第2話 Continual change-5


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抜けるような青空。流れ行く白い雲。
綺麗な青い芝生に覆われた王宮の庭園に置かれた白いベンチ。
そのベンチに横たわってぐーぐーと寝息を立てているのは、士官の制服を着崩した青年だった。
青みがかった銀色の髪が時折風に揺れている。身体は引き締まっているが細身の青年。
そこへ足早に青年と同じ服の男がやってきた。見るからに実直そうな青年とは対照的に体格のいい男だ。
「・・・シズマ。おい、シズマ!」
男は寝ている青年に乱暴に声をかけた。
シズマと呼ばれた青年が小さく唸って瞳を開く。
鋭い瞳に光りが射す。
「ケインか・・・。どうした、夕餉の時間にしてはまだ早いようだが」
言われてケインと呼ばれた体格のいい軍人ははぁっと大きくため息をついた。
「何を暢気な事を・・・。仕事だ。中将閣下がお呼びだぞ」
シズマは身を起こすと、ベンチに立て掛けてあった自分の刀を手に取り、腰に差す。
「そうか・・・では行こう」
並んで歩き出すケインとシズマ。
「お前は本当に寝てばかりだな」
「昼寝と日向ぼっこが趣味だ。・・・将来の夢は縁側のある家に住んで猫を飼い、一緒に日向ぼっこしながら昼寝する事だ」
(・・・じ、ジジくさい・・・!!)
シズマの答えに声には出さずにケインが愕然とした。
「お、お前いくつだ・・・!」
「ん? 今年で22だが」
怪訝そうにシズマが返答を返す。
ぬう、とケインが唸った。
「お前くらいの年齢なら・・・もっと他にやる事があるんじゃないのか。俺の隊の連中なんかナンパしたりとかこの国に来てからも色々やってたぞ」
「・・・若い連中とは話が合わん」
そっけなく言うシズマ。
「それに、王宮の女官の友人ならば俺にも1人できた」
「・・・いくつだ、その女性」
半ば返答は予想できているものの、それを問うケイン。
「62歳だそうだ」
「そろそろ・・・定年ですね・・・」
どこか遠い目をするケイン。遠くから小鳥の鳴き声が響いてくる。
「国へ戻ったら手紙を出すと約束した。これで文通相手は男女合わせて11人だ」
「その方々の平均年齢は・・・!!」
ふむ・・・と少しシズマが考え込む。
「70前後と言ったところか」
「近い内にお前の文通相手が欠けていく事がない様に祈っておくよ・・・」
乾いた声でケインが呟いた。

コンコン、とノルンの客室の戸をノックするシズマ。
入りなさい、と中から声がかかり、扉を開く。
「バアちゃん、どうしたんだ?」
入って声をかけて来るシズマに、ノルンが苦笑する。
「ここでは中将と呼びなさいな」
シズマはノルンの娘の子だ。
姓は違うが2人は血の繋がった祖母と孫だった。
僅かに綻んだ表情を、すぐにノルンは引き締める。
「シズマ・・・貴方に大事な任務を与えます。今すぐこの密書を持ってライングラントのゼファー王を尋ねて頂戴」
そう言ってノルンは書類の入った大きな封筒をシズマに手渡した。
「わかった。・・・援軍の要請か」
先だっての四王国会議でのアレス大統領の発表の事は当然シズマも知っている。
シズマの言葉にノルンが肯く。
「ライングラント・・・船旅になるな」
「そうね。ラフテースの港町までは列車で行って、そこから船でライングラントへ向かって。ラフテースで信用できる知人を待たせてあるから、そこで合流して以後は一緒にライングラントを目指してもらうわ」
わかった、とシズマが肯く。
基本的にシズマは余程の事がない限りは状況に異を唱える事はない。静かな心で常に状況を受け入れる。
(相変わらず老成した子ね・・・)
大任を与えてもまったく普段の通りのままの孫に、ノルンは頼もしいような物悲しいような複雑な気分になった。

1時間後にはシズマは旅の支度を整え、王宮に与えられていた他仕官と共同の客室を後にした。
市街部を歩き、駅へと向かう。
港町ラフテースまでは列車で2日ほどの旅になる。
(・・・何か時間を潰せるものがあるといいな)
そう思ったシズマは途中で本屋に立ち寄った。
そして「月刊ゲートボール」の今月号と「かんたん家庭菜園、おうちでトマトを作ろう」の2冊を購入する。
さらに食料品店に立ち寄って煎餅とほうじ茶を買って、彼の旅の支度は完了した。
買い物を終えて駅へ向かう途中に、シズマはふと違和感を感じた。
(つけられているな)
・・・どうやら尾行されているらしい。気配を殺して2人。
(まあ、なるようになるだろう)
そう決めて、シズマはとりあえず気にしない事にしたのだった。



