第4話 Northern Tiger-6

「スコーピオンテイル!!!」
襲い掛かる鞭の鋭い一撃をエリックがかわす。
そしてキリエッタとの距離を詰める。
「・・・流石に詰めてくるね」
「あなた相手では2秒間では全然足りませんね」
互いの攻撃と前進が止まる。
数瞬の静寂。
まだエリックとキリエッタの間の距離は10m以上離れている。
拳の届く距離じゃない。
だけど、「なにかやる気だ」・・・・エリックを見るキリエッタの目はそう言っていた。
ぐぐっと握り込んだエリックの左の拳がバチッ!と帯電する。
これまで一度も振るわれる事の無かった左の拳が。
「行きますよ・・・・『雷霆』」
エリックが消えた。
「!!!!!!」
いや、そう見えた。それ程速かった。
1歩目からトップスピードに達した神速の踏み込みで一気にキリエッタの目前に迫ったエリックの左の拳が撃ち出された。
横に飛んでキリエッタがかわす。しかしわずかに拳はキリエッタを掠めていった。
それだけで衝撃波に巻き込まれたキリエッタは回転しながら地面に叩き付けられ、さらにそのまま壁へと打ち付けられた。
「・・・・・・・くあっ!!」
キリエッタが血を吐いてその場に崩れ落ちた。
「お終いですね」
シュウ、と白い煙を上げている自身の拳をエリックがふーっと吹いた。

オババがぐわっと掌をシグナルに向けて突き出した。
「受けよ!! 狂神兜割りバサミ!!!」
「!!!」
咄嗟にシグナルが体勢を低くする。
一瞬前までシグナルの頭部のあった場所に巨大な鋏が現れるとジャキン!!と轟音を立てて刃が閉じた。
「羅生拳!!!!」
ぐるんと回転しながら裏拳を叩き込むオババ。
回避を試みようと動いたシグナルの身体がガクン、と揺れる。
「何!!!??」
見るとシグナルの影の中から無数の黒い手が伸びて彼の足首をがっしりと掴んでいた。
動きを封じられたシグナルが拳の直撃を受ける。
「ぐわあっ!!!!」
しかし両足を封じた手は足首を離さず、シグナルは吹き飛ぶ事もダウンする事もできない。
「ヒャッヒャッヒャッ!! このまま滅多打ちにしてくれるわい!!!!」
うわーえげつないな・・・・。
再度拳がシグナルへと振り下ろされた。
シグナルはもう動かない。・・・・観念しちゃったんだろうか?
「・・・・・イージスリフレクション」
そう呟いたシグナルの身体が一瞬白く輝いた。
すると何故か拳を撃ち込んだオババの方が血を吹いて吹き飛んだ。
「があっ!!! なんじゃ!!?? 」
吹き飛んだオババが慌てて体勢を立て直す。
その間に黒い腕の戒めから脱出したシグナルが静かに1歩オババへ踏み出した。
「僕はソングオブローレライで魔術を無効化し、イージスリフレクションで物理攻撃を反射する」
ジャキン、と構えた魔剣を高く頭上へ掲げるシグナル。
「だが守るばかりじゃない。受けられるか!! 光の魔力の爆発を伴った僕の最強の一撃、ブレードアブソリュートを!!!!!」
そして光の奇跡を残した斬撃がオババに撃ち込まれ、周囲は激しい光に包まれ爆音が轟いた。

ドガッ!!!と轟音を立てて私の拳がカミュのボディに炸裂した。
「・・・・・ぬう!!!」
カミュがわずかにのけぞるが倒れない。
はー・・・・硬い。手が痛いよ。
「くそう痛ぇなバカヤロ。この前と随分違うじゃねえかよ」
当たり前だ。
私は右目を解放すると全身に魔力が循環して身体能力も大幅にアップする。
だけどそれでもこの男にまだ有効なダメージは与えられない。
・・・・頑丈すぎ。
「俺にゃぁなピカっと光って飛んでくような必殺技はねぇ。戦い方もデタラメだ。・・・・だがなぁ」
ぶんっ、と拳を突き出すカミュ。
「殴れば痛ぇ、殴られれば硬ぇ、オマケに我慢強い・・・・シンプルにして最強!それが俺の異能『鉄人』だ! どんな相手だろうがどんな攻撃食らおうが俺は全部耐える。そんでじりじり相手を追い詰めて最後は必ず勝つ!!」
そしてニヤリと不敵に笑う。
「俺を相手にしたのが運の尽きだったな・・・・レディ・ダイヤモンドダスト」

