第6話 砂塵の中の少年-3


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ヒラリと飛び降りてきたカイリを、アレイオンは苦笑と共に迎えた。
「やれやれ、私の見せ場を見事に奪ってくれたね」
「別にこんな奴…アレイオンが手出す程の相手じゃないよ」
言ってから、カイリはアレイオンの後ろからくるスレイダー達に気付いた。
「おっちゃん!! お姉ちゃん!!!」
「やー何かいきなり大活躍じゃないのよ。オジさんも何か鼻が高いよ?」
笑って手を振るスレイダー。
カイリが駆け寄る。
「…背、伸びたね」
「うん」
微笑むシトリンにカイリが笑い返した。
エリスやベルも駆け寄ってきて、一同は再会を喜び合う。
しかしそんな弾んだ空気に水を差すものがいた。
「…おい、ちょっとどいてくれよ」
そう言ってスレイダーの肩を掴んで脇へ押し退け、ずいと進み出てきたのはグライマーだった。
「ちょっと、何でここであんたが出てくるのよ」
眉を上げて文句を言うベル。
「うっせーな! 黙ってやがれチビスケ。俺様はこの小僧に話があるんだよ」
そう言ってグライマーはベルに凄むと、カイリの顔を見てニヤリと笑った。
「よう、小僧…やるじゃねえか。あのガ・シアを1人でやっちまうとはよ」
「…誰? お前」
いきなり出てきて剣呑な空気を発しているグライマーにカイリが眉を顰める。
「俺か…俺様の名はグライマー。『焼き尽くすもの』って呼ばれてる魔人だ。小僧、俺様はお前に興味持ったぜ…是非ちょっと遊んでくれねえかなぁ」
挑発するようにグライマーが犬歯を見せて笑った。
「ふーん…僕とやりたいの? 別にいいけど、怪我するよ?」
事も無げに返答するカイリに、一瞬毒気を抜かれたのかグライマーがポカンとした表情を浮かべた。
「…クク…はっはっはっは!!!! 怪我する、か!! この俺様に向かってよぉ!!!」
ピシャリと右手で自分の額を叩いて天を仰いだグライマーが哄笑する。
そして不意に笑いを納めるグライマー。
「…ふォォォあああああああああああああ!!!!!!!!!」
ゴオッ!!!!と全身に力を込め、グライマーがオーラを放出した。
「なっ…!?」
アレイオンが驚愕して吹き付ける突風に数歩退く。
天へと駆け上るグライマーのオーラは先程のガ・シアの物とは丸で比べ物にならない程強大で、神都を細かく振動させた。
「どうよ小僧!!! 俺様を怪我させられるか!!!!??」
天を仰いだままグライマーが咆哮する。
そのグライマーの肩に、スレイダーがポンと手を置いた。
「…ま、そんくらいにしといてよ」
「あァん!!? てめーにゃ用はねえ!!!! 俺様は小僧と話してんだよ!!!!」
振り返ってギラリとスレイダーを睨み、グライマーが叫んだ。
その剣幕に動じることなく、スレイダーはグライマーの前方をちょいちょいと指差す。
「や、だからね…その小僧が失禁して気絶しちゃったんで、話はまたにしてやってよ」
「…!!?」
ガバッとグライマーが前を向く。
…そこでは、確かにスレイダーの言葉の通りに失禁して気絶したカイリが転がっていた。

一同はその後で、アレイオンの屋敷へと案内された。
「今日からしばらくは、ここを皆さんは我が家と思って下さい」
そう言ってアレイオンは皆を自宅へと案内した後で、先程のガ・シアの件の報告があると皇宮へ戻っていった。
気絶したままのカイリはそのまま彼の部屋へと運び込まれた。
エリスたちは各々に与えられた部屋へ荷物を下ろすと、広間へと集まりテーブルに着く。
「来るなり大騒動ね」
ふう、とベルが出されたお茶をすすりながら嘆息する。
彼女は元々神都に自分の家を持っていたのだが、アンカーへ移住する際に引き払ってしまっていた。
今はその家も人出に渡っているという。
「ガ・シアが姿を現したのは数ヶ月ぶりだ。君たちの来訪と何か関係があるのかもしれないね」
ベル同様にお茶をすすりながら静かにシルファナが言った。
「まあ、魔人が2人も来たからね。無関係とは言い切れないかもしれないわね」
そう言ってベルがグライマーを見る。
そのグライマーはスレイダーと振舞われた上質の酒を飲んでいた。
