第15話 風の聖殿-5


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柳生霧呼を見る。
彼女はリラックスした様子で微笑んでいる。
攻撃の意思はなさそうだ。
しかし彼女は財団の実働部隊の長。我々とは恐らくこの先も相容れることは無いであろう人物だ。
・・・我々を待っていたというが、何故あなたがここに?
警戒は解かず、まず最大の疑問を口にする。
「ここへは『神の門』の事を調べに来ていたのよ。そうしたら彼が貴方たちがここへ来ると言うから、どうせなら帰りはご一緒しようかと待っていたわけ」
「彼」とはガルーダの事らしい。キリコがガルーダを見てそう言う。
そしてガルーダはキリコの言葉にコクコクと肯いていた。
どうやら嘘は無いようだが・・・。
・・・しかし・・・。
どうして我々と行動を共にしようと? 財団にとっては我々は敵対者ではないのか?
続いた疑問に、キリコは表情から微笑を消すと静かに目を閉じた。
「そうね。実際財団内部には貴方たちを敵視して排除に動こうとする動きもあるわ。・・・私は違うけど」
そう言ってキリコは瞳を開いて再びこちらを見る。
「いたずらに敵を増やすのは賢いやり方ではないわ。私の趣味じゃない。少なくとも現時点で私は貴方達と戦う必要性は感じないしそういうつもりはないの」
むう。・・・確かに、私の友人やアンカーの町に害を及ぼさないというのであれば神の門を狙っているという理由だけで私も財団と敵対するつもりは無い。
そんな事を言い出せば世界中の国々と敵対しなければいけなくなる。
いずれ争奪戦になるのかもしれないが、そもそも私は門の所有者というわけでもないのだ。
「・・・でも」
沈黙した私に代わって声を出したのはベルナデットだった。
「私としては落ち着かないわ。『自分の命を狙っている人間』と一緒に動くのは」
彼女の言葉に仲間達がハッとする。
キリコは笑っていた。そしてベルナデットの言葉を否定しなかった。
「予定は変わったわ。今はこの場にいる全員と敵対してまで貴女の命を取ろうとは思わないから安心しなさいな」
そう言って全員を見回すキリコ。
「どちらにせよ、『誰か1人は』生き残っていいのですものね。私は別にそれが貴女であっても構わない。むしろ、その後の事を考えるのならそれが一番望ましいと思っているわ」
彼女の言う「その後の事」とは、全てが終わって最後の魔人が世に再び解き放たれた時の事を言っているのだろう。
確かにその点でベルナデットは解放された後で何か面倒を巻き起こすような性格とは思えないが・・・。
「ウィリアム先生と組んだ機転もお見事だしね。これで先生は貴女を護って他の魔人達と戦わざるをえなくなったわ。私としてもそれは好都合だし、しばらくは様子を見ているつもりよ」
仲良くしましょうね、とキリコはそう自分の言葉を締め括った。

そんな流れで帰りの輿にはキリコが同乗する事になった。
一同を覆う空気は何だか微妙であり、行きに比べて会話も少ない道中となったが、キリコは1人そんな事はお構いなしに寛いだ様子で流れていく景色を眺めていた。
そして殊更にカルタスは怯えて彼女の顔色を伺っている。
・・・何かあったんだろうか?
