第16話 戦士達の厨房-1


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常春の島シードラゴン島。
その玄関口であるアンカーの町。
そのアンカーの名物店舗の一つである「ラーメンいぶき」の店頭からは今日も窓ガラスの砕け散る音が響いていた。

「ねえ、キリエッタ」
自分を呼ぶ主人の声に、ガラスの破片を箒と塵取りで集めていたキリエッタが顔を上げて「なんだい?」と返事をする。
見ればカウンターの勇吹が難しい顔をしている。
ラーメンの話だ、とキリエッタは思った。勇吹はよくこういう表情をするが、そういう時はほとんどがラーメンの事を考えている時だ。
彼女はラーメンの申し子なのだから。
しかし、キリエッタの予想に反して、この日の話題はラーメンの事では無かった。
「最近ちょっと・・・お客さん減ってるわよね」
「おや、驚いたね」
思わず思ったまま口にしてしまってからキリエッタは、しまった、と思った。
案の定ジロリと睨まれて「驚いたって何がよ」と言われる。
慌ててそれを何でもないと誤魔化してからキリエッタは考える。
客足が三割ほど落ち込んで一ヶ月ほどが経つ。
その間、勇吹は何も言わないのでキリエッタは彼女がそういう事を気にしていないのだと思い込んでいた。
・・・しかしこの口ぶりではその理由まではわかっていないらしい。
そこもまた勇吹らしい、とキリエッタは大きくため息を一つついた。
いいかい、とキリエッタが勇吹の手を取ってカウンターから引っ張り出す。
「ち、ちょっと・・・ちょっと・・・」
たたらを踏みつつ勇吹が店の外へ連れ出された。
「ご覧よ、あれがうちの店から客足が遠のいた理由さ」
キリエッタは後ろから勇吹の頭を両手で挟むように持ってグイッとある方向を向かせた。
ラーメンいぶきの向かいの並び、その7軒向こうに「その店」はあった。
真新しい三階建ての店舗にテーブル数120、夕闇を背景にネオンの「ラーメン天龍」の文字が浮かび上がっている。
「ら、ラーメン屋!!」
「そうさ。大陸屈指の外食産業、天龍グループのラーメン屋のアンカー支店だよ。うちがこの町のラーメン産業独占してた時代はもう一ヶ月も前に終了してたってワケ」
やれやれ、とキリエッタが肩をすくめる。
「あそこにうちのお客さん取られちゃってるの!? そんなに美味しいの向こうのラーメンは!!?」
キリエッタが、まさか、と首を横に振った。
「あっちは所詮はチェーン店、大量生産品の材料混ぜただけのラーメンなんかうちのラーメンの味と比べられたモンじゃないよ。ただね、ご覧よイブキ」
そう言ってキリエッタはラーメン天龍の店舗表に大きく掲げられた看板を指した。
「・・・ラーメン一杯3,8クラウン・・・!?」
勇吹が驚愕する。ちなみにラーメンいぶきのラーメンは一杯で6,2クラウンである。
大型店ならではの低価格設定がラーメン天龍の売りなのであった。
「あの安さに惹かれるお客さんもいるって事だねぇ」
キリエッタの言葉に勇吹がぎゅっと拳を握り締めた。
「安さで客を集めて味の悪いラーメンを食べさせているですって!!? そんなのラーメンに対する冒涜よ! 許せないわ!! ・・・待ってなさい、今すぐ私が経営者をミンチに・・・!!!!!」
「だあああああああああああ!!!! ちょっとそれ!!!! 潰れるから!!!!潰れるからうちの店!!!!味とも値段とも関係ない理由で潰れるから!!!!!!!」
ラーメン天龍に殴り込もうとする勇吹に必死にしがみ付いてキリエッタは叫んだのだった。

何とか勇吹をなだめつつ、キリエッタは彼女を再び店内に押し込んだ。
「・・・どうすればいいの」
キリエッタに羽交い絞めの体勢にされたまま勇吹がポツリと呟く。
「うちも値段を落とせばいいのかしら・・・」
しかし元々ラーメンいぶきの値段設定は薄利なのだ。
「できるのかい? その為には食材の仕入先から変えなきゃいけなくなるよ」
キリエッタの言葉に勇吹がふるふると首を横に振った。
「できないわ。味のクオリティを下げてしまう」
だろうね、とキリエッタが肯く。
味は落とせない。だから値段も落とせない。
八方塞であった。
「・・・・フッフッフ。話は聞かせてもらったぜ」
むっ、と突然店内に響いた男の声に勇吹とキリエッタがそちらを向いた。
そこにはカウンター席で新聞を広げているうぐいす隊第三小隊長葛城陣八の姿があった。
「葛城、アンタに何か案があるの?」
勇吹に問われて陣八がニヤリと笑う。
「おおともよ! 俺に任せな。すぐ客なんか前の倍にしてやるぜ。値段落とせねえ味も落とせねえっつんじゃ方法は一つしかねえ。経費のかからんサービスで勝負すんのよ!! ・・・・そんかし、上手くいったらですね・・・一つ自分のツケをですね・・・・」
勢い良く叫んだ後で急に腰を低くして揉み手を始める陣八。
勇吹はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて顔を上げると
「いいわ。上手くいったら葛城、アンタのツケ帳消しにしてあげる」
と、そう言った。
「・・・・あたしゃぁ、なんかヤーな予感がするんだけどねぇ・・・・」
ガッツポーズで喜んでいる陣八を見ながら、頬をヒクつかせてキリエッタが苦笑した。

