第16話 戦士達の厨房-4


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「ラーメン天龍」アンカー支店。
そのオーナー、サムソン・オハラは上機嫌であった。
アンカーに店を開いてから一ヶ月ほど、その間の客の入りと売り上げは当初の予定をやや上回って順調だ。
このペースで行けば数ヵ月後にはアンカー2号店を出せるかもしれない。
売り上げデータを眺めて悦に入っていたオハラの元に部下がやってきた。
「オーナー、例のラーメン屋が何か新しく始めたようですが・・・」
「ん? ああ、向かいの並びの小さな店か。慌てて巻き返そうとしてるんだろうよ。水着の次は何だ?やらせておけ、どうせ何をやったって無意味だ」
オハラが鼻で笑う。
「うちは席数でも値段でも向こうとは比べ物にならん。オマケにポイントカードとかサービスも豊富だ。あんな個人経営の店が太刀打ちできるものか」
口ではそう言ったものの、昼食時が終わり店が少し暇になったあたりでオハラはラーメンいぶきを少し覗いて見る事にした。
なるほど、店舗の前に数人がいて看板を眺めているようだ。
(新メニューか・・・奇策では無く今回は正攻法できたか)
店の入り口脇に大きな看板が出ている。
そこには「究極の味噌ラーメン『龍皇』 一日5食限定!!」と大きく記されていた。
(一日5食? ・・・ずいぶんともったいぶったものだな)
さらにその看板の下、値段の部分へと目をやったオハラは思いっきりズデーン!!と往来でスッ転んだ。
「・・・にっ、360クラウンだと!!! アホかあ誰がラーメン1杯にそんな金出すんだ!!!」
ガバッと立ち上がりつつ叫ぶオハラ。
「しょうがないんだよ。材料の確保のための人件費考えるとこれでも赤字なくらいなんだよ?」
上から声がかかって、座り込んだままオハラが見上げる。
キリエッタが見下ろしている。
「・・・けど味だけはホント、値段以上さ。どうだい?社長、食べてってよ」
ハッ、と嘲笑してオハラが立ち上がった。
「面白い・・・では1杯食べていくとしようか。下らんものを出してきたら詐欺のぼったくり店だと吹聴してやるぞ!!」

キリエッタに促されてオハラがラーメンいぶき店内に入った。
「てんちょー、龍皇1杯ー」
キリエッタがカウンターの勇吹に声をかける。
「まいどー! 龍皇入ります!」
そう言って勇吹が麺を湯がいて振りザルを手に取った。
「・・・・・・!・・・・・・・」
その瞬間、周囲の「音」が消えた。オハラはそんな気がした。
「・・・・・ラーメンは湯切りが命。『飛燕』!!!!」
衝撃波で店内の窓ガラスが割れた。
(何だ!? 何で窓ガラス割るんだ!? パフォーマンスなのか・・・!!??)
混乱したオハラが目を白黒とさせる。
そして店外からは
「あー、先生がー!!」
「大丈夫ですか! 先生!!!」
と叫び声が聞こえてくる。
「あーあー、やっちまったよ・・・」
頭を抱えたキリエッタが店の外へ駆け出していった。
「すいませんねー。食事時はこの店の窓の近くは歩かないようにって看板出してるんだけど・・・」
ペコペコと頭を下げて謝罪するキリエッタの肩を大きな手でグッと掴むと、「その男」はやんわりと彼女を脇へとどかして店内へ入ってきた。
「問題ありません。・・・御免」
紋付に袴姿のがっしりとした体格の初老の男だった。
白髪の混じった長髪をオールバックにしている。
・・・が、今はガラスの破片まみれで血まみれである。
(・・・げええ! あの男は!!!)
和服の男を見たオハラが驚愕して内心で飛び上がった。
(世界料理者協会の重鎮、武蔵山藤十郎!!!!)
「究極の味噌ラーメン・・・頂こう」
ガタリと椅子をならしてテーブルについた藤十郎がそう注文する。
周りの取り巻きの男達はどうやら弟子たちに記者にカメラマンの集団であるらしい。
席に着く藤十郎にフラッシュがいくつも浴びせられ、記者たちはひっきりなしにメモにペンを走らせている。
藤十郎はぱっぱっとガラス片を手で払うと
「・・・妥協の無い湯切りや良し」
と低い声で呟いた。

