第23話 黒い月光-3


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ラーメンいぶきでのちょっとした騒動より1夜明けて、私はセシルを出迎える為に港に来ていた。
何でハイドラの男がやたらと美味いラーメンを作るんだ、と思ったら後でジュピターに聞いた所そもそもがクリストファー・緑という男は料理人であるらしい。
ハイドラの方が彼にとっては副業なのだ。
自身の要求する環境と具材を財団が常に提供し続けるという条件で彼はハイドラになったそうだ。
料理を・・・ラーメンを作る為にハイドラをしている男か・・・。
何とも変り種である。
ラーメンの味で敗れて落ち込むイブキも心配ではあったが、私は個人的には今自分より腕が上の存在がいるという事実はその人間にとってはむしろプラスだと考えている。
それにイブキはそんな事で潰れてしまうような弱い人間ではない。
これを乗り越えて、彼女が更に美味いラーメンを作る日が来るのだと、そんな事を夢想してみた。

太陽が頭上真上よりやや西へと傾いた頃に、水平線に船影が見えた。
・・・あれかな?
来る途中港湾局へ寄って調べてみたが、この時間帯に到着する客船は無かった。
個人所有の船舶か協会の船舶で来たのだろう。
間も無く船が着港する。
タラップが渡されるなり、いきなり担架が2つ足早に港へ降りてきた。
先頭の担架には健康そうに日焼けした体格のいい男が乗せられている。
ただこの男・・・毛髪は元より眉毛も睫毛も無い・・・。
男は死人の様な顔色をして、ひゅーひゅーとか細い息を吐いていた。
「・・・ダメだ・・・もう俺はダメだ・・・」
うわごとの様に呟いている。
「しっかりしてください社長! ただの船酔いなんスから! もう陸地っスよ!」
担架を担いでいる若い船乗りがそんな事を言っていた。
社長と呼ばれた無毛の男が担架の脇に付き添っている船乗りの方へ震える手を伸ばす。
「・・・いいか・・・ナッシュ・・・俺にもしもの事があったら・・・次のオルブライト海運の社長はお前だ・・・いいな・・・」
「馬鹿な事を言わないで下さい、社長・・・」
ナッシュと呼ばれた船乗りが両手でしっかりと社長の手を握る。
その瞬間、ナッシュの毛髪がズバババババババババババッッと凄まじい勢いで空へと向かって射出された。
「うわああぁぁぁあ俺の髪の毛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!! ハゲたぁ俺ハゲたよー!!!!!!!!!!!!」
スキンヘッドになってしまったナッシュが泣き叫んでいる。
・・・何なんだこれ一体。
続く2つめの担架にはエルフらしき女性が寝かされていた。
担架はテンガロンハットの青年とサムライ風の男が担いでいる。
「・・・さあ早く彼女の国の関係者に引き渡してしまいましょう! 眠ったまま放置するとどこへ行ってしまうかわかりませんから!」
テンガロンハットの青年がそう叫び、足早に担架は町中へ消えていった。
・・・何なんだあれも一体。
「・・・・・・・先生!!!!!」
聞き覚えのある声に名を呼ばれ、私は船を見た。
甲板にセシルがいた。
半年前にこの港で別れた時とまったく変わっていない。
やあ、と私は片手を上げて彼女に挨拶する。
「・・・先生・・・」
セシルが船の縁に足をかけ、空に舞った。
・・・・むあ!
恐らくその必要は無かったのだろうが、慌てた私は彼女を抱き止めた。
無茶をするなぁ・・・タラップで下りればいいのに・・・。
「・・・先生、色々あったわ。あれから色々あって・・・」
私に抱きついたまま、セシルがそう呟く。
その先は言葉にならなかった。
・・・そうか。
優しく彼女の頭を撫でる。
落ち着くまではこのままでいようか・・・。
5分ほどその体勢のままで動かなかったが、やがてセシルが私から離れて顔を上げた。
「泣きそうになっちゃったけど、我慢したわ。会うなり涙でぐちゃぐちゃの顔見られたくないし」
照れ笑いの様な表情を浮かべるセシルに私も微笑む。
気持ちは落ち着いたかね?と尋ねてみると彼女がしっかりを肯く。
じゃあオフィスへ案内しよう。
「あ、先生・・・私・・・言いにくいんだけど」
実はもうセシルの部屋も準備してもらってあるんだ。女性スタッフが多くてね。
君と同じ年毎の娘も多い。仲良くやってくれると嬉しい。
「・・・!!」
目を丸くして私を見るセシル。
君が望む間は、うちにいてくれて構わんよ。
みるみるうちにセシルの瞳に大粒の涙が溜まる。
「・・・流石に2回は我慢できないわ」
そう言って彼女は泣き笑いの表情を浮かべた。