何やら絡んでいるのか、上機嫌で笑いながらスレイダーの肩をバシバシと叩いている。
叩かれているスレイダーは痛みに顔を歪めていたが。
「出てきたらブッ叩けばいいだけだろうが! よくわかんねえ事をごちゃごちゃ言い合ったってしょうがねえぜ!!!」
がはは、とグライマーが大口を開けて笑っている。
そんなグライマーにベルが「バカはいいわね、気楽で」と嘆息した。
そこへ、アレイオンの侍従が部屋に入ってきた。
来客を告げに来たのだ。
その侍従に続き、部屋に入ってきたのは巨漢の老人だった。
聖職者の証である白いゆったりとしたローブをなびかせて力強い足取りで皆の前へ歩いてくる。
「久しいなお前たち。ちゃんと毎日鍛えておるか?」
笑顔で手を上げて部屋に入って来たのはバルカン枢機卿である。
「…え?」
バルカンを見て呆気に取られたエリスが口を半開きにした。
思わず椅子から腰が浮く。
そしてエリスはベルを見て「…え? え?」とバルカンを指差して目を白黒させている。
説明を、或いは助けを求めるように。
「…だって…今朝…」
エリスが呟く。
今朝方、町を発つ一行を馴染みの者達が見送った。
そこには、エンリケやシンクレア、うぐいす隊の面々に混じってマスク・ザ・バーバリアンの姿があった。
エリスは、マスク・ザ・バーバリアンとはバルカンであると思っている。
それからどうやったとしても彼が神都へ先回りはできないと思ったわけだが…。
エリスの言いたい事を察したベルがああ、と肯く。
「バーバリアンってバルカンじゃないわよ」
そうあっさり言ってお茶をすするベル。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
がぼーん、と今度は大口を開けてエリスが固まってしまう。
うむ、とバルカンが肯いている。
「し、知らなかった…ずっとバルカンさんだと思ってました…」
フラフラとよろめいてエリスがどさっと椅子に身を投げ出した。
「だ、だって背格好も声も全部一緒なのに…」
そしてぶつぶつと呟いている。
「はっはっは、マスク・ザ・バーバリアンは謎のレスラーだからな。まあ、いずれその正体についても語られる事があるやもしれぬぞ」
からからとバルカンが笑っている。
「に、しても良く来てくれたお前たち。歓迎しよう」
スレイダーらと自己紹介を済ませて、バルカンもテーブルにつく。
アレイオンの屋敷の侍従たちは、馴染みなのかバルカンにはお茶は出さずにコップにミルクを運んでくる。
出されたミルクに礼を言うと、バルカンは懐から取り出したプロテインの粉末の小さな包みを開けてミルクに混ぜた。
「ようやく婚礼の儀まで来たわね」
ベルがバルカンの顔を見て言った。
その目には労わるような優しい光がある。
「そうだな…クバードの造反があって随分と先延ばしになったが、ようやくここまで漕ぎ着けた」
感慨深げにバルカンが言う。
「未来の神皇と神后の誕生だ…皇国の民も皆喜び、祝福するだろう」
皆に敬愛されているメリルとアシュナーダの婚礼。そしてその時、アシュナーダは次期神皇となる事を約束されるのだ。
それは皇国にとって、明るい未来を象徴する出来事である。
「凄い人だったよねぇ」
スレイダーがしみじみと呟いた。
ここへ来るまで、下層一般皇国民の居住区はどこもあふれんばかりの人出で、人ごみを泳ぐようにして一行は移動してきたのだ。
「いまや神都を囲む4つの大都の者達を初めとして、大陸中から人が集まってきておるからのう」
神都に全て入りきらず、その周辺で野営している者達も多くいるのだとバルカンが説明する。
「婚礼の儀は前儀、本儀、後儀の3日間に渡り、その後の祝祭は一週間に渡る。まさしく皇国の最大のイベントと呼べるであろうな」
「そんなに続くんですか…」
エリスが目を丸くしている。
「その…『黒の教団』だっけ? 連中の動きが気になるよねぇ」
スレイダーの言葉に、バルカンがその表情を真剣なものにして肯いた。
「うむ。軍も警戒を強めてはいるが、何分にこれだけの人だ。市井の動向を子細に掴むと言うのは難しい話よ」
「手強いのがいるからね、教団には。ゴルゴダとかね…」
そう言うベルの表情にも、微かに憂いが浮かんでいた。


