第8話 冬の残響(後編)-5


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重ね合わせた両の掌を前方のカタリナへと向けて、エリーゼは呪文の詠唱に入った。
彼女の周囲にまるで竜巻の様に魔力の渦が現れ、眩い輝きを放ってその長髪を巻き上げる。
カタリナが動きを止めた。
いつの間にか、地面に輝く魔方陣が現れ、カタリナはその中心にいる。
「…かかったわね」
エリーゼがカタリナを睨みつつ、口の端を吊り上げた。
魔方陣からバチバチと激しく放電する4本の光る鎖が伸びてカタリナに巻き付く。
鎖は電撃を放ちながら幾重にもカタリナを縛り上げていく。
「電磁縛鎖(ライトニングバインド)!!…封神雷皇陣!!!!!」
エリーゼが叫んだ。
その瞬間、爆発音に似た轟音を響かせて魔法陣の中に何本もの雷の柱が立ち昇る。
サーラは思わず1歩下がっていた。
相手の動きを封じておいて電撃の嵐に晒す…壮絶な魔術である。
「カタリナさん…」
呟いて辛そうに表情を歪める。
さしものバンシーでも、これはただでは済むまい。
既に跡形もなくバラバラになってしまっているかもしれない。
「…っ」
ふいに、雷電の奔流と化した魔法陣の前方の風景がぐにゃりと歪んで見えた。
「なっ!!!」
エリーゼの表情が凍る。その彼女を抱いてサーラが跳ぶ。
次の瞬間、空間爆砕が起こり2人は衝撃波に晒されて吹き飛ばされた。

ピクリと眉を揺らして、勇吹が顔を上げた。
「…また」
今も何か、遠方で強大な力の行使を感じたのだ。
ぶつかり合う2つの巨大な気配を感じる。
人智を超えた力を持つ者同士が、ここからそう離れていない場所で戦闘している。
リューと勇吹はカタリナの店に到着していた。
2人で調べたが店内も居住部も無人だ。扉は施錠されていない。
奥の部屋にわずかだが戦闘の痕跡らしきものがあった。
ここでサーラとカタリナの間に何かあった事は想像に難くない。
勇吹は窓から雪の夜空を窺う。
「やっぱり…これ何か関係あるのかな」
遠方の気配を指して勇吹が言う。
これだけの大きな戦闘の気配だ。既に国も協会も察知して何か動き出しているだろうが…。
しかし、ぶつかり合う2つの巨大な力はどちらも覚えがないものだ。
問われたリューは無言。
カタリナには確かに古い魔術師の血が流れている。
しかしまったく素人の彼女が、今更その血をどう開放しようとここまで強大な気配を放つまでにはなるまい。
だが、タイミング的に無関係とも言い切れない。
「行ってみるしかなさそうだな」
そう決断してリューが言う。
勇吹が肯いた。

