第13話 四王国時代の終焉-1


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低く垂れこめた雲が重い。
時折、黒灰色の雲間から閃光が走り雷鳴が轟く。
冬の嵐である。
嵐は何も空の上ばかりではない。地上からは断続的に銃声と爆発音が響いている。
戦争の音だ。

空を彩る雲も灰色なら、眼下の町並みも灰色。
鋼鉄の都、ルーナ帝國首都エンシェンドルム。
そして帝都の中央に位置する巨大な鋼鉄の城砦、帝城バーソロミュー。
その一室にこの帝都の防備を担った2人の将軍の姿があった。
帝國の誇る「六剣皇」の内の2人。
アイザック・ランドルフとロジャー・ローガンの2人だ。
「・・・また雪になりそうですねぇ」
糸目の長身の将軍、知将の誉れ高き六剣皇アイザックが空を仰ぎ見て言う。
「フン、連中もご苦労な事だ。この寒空の下をな。早々に撤退して暖炉のある部屋でウォッカでも飲っていればいいものを」
低い声で応えた口髭の将軍がローガン。通称「帝國の壁」 防衛戦を最も得意とし、自身も契約武装「アシェルの盾」で鉄壁の首尾を誇る武人だ。
ローガンの言う「連中」とは目下この帝都防衛部隊が交戦中の集団の事だ。

・・・彼らはその名を「黙示録兵団」(アポカリプス)と呼ばれていた・・・。

黙示録兵団が初めてその名を歴史に現したのは三世紀以上も昔の事だ。
彼らは世間一般には終末思想に取り付かれたカルト集団と認識されており、事実ここ半世紀前まではその傾向が非常に強かった。
そう、半世紀前までは。
近年、黙示録兵団は強大かつ凶悪なテロリスト集団として生まれ変った。
その背景には、強力なパトロンがついたのだとか、さる国家に属する工作部隊がその名を持ち出しているだけなのだとか、様々な憶測が飛んだがどれも真実に至る確証を伴ったものではなかった。
そして今現実に、彼らはこの帝都を攻撃している。
世界の頂点に立つ4つの国家の内の一つ、ルーナ帝國の首都を、である。
初めは誰もが、そう世界中の誰もが兵団のその行為を気の違ったテロ集団の玉砕覚悟の特攻だろうと見なした。
しかし開戦より一週間が経過したあたりで、彼らはその認識が誤りである事に気付いた。
攻め手の攻撃は途切れる事が無く、まるで無尽蔵の様に兵を送り出してくる。
その補充が海より来る事を突き止めたまではよかったが、時既に遅し・・・兵団の軍艦によって帝都近海の制海権は奪われていた。
事ここに至って、帝都防衛の最高責任者であるローガン将軍は、地方都市へ派遣されていた同じく六剣皇の2人、ゼメキス将軍とダーウィン将軍の軍へ援軍要請を出した。
自身の「帝國の壁」の称号が傷つく事よりも、これ以上戦闘を長引かせて帝國の名前に傷がつくことの方を重く見たのだった。

「舐められたものよな」
苦々しげにローガンが口にする。
確かに帝國は現在斜陽だ。帝國の繁栄は魔道機関と共にあった。
しかしその魔道機関は現在動力である魔力石の枯渇が世界規模で深刻な問題となっている。
もう半世紀もしない内に全ての魔道機関は使用不能となるだろう。
かつてはその魔力石を求めて近隣に侵略戦争を繰り返した帝國であったが、現在は四王国会議に名を連ね、そう言った争いからは遠ざかっている。
しかしその状態にあって尚帝國は現在も強大な国家であり、他の三王国を覗いてその軍事力に比肩しうる国は存在しない。
・・・しないはずであった。
六剣皇はもう7年も1人欠けた状態で5人しかおらず、その中で最強の将軍に贈られる称号「剣帝」に至っては20年近くも空位であった。
ローガンにもこの20年で何度も剣帝を拝受せよとの命が降ったが、彼はこれを頑なに固辞してきている。
「受ければよかったんじゃないですか? 『剣帝』 そうすれば兵の士気も上がりましょうに」
アイザックが言う。
「バカな・・・」
ローガンは苦笑する。
「私にも『恥』を知る心というものがある。あの御二方に続いて私如きがどうして剣帝を名乗れようか・・・。おこがましいにも程がある」
先々代ウィリアム・バーンハルト、先代エルンスト・ラゴール・・・共に歴代最強と言われた二者。
「そんな事ないと思うんですけどねぇ・・・」 
やれやれ、と嘆息しつつアイザックがグラスを2つ取り出し、ウィスキーの瓶を手にとって琥珀色の液体を注ぐ。
そして一つをローガンに手渡す。
「・・・何にせよあと3日だ」
渡されたグラスをローガンがぐいっと呷った。
「3日守り切ればゼメキスの軍が到着しよう。4,5日すればダーウィンの軍も来る。そうなれば我らの勝ちよ。連中を我らが領土から叩き出してくれるわ」
「3日ですか・・・・」
アイザックもグラスを傾けた。
「・・・『そんなに時間をかけるわけにはいかないんですよね』」
ガシャン!! とグラスの落ちて割れる音がした。
ローガンの手から滑り落ちたグラスだった。
「・・・お・・・おお・・・」
胸を掻き毟るローガン。その口からごぼっと赤黒い血の塊が吐き出される。
「・・・アイザック・・・! ・・・貴様・・・!」
その瞳が憤怒の炎を宿してアイザックを映す。
アイザックの顔にはいつもの微笑があった。
そしてその表情のまま、静かに腰に下げた長剣を抜き放つ。
「信じてはもらえないでしょうが・・・これでも本当に貴方を尊敬して友情も感じていたんですよ」
ローガンが何かを言おうとしたが、その言葉は意味のある響きとなって喉を通る事は無かった。
アイザックの剣に貫かれ、彼は鎧を鳴らして床に倒れて動かなくなった。

