第7話 冬の残響(前編)-8


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

十重二十重に自分達を包囲する武装警官隊を見て勇吹が小さく奥歯を鳴らした。
「ちょっと…来るのが早すぎるんじゃない…?」
警官が駆けつけてくると言うのならまだ話はわかる。
しかし、これだけの完全武装した小隊がこの時間でやってくるというのは合点のいかぬ話だ。
「車内に、緊急用の通信機がある。…すぐに武装警官隊に繋がるラインだ。襲撃を受けてすぐにそれで私が彼らを呼んだ…」
木箱に座って俯いたままのステファンが言う。
「そんなものまで…」
サーラが表情を険しくした。
…どうする。もう顔を見られてしまっている。
蹴散らして突破する事は容易だが、そうなれば後の状況はこの場で捕まるよりもずっと悪いものになるだろう。
そして捕まって真実を語ろうにも、ステファンの一件については彼らは取り合うまい。
状況は2人にとって四面楚歌だった。
「君らは何も言わなくていい」
そう言うと顔を上げて静かにステファンが立ち上がった。
そして彼は武装警官隊の方へ歩いていく。
「彼女達は違う。通り掛かって私を心配して声をかけてくれただけだ。無関係だ」
「…え?」
サーラが驚いてステファンを見た。
警官隊の隊長らしき人物が、ステファンの言葉を受けて部下たちに目配せする。
それでようやく、警官隊は構えと包囲を解いた。
「では、念の為署で証言を…」
隊長の言葉に、頭を振ってステファンが応じる。
「いや、やめろ。彼女たちが来たのは完全に犯人が逃げてからだ。何も見ていない。親切で声を掛けてくれた御婦人の時間をこれ以上無駄に取らせたくない」
隊長の表情からはやや釈然としないものが窺えるものの、結局彼はステファンの言葉に異を唱えようとはしなかった。
「わかりました。あなたがそうおっしゃるのでしたら…」
こうして、2人はその場から解放されたのだった。

表通りへと2人は戻ってきた。
夜の通りの雑踏の中をゆっくりと2人で歩く。
吐く息が白い。気が付けば随分と冷え込んでいてサーラと勇吹は揃って身を震わせた。
「アイツ…私たちをかばった?」
何だかすっきりしない表情で呟く様に勇吹が言う。
「そうね…」
サーラも何故あの場でステファンが自分達を警官隊に突き出さなかったのだろうと考えていた。
そしてハッと思い出して勇吹を見る。
「それより…勇吹大丈夫なの? 身体…」
「え?」と勇吹もサーラを見た。
「あー、あれね。平気平気」
そう言って勇吹は軽やかに飛んで空中でターンして見せる。
すれ違った通行人が驚いている。
「最近覚えたばっかりの技なんだけど、『硬気功』って言ってね。オーラを全部回して爆発的に防御力を高めるの。効果は一瞬だから、相手の攻撃に正確にタイミング合わせられなきゃ意味ないんだけど、あいつのあの一撃はインパクトの瞬間が丸わかりだったからね」
ほー、とサーラが感嘆の吐息を漏らした。
それからふと、サーラは星空を見上げた。
「…私たちのした事って、何だったのかしら」
誰に言うでもなく、その口から小さな呟きが漏れた。
事件の真相には辿り着いたものの、やはり犯人は裁けない。
リスクばかりで、報われる事はない…リューの言葉がサーラの耳の奥に蘇る。
「でも一生懸命やったんだしさ。全部綺麗に解決って中々いかないし、今日の所はこれで良しとしておきましょ」
努めて明るく言って勇吹がポンとサーラの肩を軽く叩いた。
「些細な事でも、いつか大きく変わる時のきっかけになるかもしれないわよ」
「…そうね」
ようやくサーラの顔にも微笑が戻る。
「ありがとう。手伝ってくれて…嬉しかったわ」
言われて勇吹はひょいとサーラの肩を抱いて自分の方へ引き寄せる。
「当たり前じゃない、そんなの」
寄り添う2つの人影は人込みの中へ消えてゆき、
そして夜は静かに深みを増していく。