地面に投げ出されたサーラとエリーゼが必死に立ち上がる。
直撃は避けられたものの、2人とも無傷では済まなかった。
動くのに支障の無い負傷の度合いである事は2人にとっては幸運だったが。
戒めを解かれたカタリナがゆらりと前へ出る。
「…無傷…ですってぇ…」
ギリッとエリーゼが奥歯を鳴らした。
カタリナの見た目は先程までとまるで様子が変わっていない。
サーラが先程、短剣で挑んだ時のカタリナを思い出す。
(空間を歪ませて全ての攻撃を遮断してしまう…)
バンシーと化したカタリナの動作は決して機敏とは言えない。
むしろ全体的にその挙動は虚ろで緩慢である。
にも関わらず周囲に展開する空間歪曲の障壁は非常に優秀であり、先程のサーラの攻撃はフェイントも含めて全て完全に防がれた。
「多分…」
サーラが向かってくるカタリナを窺いながら口を開く。
「自分に向けられた攻撃に対して、オートで空間を歪ませるシールドが発動するのよ。そういう能力なんだわ」
「…なっ、何てデタラメな…!」
そんな2人に向かってまたカタリナは口を開いた。
ひゅるる、と吸気の音が微かに聞こえてくる。
「!! …またっ!!!」
エリーゼが叫んで「雷の矢」(ライトニングアロー)の詠唱に入った。
そしてカタリナが嘆きの叫びを放つのと同時に、ライトニングアローの魔術を放ったエリーゼはサーラを掴むとその魔術の中に身を投じる。
空間を横に奔る電撃の中を移動し、2人はカタリナの斜め後方へ移動した。
「…あ」
思わずサーラは声を出していた。
先程まで2人のいた場所で空間爆砕が起こっている。
そしてカタリナはそちらを向いてはおらず、電撃の中を移動した2人が今到達した地点を振り返っていたのだ。
…大きく、その口を開きながら。
たった一度見ただけで、カタリナは電撃の中を移動できるエリーゼの能力を理解して学習していたのだ。
「…っ」
言葉を交わす暇は無かった。
エリーゼは渾身の力でサーラをその場から突き飛ばすと、空間爆砕に飲まれる。
「…エリーゼ!!!!!!!」
突き飛ばされたサーラは衝撃波を浴びながら叫んでいた。
地面を転がりながら、必死に受身を取ってサーラが立ち上がる。
全身に痛みはあったが、今はそんな事を省みている余裕は彼女にはない。
必死に走る。
空間爆砕の後の、石畳が吹き飛ばされ無残に土の覗いた大地を蹴って走る。
エリーゼは吹き飛ばされ、公園の立ち木を何本か薙ぎ倒した後で地面に投げ出されていた。
そこまでサーラは走り、倒れたエリーゼを抱き起こした。
「…う…」
サーラが絶句する。
エリーゼの右腕は滅茶苦茶に折れ曲がり、肉は抉られ真紅に染まっていた。
抱き起こしたエリーゼはごほっと血の混じった咳をする。
内臓や胴体の骨にも損傷があるかもしれない。
「…アイツ…一回見ただけで私の『雷の中を往くもの』(サンダーロード)を…」
瀕死の状態にあって尚、エリーゼは悔しそうに口をへの字に折った。
「…生意気だわ…」
そして彼女は思い出した様にサーラの顔を見上げた。
「何してるのよ…早く逃げなさい。…私ですらこのザマなのよ。あなたがどうにかできる相手じゃない」
「どうして…私を庇ったの」
エリーゼの無残な姿に、サーラの言葉は涙で詰まった。
言われてエリーゼは自分でも不思議そうに視線を宙へ漂わせる。
「言われてみれば…そうね…」
ややあってエリーゼは何かを思いついたように、ああ、と小さく呟いた。
「きっと…私があなたをそんなに嫌いじゃなかったって…そういう事なんだと思うわ」
その2人の前に、ゆらりとカタリナが立った。
「…!」
血塗れのエリーゼをサーラが抱き締める。
「…逃げなさい…!!」
エリーゼの言葉に、サーラは必死に首を横に振る。
もはやかわすのは無理と見たか、カタリナは即座に叫びを発せず吸気に大きく時間をかけた。
ひゅううううと外気を吸い込みながら、ゆっくりとカタリナの上体が反る。
サーラはエリーゼをゆっくりと地面に横たえると、カタリナの前に立った。
「カタリナさん…」
その頬に涙が伝った。
涙に霞む視界に、限界まで息を吸って最大の叫びを発する目前のカタリナが映る。
「…行きます」

カタリナが嘆きの叫びを放つ。
今までとは比べ物にならない巨大な空間の歪みが2人の前方に発生して迫る。
エリーゼは咄嗟に身を縮めて目を閉じていた。
そんな事に何の意味も無い事はわかっていたが…。

サーラが歪みへと1歩前へ出る。
「…『開紋』…!!!!」
直後、うねりを上げる空間の軋みが彼女を飲み込む。

そんな彼女達の様子を、やや離れた場所からメギドが見ている。
傘を差す黒服の男の視線がやや眩しげに細められる。
「…とうとう、見せるか…」
その口から呟きが漏れた。

空気が震えている。
まるで迫る大津波の様な低い唸りと振動が周囲全体に広がる。
地面の小石がゆっくりと浮き上がり、立ち木や街灯がぐらぐらと揺れている。
巨大な空間の歪みはある一点で空中に静止していた。
…否、静止させられていた。
サーラがそれを両手で支えて止めている。
力一杯両手を伸ばして歪みを受け止め、サーラが持ち堪えている。
その彼女の全身には光る紋様が浮かび上がっていた。
文字のようにも模様の様にも見える光る紋様。
「…ううう…ぐぐ…!!!!!」
必死の呻き声が歪みを支えるサーラの口から漏れる。
食い縛った歯が鳴る。
紋様の光は更に強くなり、彼女の背から後方へと空中へ伸びて光の翼を形成した。
ガッと僅かにサーラの踵が地面に沈んだ。
「…うわあああああっっっっ!!!!!!」
絶叫と共に、渾身の力でサーラが嘆きの叫びを押し戻した。
歪曲空間は、それを放ったカタリナ自身へと跳ね返る。
揺らいで軋む景色の中で、それまで表情を変えることのなかったカタリナが僅かに目を見開いた。
そして次の瞬間、周囲を大爆発が包んだ。