第23話 黒い月光-2


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斜陽の光も消えて、アンカーに夜が訪れる。
・・・そろそろ出る時間か。
私は上着を手に取った。
日中仕事だったメンバーも皆戻ってきて、めいめい外出の支度をしている。
・・・? 皆戻って・・・いや、ラゴールがいないな。
私は各人の名前のあるオフィスの壁のホワイトボードを見た。
今日はラゴールの予定は迷い犬探しか・・・。
その時、オフィスの電話が鳴った。
私がその電話に出る。
はい、ウィリアム事務所・・・ああ、ラゴールか。
「ウィリアム、迷い犬探しが難航していてな。心当たりの場所で張り込むつもりなので今日は戻らん。場合によっては数日戻らないかもしれないが心配するな」
げ、そこまでやるのか。今日は皆で外食なんだしとりあえず一旦戻ってきたらどうだ?
流石に1人張り込みしている状態で皆と外食するのも気が引ける。
「いや、そうしている間に犬が来るような気がする。俺の事は気にするな。皆で行ってこい。ではまた連絡する」
それだけ言ってラゴールはさっさと電話を切ってしまった。
むう・・・。
釈然としないな。何かが引っかかる。
私の心の中にもやもやとしたものが残った。
・・・一応、念の為できる事はしておくか。
そう思って私はフックに戻した受話器を再度手に取ると、ある番号を回した。

そして「ラーメンいぶき」にて
「え~、では新たな仲間であるクラウス君の入社をお祝いしましてカンパーイ!!」
伯爵の音頭に、かんぱーい、と全員の声とグラスを鳴らすチーンという音が唱和する。
・・・つかクラウス君はお前だよ!
流石に気心の知れた店だ。頼まなくてもバンバン料理が出てくる。
「また先生んとこは今日は随分賑やかだねぇ? 全員なのかいこれ?」
キリエッタに問われて私は、いや残念だが一人仕事で来れなかったんだよと答える。
「そうかい残念だね。ま、ゆっくりしてっておくれよ」
そう言ってキリエッタはウィンクを1つ残して給仕に戻っていった。
箸を割って待ち遠しそうにソワソワしているシイタケマンの前にイブキが丼を出した。
「はい、キノコラーメン! お待ちどうさま!」
キノコ類が沢山具材に入ったラーメンを前にシイタケマンがガーンとショックを受けている。
「・・・!!!・・・!!!!!・・・・」
そして両手で顔を覆ってワッと泣き出した。
「・・・あれ・・・目を見たらキノコラーメンだって見えたからそうしたんだけど・・・まずかった?」
イブキが首をかしげる。
「・・・うーむ。そやつのソレはつまりだな、『自分は今キノコなんだから共食いになっちゃうからキノコ料理喜んだらいけないのに、だけど本当はキノコ料理が大好きな私の醜い本性を見抜かないで!!』という事なので問題ないじゃろう」
腕を組んだジュウベイが言う。
・・・難儀なシイタケだな。
うちでもいつもキノコ料理出すとショック受ける割にお代わりするしな。
「おねえさーん、生お願いします」
キリエッタに向かってジュピターがひらひらと手を振っている。
ジュピターとジュウベイと伯爵の前には既に数本の空のビール瓶が転がっていた。
ペース早いなぁ。
「・・・んも~、程ほどにしてくださいね王様~」
やや口を尖らせながらも、キリエッタの持ってきた瓶を受け取ってジュピターにお酌するマチルダ。
そのマチルダがふと、店の奥の客席を見た。
「・・ああ!!! あー!!!!!」
突然絶叫したマチルダの声に驚いた魂樹が箸からポロリとシュウマイをこぼした。
シュウマイは隣のジュピターの丼にボチャっと落ちて派手に汁が飛んだ。
「ああっ!! 大変です!! 前が見えません!!!」
眼鏡のレンズを拭けい。
マチルダは奥の席を指差してワナワナと震えていた。
・・・・? 何だ一体。
そちらを見る。
赤い髪の東洋風の衣装の男が1人でラーメンを食べている。
男はマチルダに騒がれている事もまったく意に介した様子も無く、ずずっとラーメンを豪快にすすって汁まで一気に残らず飲み干した。
そしてゴトリと丼をテーブルに置いて一息つく。

