第25話 終わらせる者、繋ぐ者-2


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その一撃は音を裂いて襲い掛かってきた。
(・・・拳打が来る!!!!)
そう思った次の瞬間、勇吹は空を見ていた。
「・・・なっ!! ・・・え・・・?」
何故自分は仰向けに宙を舞っているのか・・・一瞬勇吹が軽いパニックに陥る。
・・・何故飛んでいる・・・決まっている! 打たれたのだ!!
両手に激痛があった。知覚出来ない速度の打撃を辛うじて両腕でガードしていたのは、一体どれほどの鍛錬の賜物であったろうか。
空中で体勢を立て直し、一回転して両足で着地する。
反撃の為に構えを取り、再度勇吹がリューを見たその時、眼前に既に拳があった。
「・・・あ・・・」
パァン!!!!と破裂音の様な音がする。
今度はインパクトの瞬間はわかった。しかしガードが出来なかった。
周囲の空気の壁ごと拳で抉り取って叩き付けてくるリューの打撃をまともに浴びた勇吹は再度後方へ大きく吹き飛ばされた。
(・・・何も、できない・・・!・・・)
地面に叩き付けられながら無力感に勇吹の目が眩む。
「認めるがいい。これが俺とお前の差だ」
ザッザッと地面を鳴らしてリューが近づいて来る。
「2発ともに本気で打った。息がある事がお前が一流の戦士である事の証だ。その腕も磨けばまだまだ上が望めるだろう」
リューが足を止める。
自分を見下ろしている・・・立ち上がらなくては・・・勇吹が四肢に必死に力を込める。
「・・・待ちなって。その子の全部はまだ出きってないよ」
背後から声が聞こえてリューが振り返った。
必死に立ち上がろうとする勇吹が苦しい息の中で名を呼ぶ。
「・・・う・・・キリ・・・エッタ・・・」
黙って出てきたはずなのに・・・勇吹が思う。
「どうして・・・」
フッと苦笑したキリエッタが肩をすくめる。
「あのさ、付き合いはそう長くないけどさ・・・そのくらいわかるよ。これでもこっちはアンタいっつも眺めて暮らしてるんだからねぇ」
そしてキリエッタがリューを見る。
「さぁって・・・緑の旦那、この子の全部ってんならアタシの相手もして貰おうか。アタシはこの子の身内で店員だ。この子の一部だよ」
「道理だな・・・よかろう」
そう言ってリューはキリエッタに身体ごと向き直った。

キリエッタが両手で2本の鞭を構える。
小手調べのできる相手では無い。最初から全力でかからなければ・・・そう思ってキリエッタは大きく息を吸い込む。
「・・・いくよッ!! デザートストーム!!!!!」
風を切り無数の鞭打がリューへと襲い掛かる。
その名の如くまるで嵐の様な猛攻の中へ、無造作にリューが歩を進める。
「これか・・・」
そして呟くと飛来する鞭の先端を人差し指と中指で挟んで止める。
・・・しかも、2本一遍に片手でだ。
(・・・あの乱打の中を2発重なった時を見極めたってのかい・・・!!)
振り解こうとしても恐ろしい力でそれも叶わない。キリエッタは両腕、リューは指2本なのに。
「勇んで出てきた割には拍子抜けだな。その程度の腕で勇吹の一部を名乗るとは笑止だ」
ぐぐっとリューが鞭を掴んでいない左手の拳を握り締める。
「・・・!! キリエッタ!! 逃げて・・・っ!!!!」
勇吹が必死に叫んだ。
「悪いね勇吹・・・そりゃできない相談さ」
キリエッタの頬を汗が伝う。恐怖で身が竦む。
しかし彼女は鞭を離そうとはしなかった。
「・・・やっとわかったよ・・・」
「?」
キリエッタが呟き、リューがわずかに眉を上げた。
「何でアタシがあんたを気に入らないのか、さ旦那」
ぐっと歯を食いしばって、キリエッタが1歩前へ出る。
「あんたに笑顔が無いからだよ、旦那!! あんたの目は孤高の者の目だ・・・誰も省みる事なしに独りのあんたじゃ勇吹の本当の良さは引き出せない!!」
「・・・愚かな、貴様に何がわかるというのだ」
ドガッ!!!!!!と炸裂音が響き渡り、まともに拳を受けたキリエッタが吹き飛ばされて背後の街灯に叩き付けられた。
「キリエッタ!!!!!」
勇吹が叫ぶ。
鋼鉄製の街灯の支柱がくの字に折れ曲がり、割れた照明のガラスが宙に舞う。
ごほっ、と血を吐き出して、しかしキリエッタは崩れ落ちずに鋭くリューを睨み付けた。
「・・・わかるさ・・・」
グラグラと膝が揺れる。しかしキリエッタは倒れない。
「勇吹のよさならアタシが一番良くわかってる!!! この子には誰よりも笑顔が似合うんだ!! あんたの店にはそれがあるのかい!?」
「客の反応が欲しいのなら、賛辞の吐息と感嘆の涙があれば充分だ」
再びリューの拳が唸りを上げてキリエッタに襲い掛かった。
「・・・・っ!!」
一瞬後の衝撃を予測し・・・しかしもうその一撃をかわすだけの体力が残っていないキリエッタは身を硬くした。
しかしその拳がキリエッタに届く直前に、勇吹がリューに渾身の体当たりをする。
(・・・何・・・!?)
クリストファー・緑は自身の周囲半径15m程の空間を不可視のオーラで覆っている。
そしてその中の事は視界の外の事であってもまるで指先で触れているかの様に感知できるのだ。
それがリューがハイドラ随一の反応速度を誇る所以であった。
・・・今の勇吹の体当たりは、そんなリューの知覚の外から来た。
(・・・今の動きは・・・)
グラついた体勢を立て直してリューが勇吹を見た。
その勇吹はぜいぜいと荒い息をついている。
(無心の一撃で俺の超感知を超えたというのか・・・)
「・・・私・・・も・・・」
苦しい息の中で勇吹が言う。
「私も・・・1つあなたの間違いに気が付いたわ・・・リュー・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
無言でリューが息を整える勇吹を見る。
「あなたの世界・・・あなたのラーメンは自分の中だけで完結してる。私の腕が必要って言ってもそれはあくまでも完結したあなたの物語の語り部としてでしかない!!!!」
「否定はしない」
即座にリューが答える。
「俺はこの世で最高の絶対のラーメンを完成させる。だがその味を継承する者は俺に比肩しうる料理人でなければいかん。勇吹・・・お前はかつて俺が出会った大華の料理人の中では最高の腕を持っている。だから選んだ・・・さあ俺と来い勇吹!!!!」
勇吹に向けて手を伸ばすリュー。
しかし勇吹は静かに首を横に振った。
「私はあなたとは行けない! ・・・あなたは間違えてる」
再度勇吹が繰り返す。そして真っ直ぐリューを見つめて1歩前へ出る。
「確かにあなたは世界で一番美味しいラーメンを作るかもしれない・・・だけどそれは決してラーメンの答えでも終着点でもない!」
歩みは1歩ごとに早くなり勇吹はリューへ向け走り出した。
「だってラーメンには無限の可能性があるんだから!!!!」
「・・・・・・・!!!」
繰り出される勇吹の拳をリューがかわす。
しかし反撃は無い。
「あなたのラーメンが最高なのだとしたら、それは今の時代だけの話よ!! ・・・いつか・・・いつの日かあなたのレシピを見て、その味を再現しようとするだけじゃなくて超えようと思う者が必ず現れるわ!!!」

