第5話 吹き荒ぶもの-2


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シュタインベルグ市街の中央部、王宮も一望できる箇所にある18階建てのタワー。
その最上階に公爵ヴェルパール・エルドギーアのオフィスがあった。
ガラス張りの最上階フロアからは、美しいシュタインベルグの夜景が一望できる。
総革張りの豪奢な椅子に腰掛けた公爵は、夜景を見下ろしワイングラスを傾けている。
「…三大秘宝か。クク…ピョートルもいい時期に話を持ち出してくれたものだよ」
赤い液体を喉に落とし込んでヴェルパールが笑う。
「連中には調度いい目くらましになる。精々、秘宝とウィリアムどもの相手に躍起になるがいいさ。…どの道、私が円卓を掌握すればその功績も私の物となるのだからな」
ヴェルパールの机の上には、彼が数年前から調べを進めている古文書の写しの紙が並んでいる。
そしてその他に別の種類の書類が数枚…その書類にはサーラについての情報が記されていた。
「私は実に運がいい。元々の標的としていた王家の所持する『白の宝冠』の他に『ユーヴイールの聖紋』を持つ娘がすぐ目の前に現れてくれようとはな。神威の力を得る聖なる紋様…何としてでも入手させてもらうぞ」
ヴェルパールが振り返る。
彼の背後、部屋の中央には先程から2人の男が無言で控えていた。
まるで鏡面の如く、髪型のみを左右対称に同じ顔をした2人の男。
「聞いていたな、バロック兄弟よ」
「…はい。我らが父、偉大なる公爵様」
バロック兄弟と呼ばれた2人の内、1人がニヤリと笑って返事をした。
もう1人は無言で頭を下げた。
公爵に仕える精鋭、兄ユーディス・バロックと弟フェルザー・バロックの双子の兄弟。
酷薄そうな薄笑いを口元に浮かべた兄ユーディスと対照的に、弟フェルザーは無表情だ。
「聖紋の娘を捕らえるのだ。彼女の側には『ハイドラ』だったクリストファー・リューがいるぞ。ぬかるなよ」
お任せください、とユーディスが芝居がかった仕草で優雅に一礼する。
フェルザーも黙って頭を下げる。
「…弟よ、お前は少し堅過ぎるな。常に余裕と優雅さを持て」
「兄さんはもう少し真面目になるべきだ」
互いにそう言い合うと、兄弟の姿はフッと消えた。
自分1人になった執務室で、ヴェルパールが再びグラスを傾ける。
「メギド様の下で円卓を統べるのは、このヴェルパールこそが相応しいのだよ。見ていたまえ…ピョートル。そして、ジオンめ」
グラスの中の赤い液体に映るヴェルパールの瞳が冷たい光を放った。


夕食のテーブルは何だか異様な空気に包まれていた。
勇吹を部屋に案内した後で、リューが簡単に準備をした食事だが、それでも流石はプロの手並み。
味も見た目もとても急ごしらえのものとは思えない見事な料理がテーブルを埋めている。
しかしその折角の料理の味も、僅かに顔を強張らせているサーラと勇吹の2人は良くわかっていなかった。
これからこの屋敷を拠点に共闘する仲間として、先程サーラと勇吹は互いに自己紹介は済ませてある。
テーブルを埋めたメニューは洋食だった。
不慣れなフォークとナイフをぎこちなく操りつつ、勇吹がサーラをチラリと見る。
(綺麗な子ね…。それに、若いし…)
そう思って視線を手元へ落す勇吹。
(もうちょっと服とか持ってくればよかったかな。慌てて飛び出してきたから最低限の荷物しか持ってきていないし…しかも武闘着ばっかり…)
サーラは無言で食事を続けている。
勇吹から見ると、その所作や雰囲気は物静かで清楚に映った。
(や、やっぱり男って静かで綺麗な子がいいのかしら。わ、私よく怒鳴るし、殴るし、蹴るし、窓ガラス割るし…屋根まで吹き飛ばすし…)
そして勇吹は横目にリューを見る。
こちらもまた無言のまま、静かに食事を続けている。
「…何だ」
勇吹の視線に気付いたリューが彼女を見た。
「あ、いや…その、私…」
慌てた勇吹が口篭る。
「文句はわかる」
「え?」
突然そう言われて勇吹はポカンとした表情を浮かべた。
「今日は満足に仕込みの時間が取れなかったのでな。明日の食事からは善処する」
メニューに不満があるのだと思われている。
カクン、と勇吹の右肩が落ちた。
(…そ、そうじゃないし!!! ってか私が言うのも何だけどあんたちょっとは料理以外のことも考えなさいよね…!!!)
モヤモヤとした気分のまま、白身魚のホワイトソースがけを勇吹が乱暴にフォークで解体した。
食事をしている勇吹をチラリとサーラが窺った。
(素敵な人…それに大人だし…)
何だかリューと勇吹という年上の2人を前にすると自分が一段と子供な様に感じるサーラ。
(元々知り合いだったみたい。どんな関係だったのかな…。財団と協会じゃ敵対者同士だけど、そんな感じじゃないし…2人とも同じ調理師だっていうし…)
一瞬、自分は邪魔者なのではないかとまでネガティブな方向に思考が進んでしまい、慌てて頭を振ってその考えを追い払う。
(…お料理、もう少しやっておけばよかったかな)
ふう、とサーラの口からため息が漏れた。

