第7話 冬の残響(前編)-7


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ステファン社長のボディーガード達は全員が軍用のナイフを抜いて襲い掛かってきた。
全員の動きが連携しており無駄が無い。
専門の訓練を重ねてきた者の動作だった。
連なる攻撃を掻い潜り、サーラが跳ぶ。
建物の壁に足を付け、そのまま落下する事無くサーラが壁面を駆ける。
重力に逆らい上へと向かって。
そして仰け反りながらサーラは地上の黒服達を見る。
逆様に視界に標的を捉えて引き鉄に掛かった指に力を込める。
静かな夜の住宅街に銃声が鳴り響いた。
…最も、この一角にはサーラが結界を張ってある。
専門外のサーラによる拙い結界ではあるが、防音程度の役割は果たす。
大きな音も不審に思われることはない筈であった。
銃声が止むのと同時に、サーラのその足が壁面から離れる。
そしてサーラはくるりと空中で身体を一回転させるとスタッと地上に降り立った。
その前では4人の黒服が地に倒れ呻き声を上げている。
全員がサーラの銃弾を受けて戦闘不能にされている。
ふう、と息を吐いたサーラが2丁の拳銃を上着の内側のホルスターへとしまった。
急所は外してある。致命傷を負ったものはいないはずだ。
…後はステファンの身柄を確保するだけだ。
そう思ってサーラが社長の車へと向いたその時、彼女の背後から質量すら感じさせるほどの圧倒的な殺気が吹き荒れた。

弾かれたようにサーラが後ろを振り返る。
そのサーラの視線の先で、凶気…禍々しいオーラを全身から発しながらバルバスが勇吹の前に立った。
バルバスの周囲の風景が陽炎の様に揺らいでいる。
皮膚を突き破って額から伸びた角のから滴る血で顔を赤く汚したバルバスが不敵に笑った。
「…滅多にこの姿になる事はねぇんだ…。面倒臭ぇからよお」
ゴアッ!!!とバルバスが右手を振るった。
突風が巻き起こり、触れてもいない足元の石畳が削られて破片が宙を舞った。
「だから、やり過ぎちまうかもしれねえぞ…?」
勇吹は拳を構えてそんなバルバスを静かに見つめている。
「シャアッッッッ!!!!」
鋭く咆えてバルバスが動いた。
その前進をサーラは目で追う事が出来なかった。
一瞬にして勇吹の眼前に移動したバルバスはその勢いのままに手にした蛮刀を突き出した。
その一撃を紙一重で勇吹が回避する。
それなのに、勇吹の肩口は切り裂かれて鮮血を迸らせた。
「・・・ッ!!」
サーラが声にならない悲鳴を上げる。
勇吹がきゅっと下唇を噛んだ。
(当らなくてもNG…!!)
続いて繰り出される拳を、蹴りを、肘を…勇吹が捌いていく。
しかしそれらの打撃はガードの上からでも勇吹の内面に重たい衝撃を残す。
バルバスの猛攻の前に、勇吹は防戦一方に追い込まれていってしまっている。
サーラの目にはそう見えた。
「…ハッ!!!!!」
一瞬のバルバスの攻撃の間隙を突いて勇吹が攻勢に転じた。
こめかみを狙って鋭いハイキックが虚空を走る。
…決まった、とサーラは思った。
だが。
「!!!!!」
ガシッ!!!!とその勇吹の右足首はバルバスの超人的な反応速度の前に掴み止められた。
左手で勇吹の足を握ったまま、バルバスがニヤリと笑う。
「捕まえたぜぇ…女ァァァっっ!!!!」
突如、掴んだままの右足首をバルバスが勢い良く頭上へ振り上げた。
「…くっ!!!!!」
為す術なく勇吹が上空高く持ち上げられる。
咄嗟にサーラがバルバスへ向けて走り出した。
到底間に合う距離では無いと、わかってはいながらも。
「終わりだ!!!! コナゴナになりやがれ!!!!!」
足首を掴んで勇吹の身体を地面に振り下ろすバルバス。
ドゴォォォッッッッ!!!!!!!!と轟音が地面を震わせ、瓦礫が宙を舞った。
もうもうと立ち込める砂煙の中、ゆっくりとバルバスが身を起こす。
「…フン」
嘲笑してバルバスはサーラの方へ向く。
サーラは瞳に涙を浮かべてバルバスを睨み付けていた。
「次は…お前だぞ、小娘ぇ」
獰猛な笑みを浮かべてバルバスがサーラを指差した。
「…3つ」
その声はバルバスの背後から聞こえた。
バルバスが振り返る。サーラもその声のした方を向いた。
「…ウソ…だろォ…?」
口の端を引き攣らせるバルバス。
その視線の先は、自分が先程勇吹を叩きつけて作った大穴。
