最終話 Fairy tale of courage-7


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しばらくの間、私は立ち上がる気になれずその場に座り込んでいた。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。
鉛の様な身体に鞭打って私は立ち上がる。
そしてふと気が付いた。
・・・足元に、何かが落ちている。
拾い上げてみると、それは道化師の仮面だった。
・・・・・・・・・・・・。
魔女ナイアール・・・彼女はずっと前から私の内側に潜んでいたのだ・・・。

変貌した私は、「ガ・シア」を呼び出して仲間達を退避させている。
魔影の蝶が飛び去った方角へ行ってみると、そう離れていない場所に皆は揃っていた。
意識を取り戻している者と、まだの者がいる。
全員が酷い負傷だ。特に右腕を失った悠陽が酷い状態だった。
それでも気丈に悠陽は私を見ると微笑んで見せた。
彼女は今ヨギに背負われている。
「先生! どうなったのですか・・・あれから」
そのヨギが私に気付いて声を掛けて来る。
ナイアールやガ・シアがどうのと今は細かく説明している余裕は無い。
私は端的に皆を退避させた後でギャラガーと戦い、負傷した奴が撤退していったと説明した。
「あのギャラガーを・・・逃げ出すほどに痛め付けたんですか・・・。流石は先生」
ヨギが感嘆の吐息を漏らした。
そんな彼に曖昧な返事を返すと、私は皆に撤退を指示した。
目的は達成していないがもうそれどころではない。
これ以上ここに留まれば確実に命を落す者が出るだろう。
撤退するなら今しかチャンスはあるまい。
「どっちにしても、もうここには例の博士はいないわよ」
耳慣れた声がして、私たちはそちらを見た。
テッセイの肩に座ったベルがやってくる。ジンパチも一緒だ。
「さっきの場所で一緒に戦ってた黒スーツの仲間が博士を連れてきて一緒に撤退していったわ」
む・・・。
カシム博士は銃士隊の手に落ちたのか・・・。

その時、ふいに周囲に殺気が満ちた。
・・・!!!
音も無く、周囲に無数の人影が現れる。
肌で感じられるほどに濃密な殺意を伴って。
ぐるりと我々を取り囲んでいるのは鬼面の黒衣装の者達。
面も出で立ちも東洋風の匂いがする。
「・・・『六道衆』!!!!」
悠陽を背負ったまま、ヨギが右手に銃を構えた。
リクドウシュウ・・・? 
「財団の強力な暗殺者集団です! 先生、気をつけて!!」
ヨギが叫んだ。・・・やはり財団か・・・!
「マナを使い切ったのは失策でしたね・・・」
顔色の悪いジュピターがフラつきながら呟いた。
背筋が凍りつく。こちらはほとんどまともに戦える者がいない。
・・・護りながらゲートまで撤退しよう。
小声で皆に言う。一同が肯いた。