やがてオハラと藤十郎、それぞれの前に丼が出された。
濃厚な味噌のスープの香りが鼻腔を擽る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もう匂いで十分にわかる。
このラーメンは・・・旨い・・・・。
オハラは箸をつける前に自分でも気付かない内に涙していた。
一方の藤十郎は、「頂きます」と手を合わせて割り箸を割り、湯気の立つ麺を一気に啜った。
見事な食べっぷりに取り巻きの男達から「おお」という歓声が上がる。
そのまま一息もつかずにスープまで飲み干した藤十郎がゴトリ、と空の丼をテーブルに置いて「ご馳走様でした」と言う。
「・・・せ、先生、如何でしょう・・・・」
記者の1人がメモを手にそう藤十郎に声をかけた。
うーむ・・・としばらく目を閉じていた藤十郎がやがて口を開く。
「麺のコシ、スープのコク・・・そして具材との調和、全て完璧。加えて雑然としているようでよく手入れの行き届いたどこか郷愁を感じさせる店内、ついでに店員のギャルの色っぽさ、申し分無し」
「ギャル言うなギャル」
キリエッタが半眼でツッコんだ。
ガタリと椅子を鳴らして藤十郎が立ち上がる。
「この武蔵山藤十郎が五ツ星を差し上げよう!!!!」
記者たちがわあっと沸く。
鳴り響くシャッター音と降り注ぐフラッシュの光の中で、勇吹は照れくさそうに頭を掻いていた。

「至福の時を過ごさせて頂きました」
勇吹に向かって藤十郎が頭を下げた。
「いやー、そんな。よかったらまた食べにきて下さい」
自慢のラーメンを褒められればやはり嬉しいのか、珍しく勇吹も上機嫌だ。
「・・・ラーメンに此れほどの幸福感を貰ったのは、人生で2度目の事です。貴女ならば、あるいは『彼』のラーメンを超えることができるかもしれませんな」
勇吹の表情がスッと引き締まった。
「その『彼』の名前を」
藤十郎が肯く。
「彼の名は、クリストファー・緑(リュー) 中央大陸最高の外食店『大華飯店』の総支配人」
クリストファー・緑、その名を記憶に刻み込む勇吹。
「・・・・通称、『神の舌を持つ男』」




