第20話 Chaser of Ocean-6


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その男、リチャード・ギュリオンはサムトーの姿を見止めて笑った。
獲物を前にした肉食獣の笑みだ。
「こうして顔を合わせるのは、これで3度目になるか」
対するサムトーは無表情でリチャードに視線を返している。
「そうねぇ。そういえばハイドラの連中の中じゃアンタと一番会ってるわね。戦ったことはまだないけどね」
「これまでは諸々の邪魔が入ってそれが叶わなかったな。毎度歯痒い思いをしておったわ・・・」
そしてリチャードが手にした野太刀を抜き放ち、鞘を地へ落とした。
「だが・・・その歯痒さもここまで」
腰を落とし構えを取る。
「いざ尋常に勝負」
(・・・・・・・・・!!!)
対峙する両者よりやや離れた場所にいたセシルはその時、腰が砕けて両膝を地に突いていた。
目の前には交戦中のジーンがいるのに、その事すら一瞬でセシルの頭の中から消えてしまっている。
歯鳴りが収まらない。
構えを取ったリチャードが周囲に放った殺気の為だ。
目の端に薄く涙が浮かぶ。彼女の中には今、ただ恐怖のみがあった。
しかしその戦意を喪失してしまっているセシルをジーンは攻撃できなかった。
彼女も萎縮してしまっている為だ。
その場にいる全員が同様の有様である。
ただ一人、サムトーを除いては。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
腕を組んだサムトーは右手の親指の腹を下唇に当てて思案する。
そして彼は「その後の事」を10秒の間に考えた。
一瞬だけサムトーはオルブライトを見る。
この事態は想定済み。こうなった場合の対処法は既に予め彼と打ち合わせてある。
「・・・いいわ。じゃあ・・・」
サムトーも腰を落として構えを取る。
「ちょっと死合うとしましょうか!!!」
閃光が走った。爆発音が響いた。
衝撃波で財団の兵やオルブライトの部下が吹き飛ばされた。
何が起こったのか皆わからない。
ただ一瞬前までリチャードが立っていた砂浜はクレーター状に地面が抉られ、その窪みに海水が流れ込み始めている。
リチャードはいなかった。そして、サムトーもいない。
パルテリースは、視界の端に微かに何が起こったのかを捉えていた。
サムトーがリチャードを蹴り飛ばしたのだ。
蹴られたリチャードは水平に飛んで海面を裂きつつ一瞬で海の彼方、視界の外へと消えた。
直後にサムトーもそれを追って消えた。・・・海面を神速で疾走しつつだ。
「・・・!!! あの方角!!!」
ジーンが2人が消えた方角を見て険しい表情を浮かべた。
彼女も何があったのか見えていたらしい。
「シュヴァイツァー様・・・ニブルヘイムが!」
「ニブルヘイムがどうした!! デキてるのか!!!」
ガン!!とジーンがティアマトの脚部を蹴った。

「・・・立って」
しゃがみ込んでしまっていたセシルの腕を掴むとパルテリースは立ち上がらせる。
「動けるな・・・出発するぞ! 一刻も早くこの島域を離脱する!」
オルブライトが駆け寄ってくる。
「!! サムトーさんは・・・!?」
驚いてセシルが言う。
「彼は置いていく・・・! 元々彼にそう言われていたのだ。途中でハイドラかそれに匹敵する相手に遭遇した場合、自分が応戦するのでそのままシードラゴン島を目指せと!」
「そんな・・・」
愕然とするセシルの肩にオルブライトが手を置く。
「いいか・・・考えてみるんだ。彼がもし勝利するなら、彼は我々を追ってくればいい。しかし万一彼が敗れて我々がここで彼を待っていたらどうなる?」
「・・・・・・・・・・・」
オルブライトの言葉にセシルが黙り込む。
オルブライトの言う通りだった。あの2人の対決では自分にできる事はあるまい。そして万一サムトーが敗れてリチャードがこの場へ戻ってきたら、それを自分たちではどうする事もできないだろう。
「今は彼の言う通り、この場を離れて速やかにシードラゴン島へ出発する事が我々にできる最大の援護なのだよ」
セシルが黙って肯く。
「聞いての通りだ爺さん。慌しくて申し訳無い」
そう言ってオルブライトが、いつの間にか側に来ていたマルーダ長老に頭を下げた。
長老は気にする事は無いと、全てわかっていると言う様に静かに首を横に振った。
「・・・セシルさんや」
杖を手にした貝人の長老はセシルの名を呼ぶ。
「『今、自分にできない事』を嘆く必要は無いんじゃよ。人は常に『今できない事』に出会う。それが生きるという事じゃからの。・・・じゃがそれを嘆く必要は無い。『今できない事』は『この先もできない事』とは違うんじゃからのう」
その言葉は深くセシルの胸に染み込んでいった。
長老へ向けてセシルが力強く肯く。
そして自分たちの船へ急ぐ彼らの背を、いつまでも見送る長老が静かに見つめていた。

