第14話 渓谷の一族-5


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何かが、遺跡を破壊しつつ真上へ這い登ってくる。
全員がその感覚を共有した。
流石にエリックとシンラも互いに攻撃の手を止めた。
「まず先にやらなきゃいけない相手がいるみたい」
大剣を下ろしてシンラが言う。
「・・・ホッとしました。命拾いしましたよ」
緩めていたネクタイを直してそうエリックが答える。
(今の言葉は嘘)
そうシンラは思った。
・・・目の前の銃士の男は何かまだ「奥の手」を隠している。
そんな気がしたのだ。

一行の内、最も下層にいたアビスと魂樹の二人がまず「それ」と遭遇した。
フロアの床を崩して下より這い上がってきた巨大な魔蟲「スナフキン」
「・・・え」
下から這い上がって姿を現した「それ」を目にした時、魂樹は間の抜けた声を思わず出していた。
それが何かまるでわからなかったのだ。
ただ目の前に突然、大きな滑った液体に濡れた壁が出現した。
ズヂュッと粘液質な嫌な音を立てて、壁の模様が変わった。
(・・・これ、まさか・・・!!!・・・・)
魂樹が戦慄する。一瞬にして全身の毛が逆立つのを感じる。
(・・・・目!!!?? この大きな壁・・・目の前一杯に広がってるのが目なの!!??)
模様が変わった、というのは眼球を動かしてスナフキンが魂樹を見たのだ。
バックステップで後ろに飛びながら魂樹が矢を放つ。
これだけの巨大さなら外す方が難しい。
矢は眼球に炸裂した。
しかし眼球表面を覆う透明の粘液・・・涙のようなものだろう・・・に阻まれ眼球に突き立ちはしたものの、果たしてそれが痛みを感じるレベルなのかどうかわからない。
違和感は感じたのかスナフキンが瞬きをした。巨蟲の目蓋は瞳の上下にあるらしく、上と下から同時に肉の壁が迫って目が閉じた。
瞬きだけで周囲に風が巻き起こる。
想像を絶する巨体だ。
・・・どうしろというのだろう。
差し迫った状況ながら呆然としてしまう。大剣を一杯に突き立てて果たして皮膚を貫けるかどうかというサイズだ。
向こうにしてみれば人間など羽虫のようなものだろう。
しかしどうやらその羽虫に「それ」は用があるらしかった。
再度開いた時、瞳にその「意志」を感じた。
フロアを大きくぶち抜いて赤ピンク色の柱のようなものが屹立する。
それは魔蟲の舌だった。全体がぬらぬらとこちらも粘液で覆われている。ただ瞳のものと違って舌を覆う粘液は強い粘着性を持ち、その粘液で獲物を舌に貼り付けて口内へ引き込んで喰らうのがスナフキンの捕食方法だった。
だがその舌に脅威を感じるより早く、魂樹は頭上から落ちてきた巨大な瓦礫を目にして硬直した。
「・・・・・・・ちっ」
舌打ちが聞こえた。
次の瞬間、魂樹は胸を強く突かれて後ろへ突き飛ばされていた。
突き飛ばしたのは先程まで自分が戦っていた銃士だ。
どうして、とその言葉は声にならなかった。
突き飛ばされた魂樹の目の前で銃士アビスは落下する巨大な岩塊に押し潰された。
そしてその衝撃で足元のフロアが大きく崩れ去る。
虚空へ投げ出された魂樹の手を、誰かが掴んだ。
「・・・・魂樹!!」
それはシンラだった。彼女はジュピターとジュデッカの2人と巨大な白い羽毛の上にいた。
シンラによって羽毛へ引っ張り上げられる魂樹。その羽毛には見覚えがある。ジュピターが魔法で大きくして空を飛ぶ為の羽毛だった。
大した速度は出ないが大人5人程度を楽に運ぶ事ができる。

