第21話 司書と忍者-1


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その日は蒸し暑い日だった。
昼下がり、私は書店へ買い物に行きオフィスへと帰る途中であった。
大通りを行く人は皆汗を拭いつつ歩いている。
オフィスに戻る前に何か冷たいものを買って行ってやる事にしようかな・・・・。
するとそこに見知ったデカい鼻が見える。
カルタスである。
雑貨屋の店先で雑誌を立ち読みしているようだ。
「むふ、むふふふ・・・・」
う、怖いぞ・・・・何ニヤニヤしてるんだあいつは・・・・。
声かけるのが躊躇われるなぁ・・・・。
しかし素通りするのも風が悪い。しょうがないので声をかけて挨拶する。
「おおこれは先生! はっはっはこれはお恥かしいところを!!」
いやお前の場合普段が普段だし今更お恥かしいとかそういうのはないんだけどね・・・・。
何を見てニヤニヤしているのか尋ねる。
「いやー先生これですよこの記事!!見て下さい!!!」
ガバッ!と勢い良く見開きを眼前に突き付けられる。てか近いよ見えん!!
何々・・・?「あのムッシュ・ゴロウが機械化して復活! 新生メカムッシュ・ゴロウが行く」・・・?
「ああああああああページが違いました!!」
改めて見開きが・・・・だから近いというのに!!
どれ・・・・「歌姫セシル、聖都リンドベルのライブにて7000人を動員」か・・・。
歌姫セシルね。その方面まったく疎い私ですら名前を知ってる歌い手だ。恐らく相当有名なのだろう。
「いやー私大ファンなんですよ!ホラこれだっていつも持ち歩いてるんですよー!」
そう言ってカードケースを胸から出す。アンカーの市民証が入っているものだ。そのカードケースを開くと中に写真が・・・・。
・・・・・・て、これがセシル?・・・・・なんかさっきの雑誌の写真とはえらく違うな普通のオバちゃんだ。
「ああああああああそれは私の母ちゃんでした!!! こっちです!!!」
とブロマイドの入ったケースを出してくる。
なるほど可愛いな。それで歌も上手いのか。・・・・というより私はお前の母親の鼻の大きさが普通だっていう事の方がビックリした。
「いやーもう彼女の写真を見ているだけで幸せな気分になれますよ私は! むふふふふ・・・・」
オイ、興奮しすぎだぞ。鼻の穴が広がってえらい事になっている。その鼻の穴で鼻息でも吹いた日には大変な事に・・・。
しかし遅かった。
突然フゴーッッッ!!!!と凄まじい鼻息を吹くカルタス。
店頭の商品が残らず宙に舞い、通行人が転倒した。

「いやーお恥かしい!つい興奮しすぎてしまいまして!!」
その後、私たちは(何故か私もだ)雑貨屋の店長に叱責され、品物を片付けて店を後にした。
カルタスはしきりに恐縮していた。
まったくだ反省しろ。何か私まで巻き添え食ったぞ。
2人でエンリケの事務所の前を通りがかった。・・・・? 何か盛り上がっているな。賑やかだ。
見れば職員が万歳したり抱き合ったりしている。
エンリケはまだ病院なのだがな。・・・・まさか不在を大喜びしているのでは・・・等とありえん事を考えてしまう。
すると職員の1人が私に気がついた。
挨拶をして何かいい事があったのかね?と聞いてみる。
とりあえず中へ、というので2人で事務所の中へ通される。
「聞いて下さい先生!我々の勝利ですよ!!」
・・・・何に勝ったの? ていうか何の勝負で??
「半月後の聖アリエル祭の話です!」
聖アリエル祭とは光の女神アリエルの聖誕祭である。その前後一週間は世界中どこでも盛大な祭典を催す。
そう言えば今年もそんな時期か。でその聖誕祭に何がどうしたって?
「歌姫セシルが来てくれるんです!!この町で生の彼女の歌声が聞けるんですよ!!!」
・・・・・・ほほう。
「聖誕祭は各国彼女の壮絶な奪い合いだったんです。我々も彼女の所属する吟遊詩人のギルドに働きかけを行ってはいたんですが、正直まさかうちを選んでくれるとは思いませんでした!」
職員一同紙吹雪を巻きかねない喜び様だ。
・・・・よかったなカルタス、生で彼女を見られそう・・だ・・・・・
隣を見て愕然とする。
そこにはカルタスはいなかった。いや、正確にはちょっと前までカルタスという名で呼ばれていた男の巨大な鼻の穴だけが存在していた。
・・・・私はどうすればよかったのだろうか。
皆に逃げろと叫べばよかったのだろうか・・・それとも眼前の巨大な空洞を何かで塞がんと足掻けばよかったのだろうか・・・・。
今となってはわからない。
一瞬の後に吹き荒れた暴風は事務所の一階部分を粉々に吹き飛ばし、その日退院して戻ってきたエンリケは自らの眼前で倒壊していく自分のビルを見る事になった。

