第8話 船上の死闘-3


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「・・・狩りの時間よ」
魂樹が1歩前へ出た。
「起きなさい!! ゼフィールヴァルト!!!」
ゴアアアアアアアッッ!!!と響き渡った咆哮が船を震わせる。
それは船の深部、船倉から響いてきた声だ。
そこに、魂樹の「愛馬」がいた。
赤紫色の空にピシッと音を立てて一筋の亀裂が走る。
「馬鹿な!? 咆哮だけで私の『怪奇空間』に綻びが!!」
JOKERが叫ぶ。
次いでドォンと言う轟音を伴って甲板を下から突き破って火柱が上がった。
炎と黒煙の向こうに巨大な影が浮かび上がる。
グルルルルルルル・・・・と影は威嚇の唸り声を上げていた。
煙の向こうに浮かび上がる赤く輝く双眸。その数は3対。
ぬう・・・このシルエットはまさか・・・・。
「何だよコイツは・・・」
アビスの頬を冷や汗が伝う。
「これこそは伝承に言う冥府の門の番犬。よもやそれをこのような海上にて目にする事となろうとは!」
JOKERが両手を広げて天を仰いだ。
炎を裂いて甲板に巨躯が踊り出る。
3つの首を持つ漆黒の魔獣。地獄の番犬ケルベロス。
ふわりと飛び上がった魂樹がその背に降り立った。
「行くわよ、ゼフィール!!」
その魂樹の声に応じてケルベロスがガオォォンと吼えた。
咆哮を受けてメモリーの灰色の影が掻き消える。
「・・・くそ! 冗談じゃね・・・・」
言って下がりかけたアビスへ向けてケルベロスが大きく口を開いた。
「!!!!!」
地獄の業火を吐きつけるケルベロス。瞬く間にアビスが炎に包まれる。
ぐあああああああああとアビスが絶叫を上げた。
「・・・ああ、くそ、ツイてねぇ・・・またロクでもねえメモリーが増えたぜ・・・・」
黒コゲになりながら後ずさったアビスが船の手すりにドン、とぶつかった。
そのショックで炭化したボディの一部がボロッと崩れ落ちる。
「・・・短時間に少し、死にすぎたな・・・。これ以上は再生細胞に負荷がかかりすぎる・・・ちょっとばかし・・・俺は死にっぱなしになるぜ・・・相棒・・・」
JOKERへそう呼びかけるアビス。
「承知いたしました。私もこれにて撤退させて頂く事にしますよ」
「・・・すまねぇ・・・蘇生したらすぐ合流する・・・後を・・・たの・・・む・・・」
ぐらりとよろめいて、手すりを乗り越え炭化したアビスが海へと落下していった。
その瞬間、ケルベロスが甲板を蹴って一気に前に出た。
振り上げた丸太のような前足がJOKERを打つ。
「・・・・・ぐァ!!!」
鋭い爪に引き裂かれたJOKERが3つの肉片に分断されて甲板上に転がった。
しかし飛び散る血は見えない。
JOKER自身も蝋人形だった。
「フフフフ・・・お見事です! 今日の所は我々の完敗ですよ」
横たわるJOKERの上半身が笑う。
ピシピシと空間に亀裂が入っていく。
「間も無く通常空間に復帰します。・・・一つアドバイスしておきますが、その頼もしい相棒の犬君はすぐ元の檻へ戻ってもらった方がよろしいでしょうな。またお会いする機会もありましょう。それまでごきげんよう!皆様!!」
振り上げた手がガタッと甲板に落ちた。
それきりJOKERは静かになった。
「・・・いい子ね、ゼフィール」
甲板に降りた魂樹がその頬に手を添えると、気持ち良さそうにケルベロスはグルルル、と目を閉じて喉を鳴らした。
そして促す主人に素直に応じて船倉へと戻っていった。
そしてガシャーンとガラスの割れるような音を立てて空間が砕け散る。
気が付けば我々は元の青い空の下、賑やかな観光客に混じって甲板に立っていた。

ふうっと大きく息を吐いた魂樹が突然こちらを振り返ってキッと睨みつけた。
「ジュデッカ! いきなり戦闘を放棄するなんて・・・・・え・・・・・」
キョトンと目を丸くする魂樹。
「王様・・・ジュデッカは?」
さあ?と首を横に振る私。
彼女はいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
「もう! 勝手ばっかりして!!」
まあまあ、と怒る魂樹をなだめる。
彼女も仲間なのですから。
「・・・・・・・・・私は、そんな風に思っていません」
俯いた魂樹が搾り出すような小声で言う。
「彼女は・・・ジュデッカは・・・・エミットを・・・・・」
紡がれる言葉、甦る記憶。
エミットは四葉の1人パルテリースの妹だ。魂樹とパルテリースは親友、その魂樹の事もエミットは姉と慕っていた。
・・・そして、『あの事件』の時に、エミットはジュデッカの部隊にいた。
「・・・エミットを・・・・殺したんですから・・・・」
怒りの為か、悲しみの為か、その声は微かに震えていた。
「エミットだけじゃない。あの時にジュデッカが敵ごと焼き払った17人・・・皆いい子ばっかりでした・・・今でも全員の顔を思い出せます・・・だから・・・」
そして魂樹は顔を上げて私を真っ直ぐに見た。
「だから、私は彼女を許さない」
・・・・・・・・・・・・。
私は何も言えずに、黙って優しく魂樹の頭を撫でた。
「・・・もう、子ども扱い・・・しないでください・・・」

船が引き返している。
いつの間にか航路を逆に進んでいる事に気が付いたのだろう。
間も無くシードラゴン島が見えてくるだろう。
着いたらパンダ庵で限定メニューを食べなくては・・・!
ああ、それからラーメンいぶきでラーメンも食べましょう!!
それからそれからノワールでガトーショコラを頼んで・・・。
大慌てで私はしゃがみ込んでアンカー観光パンフレットを取り出すとページをめくった。
「随分とマーカーで念入りに印が付けてあるんですね・・・・」
ええ、それはもうじっくりと吟味して・・・・。
ハッ、と私は上を見上げた。
そこには逆光を背に飛びっきりの笑顔で(こめかみに血管が浮かんでいたが)魂樹が私を見ていた。
「何を・・・・」
ぷるぷると魂樹の拳が震えている。
これはいけませんね!!!! シルフの護りを!!!!
咄嗟に私は高速詠唱で風精を召還した。
しかし呼び出したシルフ達は魂樹を前にするやいなや今だかつてない高速飛翔で離脱していってしまった。
ああっ!役に立たない!!!
「何をしに行くつもりなんですか!!!!!!!」
こうして綺麗にアッパーカットを貰った私は大空に美しい弧を描いて大海原へと消えていったのだった。

~妖精王ジュピター回顧録より~