それから2日程して、サーラと勇吹は協会の支部を訪れていた。
先日、ステファンを襲撃した一件で協会に何か迷惑がかかっていないかと心配しての事であった。
警官がその気なら、サーラ達の身元は直ぐに割れるだろう。
そうなれば協会側に何らかの干渉があってもおかしくない。
「いーや、別にそういう話はないねぇ」
しかし、新聞を広げたまま2人に応対したテッドはいつものとぼけた表情でそう答えた。
「ま、聞いてるけどねこの前のドンパチは。表沙汰にできんから何も言ってないけど、支部長とかは渋い顔してたぜぇ?」
にやりと笑うテッドに、恐縮してサーラは小さくなる。
「何ですって!!!」
ブン!と振るわれた勇吹の拳を紙一重でかわすテッド。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! もうそれはいいんだよ!!!!」
はぁはぁと呼吸を荒げてテッドが胸のポケットからタバコを取り出した。
「それよりもさ…いい話があるぜ」
くわえたタバコに火を着けつつ、テッドが口の端を笑みの形に歪める。
2人は「?」と言う表情を浮かべてそんなテッドを見た。
「件のカタリナ氏にね、国から障害者支援金として半年に一回4万クラウンずつ振り込まれるそうだ。…ま、コレ名目は国からの障害者支援金て事になってるがね、実際はステファン氏のポケットマネーから出てる」
「………」
驚いてサーラと勇吹が顔を見合わせた。
彼なりの詫びのつもりなのだろうか?
「後ね…ステファン氏は年内一杯で社長職を退くそうだよ。肩書きを変えて社に残るとかでもなく、完全な退職らしい。後任はファゴット一族以外から選ばれるそうだ」
フーッと紫煙を吐いてテッドは天井を見上げた。
「まー、大したモンだよ。よく動かん山をそこまで動かしたよな、アンタら。支部長はアレだが、職員の中じゃ内心で喝采送ってる奴が多いぜ」
そう言ってテッドは2人に不器用にウィンクをして見せた。

そしてその晩、夕食の席にて。
「そんなワケで、私たちの勝利っていうわけ! どう?」
リューに向かって自慢げに胸を反らす勇吹。
そんな彼女にリューは「そうか」と短く応じた。
「それにしても、半年で4万って1年で8万かぁ…大金ねぇ。私の店じゃ一年でそれだけ純利益出ないわ」
そして腰掛けてはふー、と吐息を漏らす勇吹。
「お金で解決する話じゃないけど…」
フォークとナイフを止めて、サーラが言う。
「でも、何もないよりはいいよね」
「そうそう! 腕のいい義肢職人だって見つかるかもしれないんだし」
明るく言う勇吹。
祝杯といって開けたワインのせいもあるのだろう、彼女は上機嫌だ。
「後は任期が終わればレックスさんも帰国してくるんだし。カタリナさんにはいい事続きよね」
勇吹の言葉にサーラが微笑んで相槌を打った。
そして食事は終わり、サーラはバスルームへ入浴しに行った。
勇吹は洗い物を始めており、リューは本を手に居間にいる。
「社長の取巻きの中に、お前を襲った水妖使いはいたのか」
「…え?」
ふいに声を掛けられ、キッチンの勇吹は洗い物の手を止めて振り返る。
リューはいつの間にか読書を止めて、窓から外を見ていた。
「ええと…いなかったけど…」
言われてみれば、という話だ。勇吹はその事を深く考えもしなかった。
「まあ、前に私がぶっ飛ばしちゃったしダメかと思って出てこなかったんじゃないの?」
そう言って勇吹は食器洗いを再開する。
リューに返事は無い。
「あ! それともアイツらまだ何か隠してるのかしら!」
「いや」
短くリューが勇吹の言葉を否定する。
「これ以上叩いても、もう連中からは何も出てこないだろう」
「…そ、そう?」
勇吹がリューを窺う。
しかしそれ以上彼は言葉を続ける事はなく、視線を本へと戻していた。
まあ、必要があってその時が来ればリューは何か言ってくれるだろう。
勇吹はそう思っている。
「そろそろ、暖炉に薪を入れなきゃね…」
「そうだな」
そして勇吹とリューは、揃って空の暖炉を見た。

間も無く、ライングラントに冬がやって来ようとしていた。