高いビルの屋上に白いスーツ姿がある。
財団総務部統括者ピョートル・ヴォルグニコフ。
人呼んで「策士ピョートル」
「ンンンフフフフフ・・・さあどうします皆さん、『六道衆』は冷徹な戦闘機械の集団。任務を遂行する上で自らの痛みも死も一切省みる事はありませんぞ?」
「ご機嫌ね・・・ピョートル」
ふいに背後から声をかけられてピョートルがビクリと肩を震わせる。
「これはキリコ殿。ご無事でしたか・・・このピョートル安堵の思いで胸が一杯でございます」
大袈裟に全身で喜びを表現しながらピョートルがゆっくりと振り返る。
彼の背後にはキリコとエトワールがいた。
ふと、そのキリコの出で立ちにピョートルが目をやる。
キリコは傷だらけで、中でも両手の傷は酷く血の滲んだ包帯で覆われている。
「おやおや・・・財団きっての女傑『メデューサ』の異名を取る貴女にしては随分と痛々しいお姿ですな」
ピョートルの言葉にフッと笑ったキリコが髪をかき上げる。
「相手はあのエルンスト・ラゴールよ。この程度の負傷は織り込み済み」
始末したのか、とはピョートルは聞かなかった。
彼女がこの場にいるという事は、即ちそういう事であるからだ。
「・・・にしてもてめー、やっぱ来てやがったな。『本体』じゃねーみてーだけどよ」
エトワールがピョートルを半眼で睨む。
「はっはっはっは! いやいや、これも全ては財団と皆様の身の安全を案じるが故の事! その為この様な姿(式神)にてはせ参じた次第にございますぞ。どうか笑ってお許し頂きたい!」
取り合う気も無いのか、エトワールはそれには返事をせずにビルのフェンス越しに下界を見下ろした。
「『六道衆』まで駆り出してきやがってよ」
「ええ、彼らにはウィリアム・バーンハルト達の追討を命じてあります。必ずや結果を出してくれる事でしょう、ンンフフフフフ」
バッと扇子を開くと、それで口元を覆ってピョートルが笑う。
「それはよいのだけど・・・」
キリコが口を開いた。
「随分下の方にも展開してるみたいじゃない・・・? 特に、『エンジンの周辺に』」
ピタリとピョートルの笑い声が止まった。
この居住ブロックの真下には、『始まりの舟』の全8基のエンジンの内の2基が存在している。
ピョートルは六道衆をそのエンジン部分にも放っていた。
・・・その目的は・・・。
「物騒ね・・・『もしも』ここの足元の2基のエンジンが爆破でもされれば真上の居住ブロックは何もかも残らずに爆砕して消滅するでしょうね・・・」
キリコがピョートルを見て微笑んだ。・・・とても優しい微笑みだった。
「よく伝えておいて、お面のコたちに。・・・エンジン部分は『火気厳禁』だってね」
そう言い残すとキリコはエトワールの開いたゲートに入り、2人で消えていった。
2人が消え去った後、ピョートルは暫くの間無言だったが、やがて静かに口を開いた。
「・・・不知火」
「御館様のお側に」
ぼう、とピョートルの斜め後ろに翁の面が浮かび上がる。
「爆破部隊を呼び戻しなさい」
「・・・御意に」
そして現れた時動揺に、フッとかき消すように翁の面は唐突に消えた。
「やれやれ・・・やはり最後に私の前に立ちはだかるのは貴女ですか、キリコ」
感情の無い乾いた声が、ピョートル以外誰もいなくなった屋上に響いた。



動けない者、満足に戦えない者を庇いながらウィリアム達はゲートへと撤退していた。
襲い掛かってくる『六道衆』は一人一人が恐ろしい手錬で、尚且つ絶妙の連携で襲い掛かってくる。
数名を切り伏せたが倒れていく時ですら一言の悲鳴も発する事は無い。
そして漸く六道衆の攻撃が途切れた時、ウィリアム達は水晶洞窟へと戻る転移ゲートへと辿り着いていた。
早速ベルがゲートにあるコントロールパネルを操作する。
「・・・!! ダメよ、動かないわ!!」
振り返ったベルが切羽詰った声を出した。
「どういう事だ!?」
焦って問うウィリアムに、ベルがコントロールパネルを指す。
そこには『エネルギー不足』を示す赤い文字が点滅していた。
「マナの供給が断たれちゃってるの。・・・あそこだわ」
ゲートから伸びている太いケーブルが、20m程離れた場所で無残に断ち切られてしまっている。
「む・・・あの位であれば我輩がどうにかできそうだ。行こう」
そう言ってクラウス伯爵がベルの工具箱を受け取る。
「伊達に10年もこの手の施設で暮らしてきたワケではない。・・・何が起こるかわからん。諸君らはそこを動かんでくれたまえ」
そう言って伯爵は身軽にゲートを飛び降りると切断されたケーブルに走り寄った。
しゃがみ込んで復旧作業をする伯爵をウィリアム達が見守る。
その伯爵の影の中から、何かがズルリと這い出してきた。
黒装束に能面。出で立ちは先程までの六道衆達と酷似しているが、面は鬼面ではなく髭面の怒る男の物だ。
・・・伯爵の背後に姿を現した仮面の怪人はテラーだった。
「伯爵ーッッッ!!!!」
ウィリアムの叫びと同時に伯爵が背後の殺気に気が付く。
しかしその時には既に遅かった。
・・・ドスッ!!!!!!!!
背後からテラーの手刀が伯爵の背を刺し貫き、腹へと抜けた。
「ぐぶッッッ!!!!」
伯爵が赤黒い血の塊を吐き出す。
身体を串刺しにされながらも伯爵が背後の異形に向けて鋭い肘打ちを放った。
ドガッ!!!と肘はテラーの面に炸裂し、右目周辺を砕いた。
しかしテラーは怯まない。
「伯爵!!!!!」
ウィリアムと数名が彼の元へ駆け寄らんとゲートの縁に手をかけたその時、伯爵の燃える双眸が彼らを射抜いた。
「来るなーッッッ!!!!!! 致命傷だ!!!!!」
雷喝され、ウィリアム達がビクッと動きを止める。
「・・・男の別れに、言葉はいらん。・・・そうだろう・・・? ウィリアム君」
血で汚れた口元に凄絶な笑みを浮かべると、伯爵が断ち切られたケーブルの端を左右の手でそれぞれ握る。
「ぬおおおおおおおお!!!!!!」
最後の力を振り絞り、伯爵が全身からマナを迸らせた。
自らの身体を経由させて、ゲートにマナを送り込む。
その瞬間、ゲートは起動しウィリアム達は転移していった。
それを見届け、伯爵が両手のケーブルを手放す。
マナ流に当てられ痙攣していたテラーは、自由を取り戻すと伯爵の身体から突き刺さったままの右腕を引き抜きにかかった。
その手首を伯爵が掴み止める。
「おっと・・・! シェイクハンドだよムッシュ・・・そう邪険にするものではない・・・」
もう片方の手で上着の内ポケットから小さな黒い箱の様なものを取り出す伯爵。
「ノーブル・ボム・・・貴族としての嗜みだよ・・・」
肩越しにテラーを振り返って伯爵がニヤリと笑う。
「さらば我が友・・・我が家族たちよ・・・」
伯爵が静かに目を閉じる。その手からスイッチの入った爆薬が落ちる。
「・・・良き・・・旅であった・・・」
次の瞬間、閃光が走り周囲に爆音が轟いた。