「キリコってさー。よくわかんないよね」
その当のキリコにDDがそう言っている。
「どう、わからないの?」
「えー? 色々となんかフクザツじゃん。財団の人間って言うけど、今まで私が見てきた財団の人間とはちょっと感じ違うし、凄く残酷だったり優しくしてくれたりさ」
言われてキリコは少し遠い目をする。
「確かに財団の人間の多くと私は少し違うかもしれないわね。彼らは良くも悪くも合理的だから。・・・でも、時に残酷で時に優しいっていうのは、それはどんな人間でもそういうものじゃない?」
そうかなー、とDDが首を捻る。
「私はいつも自分がしたい様にしてきただけ。これからもきっとそうよ。今は自分がそうしようと思って総帥とエメラダ様に従っているけど」
キリコの口にした名前には聞き覚えがあった。
エメラダ・ギャラガー・・・・財団総帥夫人、か・・・。

そして我々は無事に神都へ戻ってきた。
キリコは3層に宿をとっているらしく、エレベーターを途中で降りて別れた。
4層に戻るなり、バルカンは待ち構えていた神官達に仕事が山積みだと連行されていった。
案内させておいて気の毒だが、まあしょうがない・・・。
我々には他にやらなければならない事があった。
まずキャムデン宰相に我々が遺跡へ向かった事を誰かに話していないか問い詰めなくてはならん。
何もなかった時に大騒ぎにしたくないので、私は皆をバルカンの屋敷に向かわせてベルと2人だけで皇宮へとやってきた。
「先生、お帰りなさい。おお、元の姿に戻られたのですね」
笑顔でアレイオンが出迎えてくれる。
「遺跡はどうでした? 何か収穫でも?」
と、こちらが何か話す前からいきなりそう言われてしまう。
私は内心の動揺を隠しつつ、私達が遺跡へ向かったことは誰から?とアレイオンに尋ねた。
「キャムデン宰相閣下から伺いましたよ。・・・なんでも、猊下とベルの不在で騒ぎにならないようにと4将軍全員に注意を促しただとか」
ぐわ・・・ご丁寧に全員にか・・・。
容疑者の絞込すらできん・・・。
「言ってる内容に珍しく筋が通ってるだけに性質が悪いわね」
ベルも渋い顔をしている。
なんです?と不思議そうなアレイオンを適当に誤魔化すと、私たちは宰相の部屋へと向かった。
聞くだけ無駄かもしれんが、せめて話した後に誰か挙動のおかしかった者がいないか訊ねてみよう。
宰相の執務室の戸をノックして、入室の許可を受けてから中へと入る。
すると、そこには宰相の他にもう1人の人物がいた。
紅の将軍、クバードであった。
「先生、お戻りでしたか。ガルーダの助力を得ることはできましたか?」
クバードが腰を下ろしていた応接用の椅子から立ち上がってそう言う。
私は、ああ、とその問いに肯くと、将軍はどうしてここに?とクバードに訊ねた。
「私は宰相と神都の警備形態を新しくしようと打ち合わせですよ。最近教団の連中の動きも活発ですし、ガ・シアの出現もある。衛士の数を増やして警戒を厳重にしようという話になっているのです」
眼帯の将軍はそう丁寧に説明してくれた。
なるほど、と肯く。
・・・しかし、これではこの場で例の話を切り出すのは無理だな・・・。
「下らぬわ!!! 警備など意味は無い!!! 人々を悪心のままに解き放て!!」
当の宰相は応接机に上がってそこで哄笑しとるし・・・・。
するとクバードがベルの包帯や絆創膏に気が付いた。
「どうした、ベルナデット。どこで負傷した?」
「遺跡で教団の待ち伏せに遭ったのよ。けど大丈夫よ。連中はガ・シアごと撃退したし傷も大したことないから」
ベルが答える。
・・・すると、宰相の哄笑がピタリと止んだ。
・・・・?・・・・
宰相がこちらに背を向けて乗っていた応接用のテーブルから飛び降りた。
「・・・・教団の待ち伏せがあったのか・・・?」
振り向かずに宰相が尋ねた。
そうよ、とベルが肯く。
「・・・そうか・・・」
そう呟いたきり、宰相は黙り込んだ。
私たちは3人で顔を見合わせる。
恐らくは沈黙は1分に満たない間だったろう。
私は宰相の肩がほんのわずかに震えている事に気付いた。
やがてゆっくりと宰相が振り向く。その頬には涙が伝っていた。
そしてその涙を流す視線の先には、赤い鎧の眼帯の将軍がいる。
「・・・クバード、『お前だったのだな』 神皇様の幼馴染であり、4将軍中もっとも古くからその任を務め上げ、誰よりも尊敬されていたお前が・・・。最もありえぬと思っていたお前が・・・教団と通じていたのだな・・・。何故だクバード・・・何故皇国を・・・神皇様を裏切った・・・・!!!」
・・・!?
