第5話 吹き荒ぶもの-3


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流石に二進も三進も行かなくなったサーラは、平身低頭しながら止むを得ず真実を打ち明ける事にした。
「ごめんなさい…本当はこのお弁当、知り合いの調理師の人が作ってくれたの…」
消え入りそうな声で3人に告げるサーラ。
思えば最初からそう言えばよかったのだ。あの時にこの一言が思い浮かばなかった自分が恨めしい。
「まあ、流石に今日のコレはどうかと思ったよ」
弁当を見てからからと笑っているモニカ。
「え~、でもこんなお弁当作ってくれる知り合いがいるなんて羨ましいなぁ」
はふー、とキャロルはうっとりとため息をついた。
あはは、とサーラは苦笑するしかない。
「知り合いの調理師の人って、この近くにお店があるの?」
メイに聞かれてサーラは首を横に振る。
「ううん、前は大きなお店にいたらしいけど、今はフリーみたい」
「あら、勿体無いわね。これだけの腕のある人が」
意外そうに言うメイの脇から、モニカがスッと手を伸ばす。
「私は食べる方専門でいいなぁ」
肉の切り身をひょいと摘まんで口に放り込む。
「…んはぁ…美味しい…お肉に何したらこんなに柔らかくて濃厚な味になるの…」
恍惚としてしまっているモニカ。
慌ててキャロルが「ずるい~」と言いつつ自分もサーラの弁当箱から料理を摘まんでいる。
「もう…サーラのお弁当よ?」
眉を吊り上げて2人を注意するメイをサーラがなだめる。
「いいから、メイ。せっかくだしあなたも1つ食べてみて」
「そ、そう…? それじゃ1つだけ…」
何だかんだ言いつつも、自分も興味があったのだろう。
摘まんだ料理を口に入れて、しばらくの間メイはもぐもぐとやっていた。
「……………」
と、思ったら今度は難しい顔をして黙り込んでしまった。
口に合わなかったのだろうか、とサーラが思っていると、やおら目を開けたメイはサーラの肩に両手を置いた。
そして真剣な顔でサーラの顔を覗き込む。
「サーラ…悪い事は言わないわ。この人のお料理は程々にしておきなさい。世の中にはもっともっとしょうもない味の料理が沢山溢れてるんだから、あなたこの味に若い内から慣れちゃったら将来絶対辛い思いするわよ」
何を言われるのかと思えば随分大袈裟な言い回しのメイに思わずサーラは吹き出してしまった。
しかし、彼女の言いたい事もわからないではない。
それほどリューの料理の腕は突出しているのだ。

同時刻、サーラの屋敷ではリューと勇吹が昼食を取っていた。
昼食は勇吹が担当した。
流石にラーメンと言うわけにはいかないが、ある程度の食材はリューが揃えてあるので勇吹が献立に苦慮する事は無かった。
しかし折角の昼食の席は、明るい話題で彩られはしなかった。
話題は彼らの戦いの事…『ユニオン』の話になったからだ。
「成程ね。財団に比べたら随分得体の知れない連中ね」
リューから説明を受けた勇吹が箸を休めてそう言った。
「連中は古代の叡智の回収という目的を集団として持っているが、必ずしも全員が忠実にその目的の為に動いている訳ではない」
リューも食事の手を止めて応える。
「危ない連中に古代の力を与えて犯罪に走らせてるんだっけ?」
そうだ、とリューが肯く。
『ユニオン』によって古代の叡智の力を与えられた者は二種類に分かれる。
1つはメギドによって力を与えられた者…これは極少数であるだろうとリューは予想している。ひょっとして国内ではデュラン神父のみであった可能性もある。
ただ、メギドは力を与える者の願いに善悪を判断する事がない。だから力を与えられた者は必ずしも犯罪行為に走るとは限らないし、場合によっては『ユニオン』に敵対的行動を取る事すらあるだろう。