ウィリアムは伯爵の犠牲で水晶洞窟へと戻ってきた。
しかし悲しみに暮れる暇も無く、ここでも待ち伏せしていた六道衆達と激しい死闘を繰り広げなければならなかった。
通路を抜け、皆傷だらけになりながら最下層の大広間へと戻ってくる。
そこはラゴールやELH達の激戦の余波で酷い状態だった。
抉られた床に足を取られないように気をつけながらウィリアム達は必死に撤退する。
その間にも六道衆達の激しい追撃は止む事は無かった。
「・・・・・・・・」
最後尾を並んで走っていたのはエリスとDDの2人だった。
皆が大広間を抜けるのを確認すると、DDはふっと足を緩めてそのまま立ち止まった。
「・・・DD?」
それに気付いてエリスも立ち止まって振り返る。
「ね、えりりん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「どうしたの? こんな時に・・・」
DDはいつもの笑顔で笑っていた。
普段いつも皆に見せる、明るく少し子供っぽい彼女の笑顔で。
「これからは私の分まで、ウィルの事・・・大事にしてあげてね」
「・・・え?」
一瞬、エリスはDDが何を言ったのか理解できなかった。
トン、とそのエリスの胸をDDが軽く突き飛ばす。
エリスがよろめいて数歩後ずさった瞬間、目の前の広間の入り口をゴォン!!!!!という重たい大きな音と共に分厚い氷壁が覆った。
「!!!! DD!!!!!」
氷壁に取り付いてエリスがバンバンと手で叩く。
「馬鹿な事やめて!!!! ここを開けてッッ!!!!!!」
エリスが泣き叫ぶ。
しかし氷壁はびくともしない。


氷壁を展開すると、DDはドンとその壁に背をつけてもたれかかった。
ふう、と深く息を吐き出す。
残った魔力の大半を込めた。
この壁は当分の間破れまい。
その彼女を、遠巻きに六道衆が取り囲んだ。
(最期の場所がこことか・・・)
大広間を見回してDDが小さく苦笑した。
ここは、自分が10年もの間幽閉されていた場所だ。
(これもあいつの呪いかなー)
コツン、と靴底が床を叩く音がDDの意識を現実へと引き戻す。
六道衆は足音を立てない。
それ以外の者が来たのだ。
「仲間を逃がす為に1人で残ったのか・・・」
出てきたのは赤い髪の女性だった。
「馬鹿だな。・・・まあそんな馬鹿は嫌いではないが」
表情を変えずにそう言うと、女性がかざした掌の上に赤い光を生み出す。
ピッ!とその赤い光が空間を走る一筋の線となった。
音も無くその細く赤いラインはDDの腹部を刺し貫く。
「!!!! ・・・こふっ!!!」
DDの吐いた血が足元にぽたぽたと散った。
「だが手加減はしてやれない。財団総務部のエウロペアだ。お前を殺し、彼らを追う」
エウロペアと名乗った赤い髪の女性は再度右手を上げてその指先に小さな赤い輝きを灯した。