第24話 遥かに遠き森の落日-2


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冷たく硬質な無言の時間がオフィスに流れる。
吐息一つ漏らす事も罪深いと言わんばかりに皆固唾を飲んで2人の動向に見入っていた。
「・・・久しぶりね」
パルテリースが静かに言う。
その言葉と穏やかな表情からは彼女が今どの様な心境なのかは窺い知る事は出来なかった。
「あー、こっちはずっと地下牢に繋がれてたからな」
そう言ってパルテリースを見るとジュデッカがニヤリと笑った。
「エミットの墓参りもしてやらなくて悪かったな・・・パルテリース」
・・・!!!!!!
全員が息を飲むのと魂樹が怒声を上げたのは同時だった。
「ジュデッカ!!!!!!」
雷光の速さでジュデッカに飛び掛った魂樹を抱き止めたのはパルテリースだった。
「・・・止めないで!!! パルテ!!!!」
「魂樹・・・いいから」
諭すように静かにゆっくりと言うパルテリース。
今にも自分に掴みかかってこようとする魂樹をジュデッカはニヤニヤと笑って見ている。
「離してやれよ。スキンシップだって」
「ジュデッカも・・・黙って」
堅く魂樹を抱きしめたまま、振り返ったパルテリースがジュデッカに静かに言った。
それに鼻白んだか、ジュデッカはふんと息をついて我々に背を向けた。
「・・・ま、私は引き続き財団の連中を見張るぜ。隙があれば殺ってやる」
おいおい・・・と思わず私は声を出してしまっていた。
するとジュデッカが私を振り返って微笑んだ。
彼女には似つかわしくない優しい微笑みだった。
「先生・・・生温い事言ってられる時期は当に過ぎちまってるぜ。もうこっちは向こうを4人殺ってるんだ」
それはそうだが・・・。
「今の所こっちが撃墜数多いからって、ここで気ぃ抜いたらいっきに食われますよ。アンタは私らの旗印で今は戦争中なんだ・・・その辺よく理解しといてくださいよ、先生」
カラン、とドアベルを鳴らしてジュデッカはオフィスを出て行った。

半刻ほど過ぎて、私の書斎にて。
「いやいや・・・先ほどはお見苦しい所をうちの娘達がお見せしてしまいまして」
ジュピターがそう言って私に湯気の立つコーヒーカップを差し出してくる。
礼を言ってそれを受け取る。
オフィスでの一件の後で、私はジュピターに促されてここへ移動していた。
恐らく話の続きがあるのだろう。
私の机の正面に椅子を持ってきてジュピターも腰をかける。
「・・・さて、では改めて彼女達の話をしましょう・・・。長い話になるのですが・・・」
そう言ってジュピターはしばし目を閉じる。
まるで過ぎ去った遠い日々を思うかのように。
それは本当に長い話だった。
「ジュデッカと魂樹、それにパルテリースとその妹のエミットは全員がエストニア王立『白翼学院』の卒業生です。白翼学院とは士官学校で・・・いわば天馬騎士の養成機関ですね」
その学院の話は私も過去に聞いた事があった。
天馬騎士といえばエストニア軍部の究極のエリート集団である。
当然学院に入る為には厳しい試験をパスしなくてはならないそうだ。
「ジュデッカはそんな学院にあっては異端児でした。成績は優秀でしたがいつも1人で過ごしていて、学院の規則を破る事も多く確かそれで1年留年していますね」
ふむ・・・。
彼女の一匹狼気質な所は昔からか。
「そんな訳でいわゆる『不良学生』として恐れられる事の多かった彼女ですが、彼女を良く知る一部の者達には人望がありました。・・・きっと心を許した者だけに見せる別の顔があったのでしょうねぇ」
先入観や風評を重視する者は多いからな・・・。
「エミット・ローズマリーもそんなジュデッカを慕う者の1人でした。だから卒業後も天馬騎士団へ入らずにジュデッカのいる陸上部隊に志願して彼女の部隊に配属されました」