ライングラント王国、首都シュタインベルグの夜。
クリストファー・緑は雑踏の中にいた。
行き交う人々の中を特徴的な赤い髪が進む。
ライングラントにも、徐々に蒸気文明は浸透してきている。
夜の街を照らすのも蒸気式の瓦斯灯だ。
この街にも蒸気の工場の立ち並ぶ工業区というものもできた。
少しずつ、世界に蒸気の技術は広まりつつある。
そしてその中心地は遠く南西の地、ファーレンクーンツ共和国だった。
ファーレンクーンツによる先の四王国会議での発表は、ここライングラントにも少なからぬ衝撃を与えていた。
街を行く人々もその話題を不安そうに口にする者が多い。
リューは漠然とした勘ではあったものの、その共和国の動きの背後に『ユニオン』の影を感じていた。

今日もリューは一日をユニオンの情報収集に費やした。
このライングラントの闇社会の顔役と情報屋を渡り歩く。
・・・後は、正体不明の通り魔による殺人事件が起きていないかと調査する。
残念ながら今日の散策では目ぼしい収穫はなかった。
クリストファー・緑は料理人である。
さもなければ殺し屋である。
当然かれは世界平和等と言う物には興味が無い。
いかなる理由でユニオンが世界を戦火に包もうとしていたとしても、本来ならそれに関知する事はないはずなのだが・・・。
それでもリューはユニオンとの対決を決めている。
単に命を狙われているから相手をする、というのとは違う。
それ以前に自分からそう決めている。
ユニオンの魔の手は、いずれシードラゴン島に伸びるだろうとリューは思っている。
それ程の組織が世界を舞台に暗躍しようとして、島にある『神の門』と超文明の遺産郡を見逃すとは考え辛い。
そうなれば・・・。
(あれの周囲を取巻く環境にも良からぬ影響が出るだろう)
先日、彼は命を救われた。
借りを借りのままよしとしないのがリューの性格だった。
一つの命に、一つの命で報いる。
命を脅かされない一つの状況を作る事で報いる。
・・・たったそれだけの事が、クリストファー・緑が超古代よりの秘密結社と対峙すると決めた理由だった。

住処へ近付いてくる。
リューが裏路地へ入る。
薄汚れた暗い路地。その先に今のリューの家がある。
周囲の環境同様に、汚れた小さな家だ。
そこを買い取り、今彼は活動の拠点としていた。
ここしばらくの生活で、慣れつつあるいつもの帰り道。
しかし・・・今日は違う。
路地に足を踏み入れて直ぐ、リューはその気配を感じ取る。
彼の鋭敏な感覚が、その先にいる只者ではない誰か、の存在を伝えている。
気が付けば、掌に汗をかいていた。
鼓動も普段よりも早まっている。
・・・リューは、他人事の様にその事実に驚いていた。
ギャラガーと接していた時ですら、身体がそこまで緊張を訴えた事などなかったのに。
がくん、と身体が揺れて踏みとどまる。
(・・・・・・・・・)
足がもつれ、転びそうになったのだ。
段差も躓く石もない場所で、自分で勝手に。
(・・・本能が、この先へ進むなと言っているのか)
自分の深い所に居る何かが、必死に警告を発している。
それでも、リューは前へと進んだ。
路地の壁に寄り掛かって腕を組み、1人の男がリューを待っていた。
黒い髪に、黒いジャケットの背の高い男。
「・・・・・・・・・・・」
リューが足を止める。
男は目を閉じて俯いている。
「お帰り。クリストファー・リュー」
そして低い声でそう言うと、顔を上げてリューを見た。
「・・・何者だ」
普段、無駄と思われる相手にはリューはこの問いを発する事はない。
だが、この男は問えば名乗る気がした。
「俺か・・・俺は、そうだな・・・」
黒い髪の男がフッと笑う。
「俺は今お前が一番会いたいと思っている男だ」
「・・・・!!!」
リューが表情を険しいものに変える。
「・・・メギド・・・!!!」