第2話 Continual change-6


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リューは構えは取らなかったが、いつでも全力で動けるように全身を緊張させた。
目の前の男・・・メギドからは殺気も敵意も感じない。
それなのに気を抜けば膝を屈しそうになるほどの強いプレッシャーを感じる。
「んー・・・?」
メギドは寄り掛かっていた壁から背を離し、リューに真正面から向き直ると何故か顔をしかめて顎を右手でさすっている。
その表情は不愉快さではなく、不可解さを表していた。
「よくわからないもの」を見た者の表情だ。
「お前は・・・違うな」
そう言って顎に当てていた右手を下ろすメギド。
何が違ったのか・・・その次に言葉は続かない。
「俺を殺しに来たのか、メギド」
リューが言うと、メギドは一瞬不思議そうな顔をして、そして笑う。
「おかしな事を言うな、クリストファー・リュー。俺が何故お前を殺さなければならん?」
そしてメギドは僅かに胸を反らすと悠然と笑う。
「俺は聞き届けるもの、与えるものだ。・・・奪うものではない」
「与える・・・力をか」
リューが言うとメギドは肯いて肯定の意を示す。
「そうだ。力・・・あるいは知識、時によっては道具である事もある。俺は神ではないのでな。俺が所有しているものしか与えてやる事はできん」
「デュラン・パウエルに何度でも蘇ってくる魔犬の呪いの力を与えたのは・・・」
俺だ、とメギドが答える。
リューが握った拳にやや力を込めた。
「ならばデュランを殺した俺はお前の敵ではないのか」
「それは違うぞ、クリストファー・リュー」
メギドは肩をすくめて、ふーっと長い息を吐いた。
「俺は渇望する願いを聞き届け、そいつの求めているものを与えるだけだ。その後、そいつが与えたものをどう使って何をしようが、その結果どのような結末を迎えようが、それは俺の知った事ではない」
そう言うとメギドはゆっくりとリューへ向かって歩いてくる。
「俺は長く生きている。その時間の中で様々な古代よりの秘儀や力、強力な魔道遺物(アーティファクト)を発見回収し管理してきた」
ふっとメギドが遠い目をする。
「だが・・・ある時に思ったのだ。貴重な古代の叡智・・・それをただ集め棚に置いて飾っておくだけの俺の行いに果たして何の意味があるのか、と。それは真に求めている者が使ってこそ意味があるのではないか、とな」
メギドはリューのすぐ前まで来て足を止めた。
「この地にて俺の聞き届けた願いの一つが刈り取られたと聞いて、その相手に興味を持って見に来たのだが・・・無駄足だった。お前には願いがない。何かを渇望していない」
メギドはそのままリューとすれ違う。
互いの肩が触れ合う程の距離でメギドがリューの隣を通過する。
「正確には、お前には願いと想いがあるがその成就に俺のもたらすものを必要としていない。自らの手で成し遂げてこそ意味のある願いだ。だから俺はお前には用がない」
メギドが遠ざかっていく。
その男は、リューが考えていたのとは随分と違った。
・・・しかし、考えようによっては考えていたよりもずっと危険な男だった。
「折角来たのだ。・・・何もそうすぐに帰る事はあるまい」
その言葉と同時に、リューは地を蹴っていた。
去り行くメギドの背に、渾身の拳打を叩き込む。
ゴッ!!!!!!と唸りを上げて拳はメギドの背に吸い込まれた。
「力、知識、あるいは道具だ・・・リュー」
ぶん、とふいにメギドの姿は掻き消えた。
拳が空を切る。
「・・・!!!」
「生命は・・・くれてはやれんな」
一瞬、激しくリューの視界がぶれた。
次いで全身に激しい衝撃と痛みが駆け巡る。
メギドの左の拳が、リューの右胸に炸裂していた。
肋骨が砕ける嫌な音がリューの耳の奥に響く。
「・・・ぐ・・・ふッ!!!」
激しく血を吐きながらリューは吹き飛び、背後の壁に叩き付けられた。

