第6話 砂塵の中の少年-4


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

エリスたちが再び神都を訪れた日から一夜が明けて、スレイダーはアレイオンの案内で皇宮を見学していた。
女官を見つけるたびにスレイダーが笑顔で話しかけるのでその歩みは遅々として進まない。
だが、アレイオンは苦笑するだけでそんなスレイダーを一切咎めようとはしなかった。
「いやぁいい国ですなぁ本当に。空気は綺麗でお姉さんは綺麗で…はっはっは」
話しかけた女官にやんわりとあしらわれたスレイダーが笑いながらアレイオンの所へ戻ってくる。
「…居心地が良く感じるのは、きっとそれだけではないと思いますよ。スレイダーさん」
アレイオンが微笑んでそう言うと、スレイダーは、おや?という顔をした。
「と、言いますと?」
「あなたはカイリと同郷でしょう。という事は血の中に竜の血が混じっているはずです。それはこの国の民も同じ…ですからどこか故郷に近い感覚があるのだと思いますよ」
言われてスレイダーが自身の掌を見る。
「竜の血ねぇ…アタシあんましそういうの自覚した事ないんですよねぇ。まあアルコールとニコチンは沢山血に混じってそうですがね」
「ははは…まあ、そういう事にしておきましょうか。さて次は議場を案内しますよ、こちらへ」
二人は赤絨毯の大階段を上る。
その途中、踊り場でふとスレイダーが足を止めた。
正面の壁に掛けられた大きな肖像画に目を留めて。
…以前、ウィリアムがここでそうしたのと同じ様に。
肖像画には椅子に腰掛けた女性とその椅子の背に片手を掛けて立つ壮年の男性が描かれていた。
どちらも高貴な白い衣に身を包んでおり、男性は力強い輝きを目に宿し、女性は慈愛に満ちた微笑を浮かべて描かれている。
「こちらは、確か…」
スレイダーが肖像画を見上げる。
「はい、神皇ユーミル様と神后カレン様です」
アレイオンもその隣に並び、どこか眩しげにその肖像画を見上げた。
しばし、2人が無言になる。
「今は、少々お元気を無くされてるとか」
やがて、慎重に言葉を選んでスレイダーが口を開いた。
アレイオンが寂しげに微笑んで僅かに下を向く。
「おっしゃる通りです。我々も何とか神皇陛下にお元気を取り戻して頂こうと手を尽くしたのですが…力及ばず…」
スレイダーが右の頬を人差し指で掻いた。
「もうすぐお嬢さんの花嫁姿が見られるっていうのにねぇ…」
「そうですね。何とか皇姫様の婚礼までにと思いましたが、この様子ではそれも叶わぬ望みとなりそうです」
爽やかな風の吹き込んでくる皇宮の階段の踊り場に、しばし2人の男は佇む。

その頃、ベルはエリスを連れて皇宮の別のブロックを移動していた。
皇宮図書館への出入りを許可されたので、2人でそこへ向かう途中である。
皇宮図書館は秘蔵の記録も数多く所有する皇国随一の巨大な図書館だ。
グライマーはベルに行き先を聞くと
「本に興味はねーな」
と言って付いてこなかった。
ベルにとってはそれは有り難い事であったが…。
「この国は元々、魔人の封印に深く関わっていた国。『神の門』についてのまだ調べ切れてない記録があるかもしれないわ」
後ろを付いてくるエリスを振り返ってベルが言う。
いつもの説明口調、人差し指を立てて説明するのがベルのスタイル。
「私も結構ここの書物には目を通したけど、まだ完全ではないし見落としがあるかもしれないわ。いずれウィルが戻ってきた時の為に少しでも情報は集めておきましょ」
「ん、わかったわ。頑張る」
ぎゅっと握り拳を作るとエリスが肯いた。
戦闘での自身の力不足を痛感しているエリスにとっては、それ以外の部分で何とかウィリアムの力になりたいとは常々思っている事だ。
「クックック…お前たち、どこへ行こうというのだ」
その2人の背後に突然低い不気味な声がかかった。
「っ!! 誰!!?」
エリスが鋭く振り返り、腰に下げた長剣の柄に手を掛けた。
視界に人影は無い。しかし気配はある。
通路に沿って並ぶ大理石の円柱の影に。
低い笑い声と共に、柱の影からゆっくりと誰かが歩み出てくる。
オールバックにまとめられて後頭部で束ねられた長髪。鋭い瞳に邪悪な笑み。
痩せた青白い顔の男は、バサッと身に纏ったマントを手で払って風になびかせる。
「…あ、キャムデンさん」
どこか疲れたように、毒気を抜かれたようにエリスが呟いた。
柱から出てきた男は、自称『悪の権化』のキャムデン宰相であった。
「相手にしなくていいわよ、それは」
そのエリスに半眼のベルがそう声をかける。
「おめおめと戻ってきたなお前たち…!! この様な場所を2人だけでウロウロしていたそのウカツさを呪うがよいわ!! 我が闇のブレスを受けてな!!!!!」
キャムデンはそう叫ぶと、やおら懐から墨汁のボトルを取り出し、蓋を開けて思い切り口に含んだ。
「わっ!! ちょっと!!!」
危険を感じてエリスが後方に飛び退く。
その彼女の予想通り、キャムデンは思い切り2人へ向かって墨汁をブーッと霧吹きにした。
2人は既に退避しており、何とかその黒い噴霧を受けずにやり過ごす。
「恐れおののくが良いわ!! これが我が闇のブレ…おえッッ!!! ちょっと飲んだ!!!! おえっっ!! おぇェェェェ!!!!!」
跪いて通路の脇にゲーゲーやり始める宰相。
「…行きましょうか」
エリスが言うと、ベルが「ちょっと待って」と廊下に飾ってある高そうな大きな花瓶を手に取った。
そしてそれをゲーゲーやってる宰相の頭上に落とす。
ゴスッ!!!と鈍い音がして花瓶は2つに割れ、うつ伏せに倒れた宰相は動かなくなった。
「これでいいわ。行きましょう」
ぱんぱん、と手を叩いてベルが言った。