・・・・まったく、えらい目にあった・・・。
何という日だ今日は。私は日が落ちるまで倒壊したエンリケの事務所の瓦礫の撤去その他を手伝って帰宅した。
当然まだ片付けは終わっていない。これは明日も手伝いに行かなくては・・・・。
連絡も無しに随分遅くなってしまった。
オフィスのドアを開ける。
・・・・・・・!!・・・・・・・・
強烈な違和感を覚える。
エレベーターに乗った時の様な一瞬の奇妙な浮遊感。
ちりん・・・と風鈴の音が聞こえたと思ったその時、世界はまるでパズルをひっくり返した時のようにバラバラと破片になって崩れ落ち、暗闇に包まれた。
・・・・いや、完全な闇ではない。
点々と明かりの灯った石灯籠が続いている。
東洋式の結界陣だ。・・・・誰だ、私の事務所にこんなものを展開した奴は・・・・。
「不躾に失礼する。邪魔を交えぬ場所で話がしたかったのでな」
低いが良く通る声が背後からして私は振り向いた。
石灯籠に寄りかかって黒装束の男が立っている。
・・・・鳥の獣人だ・・・。
「我が名はゲンウ・・・・ツェンレン七星が1人。そして拙者と同じ七星が1人オルヴィエだ」
前方に向き直る。いつの間にか斜め前の石灯籠の上に半獣人の女性が座っている。
私と視線が合うと彼女はハロー、と手を軽く振って見せた。
ツェンレンの七星・・・・大国ツェンレンが誇る7人の将軍だ。シンクレアの父親ダイロスも七星の1人である。
その七星が私に何の用だ。
「単刀直入に言おう。ツェンレン王アレキサンダーが御主を召抱えたいと仰せである」
!! ・・・・ヘッドハンティングか、久しぶりだな。国を出てからは頻繁にあった。
流石に老齢に差し掛かってからは無くなったが・・・・。
それにしてもツェンレンとは、ファーレンクーンツからは当時声がかかったがツェンレンからの誘いは無かったな。
しかしそれだけか?条件の掲示などは?
「んー、必要? どうせ断る話なのに?」
オルヴィエが小首をかしげてそう聞いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
確かに、どれだけ破格の条件を掲示されようと私に仕官の意思は無い。
しかし、この断られることを前提とした交渉。そしてバリバリの武官を送り込んできた所を見ると・・・・。
どうやら私が断ってそれで終る話ではなさそうだ。
身体を緊張させる。武器が手元に無い事が悔やまれた。
七星2人を素手で相手にできるか・・・・?
「拙者らも子供の使いで来ているのではない。ダメだと言われて黙って引き下がるわけにはいかぬのだ」
ゲンウがバサッ!と羽音を立てて宙に舞った。
「・・・・ぶっちゃけ戦りたくてウズウズしていたという噂」
オルヴィエも座っていた石灯籠からスタッと飛び降りる。
またどこかから風鈴の音が聞こえる。
幻想的な異界にて、私は2人の強敵と対峙する事になった。