「・・・ぐ・・・」
呻きながら、砕けた壁に背を預け立ち上がるリュー。
しかしその身はがくがくと揺れ、地面には口元から滴った血が零れ落ちる。
揺らぐ視界にメギドを見る。
「今の・・・一撃は・・・」
掠れた声でリューが口にする。
高速でしっかり視界に捉えられたわけではなかったが、それでもリューはその身に受けてその一撃が自分と同じ拳法のものだとわかった。
「ほう、流石にわかったか」
メギドがニヤリと不敵に笑う。
「お前の使う流派からは『源流』に当たる古い武術の拳打だ。俺が回収した古代の叡智の一つだよ、リュー」
ザッ、と立ち上がろうとするリューの眼前にメギドが立つ。
「何かを奪おうとするのならば、己もまた奪われる事も覚悟しなければな・・・」
メギドがゆっくりと右の拳を引いた。
その拳にじわりと殺気が篭る。
「これが、そういう事だ」
必殺の右拳がリューへ叩き込まれようとしたその瞬間、2人の頭上に月光を遮る影が走った。
『!!!』
リューとメギドが同時に上を見上げる。
「はああああッッッ!!!」
裂帛の気合と共に、2人の頭上高く跳んだサーラはメギドへ向けて蹴りを放った。
その一撃をひょいと軽くかわすメギド。
ドォン!!と炸裂音が響いて抉られた土片が舞う。
「お前にも会いに行くつもりだったが・・・そちらから来てくれたか。サーラ・エルシュラーハ」
着地したサーラを見て、メギドが目を輝かせた。
「何をしに・・・来た・・・」
リューが呻く。
「お前ではあの男はどうにもできん・・・逃げろ、サーラ」
苦しい息の中で、強い調子でリューが言う。
しかし彼の前に立つ褐色の肌の少女は首を横に振る。
「いやよ・・・。私が逃げる時は、あなたも一緒」
メギドへ向け構えを取りながら、サーラははっきりとそう言った。

・・・その日、何故かサーラは朝から落ち着かなかった。
虫の知らせ、というのだろうか。
理由の無い焦燥が全身をじりじりと灼いて、思考が乱れる。
帰宅し、夜になってもその思いは収まるどころかますます強くなるばかりで、だから彼女は夜の街へ散策へ出た。
自分は何かを見つけると、そういう確信があった。
そして彼女は、リューとメギドの戦いの場へ辿り着いたのだ。
「・・・ぬぅ」
サーラを見るメギドが怪訝そうな表情を浮かべた。
「そうか・・・お前も違うか。残念だぞ」
「・・・?」
メギドの言葉の意味が、サーラにはわからない。
「お前の中には何かを犠牲にしてでも得たいと思う渇望がない」
1歩メギドがサーラへ向けて踏み出す。
「ならば、お前にも用はない。用はないのだが・・・」
そう言い放ち、メギドは2人へ向けて右の掌を向ける。
「どいていろと言った所で、お前は聞きはしまいな」
「・・・!!!」
瞬間的に危機を察したサーラが、背後のリューの腕を掴む。
しかし2人がその場を離脱するよりも早く、メギドの手から放たれた赤い光を伴った衝撃波が2人を吹き飛ばした。
為す術もなく2人は宙を舞い、地面に叩き付けられた。
「ぐっ・・・!!!」
全身を走る激痛にサーラが呻く。
(・・・負けられない・・・!! 負けたくない!!!)
ぐぐっ、とサーラの拳が爪を立てた地面の土を掴んだ。
何か手を・・・あの恐るべき魔人を出し抜いてこの場を脱する手を・・・。
サーラの脳裏に、ふいにある記憶が蘇る。
『・・・いい?サーラ』
珍しく普段の明るい調子ではなく、硬い声と真剣な眼差しで自分に接している悠陽の記憶。
『あなたの「この力」 はとても大きくて危ない力なの。迂闊に使えばあなたの大事な人まで傷付けてしまうかもしれないわ。・・・だから、私か協会の上位の職員が許可を出した時以外は、あなたのその力の使用は禁じる・・・いいわね』
覚えている。あの日から忠実に護り続けてきた約束だ。
遠き日の大切な誓い。
(悠陽さま・・・)
サーラの視界が涙で揺らいだ。
彼女にとって誰よりも大切な人物・・・天河悠陽。
悠陽との約束を違える事は、サーラにとっては死にも匹敵する苦痛だった。
(ごめんなさい・・・)
涙を拭って、サーラは立ち上がった。
そして鋭い瞳で迫るメギドを見る。
「・・・開紋!!!!」
叫びと共に、サーラが眩く輝く。
「!!」
メギドが眉を顰め足を止めた。
「これは・・・」
周囲を薙いだ突風を浴びて、リューが呟く。