「3つ…選びなさいって言ったわよね」
砂煙の中でゆっくりと勇吹が立ち上がる。
「どれにするの?」
口の端に滲んだ血をぐいっと乱暴に手の甲で拭って、勇吹が真っ直ぐにバルバスを見据えた。
「…テメェェェ…!!!」
血走った目を見開いてバルバスが奥歯をギリッと鳴らす。
そして蛮刀を振り上げて立ち上がったばかりの勇吹に襲い掛かる。
「バケモンかぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」
「そ…1番にしたのね」
頭上から打ち下ろされる蛮刀に勇吹が横薙ぎの拳を合わせた。
バキィィン!!!!と甲高い音を響かせて肉厚の蛮刀の刃が砕け散る。
「ぬぉッッ!!!」
動揺するバルバス。刃の砕けた愛用の武器を握るその手の人差し指を、勇吹が右手で握った。
ベキッ!と骨の折れる鈍い音が響き、人差し指を手の甲へ向けて折り曲げたバルバスが激痛に顔を顰めた。
「がギィィっっ!! …ゆ、指ぃ!!!!」
悲鳴を上げながらも、左手を突き出すバルバス。
狙いは頭部、その髪を鷲掴みにせんと大きな掌が勇吹に迫る。
その一撃を勇吹はひょいと首を傾けてかわし、交差法気味に迫るバルバスの懐へと入る。
「面倒くさい面倒くさいって…」
腰を低く落として構えを取り、勇吹が拳打を繰り出した。
(…あ…)
そのフォームに、サーラはある人物を重ねて見ていた。
「リュー…」
小さな呟きがサーラの口から漏れる。
「…真面目に生きてないから、曲がった事に手を貸すようになるし…私にも勝てないのよ!」
勇吹の拳はバルバスのボディに深々と突き刺さっていた。
身体をくの字に曲げたバルバスの両眼がぐりんと裏返る。
「ラーメンスープで顔を洗って出直してきなさい」
ザッ、と靴音を鳴らして勇吹が身を起こし、右手を腰に当てた。
その隣でゆっくりとバルバスは地に倒れ伏し、そして2,3度痙攣するとそれきり動かなくなった。

サーラと勇吹はゆっくりと蒸気自動車へと近付く。
あの中にはもう、ステファン以外はいないはずだ。
後部座席のドアの持ち手に勇吹が手を掛けた。
「…ん」
がんがんと開かないドアを引く勇吹。
鍵が掛かっているのだ。
「んもう、つまんない抵抗しないで開けなさいよ」
コンコンとドアを叩いて2人が窓から中を覗き込む。
ステファンは座席の上で膝を抱えてガタガタと震えていた。
はぁ、と嘆息して勇吹がベキッ!!とドアをもぎ取る。
奥からひぃぃ、と悲鳴が聞こえた。
そしてぐいっと上半身を車内に突っ込んだ勇吹がステファンの襟首を掴んだ。
「や…やめろ…やめて殺さないで!!」
喚くステファンを力ずくで車外へ引っ張り出す勇吹。
2人の前へ引き出されたステファンは座り込んで頭を抱えている。
「か、金なら…金ならいくらでも払う…! だから…殺さないで…!!」
泣き声で哀願している。
その彼の頭上でサーラと勇吹は困った表情で視線を交わした。
どうやら物取りかその類と思われている様だ。
「お金なんて…私達は望んでいません」
しゃがんだサーラがステファンの顔を上げさせると真っ直ぐ見つめた。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたステファンが「え?」と呆けたような呟きを漏らす。
「正直に答えて下さい。ちょうど一年位前に、カタリナ・エーベルスさんをあなたは自分の会社の車で轢かせて、その事件をもみ消しましたね」
一瞬、ステファンはサーラが何を言っているのか理解ができなかったらしい。
しかし、徐々にその言葉の意味が脳に届くと再び恐怖に顔を引き攣らせて縮み上がる。
「…ちっ、違う!! 私じゃない!! そうじゃないんだ!!!」
眉間に皺を寄せて、腕を組んだ勇吹がステファンを睨んだ。
「あのねー。こっちも散々調べてから来てるのよ。今更しらばっくれようッたって無駄なの」
「そうじゃない!! そうじゃないんだ…。確かにカタリナに社の人間を車で行かせたのは私だ…。けど…だけど、私はほんの少し脅かしてやるだけでよかったんだ!! ぶつけてもせいぜいかする程度にしておけって!! そう言ったんだ…」
次第にステファンの声はトーンダウンしていく。
しおれるように両肩を落す。
「だけど…指示した奴がミスして…。夜で暗かったのと道に慣れてなかったせいで…あんな…」
2人は無言でステファンの告白を聞いている。