「・・・勇吹・・・」
2人の戦いを見守るキリエッタが呟く。
その瞳から涙が一筋零れ落ちた。
何故自分が泣くのか、キリエッタにもよくわからない。
彼女はふと思い出す。
『凄いでしょ? 金鳳麺って言うのよ』
湯気の出る丼を前に勇吹が胸を張って言った。
その彼女の手には古びたレシピがある。
ラーメンをすすって感嘆の言葉を口にする自分に、しかし勇吹はこう言った。
『・・・でも! 私はいつかこれより美味しいラーメンを作ってみせるわ!!』
そう言って彼女は明るく笑った。

再度の攻撃。
それをまたもリューがかわす。
「私もいつか最高のラーメンを作ってみせる!!! だけどそれが永久に最高のままでいて欲しいなんて思っていない!!! いつか誰かが私のレシピに感動して、それより更に美味しい物を作ってくれるってそう信じてる!!!!」
拳を振り上げる。
リューはもう動かない。
「・・・そうやって・・・そうやってラーメンはずっと続いていくんだから!!!!!」
遂に勇吹の拳はリューの胸板を捉えた。
リューは無言のまま、かわすことなくその拳を真正面から受けた。
勇吹は拳を打ち込んだ姿勢のまま、リューはその拳を受けた姿勢のままでそのまま暫し動きを止める。
既に先程の体当たりで勇吹は全身のほとんどの体力を使ってしまっている。
だからこの拳の一撃にダメージは無いにも等しい。
「・・・ラーメンには無限の可能性がある、か」
リューがぽつりと呟いた。
体力を使い果たした勇吹がぐらりとよろめいた。
その身をリューが抱きとめる。
「お前の言う通りだ勇吹。・・・俺の負けだ」

歩み寄ってきたキリエッタにリューが勇吹の身を引き渡す。
キリエッタは勇吹の両肩に手を添えて後ろから支える。
「技術と環境に溺れ、俺も随分意識が濁っていたようだ」
そう言うとリューは懐から2冊の和綴じの小冊子を取り出した。
その内の1冊を勇吹に向けて差し出す。
「これをやろう。・・・今現在での俺の最高のラーメン・・・そのレシピだ。お前の言う可能性でその一杯を超えてみるがいい」
続けてもう1冊も手渡す。
「それは・・・まあ役立てられるのなら役立ててみろ。必要になる事もあるかもしれん」
2冊目は武道の指南書であった。リューが自分の鍛錬に用いていたものだ。
震える手で、しかししっかりと2冊の冊子を受け取る勇吹。
「いつの日かお前の最高の一杯を味わう日を楽しみにしている。・・・その時には俺の最高の一杯を振舞おう」
そう言ってリューは2人に背を向けた。
「さらばだ、勇吹」
いつものしっかりとした早足でリューが去っていく。
その後姿を勇吹が見送る。
「・・・さよなら、リュー」
2冊の冊子を胸に抱いて、呟いた勇吹のその一言が夕暮れの風に溶けて消えていった。