さて、昼食はまだだろう?
とりあえずオフィスへ行って、そこで遅めの昼食を取ろう。
「うん、先生・・・・あ」
こちらへ小走りに駆け寄ろうとしたセシルががくんと揺れて動きを止めた。
・・・む?
彼女の左足の足首に、地面から伸びた何かが巻き付いている。
・・・あれは・・・何だ・・・?
荊だ。黒いイバラがセシルの足首に。
そう思った瞬間、イバラは爆発的に増殖しセシルの全身に巻き付いた。
・・・!!!!!!
咄嗟にルドラを鞘から抜き放つ。
しかしびっしりとセシルを覆うイバラのどこを断てばよいのか咄嗟に思いつかない。
その私とセシルの間に、ゆらりと黒い蜃気楼の様なものが立ち上り、人の形を取った。
「・・・邪魔立ては無用にしてもらおう。ウィリアム・バーンハルト」
それは黒衣の女だった。
尖った耳・・・。
・・・エルフ。
呟きが耳に届いたのか、黒衣の女が唇を冷笑の形に歪めた。
「エルフか・・・それは半分正解で半分不正解だ。私は人でもありエルフでもあり・・・またそのどちらでもない者。『ハイドラ』のアルテナ・ムーンライトという。見知りおくがいい」
ハーフエルフか・・・ハイドラの1人アルテナ・・・!!!
「すまないがこの娘に用がある。もらっていくぞ、バーンハルト」
言葉と同時に、アルテナとセシルがずぶずぶと地面に沈み始める。
・・・・くっ!! 待て!!!
咄嗟に彼女らに向かって伸ばした右手を、強い殺気を感じて引く。
私の彼女らを隔てるように、上空から飛来した巨大な円輪の刃が通過した。
「・・・やれやれ、あまり『上を通さない仕事』の片棒担ぐのはイヤなんですけどねぇ」
愚痴りつつその円輪の刃を受け止めたのは、面識のない狐目の長身の男だった。

ルドラを構えて細目の男に向き合う。
その間にセシルはアルテナと共に地面へ消えてしまった。
・・・・・・くっ・・・・・・!!
歯噛みする。
みすみす目の前で彼女をさらわれてしまった・・・!
だが目の前の男は只者では無いと私は肌で感じていた。
適当にやり過ごして彼女へ向かっていれば恐らく私は殺されるだろう。
お前も・・・『ハイドラ』か。
「ええ、アイザック・ラインドルフですよ。よろしくお願いします」
アイザックと名乗った男はニヤリと笑う。
面識は無い。面識は無いのだが・・・何故かその名は記憶に引っかかった。
・・・六剣皇のアイザックか・・・。
「!」
やはりそうか。
アイザックは一瞬驚いた表情を浮かべた後で照れたように頭をかいた。
「いやぁ、光栄ですね。僕なんかの事を知っててくれたとは・・・。バーンハルト様が国をお出になってから士官した身ですし、まさか名をご記憶頂いていたとは思いませんでしたよ」
祖国を出てからは私は特別国の事に気を払ってはこなかった。
だがそれでも新聞くらいは読む。
この男・・・アイザック・ラインドルフが六人の剣皇であった事を知っていたのも新聞の記事からだ。
国が滅び・・・財団に身を寄せたか。
「そんなところです。・・・こんな形でお会いする事になるとは残念ですよバーンハルト様。これでも、僕は英雄だった貴方に憧れて軍人を志した身でして・・・でもねぇバーンハルト様。軍人になってから僕は1つ知った事があるんですよ・・・」
アイザックの口元から愛想笑いが消えた。
そして奴はどこか空虚な瞳で空を見る。
「『この世に英雄なんかいない』って事をね・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「この世にいるのは結局3種類の人間だけですよ。殺す者と殺される者、そして運良く殺されそびれる者だけです」
アイザックが円輪の刃を振り上げた。
「つまらない事を言いましたね・・・では殺し合いましょうか」