「本当だ…怪我をさせるつもりなんかなかった…。ただほんの少し怖い思いをさせてやれば…それで私の気は晴れたのに…」
よろよろとステファンは立ち上がりながら、バリケードの木箱に腰掛ける。
「…話してください。初めから全て」
サーラが言うとステファンはゆっくり顔を上げて彼女の顔を見て…やがて静かに肯いた。

「レックス・へリングは…大学の同期だ。学部もゼミも同じでオマケに同好会までテニスで一緒だった…」
ステファンが俯き気味に語り始める。
表情は憔悴し切っているが先程までに比べれば幾分か落ち着いているようだ。
「奴がいたせいで、私は何をやっても2位止まりだった。奴は人柄もよかったから、いつも大勢の友人に囲まれていた。私にも取り巻きは大勢いたが、皆私の家柄と金に目が行って集まる奴ばかりだった…」
ぎゅっとステファンが拳を握る。
「うらやましくて、妬ましかった。奴さえいなければ…在学中は何度もそう思ったよ…」
「だから、卒業後に海外へ…?」
サーラが言うとステファンが肯く。
「そうさ。父さんに頼んで騎士団に入った奴を海外へ飛ばしてもらった…。団の派兵帰還は長くても3年だ。せいぜいその間戦地で苦労すればいいと、そう思った…」
苦々しくステファンが言い放つ。
するとそれまで黙って話を聞いていた勇吹が彼の頭に拳を落とした。
「ぐあっ!」と悲鳴を上げてステファンが殴られた頭を両手で抱える。
「根が暗いのよ! そんなだから本当の友達ができないんだってわかんないの?」
頭を抑えたまま、涙目でステファンが傍らに立つ勇吹を見上げる。
「…わかってたさ」
掠れた声が口腔から漏れる。
「わかってたとも! 全部自分のせいだって!! …でもどうしようもないんだよ! 急に生き方なんか変えられっこない!! 今まで散々傲慢にやってきたんだ…それがいきなり皆の顔色窺うようにしたって…今更心を開いてもらえるわけなんかない。…せいぜいがおかしくなったって影で笑われるだけだ…!!」
「…やってみなきゃそんなのわからないでしょ!!」
勇吹がステファンの襟首を掴み上げる。
その勇吹をなだめつつ、サーラがステファンを見る。
「…それで、カタリナさんの件は…?」
勇吹に掴まれて乱れた襟元を直しつつ再びステファンが木箱に腰を下ろす。
「あの日は…私達の大学のある教授の引退記念パーティーだった…。教授の授業を受けていた卒業生達も大勢来ていて、その中に私も彼女もいた」
…当日、2人は顔を合わせていたのだ。
早々に容疑者の名前が挙がってしまったせいで、サーラはそもそもカタリナがどこへ出かけて事故に遭ったのかを聞くことを失念していた。
「私は彼女を見かけて、奴のことを思い出した。それでイライラして彼女に声を掛けたんだ…『恋人が遠くにいて大変だな』と。彼女は大丈夫ですと答えてから、私を見て申し訳なさそうに『名前が思い出せなくて申し訳ない、あなたは誰さんでしたか』と、そう聞いたんだ…」
そこで一旦言葉を止めると、ステファンは俯いてふーっと長く息を吐き出した。
「今思えば…彼女がそう言うのも仕方の無い事だった。在学中も彼女とは2,3度言葉を交わした程度の間柄だったし…悪気は無かったんだろう。だが、周囲から失笑が聞こえて、元々イライラしていた私は愚弄されたんだと思って瞬間的に頭に血が昇った…それで…」
「・・・……………」
2人は無言で語るステファンを見下ろしている。
「後で彼女が大怪我をしたと聞かされて…私は慌てた…。もし私の事が事件で表に出れば、私も会社も破滅だ…。すぐ父さんに連絡を取って、圧力を掛けて捜査を止めてもらった…」
「そんな…身勝手な理由で…!」
サーラが上げた拳を握り締めた。
脳裏にカタリナの笑顔が過ぎる。
しかし、サーラが言葉を続けようとしたその時、周囲に大勢の足音が響き渡った。
「…動くな! お前達!!」
現れたのは大勢の武装警官隊だった。
しまった、とサーラが奥歯を噛み締める。ステファンの告白に聞き入って時間が経ち過ぎていた。
勿論今回のこの襲撃はサーラと勇吹の独断によるものだ。
しかも相手は司法で裁けない。自分達は彼のボディーガード達を瀕死にして転がしてしまっている。
「抵抗は無意味だぞ。大人しく投降しろ!」
シールドを構えて警官隊がじりじりと包囲を狭めてくる。
勇吹と背中合わせに彼らと対峙するサーラの頬を一筋、汗が伝っていった。