「・・・マスター!!!」
壁に立てかけられていた魔法の盾が輝き、背中に白い翼を持つ天使の少年が実体化した。
ともすれば女の子と見紛うばかりの美貌の少年だ。
「・・・やあ、アシェル」
優しい声でアイザックが少年の名を呼ぶ。
アシェルは倒れたローガンに縋り付いた。
そして涙を一杯に浮かべた瞳を上げると、アイザックを睨みつける。
「何故です!? アイザック将軍!! ・・・どうしてマスターを!!!」
んー・・・、とアイザックが頭をかいた。
「いやぁ、君のマスターにももう少し先見の明ってものがあればね。僕もここまではしなくて済んだんだけどね」
そして視線を窓の外へ向けるアイザック。
「この国はね。もう終わりなんだよ。例えここで足掻いてみたって一時的な延命にしかならない。破滅の未来は食い止め様がないんだよ。この国がずっと頑なに守り続けてきたもの・・・・歴史と伝統、人間種族至上主義・・・そういったものが全て枷となって僕らは暗く冷たい冬の沼に沈んでいくしかない」
そしてアイザックは視線をアシェルへと戻した。
「悪いけど僕はそこまで付き合うつもりはないんだ。もう少し賢く生きて行く事にするよ」
剣を振り上げて薄く笑う。
「あっちへ行っても良くマスターにお仕えしてくれよ。将軍も2人なら寂しくないだろうからね」

そしてその2時間後、指揮系統の混乱を突かれ、遂に帝都防衛部隊は最終防衛戦の突破を許した。
建国より数百年・・・一度も外敵に足を踏み入れさせる事の無かった帝城は遂にその廊下に賊の靴音が鳴り響く事を許したのだった。

「おっせー・・・おそすぎるわ! どんだけ待たすんだよ人を。高々この程度の仕事でこの糸目!!!」
扉を蹴破るようにして入ってきた金髪の少女がいきなり悪態をつく。
「いやぁそうおっしゃられましても・・・。寝込み襲ったってそうそう討ち取れるようなお人じゃないんですから・・・。自然にグラスが手渡せるシチュエーションに持ち込むまでに僕がどれだけ苦労したか」
大げさに嘆くアイザック。
「はぁ・・・まあいいや舌先でお前とやりあうと疲れるわこの青狐。で、おーさまどこよ。皇帝陛下は」
アイザックが背後の豪奢な大扉を指す。元々彼は皇帝の私室の前で少女を待っていたのだ。
「・・・まいどー! たっきゅうびんでーす!!!!」
ガアン!!!!と乱暴に扉を蹴破る少女。
室内に入り少女がまず目にしたものは、天蓋つきの豪華なベッドと、その上で半身を起こして俯いている痩せた老人だった。
白いシーツには鮮血が散っている。
老人は喉を短刀で突いていた。既に息をしていない。
周りを、と見れば御付きのメイドや衛士たちも残らず自刃して果てている。
「・・・・死んじゃってんじゃんよ。うちの目が節穴で夕飯に食ったトマトピューレをゲロったってんじゃなきゃな」
「虜囚の身となるくらいならと、誇り高き死を選ばれたんでしょうねぇ。いやいや陛下らしい事です」
祈りのポーズを取るアイザック。
「どうすんのコレ。負けましたゴメンナサイ宣言してもらわなくちゃいけないってのによー」
「フレデリック殿下にそれはお願いする事にしましょう。帝國の第一帝位継承者です。この状況では彼がそうするのがよいかと」
すでに身柄は抑えてあります、と付け足すアイザック。
「あー、息子さんね。例の帝政反対主義者つー。まあ誰でもいいや、やってくれんなら。こっちゃもう次の仕事が差し迫ってんだ。こんなさみー国でいつまでものんびりしてらんねー」
そして思い出した様にアイザックを振り返る少女。
「そうだ。これ済んだらお前も一緒来いよ。どーせもうここにゃ居辛いだろ。このままうちは途中でちょっと『拾い物』してからシードラゴン島に向かうからよ」
その言葉を受けてアイザックが深々と頭を下げる。
「・・・ええ、どこまでもご一緒しますとも。我が主・・・この世の偉大なる支配者、ロードリアス様」