白翼学院を出て天馬騎士にならない者は極めて少数で異例らしい。
ちなみに他にも数名やはり同じように白翼学院からジュデッカの部隊に配属された者がいるとジュピターが付け加えた。
「当時は・・・エストニアは戦乱の最中にありました。ダークエルフ達が数十年ぶりに活動を活発化させて、大森林で戦火の上がらぬ日はないというほどに・・・」
ダークエルフ族は闇の精霊神を信奉する黒い肌のエルフ達である。
エルフ族とは不倶戴天の仇敵として神話の時代より大森林の支配権を巡って争いを続けている。
「ジュデッカの部隊は新兵も多かったので、比較的安全な地域へ配属されていたんです。・・・しかし、運悪くそこをある日ダークエルフの部隊が強襲しました」
ジュピターの声が苦渋に満ちたものになる。
「そこで何があったのか・・・全てはジュデッカの口から語られた話のみでしか我々は知りようがありませんでした。結果として、襲ってきたダークエルフの部隊は全滅しました。そして・・・ジュデッカの部隊も隊長である彼女を除いて全員が帰らぬ人となりました・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・。
「単身帰還したジュデッカは、『撤退の指示を出したが部下達が遅れた。防衛線を突破される恐れがあったので止むを得ず火を放った』と我々に説明しました。そう、敵兵達もエミット達も全員が炎に包まれて命を落としていたんです」
私はその場にいなかったので何と言ってよいのかはわからない。
もしジュデッカの言う事が全て真実で、防衛戦を突破された結果がより多くの命が奪われる事に繋がるのだとしたら・・・彼女の行いも責められるべきではないだろう。
「その事件により彼女は『味方殺し』としてエストニアの民に忌まれて憎まれる事となりました。軍法会議にかけられた彼女を長老達は味方殺しの罪で幽閉しました。・・・表向きは、です」
含みのあるその言い回しに私は顔を上げてジュピターを見る。
「実際は今回の件の様に、時折彼女は監禁を解かれ『仕事』を与えられてこなしていました。・・・『四葉』に匹敵する実力者ですからね。事件を理由に体よく裏の仕事に回したんですよ」
なるほど・・・。
「色々と腑に落ちない点はあります」
メガネの位置をジュピターが直す。
「まず彼女1人だけが生き残ってきたという点。全員が同じ場所で作戦行動をしていたんです。彼女の言う通り撤退指示に皆が遅れたとはいえ、果たして部隊全員が一人残らずジュデッカよりも大きく遅れを取るなどという事が果たしてあるのだろうかという点ですね」
確かにそれはそうかもしれない。
数名でも彼女と一緒に生存者が出たのであればわかる話ではあるが・・・。
「後は・・・やはりその行いですね・・・。当時の彼女を覚えていますが決して冷酷でも残忍でもありませんでした。その彼女をして自分を慕ってついてきた部下たちを全員敵ごと焼き払うという事が果たしてできるだろうかと」
ふーむ・・・。
しかし彼女が自分で焼いたと言ってしまっている以上はな。
ウソをつくのなら普通は敵にやられたと言う筈だ。自分以外が知り様の無い事でわざわざ自分が味方を焼きました等とウソをつく者もいるまい。
・・・しかし、全ての真実は今や彼女の記憶の中にあるのみか・・・。
結論はそこに至り、我々は揃ってすっかり冷めてしまったコーヒーをすすったのだった。


アンカー7番通り沿い、ソル重工業アンカー工場。
この町でも屈指の広大な敷地を持つ大工場である。
ソル重工業は財団系の企業である。現在この島に滞在している財団の主要人物は先日から本拠をここへ移していた。
その最奥部、工場には似つかわしくない豪華な貴賓室にエトワール、霧呼、シュヴァイツァーの姿があった。