やがて食事を終えてサーラが立ち上がった。
「ご馳走様でした。今日は早めに休みます」
言って食器を片付けながら、サーラがふと振り返った。
「あ、リュー…お弁当なんだけど…」
ああ、とリューがサーラを見た。
「わかっている」
「ごめんね…作ってもらっているのに」
気にしなくていい、と答えるリューと勇吹に、おやすみなさいと挨拶をしてサーラは自室へ戻った。
「お弁当って…何?」
話がわからなかった勇吹が今度はリューに尋ねる。
「ああ、今朝方急にお前を迎えに行く仕事が入ったのでな。手抜きの弁当を渡した。その不満だろう」
ふーん、と勇吹がやや釈然としない表情で肯いた。
そして、気を取り直した様にリューへとやや身を乗り出す。
「そろそろ聞かせてよ。リュー、どうしてあなたは『ユニオン』と戦うの?」
「・……………」
また、関係ないと一蹴してしまおうかとも思ったリューが勇吹の目を見て考えを改めた。
…彼女の目は真剣だったからだ。
だからリューは
「ケジメの…様なものだ」
とだけ、答えた。


夜の街に鋭い目の整った顔立ちの同じ容姿の2人…バロック兄弟の姿があった。
兄ユーディスはほろ酔いで上機嫌だった。
弟は酒は飲んでおらず、無表情で兄の隣を歩いている。
「つまらん。つまらんなぁ、弟よ。晩酌の相手としてはお前は面白みに欠けすぎている」
芝居がかった仕草で大袈裟に嘆くユーディス。
「兄さん、仕事の前だ。酒は控えるべきだと思う」
そんな兄をチラリと横目で見てフェルザーが嘆息交じりに言う。
「適量の上質のワインはむしろ潤滑油だ。手際も上がるというものさ」
笑ってユーディスは腕時計を見る。
「その証拠に…」
キラリと街の明かりを反射して光る時計の風防ガラスにユーディスの背後の景色が映りこんだ。
そこには兄弟を尾行しつつ、物陰から窺う人影があった。
「気配を消したそこの尾行者殿の存在にも、しっかりと兄は気付いているぞ?」
「・・・・・・・・・……………」
同様に尾行者の存在を先程から察知していたフェルザーからは返事はない。
「…!!!!」
ユーディスの言葉は背後の尾行者へも届いていた。
感付かれていた事を知った尾行者は瞬時に身を翻し、人込みへと紛れ込む。
彼は、冒険者協会の諜報員だった。
ユニオンの要注意人物として兄弟を追っていたのだ。
「おお、行ってしまった。さて弟よ、どうするべきかな、我々としては。兄はあの程度の小物は見逃してやってもよいかなという心境だが」
笑いを含んだ声でユーディスが言う。
「些細な憂いでも断っておくべきだ」
鉄の声でフェルザーが冷たく言い放つ。
「そうか…では理解ある兄としては弟の意見をいれるとしよう」
肩を竦めて笑い、再び顔を上げたユーディスの瞳が鋭く光る。
「『姿無き追跡者』(グレイハウンド)」
ユーディスが呟く。その瞬間、通りに一陣の突風が吹いた。
兄弟は振り向かなかったが、その背後の人込みの遠くからキャッという悲鳴が聞こえた。
逃走していた協会の諜報員が、突然足を取られて人込みの中で転倒していたのだ。
悲鳴はその倒れた男を見た婦人から発せられたものだった。
「…くっ!」
何をされたのかはわからなかったが、転ばされた男は必死に両手を突いて立ち上がろうとし再度バランスを失って地面に転がった。
「う…あ…!!!!」
自らの下半身に視線を送った男の表情が凍りつく。
右足の膝から下が、切断され失われていた。
麻痺していた痛みが戻り、全身に激痛が走る。
しかし、男にはその痛みに叫び声を上げる暇すら与えられる事は無かった。
突如その場に立ち昇った竜巻に巻き込まれ、男が空中高く打ち上げられる。
細い竜巻の中で全身をズタズタに切り刻まれた男は、最後に教会の屋根の十字架に串刺しにされてその生涯を終えた。
丸で百舌のはやにえの様に、胴体を串刺しにされてだらんと力なく十字架から垂れ下がる男の遺体に、通りが悲鳴と喧騒にまみれる。
「…我ら、バロック兄弟の『風』から逃れられる者など何人たりともおらんさ。なあ? 弟よ」
「ああ、兄さん」
騒ぎを背に、闇の中へと悠々と通りを兄弟は去っていった。


スタンリー女学院の昼休み。
今日もサーラ達4人は食堂で昼食を取る。
「ねね、今日のおかずはどんなの? 少し味見していい?」
キャロルは今日もサーラの弁当が気になるようだ。
そんなキャロルにサーラが苦笑して包みを解く。
「いいけど…昨日は初日だから少しはりきっただけで、今日は普通のお弁当よ?」
蓋を開けると、きゃあ、とキャロルは嬉しそうに歓声を上げた。
そこには昨日よりも格段に豪華な料理が並んでいた。
「なんかさ…」
またも自分の食事の手を止めてモニカが言う。
「サーラの『普通』って違うよね。っていうかもうどっかの高級レストランに就職するべき」
(…な、なんで…)
弁当箱の蓋を手にしたままサーラは硬直してしまっている。
(何で昨日よりパワーアップしてんのよ!!!!)
最早力なく乾いた笑いを浮かべるしかないサーラだった。