そしてメギドは自らが力を与えた者のその後については無頓着だ。
もう1つはメギド以外の者から力を与えられた者…そこまでの事ができるのは凡そラウンドテーブルのメンバーに限定される。
即ち、ここライングラント国内においてはヴェルパール公爵によって古代の叡智の力を与えられた者たちという事になる。
この場合の力を与えられた者は前者とはまったく性質を異にしている。間違いなく公爵は与えた力を『ユニオン』もしくは自身の為に使わせようと考えるし、それが叶う者にのみ力を与えているだろう。
これからリューや勇吹の敵となるのが、そういった者達なのだ。
「そのナントカ公爵が、この国にいる連中の総元締めなんでしょ…? だったらソイツをパパッとやっちゃうわけにはいかないの?」
「考えてはいる。…しかし、今はまだ不確定要素が多すぎる。実現は困難だ」
勇吹に問われて、リューが静かに答えた。
ヴェルパール公爵は表の世界で社会的地位のある人物である。その動向を掴むのは容易だ。
そしてリューは格闘戦と並んで暗殺のプロフェッショナルでもある。
「現時点で、公爵の周囲にどれ程の腕を持つ者が何人程度いるのか…それがわからん。そして公爵自身の力量もな」
そこまで話すと、ふとリューはやや俯き加減に視線を泳がせた。
「『ユニオン』の精鋭『ラウンドテーブル』…13人と言われている奴らの全員を把握しているわけではないが、少なくとも俺はその内の1人を知っている。公爵以外でな」
その時、微かにリューの言葉の中に何らかの感情が混じったように勇吹は思った。
しかし、それがどの様な想いであるのかまではわからない。
「もしも奴と同程度の腕を公爵が持つのだとしたら、戦闘はあらゆる情報を集めた上で万全の準備をして臨むべきだ。さもなくば…」
顔を上げてリューが勇吹を見る。
金色の瞳に勇吹が映る。
「…俺達は命を落とす事になるだろう」
「…………」
脅しで言ったのではなく、リューはただ事実を述べただけだ。
それがわかるからこそ、勇吹はやや表情を強張らせた。
ともあれ、当面の方針を彼女は理解した。まず、勇吹たちのすべき事は情報収集だ。
これにはこの街の協会の職員も協力してくれるだろう。
ご馳走様、と席を立ったリューが自分の食器を片付ける。
「やはり、お前の料理は美味い」
食器を手にしてふいにリューがそう言った。
いつもの無表情で。
「…そ、そお…?」
反対に面食らった勇吹は一瞬で赤面していた。

放課後、サーラは真っ直ぐ屋敷に帰らなかった。
メイに誘われて買い物に寄ったのだ。
目的地は書店である。最近、この街でも最大級の大手の書店が大幅に海外の翻訳本を置いたのだとメイは上機嫌だった。
ここしばらくの付き合いで、サーラはメイの趣味が読書であり、一番好きなジャンルはミステリーであると知っている。
サーラ自身も愛読家の端くれとしてプライベートな時間を読書に費やす事は決して珍しい話ではなく、本屋を訪れる事は楽しみであった。
2人の訪れた書店は流石に首都最大と言われているだけの事はあり、3階建ての大きな建物はどのフロアも書棚で埋め尽くされていた。
近年改築を終えたばかりだという店舗内部は明るく綺麗で、どことなくサーラの書店に対して持っていたイメージ、小さく静かで薄暗いというものを悉く覆した。
「あ、ウォルター探偵事務所シリーズの新刊が出てる…。2人の追跡者も続編が出ていたのね。うーん…」
新刊のコーナーでメイは難しい顔をしていた。どれを買っていくのか取捨選択で悩んでいるのだ。
既に彼女の脳内ではリストアップされた買って帰りたい本が2桁に達している。