どこをどう移動したのかはわからない。
目隠しをされたまま、数名に担がれるようにしてセシルは結構な距離を移動した。
やがてどこかへと到着したらしく、扉の開く音をセシルは聞いた。
いささか乱暴に目隠しが外される。
「ここまででいい、お前たちは撤収しろ」
アルテナと名乗っていたハーフエルフの女が部下らしき男達に言う。
「は、しかしムーンライト様・・・」
何かを言いかけた男の頬がビッ!!と一閃したイバラに切り裂かれた。
「同じ事を二度言わせるな」
今度は男は何も言わず、頭を下げて退出していった。
急に目隠しを外されて眩んでいたセシルの視界がようやく戻り始める。
ここはどうやら、朽ちかけた礼拝堂らしい。
「・・・私をどうするつもりなの・・・」
縛られて床へ転がされたまま、見上げてセシルがアルテナに問う。
「すぐにわかる・・・すぐにな」
アルテナは冷たい笑いを浮かべてセシルを見下ろした。
そしてアルテナは長椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「お前と再びこうして見える機会があろうとはな・・・運命というものを感じずにはいられん」
「・・・え・・・?」
アルテナの言葉にセシルは動揺した。
セシルの記憶にはアルテナの顔と名は無かったからだ。
「覚えてはいないか・・・? かもしれんな。あの時お前はまだほんの幼子だった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言のセシル。
気にせずアルテナは言葉を続ける。
「幼い頃にお前は母親と2人でアムナトリー山中の礼拝堂で暮らしていた」
「!!!」
既にいかなる記録からも抹消されていて今は知る者もないはずの自身の過去を語られセシルが驚愕する。
「ある日その礼拝堂からお前は母親と共に進入してきた2人組に拉致された。帝國に雇われた2人組だ」
その通りだった。そしてそれからセシルは以後帝國の言いなりに彼らの監視下で生きてきたのだ。
おぼろげに記憶が蘇ってくる。
あの日、自分たちを礼拝堂から連れ去った2人組は若い男女だった。
「まさか・・・」
「『同窓会』といこうではないか・・・あの時の3人でな」
そう言ってアルテナが天井を見上げる。
ステンドグラスを通した陽光がカラフルに2人を照らす。
「あの時の・・・もう1人の男の人が来るの・・・?」
アルテナは答えなかった。しかしその沈黙が肯定を表していた。
やがてぽつりとアルテナが言葉を漏らす。
「・・・お前の被っている虚構の仮面の下の冷たい素顔を私が暴いてやろう。お前の生きる場所はそちら側ではない・・・血と暴力に塗れた陽の当たらない世界だ・・・。それを今、私が思い出させてやるぞ・・・」
「・・・?」
アルテナの言葉が自分に向けられたものでは無い事を知ってセシルが眉を顰めた。
彼女の瞳は、ここには無いものを見ていた。
足音が近付いてくる。
特に急ぐ調子は感じられない、普通の速度で。
そして軋む音を立てて礼拝堂の扉がゆっくりと開かれていく。
「おっとっと・・・礼拝堂は禁煙だよねぇ」
とぼけた男の声がする。
そしてその声の主は、ゆっくりと入り口付近の暗がりから陽光の射す奥へ姿を現す。
「・・・やぁ久しぶり。再会の場所がご丁寧に礼拝堂とはねぇ・・・これまた何とも気が利いてるよね、アルテナ」
そう言って男は・・・スレイダーは肩をすくめて苦笑して見せた。