魂樹を回収した事でジュピターが羽毛を上昇させた。
最早遺跡は跡形も無く、地の底へ続く巨大な黒い穴があるばかりであった。
そしてその穴よりスナフキンは空を見上げて、こちらを伺っている。
「・・・・さてどうしましょうかねぇ」
この状況にあっても相変わらずジュピターの声は緊迫感が無い。
攻撃方法ならば色々と思いつく。
貫通させるだけなら風精(シルフ)を纏わせた矢を放てばいい。
しかしあの巨体に矢をいくら撃ち込んだ所で有効打になるとは思えない。
破壊力だけなら火精(サラマンドラ)纏わせた矢を放てばいい。
しかしあの恐らく相当の分厚さを持つであろう表皮で矢を爆破しても内部に満足なダメージが行くとは思えない。
貫通力と破壊力・・・この2つを両立させる為にはどうしても2人の精霊使いがいる。
ジュピターは・・・ダメだ。どうしても矢は真上から狙わなくてはならない。
彼には羽毛の制御をしていてもらう必要がある。
もう答えは一つしかないのだ。
魂樹がジュデッカを見た。
ジュデッカはずっと魂樹を見ていた。薄く口元に笑みを浮かべて。
彼女がそれを口にするのを待っていた。
エミットの事が一瞬魂樹の脳裏をかすめた。
その悲しみと怒りを、今だけは忘れよう。わずかに視線を伏せた魂樹が再び顔を上げた時、その瞳には強い輝きがあった。
「・・・お願い、力を貸して。ジュデッカ」
ジュデッカはニヤリと笑った。
「勿論だ。・・・可愛い魂樹のお願いだもんなぁ」

ジュデッカが魂樹に後ろから覆いかぶさるようにして2人は身体を重ねて弓に矢を番えた。
ぎり・・・と弓が鳴る。
鏃は真下の巨蟲を捉える。
2人の呼吸が一つに重なる。
そして弦が鳴り響き、風を裂いて矢が放たれた。
「・・・・・・貫け!!!!!!」
魂樹が叫ぶ。
無数の風精を纏った矢は、スナフキンの頭頂部に炸裂しその頭部深くに突き刺さっていく。
頭表より11m奥・・・・頭部中央で矢が止まった。
「・・・・・・・爆ぜろ」
ジュデッカが呟いたその時、スナフキンの頭部からズズン!と低い音が響いて周囲の野山を震わせた。
ゴオ”オ”オ”オ”オ”エ”ッッッ!!!!!
咆哮と共に爆炎を吐き出す魔蟲。右側の眼球は爆音と共に弾き出されて山に落ち、木々をなぎ倒した。
眼球が抜け落ちた眼窩からはぶすぶすと黒煙が上がり炎が燻っている。
そして魔蟲はゆっくりとその巨体を傾かせると、大地を震わせて地に倒れ伏した。

「・・・凄まじいな。あんな力があるのか」
シグナルが呟いた。
「ええ、侮れない強敵ですよ。フォーリーヴズクローバー」
エリックが答える。
彼らは遺跡からやや離れた山間から魔蟲の最期を見ていた。
「ですが、今回は我々の勝ちですね。目的の物は入手しました」
そう言ってエリックは手の中の水晶柱をシグナルに見せた。
メモリークリスタル・・・あの遺跡の最深部にあると見て彼らが奪取に動いたもの。
必要な情報を記録したあの遺跡の「心臓部」とも言える品物であった。
「いつの間に・・・!?」
シグナルが驚愕するのも無理は無い。
あの後彼らは傷付いたローレライを回収して遺跡から脱出しただけだ。
とても最深部へ行って水晶を回収する暇などなかったはず。
「我々3人に先行して、彼が潜入していたのですよ」
「!!!」
エリックの指す方を見たシグナルが再度驚愕した。
黒スーツの男が一人立っている。
いつの間に側にいたのか、シグナルはまったく気配を感じなかった。
やや頭の禿げ上がった地味な中年男だ。
「・・・な、何だこの地味なようでいて逆にそれでキャラが立ってそうな男は・・・!!」
「銃士、温水ヨーイチです」
エリックが答える。
「ぬ、ヌクミズだと!? そんな銃士がいるなんて話は聞いていないぞ!」
新顔とは言え、シグナルは銃士隊全員の顔と名前は把握している。
でしょうね、とエリックは眼鏡の位置を直した。
「温水・・・彼は『隠し番』(ハイドナンバーズ)の1人。リーダーと私の2人しかその存在を知る者はいません。表に出ない任務の多い銃士隊の・・・その更に闇の任務を請け負う仕事人たちです」
「・・・他にも、こんな男たちがいるのか」
シグナルの問いにエリックが肯く。
「ハイドナンバーズは1人ではありませんよ。他にもモト冬樹、谷村シンG、西村マサヒコ、ニコラス刑事等がいます」
「何故だ・・・その男達にはある共通点を感じるぞ!!」
温水の頭を見ながらシグナルが叫ぶ。
「ともあれ、まずはこちらの一勝。戻って情報を解析して更に神の門の秘密へと迫ることにしましょうか」
クリスタルをポケットにしまい、エリックがその場に背を向けて歩き出す。
「・・・来たるべき、『蒸気の新時代』(フューチャーオブスチーム)の為にね」

第14話 終