中央大陸、ツェンレン王国。
その南部に位置する大都市『瑞陽』
瑞陽最大の建物が「大華飯店」であった。18階建ての巨大なタワー型の建物だ。
世界最高と評される外食店。世界中から美食を求める客が連日この大華飯店を訪れる。
ここはフロア毎に客層が異なる。
ここの最高責任者であるクリストファー・緑は7階にいる。
7階が彼の取り仕切るフロア。この階で食事ができる客は政界や財界、一部の著名人等超VIPばかりである。
たった今終えたばかりの料理を、給仕が客へと運んでいく所を見送った緑に、背後から部下が声をかけた。
「お聞きになられましたか。シードラゴン島の例の味噌ラーメンに、協会の武蔵山藤十郎が五ツ星を出したそうです」
「シードラゴン島か・・・」
緑が瞳を閉じてしばし沈黙した。
その脳内をデータが駆け巡る。まるで方程式の様に「最高の味噌ラーメン」という解に向かってレシピが組みあがっていく。
「材料は・・・道連れワカメ、弾丸モロコシ・・・」
やがて瞳を開けた緑は次々に食材の名前を口にしていく。
「レシピをご存知なのですか?」
「いや・・・あの島で採れる素材で最高の味噌ラーメンを作れと言われたら、『俺ならばそれを選ぶ』という話だ。その料理人が紛い物でないのなら、俺と同じ結論に辿り着くだろう」
一度も訪れた事の無いシードラゴン島で入手できる食材を、緑は完全に脳内に納めていた。
「いずれも極上の素材ながら、それぞれに味の個性が強すぎる。並の料理人に渡した所でまともな料理には仕上がるまい。主役だけを大量に舞台に上げても演劇が成り立たんようにな」
だが・・・と緑は一度言葉を止めた。
「だが、もしも熟達した腕の料理人が、素材の個々の味を殺すことなく丼の中に調和させる事ができたのなら・・・最高の一品がそこに生まれる」
そこへ別の部下が足早に近づいてくる。
「緑大人・・・件の味噌ラーメンのレシピが届きました」
言いながら緑へメモを手渡す部下。
そこには先程緑が口にした通りの素材が並んでいる。
「・・・どうやら本物だったようだな。・・・む」
緑の目がメモの一点に留まる。
1つだけ、自分のチョイスと異なる材料があった。
(・・・八ツ裂き葱の油を使ったか。俺なら暴君軍鶏の脂を使う。・・・だが・・・)
緑の口が微かに笑みの形に歪んだ。・・・それはとても珍しい事だった。
(これはこれで有りだな。・・・面白い)
そしてそのメモを手渡してきた部下の手に戻す。
「すぐそこにある食材を準備しろ」
部下が壁にある装置をカチャカチャと操作すると、壁が開いて巨大な水槽がゆっくりと迫り出して来た。
コツコツと靴音を鳴らして水槽に近づく緑。
「・・・緑様!迂闊に近づいては・・・」
部下がそう静止の声を出したその時、水面から何本もの道連れワカメが緑に襲い掛かる。
それを緑はまったく動じる事無く片手で受けた。
緑の右腕に何本ものワカメが巻きつく。
「・・・・・フンッ!!」
そして一息にそれを引き千切る緑。
包丁を入れて切り分けられたワカメが調理台に並ぶ。
そして緑は他の食材も同様に手早く捌いていく。
そのあまりの手並みに、部下達は呼吸も忘れて見入った。
平ザルを手に取り、麺を煮立つ鍋から引き上げる緑。
・・・湯切りだ。
「・・・・・『崑崙』」
ふわりと優しく平ザルを振る緑。
まるで力を入れたように見えない、ゆっくりとしたスイングだった。
しかしそれは見た目だけだ。
周囲で見守る部下達はそこに発生したエネルギーの巨大さを知っている。
(・・・いかん!!近すぎ・・・)
そう思った部下が退避しようとした時には既に遅かった。激しい眩暈を感じて部下達がその場に膝を突く。
周囲に起こった急激な気圧の変化に身体が変調を訴えているのだ。
「・・・喜びのあまりつい力を入れて振りすぎたか」
立ち上がれずに呻いている部下達を見下ろして無表情のまま緑はそう言った。

「龍皇」と同じラーメンの丼がいくつも調理台に並んだ。
その匂いを嗅いだだけで部下達がゴクリと喉を鳴らす。
「・・・フロアの客に振舞ってこい。南海の果てに素晴らしい料理人を見つけた、その祝いだとな」
一礼した部下達がワゴンを押してフロアへと出て行く。
そして緑は丸椅子にドカッと腰を降ろすと自分でも丼を一つ持った。
ズーッと勢い良く麺を啜る。
(・・・美味い。・・・しかし・・・)
緑の眉間に僅かに皺が寄る。
(やはり素材は天然ものでなければ駄目だな。どうしても現地で食す必要があるか・・・)
ゴトッと食べかけの丼を調理代へ置く緑。
「・・・シードラゴン島か。確か霧呼が現地で指揮をとっているのだったな」
急に声をかけられた部下が直立不動の体勢を取る。
「はっ。しかし今は外されておられるようで、代理でエトワール様が」
そうか、と立ち上がった緑が私室へ向かって歩き出す。
旅装を調えるためだ。
「・・・・ではエトワールに連絡を入れておけ。『HYDRA』(ハイドラ)クリストファー・緑これよりシードラゴン島へ向かう。適当な仕事を用意しておけ、とな」
深く一礼する部下が御意を示したその背後で、フロアより緑の「龍皇」を食べた客達の歓声が響いてきていた。