「・・・・はぁ、参るねこりゃ。掠ってこの有様とはねぇ」
キリエッタがゆっくりと立ち上がった。
「驚きました。タフですね」
エリックは落ち着いて再びファイティングポーズを取る。
まだよろめく足で大地を踏みしめてキリエッタが胸元の埃をぱんぱんとはたいた。
「こんくらいじゃ、まだおねんねするワケにはいかないのさ。・・・・なんせ」
視線を必死にルノーと戦っているイブキに向けるキリエッタ。
その口元がかすかに綻んだ。
「昨日の夕食はラーメンだったからね。マイパートナーお手製のね」
「?」
エリックが訝しげな顔をする。
「さていいもの見せてもらっちゃったし、今度はアタシの番だね」
「申し訳ありませんが、もう一度撃ち込んで終幕とさせてもらいますよ」
再びエリックの拳が電撃を帯びる。
キリエッタにあの一撃を防ぐ術が無い以上、エリックの言葉通りの結末になるはずだった。
しかしキリエッタはふっと笑みを浮かべると、腰の後ろからもう1本の鞭を取り出した。
両手に1本ずつ、鞭を持って構えを取る。
「アタシは左右両方がマスターハンドでね。この意味わかるかい?色男」
キリエッタ両利きなんだ。
エリックの顔色が変わった。
そしてあの必殺打の構えを取る。
その時、彼の目に映った2秒後の世界はどのような場面だったのだろうか。
「・・・・デザートストーム!!!!!」
2本の鞭から無数の打撃が打ち込まれる。
しかしエリックは避けなかった。必殺打の体勢のまま鞭の嵐の中に彼は飛び込んだ。
お互いが命運を託した必殺技の、真正面からのぶつかり合いを選んだのだった。
全身をメチャクチャに鞭で打たれて、割れたメガネが宙を舞う。
そしてついにキリエッタを目前にしてエリックの突進は止められ、彼の拳が再び標的を捉える事は無かった。

煙が晴れていく。
「・・・・む」
シグナルが眉をひそめた。
目の前の無残に抉られた地面にはオババはいなかったのだ。
「避けたのか・・・? 完璧なタイミングだったはずなのに」
周囲を見回すシグナル。
そして炸裂地点からやや下がった場所にいる人影に気付く。
それはシンラとえりりんだった。
シンラはすっかり小柄な老人の姿に戻って昏倒しているオババを胸に抱いている。
とっても怒ってる顔のえりりんはツカツカツカと足早にシグナルに歩み寄ると、いきなりパーン!と大きな音を立ててその頬を平手で殴った。
「・・・・・・な!?」
咄嗟の事にシグナルが目を白黒させる。
「ちょっとあなた!どんな事情があるのか知らないけど、恥ずかしいと思わないの!? お年寄り、しかも女性をこんなになるまでいじめて!!!」
ビッ!とシグナルを指さして怒鳴るえりりん。
その発言に「えー・・・・・」と言う顔をしたのは背後でローレライと戦っていたトーガ(亡霊)だった。

「ハーッ! ハーッハッハッハッハ!! その辺にしといてやってくれないかねお嬢さん。そのプリンスは我が共和国の期待の新星でね。それが頬に手形つけて歩いてたんじゃぁカッコもつかないってもんさ! ハーッ! ハッハッハッハ!!」
低い声が響き渡って私たちは全員そちらを向いた。
そこには大勢のバニーガールを従えたアレス大統領が悠然と葉巻を吹かしていたのだった。


最終更新:2010年07月13日 23:24