第9話 エトワールの憂鬱 -6


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ニコチン爆裂亭の1階を鋭利な殺気が満たしていた。
対峙しているのはツェンレン七星の1人、鶴の獣(鳥)人一鶴と、元ハイドラの剣客にして現在は行き倒れ破戒僧の法岩(リチャード・ギュリオン)である。
太刀を抜いて構えを取る一鶴に対し、法岩は無手にて拳を固めている。
両者無言。互いの頬を汗が伝う。
共に対敵の隙を見出せず、戦いは膠着していた。
そして、そんな2人を尻目に、シズマ達はデザートの抹茶アイスを食べている。
「…黒蜜が美味い」
1口スプーンで食べてみてシズマが感想を述べた。
抹茶のアイスには黒蜜がかかっているのだ。
「本当ね、思ったより甘さもしつこくないし…」
マリスも気に入ったようだ。
そこへもしゃもしゃとアフロの塊が近付いて来る。
宿の主アフロディーテである。
「うちの黒蜜は大和から黒糖を取り寄せて作ってるのさ。本場の味ってやつだよ」
アフロの中から声がする。
「あ、あの…」
その時、会話をするシズマとアフロにツカサが声を掛けた。
「どうした、早く食べないと溶けるぞ」
「そうじゃなくて…」
ツカサは心配そうに奥で死合っている法岩と一鶴を見ていた。

一鶴が音も無く跳んだ。
閃光の様に素早く、舞う様に優雅な動作。
しかしその視線はどこを見ているのかわからない。
(『月見酒』!!!!)
一鶴の視線が語る。
縦横無尽に手にした太刀を振るう。
上下より、そして左右より…まるで空間を埋め尽くすかの様な無数の剣閃が法岩に襲い掛かる。
「…ぬおおおっ! 疾いッッ!!!!!」
一瞬で法岩はその斬撃を全てかわすのは無理だと判断した。
両手を頭上で交差させるとガードに集中する。
その身を一鶴の刀が無数に切り裂いていくが、筋肉を固めた法岩の鋼の防御に阻まれ、深手を与える事はできなかった。
(…何と言う防御力!!!)
一鶴の視線がそう語る。
岩を打ったかの如き痺れが手の中に広がる。
上げたガードの腕の下から、法岩がギラリと頭上の一鶴を睨んだ。
「…今度は拙僧の番よな」
引き絞る様に法岩が胸板が天井に向く様な角度で上体を捻った。
握り締められた拳がメキメキと音を立てている。
(…!!!!)
一鶴の全身を戦慄が走った。
しかしやっぱり目線はどこを向いているのかイマイチよくわからなかった。

「わらび餅にかけても美味そうだな」
軽く黒蜜をかき混ぜてシズマが言うと、アフロがもしゃもしゃと揺れた。
「そういうメニューも出しているよ」
「ほう」
驚いてシズマがアフロを見た。
…中にいる人物は良く見えない。
「ただね、かけるんじゃない。わらび餅で包むんだよ。外側ではきな粉の風味を楽しんで、齧れば中からとろーりと黒蜜が出てくるのだよ」
「なるほど、それも美味そうだ」
和菓子党のシズマは黒蜜の話にご執心だった。
そんな彼の隣ではツカサがオロオロと奥の死闘を見ている。

法岩が捻った上体を戻す。
限界まで力を込めた必殺の一撃。
振り上げられた拳が弧を描いて上から打ち下ろされる。
「…『明王拳』!!!!!!!!!」
如何なる法力か、はたまた空気との摩擦か…その拳は輝く炎を纏っていた。
唸りを上げて迫る必殺の拳を紙一重で一鶴は回避した。
その反応、その跳躍共に超人の域。
(!!!!)
しかし、かすりもしなかったその一撃の生んだ衝撃波を浴びた一鶴は無事では済まなかった。
突風に巻き込まれた様に身体を回転させて床に打ち付けられる一鶴。
(…ぐはッッ!!!)
っと一鶴の視線が苦悶の呻き声を表現していた。
そして法岩の拳は打ち下ろされて床へと炸裂した。
床板を穿ち、そこから四方へ板を跳ね上げながら衝撃波は広がった。
柱は折れて砕け、天井は落ち、そしてニコチン爆裂亭は跡形もなく崩れ去った。