「・・・あれ、あちらさんお知り合いかい?」
キリエッタの問いに首を横に振る。
いや、私は面識がないが・・・あちらは?
「さあ? ここしばらくのうちの常連さんさ。夜は毎晩来てるし、昼にも来る事多いね」
・・・それはまた随分ラーメンが好きな人なんだな。
ともあれマチルダ、そんな風にあまり人を指差すものじゃない。
「・・・う、だって・・・彼『ハイドラ』ですよ・・・。この前私と魂樹ちゃんとジュデッカをフルボッコにして病院送りにしたクリストファー・緑です・・・」
ぶーっ!!!!
思わず私は口に含んでいた麺とスープを真正面に座っているジュピターに吹いてしまった。
「ああっ!! ラーメンぶっかけプレイですか!!? 望む所ですよ!!!」
いいから顔拭けい。後ごめん。
「・・・・・!!・・・・・・」
厨房でイブキが弾かれた様に顔を上げた。
「騒がしい奴らだ。黙して食えとまで言うつもりは無いが、節度と言う物があるだろう」
嘆息して言うリュー。
そのリューのテーブルの前にマチルダと魂樹とDDとルクが立った。
しかしリューは目を閉じたまま席から動かない。
「・・・落ち着け。今日の所はこちらに交戦の意志はない」
「私たちの仲間を傷付けておいてそれが通るとでも・・・?」
DDが低い声で言う。
「それならば・・・」
リューが目を開いてDDを見た。
「初めに我らハイドラの同士リゼルグ・アーウィンを殺したのはお前たちだったな?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
DDはそれに無言で応じたが、僅かに気勢が削がれた格好となった。
「とはいえ・・・。俺個人としてはお前たちに何ら思う所は無い。命ぜられた仕事以外での戦闘は可能な限り回避したいというのが本音だ。今日はお前たちも食事をしに来ただけだろう。やめておけ」
立ち上がって後ろからマチルダの肩に手を置いた。
・・・今日の所は彼の言う通りにしよう。ここは友人の店だしな・・・。
「・・・う・・・せんせ~・・・」
抱きついてしくしくと泣き出したマチルダの頭をぽんぽんと軽く叩く。
他の皆も釈然としない表情ながらも席へ戻った。
一先ず落ち着いたか・・・む・・・。
ザッ、と足音を鳴らしてリューの前に誰かが仁王立ちになる。
・・・それはイブキだった。