秘密結社『ユニオン』本部、時の部屋。
時間の流れの止まった部屋。
ここに在るものは全て、この場所と彼方に同時に存在する事を許される…そんな古代の秘儀により成り立つ空間。
円卓に集うものは13人の超越者たち。
ユニオンの指導者…ラウンドテーブル。
その名の由来である円卓の椅子を鳴らして一人の男が立ち上がった。
天を突く銀の髪が揺れる。金色の瞳が冷たく輝いている。
ゴルゴダ・ヴェノーシャ…魔力を帯びたアイテムを創造する『魔創師』の男。
「さて…野暮用だ。俺はしばらく出てくるぜ」
そう言ってゴルゴダは席の傍らに立て掛けられた布に覆われた自らの長槍を持った。
ピョートルが手にした扇子をパチンと閉じる。
「ああ、そういえばそろそろ例の姫君の結婚式でしたか」
「そういう事だ。この機会に、今俺が世話んなってる所の連中が大騒ぎしたいらしくてよ。顔出さねえ訳にもいかん」
心なしか面倒そうに軽く鼻で息を吐いてゴルゴダが笑う。
今ゴルゴダは神都の闇に暗躍する『黒の教団』の食客となっているのだ。
「…待て、ゴルゴダ」
扉へ向けて歩き出したゴルゴダの背に声がかかる。
ゆっくりとゴルゴダが背後を振り返った。
「…? 何だ? エウロペア」
そのゴルゴダの視線の先にいるのは真紅の髪の女。
レッドドラゴン…エウロペア。
「彼の地は我ら竜族と縁深き場所…かねてより興味があった。ヒマを持て余す身だ、同行しよう」
「ほー…アンタがね」
席を立つエウロペアを意外そうにゴルゴダが見る。
常に気だるげな雰囲気を纏ったエウロペアが自分から行動を起こすことは稀である。
「別に構わんぜ。ってより俺がどうこう言う話じゃねえな。好きにしたらいいさ」
肩をすくめて再度ゴルゴダが扉へと向かう。
「…待て、ゴルゴダ」
その背に再度声がかかる。
「何だ、今度は誰だよ」
面倒臭そうにまたゴルゴダは後ろを振り返った。
声を掛けたのは緑色のローブの青年だった。
ぱんだっぽい精霊使い…みる茶。
「かなり盛大な祭典となると聞いたが」
座ったみる茶がゴルゴダを見上げて言う。
涼しげな瞳にゴルゴダの姿が映っている。
「ああ…何でも10日近くぶっ続けで大騒ぎになるらしいぜ。浮遊大陸中の人間が集まるらしくてよ」
それを聞いて、みる茶が静かに椅子を引いて立ち上がった。
「チョコバナナが食べたい。同行しよう」
「うお、なんつー理由だ。…ま、まあ好きにしろよ」
やや頬を引き攣らせ気味にゴルゴダが言う。
するとみる茶はボウンと煙を上げて8匹の子パンダに分裂した。
小パンダ達はちょこちょこと移動してぴょんぴょんとエウロペアに飛びついた。
頭の上によじ登り、腕の中に抱かれ、背中に負ぶさり8匹がもこもことエウロペアに固まる。
「たまには己の足で移動しろ。衰えるぞ」
そう言いつつも、振り払ったりする様子は無く纏わり付いた小パンダをそのままにエウロペアが歩き出す。
そして3人は扉の向こうに姿を消した。
「…円卓が3人もな、ご大層な事だ」
ふん、と川島しげおが鼻を鳴らす。
「まあ…構わないでしょう。多く行けばそれだけ間違いも起こり辛いでしょうしねぇ」
そう言ってピョートルは扇子を開いて口元に当てた。
「皇国の神護天将…決して侮れる相手ではありませんぞ?」
扇子の内側でそう呟いて、ピョートルはその真紅の瞳を細めたのだった。


皇国の夜が更けてゆく。
ガ・シアの出現により騒然となった皇宮は、首尾よく退治が成った事もあり今は静けさを取り戻していた。
既に時刻は深夜。
深夜の守備に就く者以外は皆寝静まっている時刻だ。
皇姫メリルリアーナの私室。
灯りの既に落とされた室内で、今だ眠りには就かずに、
豪奢な天蓋の付いた大きなベッドの上で、座るメリルは立て膝を抱えていた。
月明かりが彼女の瞳に僅かな輝きを与えている。
その視線の先にあるものは、掛けられた美しい花嫁衣裳だった。
もう10日もすれば自らの纏う事になる衣装。幼少の頃より彼女がずっと憧れ続けてきたもの。
「…お兄様…フェルテ…」
微かな呟きが口から漏れる。
我知らぬ内に口元に拳を送ったメリルは親指の爪を噛んでいた。
「私は…」
カリッ、と口の中で爪の噛み砕かれる音が深夜の室内に響いた。