そして翌日、陣八の言葉の通りにラーメンいぶきはかつてない客の入りに沸きかえっていた。
食事の時間帯を過ぎてもまだ店外に列が伸びている。
その店舗表には大きな垂れ幕が下がっていた。
そこにはでかでかと「只今、水着サービス期間中」と記されている。
「・・・予感が当たったよ・・・」
水着姿で給仕しながらキリエッタがトホホ、とため息をついた。
店内にはキリエッタの他に応援に駆り出されて来たコトハとシンラの2人が、やはり水着で給仕していた。
2人ともその姿にまったく抵抗は無いのか、コトハは楽しそうに、シンラは淡々と給仕をこなしている。
「・・・やーやっときたよ店内。3時間待ちだもんねオジさんもうお腹ペコペコさ」
スレイダーがそう言いながら店内に入ってきた。
「あめーよ俺なんかもう3時間待ち2回で今日二度目のラーメンだもんね!」
続いてうぐいす隊長も入ってくる。
2人はいそいそと相席でテーブルに着いた。
「いやぁ・・・ホントいいよね水着ってね。どうしてこんな心が安らぐんだろうね。これきっとアレだね、人間は海から産まれたとかそういうものが連想されちゃうんだろうね」
ニヤニヤ笑ってコトハに手を振ったりしているスレイダー。コトハも笑顔でそれに応えている。
「・・・へぇ~・・・・・そんなに安らぐんですか、海」
背後から響いた女性の声にスレイダーの表情が凍り付いた。
恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたシトリンがいた。
「そんなに海が安らぐなら、一つ私と今から行って砂浜に埋まって当分眺めててもらいましょうか・・・海」
スレイダーの耳を引っ張ったシトリンが彼を店外へ引きずっていく。
「ちょちょちょ、ちょおおお!! みなさーん助けて下さい!! 今1人の中年が海に還ろうとして・・・・いででででで!!!!!!」
叫び声を残してスレイダーは連行されていった。
それをヒラヒラと手を振ってうぐいす隊長が見送る。
「・・・へっ、バーカ。こういう時は危険因子を遠ざけておく事が一番大事なんだよ。その点俺なんかバッチリ響ちゃんに正反対の方向に警邏出てもらったからバッチリだもんね」
「ええ、ですが小夜野が報告をくれましたのでとんぼ返りして来ました」
ぼふ!とうぐいす隊長が口に含んでいたお冷を霧吹きにする。
響がいつの間にかうぐいす隊長の隣の席に座っていた。
その眼鏡がキラリと照明を反射して光る。
「さて、お話は屯所へ戻ってからゆっくり伺う事にしましょう」
それにしても、と嘆息しつつ響が店内を見回した。
「こういった如何わしい接待は感心できないな」
「・・・けどさぁこれ、お宅のチョンマゲ君のアイディアなんだけど・・・」
ビキニの肩紐をちょいと摘んでキリエッタが言う。
ほう、と響が席を立つ。
「・・・・・・・・葛城!!!」
「さよなら俺の人生!!!!!」
影に隠れていた陣八が飛び出してきて響の前にゴロンと横たわって目を閉じた。
逃げることも、抗うことも、弁明することも無意味だと知っていた。
だからただ陣八はまな板の上の鯉となった。
・・・・・・そしてその場で響の両の拳が返り血で真っ赤に染まるまでボコボコにされた。

響は何だか元の形がわからなくなった陣八とうぐいす隊長を引きずって帰っていった。
既に閉店時間は過ぎて、店内には水着娘が4人春巻きをつついていた。
「今日で終わりにされちゃったね~。ボク楽しかったのに」
コトハがショボンとしている。
そう、結局水着サービスは今日で終了と言う事になった。
「・・・仕方ないわ。私が間違ってた」
もぐもぐと春巻きを頬張って勇吹が言う。
「間違っていたって?」
シンラが不思議そうに問う。
「結局私にはラーメンしかないのよ。・・・それを忘れてたわ!」
言いつつ勇吹がバサッとテーブルに何かを広げた。
それはシードラゴン島の地図だった。
その地図にいくつか、赤い×印がつけてある。
「だからどれだけお金出したって絶対またうちで食べたくなるような、そんな究極のラーメンで勝負するわ!!! あんた達も手伝ってね!!!!」
ゴウ、と背後に炎を背負って勇吹が立ち上がった。
そんな彼女を目の前にして、キリエッタとシンラとコトハの3人はお互い顔を見合わせたのだった。