「当然追っ手は差し向けたんだろう。何人やられた?」
写真から目を離さずにリューが問う。
面子に拘る闇社会の首領が、自らへの造反等と言う大罪を放置する筈も無い。
しかし、それでも自分にお鉢が回ってきたとなると・・・。
「8人です。その中にはうちのNo,1もいましたよ」
ウォンの顔から笑顔が消えた。
その細い瞳の奥には憎悪の炎が燃えている。
「・・・その男、始末してくれれば鶏のお取引させて頂きましょう。お値段もあなたのお店に降ろしていた時の額で結構」
神父の写真をポケットにしまうとリューは立ち上がった。
「この男に関する全ての資料を渡してもらおう」
肯いたウォンが書類封筒を取り出し、リューに手渡す。
「仕事が終わったらまた来る」
そう言うとリューは応接室を後にする。その背を、ウォンが「ご武運を」と頭を下げて見送る。
・・・「適材適所」か。流石に人の使い方というものを良くわかっている。
半ば皮肉を交えてリューはそう思った。
殺しは・・・決して望んだわけでは無いにせよ、料理の次に彼が得意としている事だったからだ。


時計の針を現在へと戻す。
月明かりを受けて、深夜の街をサーラが走る。
リューの姿は見えない。しかし近くにいるのだろう。
いるとわかっているサーラですらまったく気配を感じられない。
その見事な穏形にサーラが内心舌を巻く。
今夜は上手く手掛かりは入手できず、探知は行う事はできなかった。
だから巡回がてら、目ぼしい場所に霊を感知するとサーラへ知らせる魔術の印を付けて周る。
正直、今夜神父との遭遇が無い事は幸運だと言わざるを得ない。
まだ2人は死から蘇ってくる神父の秘密を暴いていないからだ。
とりあえずサーラは今夜宿へ戻ったら協会へ報告を兼ねてその奇妙な能力の解明を依頼するつもりでいる。
アンデッドになる術ならサーラも役目柄いくつか知識として知ってはいるが、完全に殺されて死体を焼き捨てられて尚生きて蘇ってくる術となると皆目見当も付かない。
だが知らぬで済む話ではない。何としても解き明かさねばならない・・・それも、今すぐにでもだ。
街を駆け抜けてサーラが宿に戻る頃には、既に一番鶏が鳴く頃になっていた。
宿に戻り、ドアノブに手をかけたサーラがふと振り返る。
勿論そこには誰もいない。
しかし、サーラはその誰もいない背後に向かって
「おやすみなさい」
そう言うとドアを開けて中に入っていった。
これから彼女は汗を流してわずかな仮眠を取り、また学院へ向かうのだ。


昼休みになった。
サーラ達は学院内の食堂で昼食を取っている。
サーラとメイの他に、級友のモニカとキャロルの4人で1つのテーブルに着いている。
「あー・・・そーいえばサーラ」
おっとりとした声でキャロルがサーラに声をかける。
「何? キャロル」
「サーラって外国の大人の彼氏がいるってほんと~?」
ぐっ、とサーラが食べていたサンドイッチを喉に詰まらせそうになり、慌てて飲み下した。
・・・予想はしていた(それでも動揺はしたが)この質問を浴びるであろうという事は。
だから返事はもう準備してある。
「あーっ、それアタシも聞いた! 何か昨日校門のとこに迎えに来てたって!」
モニカが声を張り上げる。のんびりした雰囲気のキャロルと、活発な印象のモニカは対照的な2人だ。
「違うのよ、モニカ。彼は父が仕事でお付き合いがある人なの。昨日は父と3人で食事をする事になっていて、それで迎えに来てくれていたの」
建前上、サーラは貿易商である父の仕事でこの街へ来たという事になっている。
「えー」と2人は何故かつまらなそうにしている。
「なーんだ、何かサ、すっげー悪そうな人だったからきっとサーラは騙されて遊ばれてるんだとか皆で話してたのになー」
ぶっ、と今度こそサーラは飲んでいた紅茶を吹いてしまった。
そして1回目撃されただけでそこまで言われるリューをやや哀れと思った。
「ほらほら、2人ともプライベートの事なんだからそんな興味本位で首突っ込んだりしない」
メイが言うとモニカが後頭部で両手を組むと椅子の前足を浮かせて天井を見る。
「へいへーい。まったくお堅いなぁ委員長は」
その隣ではキャロルがクッキーを摘んでご機嫌だった。