光の柱が、天へ向けて聳え立っていた。
その光景を遠く見る者達がいた。
「・・・あれは・・・」
ウィリアム・バーンハルトが空を見上げる。
まるでその一角だけが真昼の様に白く輝いている。
そのウィリアムの二の腕を、隣に立つ魂樹・ナタリー・フォレスティアはぎゅっと掴んでいた。
「何ですか・・・先生、あれ・・・」
魂樹もその柱を呆然と見上げていた。

その天へと昇る光の奔流の中にサーラはいた。
彼女の全身は今、光り輝く紋様に覆われている。
一瞬の後、ドン!!!!と言う爆発音を残して彼女の姿が消える。
後には跳躍の後の抉れた地面だけが残される。
光の矢と化したサーラは、メギドに猛然と襲い掛かる。
高速の拳と蹴りの乱打は、衝撃波だけで周囲の建物を削る。
だがその人智を超えた猛攻をメギドは受け、かわし、止めて凌ぎきる。
「・・・ユーヴイールの聖紋か・・・!! 現代に継承されていたとは驚いたぞ!!」
瞳を輝かせ、楽しそうにメギドが笑う。
「だが・・・その力まだ使いこなせてはいないようだな」
サーラの猛攻を凌ぎつつ、メギドが右手を高く上げた。
「どれ、見せてやろう。真にその力を使いこなせばどれ程の事ができるのかをな!!」
叫びと共に、メギドの右腕に光る紋様が浮かび上がった。
「・・・!!!!」
「『神龍』(ヴリトラ)」
言葉と共に、メギドの右腕を輝く雷の束が覆った。
その右腕を振るうと、雷電は竜巻となりサーラを直撃する。
「きゃあああああああああああああっっっ!!!!!!」
悲鳴を上げ、雷の嵐の直撃を受けたサーラはボロボロになって吹き飛ばされた。

恐らく、僅かな間意識を失っていたのだろう。
ぼやけるサーラの視界に、倒れているリューに迫るメギドが映る。
「う・・・だめ・・・やらせな・・・い・・・」
立ち上がる。身体中が軋む。
脳幹がガンガンと揺さ振られる感触。
もはや痛みは体の中で反響しあい、彼女は自分がどこを負傷しているのかもわからない。
足を引きずるようにして、サーラは両者の間に割り込んだ。
「・・・・・・・・・・」
無言でリューの前に立ちはだかったサーラを見るメギド。
サーラも無言のまま、メギドを睨みつける。
サーラにとっては、まるで永遠のような僅かな時間が流れた。
「・・・フッ」
ふいにメギドが下を向いて苦笑する。
「わかったわかった。そうあまり仲良くしてくれるな、妬けるぞ」
おどけてそう言うとメギドは2人に背を向けた。
「今日の所は負けておこう。・・・やれやれ面白い日だった」
はは、と笑い声を上げてメギドが立ち去っていく。

「・・・・・・はぁっ」
全身で息を吐いて、サーラがずるずると地面に座り込んだ。
同じような体勢のリューと肩を寄せ合うような格好になる。
「見なさい。・・・どうにか・・・なったわ・・・」
サーラがリューを見て言う。
「奴が・・・気まぐれを出しただけだ。本当ならお前は殺されていた」
リューの返答はにべもない。
「そんなの、関係ないわ。・・・私は死んでない、あなたも死んでない。それが全てよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
反論できなかったのか、それともそれ以上の問答を無駄と断じたか・・・リューは不機嫌そうに黙り込んだ。
2人とも肩を寄せ合ったまま、動かない。
・・・動けない。
そんな2人を、静かに優しく月光が照らしていた。