サーラも悩んでから、結局彼一冊の詩集を買っていくことに決めた。
水辺の詩を多く詠む事で有名なブルック・シェルナーの詩集。
2人は1時間ほど過ごしてから書店を出た。
意外にも帰ろうと持ちかけてきたのはメイの方だ。
「…あれ以上いたら、そのまま住み着いてしまいたくなるわ」
そう言った彼女は結局2冊の小説を買っていた。一度に買えば買っただけ一気に読んでしまうので、こまめに通って長く楽しむのだと、そうメイはサーラに説明する。
そして笑顔でメイが礼を言う。
「付き合ってくれてありがとうね。モニカもキャロルも書店は喜ばないから…2人とももっと本を読むべきだと思うんだけど」
モニカは身体を動かす用事なら、キャロルはお菓子の美味しいカフェテリアならば喜んで付いて来るのだけど、と嘆息するメイにサーラが微笑んだ。
「気にしないで、私も楽しかったから」
また明日学院で、と挨拶を交わして2人は別々の方向へ帰る。
メイは寮のある学院の方角へ、サーラは自分の屋敷の方角へ。
ほんの僅かに重みを増したカバンを持って、帰路を急ぐメイの足取りは軽い。
「今日は寝不足になりそうね…適当なところで切り上げられればいいんだけどね」
小さく呟いてメイが苦笑したその時、その彼女の眼前に2つの人影が立ち塞がった。
「…?」
前を塞がれ、メイが見上げる。
夕焼けの赤を背負って、目の前には銀色の髪の毛の同じ顔をした双子の兄弟がいた。
「…やあ、お嬢さん」
双子の内の1人…兄ユーディスが愛想良く笑顔で挨拶をしてくる。
しかし、口調と表情に反してその目は冷たい光を放っていた。
弟フェルザーは相変わらずの無表情で隣に控えている。
「な、なんですか…あなたたち」
じりっとメイが後ずさった。
戦う力を持たない彼女でも、双子の放つ一種異様な危険な雰囲気は感じ取れる。
彼らがナンパの様な軽薄な目的では無く自分の前に立った事は明白だった。
ユーディスが優雅に前髪をかき上げる。
「少々我らにお付き合い頂きたく思ってね。大人しく付いて来てくれるかな」
「どうして私を…あなたたちは誰なんですか?」
身構えて表情を険しくするメイ。
問いつつも彼女は内心で考えを巡らせる。
ここは表通りからは1本奥へ入ってしまっている道だが、それでもすぐ隣の道には今だ多くの人通りがある。
そうこうしている内にもこの道にだって入ってくる者がいてもまったくおかしくない状況だ。
…危険は、まだ少ないはずだ…逃げる隙は与えられないとしてもこの場で大声を出せば誰かが賭け付けて来てくれるだろう。
そう、彼女は考える。
「我々かい? …フフ、我々はね…」
気取って胸に手を当て、ユーディスが名乗りを上げんとしたその時、文字通り疾風の様にフェルザーが動いた。
瞬時にメイの背後に移動したフェルザーの動きをメイはまったく知覚出来ない。
だから、彼女は自分がふいに意識を失ったのはフェルザーが首筋に落とした手刀のせいなのだと理解する事はなかった。
ぐらりと崩れ落ちるメイをフェルザーが抱き留める。
「おいおい…弟よ。どういうつもりだ」
「兄さんが名乗ろうとしたから」
端正な顔を顰めて不満を口にする兄に、無表情の弟が答える。
「顔を見られる所までは仕方が無いにしても、迂闊に名まで知らせる事はない」
鉄面皮の弟に、兄は大袈裟にため息をついた。
「…別にいいじゃないか、名前くらい教えてやれば」
意識を失って弟に抱かれているメイに視線を向けて、ユーディスは口元を冷笑に歪めた。
「どの道…殺すのだからね」

屋敷へ戻ったサーラを出迎えたのは勇吹だった。
リューの姿は無い様だ。
「リューは出かけてるわ。帰りは遅くなるかもしれないって」
そう勇吹がサーラに説明する。