ガ・シアを倒した後で、グライマーに凄まれて気を失っていたカイリだったが、朝には普通に目を覚ました。
今はアシュナーダの衣装合わせに付き添っている。
皇宮へ行った所をアシュナーダに声をかけられたのだ。
「…ああ、カイリ! ちょうどよかった、付き添ってくれないか」
困った様に笑って言うアシュナーダに何事かを尋ねると…。
「これから花婿衣装を着てみるのだが、周囲が女官ばかりでね。落ち着かない事この上ないよ。君が一緒にいてくれれば助かる」
との事で、特に用事の無かったカイリはそれを了承したのだ。
「ありがとう。助かるよ、恩に着る」
笑顔でそう言って、アシュナーダは衣装合わせの為に用意された部屋へとカイリを案内した。
大扉を開けて2人が中に入ると、大勢の女官達が頭を下げて出迎える。
(なるほど…こりゃ落ち着かないや)
カイリはアシュナーダの気持ちがわかって嘆息した。
そして、女官たちの中に意外な顔を見つけて、おや、と思う。
褐色の肌にブロンドの長髪。白いアーマーローブを身に纏った美しい女性。
「こんにちは、カイリ」
その意外な顔…神護天将の一人「白の将」フェルテナージュはカイリを見て微笑んだ。
「あれ…フェルテ? どうしたの?」
驚いて問うカイリに、フェルテが困った様にため息をついてアシュナーダを見た。
「もう、引っ張ってきておいて説明もしていないの?」
言われて苦笑してアシュナーダが頭を掻く。
「いや、そこで会ったばかりでその暇が無くてね。…カイリ、私とメリル皇姫の婚礼衣装はフェルテの手によるものなんだよ。デザインから全てね」
「へぇー…」
カイリは衣装掛けに掛けられている花婿衣装を見て感嘆のため息をついた。
フェルテナージュが軍人として優秀で、更に稀代のヒーラーである事も知っていたが、その上デザイナーと裁縫士としても優秀である事までは知らなかった。
「さあ、アシュ…今日は観念してマネキンに徹してもらうわよ」
悪戯っぽく微笑んでフェルテが衣装を手に取る。
「やれやれだよ…カイリ、私があちらの女性陣に取り殺されないように見守っていてくれよ」
反対に苦笑したアシュがカイリを見てそう言った。
女官たちがアシュに群がると、手際よく衣装を着付けていく。
「…格好良いわよ、アシュ。そうしていると丸でいい所の跡取りみたいね」
くすっと笑ってフェルテが言う。
「そう見えているのなら安心したよ。これでも一応はいい所の跡取りの端くれでね」
おどけたアシュナーダが両手を広げて見せる。
笑い合う2人の間には暖かい空気があった。
「………………」
そんな2人を、カイリは無言で見ていた。
(やっぱ…この2人って…)
思った事を口には出さずに。