イブキは挑みかかるような鋭い視線を座るリューへと向けている。
「・・・私の・・・・。私のラーメンはどうだったの? クリストファー・緑」
・・・? 何故かリューにラーメンの味を聞いている。
聞くまでもなくイブキのラーメンは凄く美味いと思うがな・・・。
「美味い」
案の定、間髪入れずにリューはそう答えた。
イブキがややホッとしたように表情を崩す。
「だが・・・」
しかしリューは言葉を更に続けた。
「足りないものもある」
「!!!」
再びイブキが表情を緊張させる。
静かにリューが立ち上がった。
見下ろす者と見上げる者が逆転する。
「もう少し時間を置いて話をするつもりだったがな。これもいい機会だ」
何を話すつもりなのか・・・。
いつの間にか我々も全員その2人のやり取りを見守っていた。
「勇吹、俺はお前に会う為にこの島へ来た。ここ数日お前のラーメンを味わって、それが誤りではなかったと確信を持った。・・・俺の店に来い、勇吹。お前に料理を教えてやろう」
「・・・・・・!!!」
絶句するイブキの前にキリエッタが立つ。
「ちょっとちょっと・・・アンタねぇ・・・。黙って聞いてりゃさっきからえらそーに! 料理を教えてやるって? フン、いらないお世話さ! 勇吹の料理はアンタなんかに教わらなくたって・・・」
そのキリエッタをギラッと剣呑な光を放つ瞳で睨んでリューが黙らせる。
「確かに・・・大華料理の求道者たれば己の言わんとする事は言葉にて語るものではないな。厨房を借りる」
そう言ってリューは制止する間も無くさっさと厨房へ入っていってしまった。
そして手を洗って壁にかけてあるエプロンを無造作に取って身に着けるとラーメンを作り始める。
その手際の良さ、鮮やかさはイブキにも引けを取るものではなかった。
思わず全員で言葉も無くリューの調理に見入る。
やがてリューは沸き立つ湯の中より、振りザルで麺を掬い上げた。
・・・湯切りだ。
思わず全員で身構えてしまう。
爆発とかしないだろうなこいつの湯切りは・・・!!!
「・・・『崑崙』」
ふわっと、優しく緩やかにリューが振りザルを振るった。
ぬ・・・?
あれでおしまいなのか・・・??
「え、終わり? あんなんじゃお湯切れてないんじゃ・・・」
言いかけたDDが異変を感じて自分の耳を押さえた。
私も息苦しさと耳鳴りを覚えて咄嗟に耳を塞ぐ。
何だこれは・・・気圧か・・・!!!
パン!!と破裂音の様な音を響かせて店の窓ガラスが全て割れた。
結局コイツも窓ガラス割るのか湯切りで!!!
「いつも思っていたが、窓は強化ガラスにした方がいい」
スープに麺を入れつつリューが言う。
「うちはどうせ割るから一番安くて薄い窓ガラス入れてるんだよ」
耳を押さえたまま渋面で応じるキリエッタ。

ゴトリ、と私の前にラーメン丼が置かれる。
私の前に、というか私達全員の前にだ。
リューは我々の分までラーメンを出してきた。
・・・いや、善意なのか何なのか知らないが、既に我々は一杯食べてしまっているしな・・・。
普通の醤油ラーメンだ。
箸をつけないのも無礼かと、とりあえずは麺をすすってみる。
・・・・!!
「む」
同じように麺を口にしたジュピターが唸った。
・・・これは・・・。
「むおっ・・・」
浴びるように一気に麺を掻き込むジュウベイ。
見れば他の皆も一心不乱にラーメンをすすっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そのラーメンをすすっていたイブキの目からポロッと涙がこぼれた。
「どうだ」
上から声をかけられて、涙を一杯に溜めた瞳でリューを見上げるイブキ。
「全てお前と同じ素材を使って作った。俺の言わんとしている事が少しは伝わったか」
言葉も無く、ただ鋭くリューを見つめるイブキ。
「お前と彼らの間柄の事は承知している。我ら財団にも良い感情を持っていない事も百も承知だ」
私の方を見てリューが言う。
「だが、それらは『全て切り離して考えろ』 料理には不要だ。財団が憎くて構わん、俺を嫌うのも構わん。だが俺の店で料理を学べ、勇吹」
そしてリューは我々に背を向ける。
「返事は急がなくていい。俺は暫くは『仕事』でこの町に滞在しなければならん。良く考えろ」
ガラッと店の戸を開けるリュー。
「お前なら・・・きっと俺の作る究極のラーメンを継承する事ができるだろう。いい返事を期待する」
そしてリューはそう言い残し、夜のアンカーへと消えていった。

「・・・い、勇吹・・・」
キリエッタが何かイブキに声をかけようとした。
しかし、結局そこで詰まってしまう。
そのキリエッタの前で、震えるイブキの手の中でベキッ!と音を立てて箸が折れた。
「・・・私が・・・ラーメンで・・・負けた・・・っ!!!」
そして震える声でそう呟くと、その後には嗚咽の声が続いたのだった。