サーラや勇吹が協会の職員を協力者とできる様に、リューにはリューで財団時代のつてでまだ生きているパイプが存在している。
リューはそれを活かしてこの街に独自のネットワークを形成しつつあった。
今夜の外出はそのメンバーと会う為のものだ。
「だから夕食は私が準備したからね」
そう言う勇吹に、サーラがありがとうと礼を言う。
夕食のテーブルに並んだ料理は、前日のリューの洋食から一変して典型的なツェンレン料理だった。
いただきます、と挨拶をしてサーラが料理に箸をつける。
(…う、やっぱり凄く美味しい…)
何故かその事でサーラは落ち込んでしまう。
「美味しいです。…勇吹も料理が上手なのね」
それでも律儀な彼女はきちんと調理者に感想を述べた。
「ありがと! 本当はラーメンを食べさせてあげたいんだけど、ここじゃちょっと準備が無くってねー」
照れ笑いを浮かべる勇吹。
窓ガラスも割るし、とは付け足さない。
「ラーメン…」
ふと、サーラが昔を思い出す。
ラーメンは悠陽の好きなメニューだった。
協会の施設で一緒に暮らしてきた頃はよく彼女が食べに連れて行ってくれたものだ。
その事を思い出して、サーラの表情が僅かに綻んだ。
「ラーメンは好き。美味しいですよね」
「!! …でしょ!!?」
どばん!!とテーブルに両手を突いて勢い良く勇吹が立ち上がった。
皿の上の料理が一瞬浮くくらいの勢いである。その剣幕にサーラが思わず面食らって仰け反った。
「ラーメンはね、全ての料理の王様と呼ばれているの! 古くは四王国のツェンレンで王の食する最高の料理として生まれたのがラーメンなのよ! 近年では共和国のアレス大統領が蒸気機関の開発研究を進めているのだって蒸気機関を利用した麺打ち器の開発の為だっていう噂だし、エストニアのジュピター王もラーメンぶっかけられて喜んでたし!!!」
突如会話がラーメンまみれになってしまった。
ついでに歴史考証もラーメンまみれになった。
最早サーラはどう返事をしてよいのかもわからず、ただコクコクと相槌を打っている。
勇吹のラーメン談義がさらに熱を帯びていこうとしたその時、唐突に鳴り響いた電話のベルがその勢いに水を差した。
「…んもう、いい所なのに!」
頬を膨らます勇吹に苦笑しつつ、サーラが受話器を取った。
「はい、もしもし…」
『こんばんは、サーラ・エルシュラーハお嬢さん』
受話器の向こうから聞こえてきた気取った男の声は、サーラの聞き覚えのないものだった。
そして電話の相手はサーラが疑問を思い浮かべたり問いを発する余裕を与える事無く一方的に話を進める。
『突然だが、君の友人を預かっているよ。先程、書店で一緒にいたお嬢さんだ』
「…!!!!!!」
その一言がサーラの脳髄を凍てつかせる。
「誰なの…目的は何!!!」
抑え切れない怒りを滲ませてサーラの語調が荒くなった。
何事かと食卓の勇吹が振り返る。
『我々は…公爵様にお仕えするバロック兄弟。我々は君に用があるのだよ…サーラお嬢さん。お友達を返して欲しければ、そうだな…あまり時間を与えて小細工をされるのもつまらない。今から私の言う場所まで30分以内に来て貰おうか。遅れれば、お友達は少々残念な事になるよ』
受話器の向こうの声が告げる住所を頭に叩き込むサーラ。
「…必ず行くわ」
血を吐く様にサーラが返事をする。
『クリストファー・リュー氏も是非にお連れしてくれたまえ。楽しい夜になるよ。…では、お待ちしている』
最後に薄く笑い声が聞こえて、チンと電話は切れた。
「バロック…兄弟…!!」
受話器を置いて、ギリッと奥歯をかみ締めてサーラは呟いた。
(許さない…私の友達を…!!!)
握り締めた拳から、爪が破った皮膚からの血が一滴床に零れ落ちた。