2時間ほども経って、ようやくカイリは開放された。
既に時刻は午後になっている。
(あーあ、お腹すいた。屋敷まで戻るの大変だし、ここの食堂で食べて帰ろう)
カイリの腹の虫が鳴っていた。
皇宮の食堂は、もう彼にとっては馴染みの場所だ。
衛兵達にも顔馴染みであり、仲良くしている者が大勢いる。
今も、数名の巡回中の衛兵が
「よう、カイリ」
と彼の顔を見て声を掛けて行った所だ。
食堂へ向かいかけたカイリに前方から歩いてきたメリル皇姫が行き会った。
「やあ、メリル」
笑顔を見せるカイリの顔を、どこか真剣な顔でメリルが見た。
「…ちょうどよかったわ。貴方を探していたの、カイリ。一緒に来て貰える?」
「え…僕、これからご飯食べてくるつもりなんだけど…」
尻込みするカイリの手を、姫がすっと握った。
「いいから。お茶菓子くらいなら私の部屋でも出せるわ…来て」
有無を言わさずカイリの手を引いていくメリル。
「え、ええ~…」
情けない呟きを発しつつ、カイリはメリルに連れられて行った。

メリルの部屋に案内されたカイリ。
応接用のテーブルに座らせた彼の前に、皇姫は紅茶と野苺のパイを出した。
「わ、やった! いただきまーす!!!」
お腹を空かせていたカイリが早速パイにかぶりつく。
そんなカイリの正面に、メリルが座った。
皇姫の手元には紅茶もパイも無い。
「ねえ、カイリ…そのままでいいわ、聞いて?」
「むぐ?」
パイをもぐもぐやりながら、カイリが皇姫を見る。
張り詰めたとは言わないまでも、やはりメリルの表情はどこか硬い。
「貴方から見ての感想でいいから、聞かせて欲しいの」
「…? うん…」
何の事かはわからないが、カイリが肯く。
ごくんと口の中のパイを飲み下すと、それを喉に落とし込む様に紅茶を飲む。
「…お兄様の好きな人は、フェルテよね?」
「ぼブッッ!!!!!!!!!!」
鼻と耳から激しく紅茶を噴出しながら、カイリが椅子ごと背後に倒れた。
そんなカイリの様子に、メリルはふぅ、と嘆息する。
「ありがとう。その反応だけで十分だわ」
「な、あ、な、な、ああ、な…何言ってんだよ!! アシュの好きな人はメリルに決まって…」
動揺の余り、震えまくった声で必死にカイリがまくし立てる。
しかしその目は泳ぎまくり、眼球が激しく回転していた。
「そして、フェルテもお兄様が好き…そうよね?」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
バッ!!!とバックステップで6,7m程も後方に飛び退いたカイリが、そこに飾ってあった風景画に思い切り頭から突っ込んだ。
ゆっくりと椅子を引き、メリルが立ち上がる。
そして絨毯を鳴らしてカイリに歩み寄る。
「ちち…ち…違う…僕は何も…知ら…な…」
既にカイリの震えはヤバイレベルに達し、陸に打ち上げられたエビの様になっていた。
「そ、そんな事今頃どうだっていいだろ…!! メリルはアシュが好きなんじゃないのかよ!!!」
迫ってくる皇姫に、必死にカイリがまくし立てた。
「そうよ、私はお兄様が好き。あの人の花嫁になる事だけをずっと夢見てきたわ」
真剣な表情でメリルが言う。
「だ、だったら…」
ずりずり、と仰向けに倒れてメリルを見ながらカイリが遠ざかる。
メリルは更に歩みを進めてカイリとの距離を詰める。
「アシュは…メリルが好きだよ。結婚すればきっととっても大事にしてくれるよ…」
「そうね。わかっているわ。お兄様がどれだけ優しくて私を大事にしてくれているかなんて、私が世界で一番よくわかってる」
遂にメリルが倒れたカイリのすぐ前まで来る。
「だけど…私はそれじゃ不満なの。お兄様には誰よりも幸せになって欲しいのよ。何かを諦めて、妥協して私と結婚なんてして欲しくない」
メリルが腰を落とし、絨毯に片膝を突いた。
2人の距離が更に詰まる。
「だから、カイリ。貴方にお願いがあるの」
そして吐息がかかるほどにカイリへと顔を寄せたメリルが、何事かを彼の耳に囁いた。
瞬間、カイリの顔面が蒼白になる。
まるで水槽の中の観賞用の熱帯魚の様に、口をぱくぱくと開け閉めするカイリ。
「そ、そんな事をしたら…」
掠れた声がその口から漏れた。
「そうね。大変な事になるわ。…けど、私は本気よ」
上からメリルがカイリの両肩に手を置いた。
「お願い…こんな事、貴方にしか頼めないわ」
俯いたメリルが目を閉じる。
「お願いよ…カイリ…」
やがて目を開いたメリルが、思わず目を丸くする。
「…え? カイリ…?」
カイリは返事をしなかった。
失禁して気絶していたからだ。