同時刻。
リューは裏通りの古書店にいた。
老いた店主にリューが用件を告げると、通常客を入れることのない地下へと案内される。
地下にも書棚が連なっている。その細長い大きな部屋の奥では小柄な老婆が居眠りをしている。
リューは老婆に気を払う事無く、手近な書棚から数冊の本を取り出し、その内一冊のページをめくり始めた。
異国の・・・しかも古い言葉で記された書物。
しかしそれはリューにとっては関係ない。共用現代語と同じである。
ペラペラと高速でページが捲られる。まるで流し読みしている様にも見えるが、その内容は全てリューの頭の中に入っている。
瞬く間に分厚い書物1冊を読み終え、次の本を捲り始めるリュー。
気が付けば数時間が経過していた。
リューが一息つくと懐から懐中時計を取り出して時刻を確認する。
求める情報は得られなかったが、今日はここまでにするしかなさそうだ。
そう思い、本を書棚に戻すリューに、横合いからしわがれた声がかかる。
「・・・何をお探しだい?」
リューが声のした方を見る。
奥の老婆がいつの間にか目を覚まし、自分を見ている。
大きな鷲鼻がまるで絵本に登場する悪い魔女を連想させる老婆だ。
「何度殺しても生きて戻ってくる男がいてな。その蘇りの秘密を調べに来た」
まるで狂人か酔っ払いの戯言である。
しかしそれを老婆は笑い飛ばす事無く、興味深そうに何度か大きく肯いた。
「ヒッヒッヒ・・・それだけじゃよくわからないね。詳しくお話し」
そう言うと老婆は座った椅子ごとふわりと宙に浮き上がり、リューの机を挟んだ向かい側にストンと降りた。
「何日も眠り続けその間は絶対に呼びかけても目を覚まさないと聞いていたが・・・今話を聞いて貰えるとは幸運だ。三日月の魔女シフォン」
そう言うとリューは老婆の向かいの椅子を静かに引いて腰を下ろした。


そして月が昇り、人々が眠りに付く時刻になる。
仕事着に着替えたサーラは自分の部屋で待機していた。
机の上には規則正しく同じ模様の描かれた紙が並んでいる。
マーキングしてきたいずれかの場所に霊反応があればこの紙がそれを教えてくれる。
カチカチと時計の秒針が時を刻む音だけが響く室内。
その中でサーラは言いようのない胸のざわめきを覚えていた。
直感が今夜は何かが起きると告げている。
そしてその彼女の勘を裏付けるかのように、机の上の紙が一枚グズグズと黒く焦げて消えていった。
サーラが窓を開け放ち、夜空へ跳ぶ。
音もなく隣家の屋根に降り立つと、そのまま疾走する。
一瞬ふっと月が翳ったと誰かが頭上を見上げた所で、そこにはもう既に誰もいない。
それほどの速度でサーラは走り続けた。
消えた模様の紙の示した場所・・・そこは薄暗い路地だ。
降り立ったサーラは注意深く周囲の気配を伺う。
・・・いる。
コツ、コツと石畳を靴底が叩く音が響く。
その男は路地の奥の暗がりから、ゆっくりと月明かりの下へ歩み出てきた。
「また会えると思っていたよ、お嬢さん」
デュラン神父はそう言ってニヤリと笑うと、横のサーラが記した普通の人には見えない魔術の印を見た。
サーラが表情をやや険しいものにした。
神父は探知の印に気付いていた。その上でわざと霊反応を起こして彼女をこの場に呼び寄せたのだ。
リューは・・・現れない。
今晩はいないのだろうか?
しかしこの場においてはもうそれは関係ない。
元々はこれは自分に与えられた任務なのだから。
サーラが素早く2丁のリボルバーを抜き放ち、神父へと向ける。
2つの銃口に狙われても神父は余裕の笑みを崩さない。
「ここにいては、またいつ無粋な邪魔が入らんとも限らんのでね」
狂気の笑みを浮かべ、神父が飛び立つ大鷲の様にバッと両手を広げる。
「来て頂こうかお嬢さん!! 私の世界へ!!」
「・・・!!」
ガクン、とサーラの身体が大きく揺れた。
いつの間にか足元に黒い染みの様なものが広がっており、まるで底なし沼の様にサーラの身体はそこへ沈み始めていた。
(・・・結界魔術『絶対世界』!!!!)
自身の産み出した亜空間へ対象を引きずり込む魔術。
サーラが自らの迂闊さに内心で歯噛みする。
逃れられない・・・力で抜け出せるものではないのだ。
ずぶずぶと地面にサーラは沈みこんでいき、やがて完全に黒い染みの中に消えていった。