突然の宰相の言葉に、私とベルは面食らって言葉を失った。
そしてそれは当の将軍も一緒であった。
「・・・突然何を言い出す、宰相。話がまるでわからぬぞ」
やや厳しい表情ながら普段の落ち着いた調子で言うクバード。
「最早言い逃れはできん、クバードよ。彼らが風の聖殿へ向かったことを知る者はお前だけなのだ」
手の甲で涙を拭うとキャムデン宰相が鋭くクバード将軍を睨んだ。
「何を馬鹿な、その事は宰相の口から我々4将軍全員に告げたと言ったではないか」
その通りだ・・・現にアレイオンは私が遺跡帰りだという事を知っていた。
「そうだ、私が4人に話した。・・・しかしだ、告げた彼らの行き先は『4人それぞれで異なるのだ』 アレイオンには南方ビルチアの寺院跡を、カーラには北東メーデの巨石群を、フェルテナージュには南東ダライムの祭壇をそれぞれ行き先として告げた。正しく風の聖殿へ彼らが向かう事を告げたのはお前だけなのだ、クバードよ」
クバードの眉間に皺が寄った。
外気にさらされている左の瞳の光が険しさを増した。
「・・・そして、残る3箇所の遺跡にはそれぞれ信頼できる者を送っておいた。彼らの先手を打って現地へ乗り込んでくる者がいないか見張るようにと・・・そして先程そのいずれに派遣した者からも何ら得るものは無し、と報告を受けたばかりよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クバード将軍は答えない。
私は将軍の四肢が即座に動き出せるように緊張している事に気付く。
「最も可能性が低いだろうと思っていたお前に正しい行き先を告げていたが・・・皮肉にもそれが彼らの身を危険に晒す事となったか・・・」
半歩、クバード将軍が退く。何かやる気だ。
私はベルを庇う様に彼女の前に立った。
「・・・ゴルゴダ!!!!」
クバード将軍の叫びと彼の頭上の天井が踏み抜かれる音は同時だった。
クバードの前に長槍を手にしたゴルゴダが飛び降りてくる。
神剣を抜き放ち、奴へ向ける。ゴルゴダも同時に私に槍の切っ先を向ける。
彼我の距離は4m程・・・互いに手にした武器を突きつけ合い私たちは静止した。
「化けたなウィリアム。それが本当のお前か・・・・予想以上のバケモンだな」
・・・お前にそう言われるのは心外だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
この身体、この力で・・・恐らく互角・・・か。
「どうだ、やれるか? 私は宰相の相手をせねばならん」
背後からゴルゴダにクバードがそう声をかける。
「やれんとは言わんが、あんたの望む手早さでは無理だぜ」
彼らは時間をかけられまい。
この場に長く留まればこちらには援軍がどんどん駆け付けてくるのだ。
「この場で始末できればまだどうにか取り繕い様もあるものを・・・」
忌々しそうに舌打ちするとクバードが右の目を覆う眼帯に手をかける。
「・・・・いけない! ウィル!!!」
切羽詰った声を出すベル。
眼帯の下のクバードの右の瞳の色は左と違う真紅だった。
そしてその赤い瞳が輝く。
・・・・・・・・・・・カルタス!!!!
私の叫びと私の頭上の天井が踏み抜かれるのは同時だった。
私の眼前にカルタスが顔面から落下する。
慌ててその首根っこを引っつかんで持ち上げた。
宰相の部屋を炎が覆う。
私に襟首掴まれたカルタスが力一杯鼻息を吹き、辛うじて迫る炎を押し戻す。
「行くぞ、ゴルゴダ」
「・・・はいよ」
そして渦巻く炎の向こうに2人の男は消えていったのだった。

~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~