周囲を歩いていた人々は、突然轟音と共に屋根から倒壊した宿屋に一瞬驚愕して足を止め、そこかしこで悲鳴なども聞こえたものの、音の出元がわかると
「なんだ、ニコチン亭だ」
と呟いて皆一様に興味を失ったように歩み去っていった。
瓦礫の下から傷だらけのシズマが這い出して来る。
そして彼は周囲の惨状に目をやると沈痛な表情で
「…まだ、食べかけだった」
と辛そうに呟いた。
「この期に及んでまだ問題はそこなんですね」
隣ではやはり傷だらけのツカサがぐったりしている。
そしてその2人の足元では、未だ瓦礫の下敷きになっているマリスが
「もうヤダ、帰りたい…」
とさめざめと泣いていた。

そして一夜が明けて。
「…で、何でそこでうちなんだよ…」
朝一番から衛兵の詰め所に呼び出されたエトワールは眉間をヒクつかせて呟いた。
目の前には後ろ手に縛り上げられたシズマ達が座っている。
皆神妙な顔で俯いている。
中でも、エトワールを呼ぶ事を申し出たツカサは一番申し訳無さそうな表情をしていた。
バーン!とテーブルを叩いてエトワールが勢い良く立ち上がる。
「おめーなぁ! うちは昨日なんつったんでしたっけ!!? 関わるなつったんだよ!!! それが何で一日経ったら『金貸して』になるんだオイ!!!!」
唾を飛ばしてエトワールが絶叫する。
宿を木っ端微塵にしてしまったシズマ達は罰金と補償で莫大な金額を要求されてしまったのだ。
「言葉のキャッチボールをキチンとしやがれよ!! 意思の疎通ができてねーどころの騒ぎじゃねーぞ!! 今ならお前らよりもマウンテンゴリラの方がまだ分かり合えそうな気がしますよゴルァ!!!」
「いや~持つべきものは理解ある元上司よなぁ」
怒鳴っているエトワールにしみじみと法岩が肯く。
そんな法岩をギラリと睨み付けるエトワール。
「黙りなさいよこのハゲ。てめー久し振りに会って見れば外見のみならず常識までハゲちまったんですかコノヤロー。使ってた時はドッキリするくらい役に立たねーわ、放逐してみれば厄介ごと持ち込んできやがってビックリさせるわとかどんだけうちをドキドキさせれば気が済むんだよ、ええ?この疫病神」
あまりの言われ様に法岩がガックリと項垂れた。
(あ、ガチで凹んだ)
項垂れたまま肩を震わせている法岩を見てマリスが思った。
「…んで? てめーとモメたっつーヘンな生き物ってのはどこのどなた様だよ」
そのエトワールの問いについては、その場にいた衛兵が返事をした。
「罰としてボランティア活動に従事させている」
衛兵が窓の外を指す。
そこには海面に小船が一艘浮いていた。漁師が一人いて海面にロープを垂らしている。
しばらくすると海面にロープを括られた一鶴が顔を出した。
飲み込んだ魚を小船にぺっぺと吐き出している。
「…鳥の種類違うんじゃないスかね」
どこか遠い目をして呟く様にエトワールが言う。
「…お願いします、エトワール様。お金は必ずお返ししますから」
思い詰めた様に必死にツカサがエトワールに言う。
そんなツカサをエトワールが無言で見る。その冷たい視線にツカサが言葉を詰まらせる。
請求額は3万9千クラウンだ。資産家のエトワールでもくれてやるように出せる額ではない。
視線を逸らすとエトワールはチッと舌打ちをした。
船の出航の時刻は間近に迫っている。これ以上ここで時間を取られる訳にはいかない。
懐から小切手を取り出すとエトワールはそこにサラサラと額面とサインを記した。
「エトワール様…」
瞳を輝かせるツカサを睨み付けると、その彼女に向けて折り畳んだメモを放るエトワール。
「うちの口座だ。…いいか、世界の果てから振り込めよ。ぜってー直接会って返そうとか考えるんじゃねーぞ。未来永劫そのツラもううちの前に晒すんじゃねー」
そう言ってエトワールは深くため息をついた。
…薄々わかってはいたのだ。
ヘンなパンツに呼び出されてこんな場所まで飛ばされて来た時に、きっと自分はロクでもない目に遭うのだろうと。