「どうだこの施設は・・・あの一流ホテルの待遇にも劣るものではあるまい。感謝して滞在しろお前ら」
ワイングラスを手に自慢げにシュヴァイツァーが胸を反らした。
ソル重工業はシュヴァイツァーの管轄化、財団軍事部の企業である。
「オメーがそう言う事のたまうだろうと思ったから、うちらはホテル暮らししてたんだっつーの」
うんざりした様にエトワールが言う。
「ホテルのセキュリティなど信用できるか。我々は機密任務に就いているんだぞ。・・・ここならば問題は無い。ここの警備は要塞並みだからな」
フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らしてシュヴァイツァーがエトワールをジロリと睨んだ。
するとそれまで無言だった霧呼がふと視線を斜め上あたりに泳がせる。
「でも・・・ネズミが入り込んでいるみたいよ」
霧呼のその言葉に、2人が彼女の顔を同時に見る。
途端工場の施設内にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
「・・・賑やかなこって、運動会ですか今日は?」
エトワールがシュヴァイツァーを見て意地悪そうに笑う。
慌しく貴賓室のドアがノックされ、ジーンが入ってきた。
「失礼します。・・・シュヴァイツァー様」
そしてシュヴァイツァーに顔を寄せて何事か小声で報告するジーン。
シュヴァイツァーの表情に険が増す。
「・・・賊だ。先日我々が遺跡から持ち帰ったメモリークリスタルを奪取された」
苦々しく言うシュヴァイツァー。
「おいおいおいしっかりしてくれよな要塞並みの警備体制」
半眼で文句を言いつつ、エトワールが霧呼を振り返った。
「『ハイドラ』行かせるよキリコ、いいよね?」
言われて霧呼がふふっと笑った。
「・・・心配しなくても、もう出ているわ」

物々しく武装した警備兵達が走り回っている。
その目を掻い潜るように、物陰をジュデッカが音も無く駆け抜ける。
彼女の手にはアタッシュケースがあった。
その中身が遺跡より回収されたメモリークリスタルである事を彼女は承知している。
首尾よくそれを盗み出した所まではよかったが、そこからがよくなかった。
侵入者警報からの兵達の展開は彼女の予想を遥かに越えて早かったのだ。
(・・・チッ、良く訓練されてやがるぜ)
舌打ちしてジュデッカが身を隠す。
(仕方ねぇ・・・少し荒っぽく脱出するしかなさそうだな)
ジャケットの内側、左脇に下げられたホルスターからジュデッカがリボルバーを抜く。
「・・・ええい、銃は好かぬわ!!! 御主も武器なら刀にせい!!」
「・・・!!!!!!」
突然頭上から声をかけられてジュデッカがそちらを見た。
向かい合った建物の屋根にしゃがみ込んで巨漢の和装の男が彼女を見下ろしていた。
「ハイドラ、リチャード・・・」
「強さと美しさを兼ね備えた究極の武器よ・・・和刀とはなぁ」
ザン、と目の前にリチャードが飛び降りてくる。
リボルバーを構えるジュデッカに、次は横合いから声がかかった。
「1人か? そのクソ度胸は買うてやるが、運が無かったのォ」
大龍峰が右からゆっくりと出てくる。
ハイドラきっての巨漢2人にジュデッカは挟まれる形になった。
「ハイドラがお2人もねぇ・・・少々サービスが過剰だぜ」
「それは違うな女」
リチャードが口の端を笑みの形に歪めた。目には狩猟者の鋭さを秘めたままで。
「・・・我ら今日は『3人』よ」
バッとジュデッカが左側を向いた。
杖を手にしたツカサが立っていた。
ジュデッカと視線を合わせたツカサが無言で会釈する。
三方からジュデッカへ向けてハイドラ達がじりじりと距離を詰める。
「悪いがこっちも何人も殺られとるでのぉ。今日は手加減はしてやれんわい」
大龍峰が上着を脱ぎ捨てた。
ふーっとジュデッカが長めの息を吐く。
その頬を冷たい汗が一筋伝った。