サムトーに蹴り飛ばされたリチャードは、セントコーラル沖合いに停泊する財団の空母ニブルヘイムのブリッジの外壁に激突していた。
鋼鉄の壁を大きく凹ませ、そこへめり込んでいる。
「・・・・やるやる。流石は協会最強の『三聖』の一人よな」
メキメキと自身に纏わりつくひしゃげた鉄の壁を手で引き剥がしてリチャードがガン!と音を立てて甲板へ飛び降りた。
そして水平線の彼方を見る。
海上を疾駆するサムトーが一直線にこちらへ向かっている。
「今度は拙者の番だな!!!!」
長大な刀身を持つ野太刀を振り上げるリチャード。
「魔剣!!『海開き』!!!!!!」
「・・・・!!!!」
海上で自身へと向かってきた不可視の斬撃を紙一重で回避するサムトー。
ズバッ!!!!!と海上を走った斬撃は海を真っ二つに裂いて断層を作り出す。
そしてできた漆黒の奈落の底へどうどうと瀑布となった海水が流れ落ちていく。
「クハハハハ!!! 見たか我が魔剣海開きを!!! 我が心の故郷大和の地にあるという『海開き』!!! 流石サムライ・・・武士の国よ。刀一本で海を開いてしまうとはな!!! その魔剣を再現したものが我が海開きだ!!!!」
「・・・海開きはただの海水浴場のオープンの事だってえの!!!!」
跳躍したサムトーが上からリチャードに蹴りを放つ。
それをリチャードは回避する。甲板に炸裂音が轟き、捲れた甲板が天を突いた。
蹴り終った体勢から上を見るサムトー。
今度はリチャードが彼の頭上にいた。
青白い炎のオーラを纏った野太刀を大きく振りかぶって。
「魔剣・・・心頭滅却!!!!!」
「それも意味が違・・・!!!」
ドォンという音と共に甲板に炎の柱が吹き上がった。

「・・・こ、これは・・・!!!」
ティアマトに騎乗したままニブルヘイムへと帰還したシュヴァイツァーが愕然とした。
財団の誇る超巨大空母は無残な姿に変わり果てていた。
まるで大規模な空襲を受けた後の様に各部はボロボロにされ、方々に火の手が上がっている。
「やめろお前たち・・・!! 私のニブルヘイムが!!! 基地計画が・・・!!!!」
ボロボロの甲板の上で、炎の中で未だ戦い続ける両者へ向けてシュヴァイツァーが叫ぶ。
「・・・お前ら・・・デキてるのかあああッッッッ!!!!!!!」
シュヴァイツァーの叫びが木霊となって尾を引いて消えていく中で、2つの影は動かなくなった。
「・・・ごほッッ!!!」
リチャードの吐いた赤黒い血の塊がボタボタと甲板へ落ちた。
彼の胸部中央からやや左下にサムトーの拳が炸裂している。
拳打はリチャードの肋骨を砕き、折れた肋骨はいくつかの内臓を損傷させていた。
「・・・くフッ・・!!」
サムトーが血を吐く。
彼の左わき腹にはリチャードの野太刀が突き刺さり、身体を刺し貫いて背へと抜けていた。
互いに攻撃を入れた姿勢のままで、しばし両者は静止する。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・前座はここまで・・・・」
リチャードがニヤリと笑った。
「アラ奇遇じゃない・・・アタシもそろそろ本気出そうかなとか思ってたとこよ・・・」
両者が上体を反らして弓なりになる。
そして渾身の力で突き出された両者の額が激しくぶつけ合わされた。

オルブライトの船が朝焼けの空の下でセントコーラルから遠ざかっていく。
「追っ手は見えるか?」
探知機を見ているクルーにオルブライトが問う。
「い、います!! 追ってきてます!!!」
半ば悲鳴のような声でそれに答えるクルー。
「くそっ! やはり追っ手がかかったか。だがどんな高速艇だろうとこの船に追いつくのは容易ではあるまい!!」
ぎゅっと拳を握るオルブライトに、クルーは必死で首を横に振った。
「違います!! 船じゃありません!!!」
その言葉に重なるように、大きな波を受けて船が揺さぶられた。
投げ出されないように各人必死に手近な物へ掴まる。
「・・・こ、この波・・・まさか・・・!!!!」
その時、まるで夜が戻ったかのようにブリッジが暗闇になった。
『何か巨大なものが』船を照らしていた陽光を遮った為だ。
それは巨大な蟹だった。蟹に似た巨大な生物だった。
蟹に酷似したボディに、海老の様に節に分かれた長い身体がどこまでも海中に伸びている。
その蟹竜がオルブライトの船へ向け、巨大な鋏を振り上げた。
ブリッジの皆が絶句する。
何ができようはずもない・・・そもそもその鋏自体がこの船ほどの大きさがある。
全員何もできず、ただ次の瞬間に来るであろう衝撃へと身構えて備えた。
そして衝撃が来る。
しかしそれは鋏で船が叩き壊された衝撃では無かった。
何者かが蟹竜に激突し、両者が生み出した波が船に当たった衝撃だった。
「今度は何だっ!!!」
オルブライトが叫ぶ。
窓から皆が外を見る。
蟹竜に何か巨大な生き物が組み付いている。両者は同等の大きさだ。
「・・・ら、ラッコ・・・」
セシルが呆然と呟いた。
蟹竜に組み付いているのは巨大なラッコであった。
そのラッコの頭部に2つの人影がある。
「無事か。セシル」
「・・・ELHさん!!!!」
竜の大剣を背負った侍はセシルへ向けて軽く片手を上げる。
そしてそのELHの隣にはテンガロンハットをかぶった眼鏡の青年がいた。
「初めまして、皆さん」
青年がテンガロンハットを取って挨拶する。
「『協会』のヨギ・ヴァン・クリーフです。ここからは自分がサムトーに代わりまして皆さんに同行させていただきます」
名乗ってヨギが微笑む。
「・・・そうそう、そしてこの子は『超ラッコ』のロバートです。ロバート・ゼメキス。仲良くしてあげてください」
そうヨギに紹介された巨大ラッコは、蟹竜に組み付いた体勢のまま「もきゅー」と鳴き声を上げたのだった。