共和国首都、陸軍本部。
自身の執務室で、陸軍大佐ビスマルクは机に座りコーヒーを飲んでいる。
穏やかな午後の日差しの差し込む室内には彼1人しかいない。
ビスマルクが窓の外に目をやる。
よく晴れた気持ちのいい日だ。
…そして、間も無く彼の心中をまた一つ晴れやかにする決定が下されている頃である。
今日は上院議員による選考委員会が新たな銃士隊の指揮官を選定する日だ。
先日、手を回して左遷したカミュに代わる新しい銃士たちのリーダーが決まる。
露骨な関与を気取られる事を避けるために、選考委員の議員達は皆自分の息がかかっていない派閥の連中から選抜した。
しかし、全員が大きな流れに迎合する事で保身に走ろうとする小者ばかりだ。
自分の推薦と言ってビスマルクが息の掛かった者を送り込めば、それに異論を唱えられるものなど1人もいない。
そして彼は送り込んだ手の者を通して銃士隊を掌握する。
(…国内の最大の懸念がこれで消える)
ゆっくりとビスマルクがコーヒーを啜った。
まあ、先日彼が自らの手で銃士隊の頭脳であるエリック・シュタイナーを始末した時にもう勝敗は決していたのだ。
個々に超人的な戦士達であろうと、エリックを除いて「政治力」でビスマルクに対抗できる人材はいない。
(惜しい男ではあったがな。あれでもう少し外面同様の柔軟さがあれば、取り込んで使ってやったものを…)
そんな事を思いつつも、ビルマルクは実際にエリックがそんな変節を行えばそれはそれで自分ががっかりしただろうとも思う。
決して相容れない存在ではあったが、ビスマルクは好敵手としてエリックという男を高く買っていた。
それは曲がらない彼の信念も含めての事だった。
(互いに譲れんのなら…道が交わればどちらかが消えるしかないのだ、エリック銃士)
静かにマグカップを机に置いたその時、慌しくノックの音が響いてビスマルクは顔を上げた。
入室の許可を出すと慌しく部下が入ってくる。
「何事だ」
只事ではない様子の部下にビスマルクが目を細めた。
「い、一大事です、大佐。選考委員会がただ今終わりまして…」
部下がしどろもどろになりながら言う。
その様子からその先の言葉を察して、ビスマルクの眉間に皺が寄る。
「…ゼクターが選ばれなかったと?」
ゼクター・ワールウィンドはビスマルク配下の超人兵士の1人だ。本日の選考委員会では彼が銃士隊の新指揮官に選ばれる筈であった。
部下が恐る恐ると言った感じで肯く。
「どういう事だ」
声に憤怒を滲ませてビスマルクが問う。
選考委員の中に自分の意に背けるほどの胆力がある者はいないはずだ。
「か、会場に急にルーク上院議員が現れたのです…。自分からも推薦したい人物がいるのだと…」
「…!…」
部下が口にした名に、ビスマルクが僅かに目を見開いた。
ルーク・ハワード上院議員…共和国政界の最古老にして大臣を歴任した大御所。
単なる儀礼警備隊でしかなかった銃士隊を法改正で現在の精鋭部隊へと変えた、意味の上での銃士隊の生みの親とも言える人物でもある。
ビスマルクが共和国政界で暗躍する上で、一番警戒していたのがこのルーク・ハワードであった。
しかし、彼はビスマルクの予想に反して、これまで丸で借りてきた猫の如く大人しく、彼の進めたあらゆる政策に対して黙認を続けてきた。
その様子に、彼を反抗の旗手にと期待していた反ビスマルク派の議員達は、さしものハワード議員も老いて牙を失ったかと肩を落としていたのだが…。
ゴッ!と音を立てて樫の木のテーブルにビスマルクが拳を落とした。
「これまで大人しくしていたと思えば…伏せて飛び掛る機会を窺っていたか。…古狸め!!!!!」
怒りを込めてビスマルクが叫ぶ。
そして彼は部下を改めて見た。
「あの爺、誰を推した…」
部下はビスマルクの迫力にゴクリと喉を鳴らすと
「…ジュリア。ジュリア・シュタイナーです…。先日命を落としたエリック銃士の実姉の…」
そう、恐る恐る主へと報告した。