最終話 ぼくらの故郷-1


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聖アリエル誕生記念祭当日。
アンカーの町は島外より大量の来客を迎え入れ、かつてない盛況ぶりであった。
夜に歌姫セシルのステージがある頃には皆のテンションも最高潮になるだろう。
しかし、我々にそれを楽しむ余裕は無い。
その夜に牙を剥かんとこの町の地下に潜む巨大な鮫がいるからだ。

ノワールの入り口には「本日貸切」のプレートが下がっている。
今日はここが我々の本陣だ。
フロアに並んでいる丸テーブルの上に、オルヴィエが一冊ずつ開いた本を乗せていく。
「さて準備完了!起動するわよ!」
呪文を唱えて手をかざすと、本の上に浮かび上がった球体に映像が映し出される。
それはアンカーの町と地下の水路の現在の様子であった。
重要拠点と思われる場所に予めオルヴィエが出向いてそこへ「視る」効果を持つ魔法文章を記して来ている。
そしてその文章が視た映像はリアルタイムでこの本が投影する。
これで我々はこの場にいて各地の様子を目で見て確認できるわけだ。
「全員これを身に着けて出るがよい」
テトラプテラ女王が皆に指輪を渡している。
「『伝声の指輪』じゃ、これで指輪を身につけた者同士互いに離れていても声をやり取りする事ができるのじゃ。便利であろ?」
敬うがよいぞ、と胸を張って笑う女王。そして後ろにひっくり返る女王。
「指がありません・・・・不器用ですいません・・・・」
高クラーケンの呟きは黙殺された。

そして日が傾く。
日没が迫る。
仲間達は既に配置を完了している。
間も無くセシルのステージの時間だな・・・。
落ち着かない気持ちでノワールの椅子に座っている私はふとそんな事を考えた。
見には行けないが、素晴らしいステージであって欲しいものだ。
せめてその助けになれるように縁の下で頑張る事にしよう。

初めに戦闘が始まったのは4番水路だった。
シャークの者達が暗い通路を走る。
全員が黒装束で完全武装している。
その動きには無駄が無く、統制されていた。
しかしその足元、彼らの予期せぬ場所にトラップはあった。
黒いロープが張られている。先頭を走っていた数人がそのロープに足を取られて転倒した。
続くもの達がそれに躓いてまた転ぶ。
そこに白いガスが吹き付けられた。
「しばし眠っておるがよい」
ゲンウが静かに言う。その隣にはDDがいる。
「ん、ダメみたいよ、なんか」
そのDDが言う。
睡眠効果のあるガスを吹き付けられながら、全員が動きを鈍らせる事無く体勢を立て直している。
皆マスクを身に着けていた。防毒効果のあるマスクだ。
「・・・そんな物まで準備しておるとはな・・・・。なるべく流血は避けたかったが、最早そうもいかぬな」
ジャキン、とゲンウの両手に苦無が現れる。
「その方がいいって。悪い事したら痛い目に遭うの。コイツらは一回そーいうの知らなきゃダメ」
DDが右目を覆っていた包帯を外した。左と違う赤い瞳が外気に晒される。
同時に周囲の気温がぐっと下がった。足元に霜が降り、吐く息は真っ白になる。
流石にこれにはシャークも動揺した。
「真っ白な墓標を用意してあげるよ」
「・・・・・拙者も寒いんですけど」
隣で白い息を吐きつつ、ボソっとゲンウが言った。

8番水路。
「でやああ!! おのれ不埒な悪党どもが!!! このジュウベイが成敗してくれるわ!!! 戦国大車輪!!!」
槍をぶんぶんと回転させながらジュウベイがシャークの集団へ突っ込む。
吹き飛ばされた者達が壁や天井に叩き付けられて悲鳴を上げている。
その後ろではコトハが難しい顔をして指輪を耳に当てていた。
「むー・・・・おじさんの声が大きくて何にも聞こえないよう」
数名のシャークが大暴れするジュウベイを突破してコトハの方へ走ってくる。
コトハはその者たちを気にかけるでもなく自らの脇を素通りさせる。
・・・と、全員がコトハの脇を通過するなり呻き声を上げて倒れ伏した。
全員四肢の間接が妙な方向に曲がっている。
「ま、いいかー・・・いざってなったらおじさんのアゴ外そう・・・・」

2番水路。
シャークの小隊長が足を止めた。
耳を澄ます。剣戟や怒号が聞こえてくる。
ありえない事態。この水路で戦闘が起こっているという事実を確認する。
その小隊長の肩を誰かが後ろからポンと叩いた。
サイカワだった。
「あなたたちは・・・・キュウリですね?」
へ?という顔を小隊長がする。
次の瞬間ボゴッ!と鈍い嫌な音を響かせて小隊長の顔面がひしゃげた。
そのまま水路にバシャーン!と派手に落下する。
べっとりと返り血のついた拳を取り出したハンカチで拭うと、サイカワは次のシャークへと向き直る。
「あなたもキュウリですね。そう決めました」
ベキッ!と下から異音。蹴り砕かれて逆方向に折れ曲がった自らの膝を抱えてシャークが絶叫を上げる。
「・・・キュウリは死になさい」
大暴れしている自分の夫を眺めてひぢりがぽつりと呟く。
「本当に魔術師なんだろうか・・・」

今の所・・・戦況はこちらに有利に進んでいるようだ。
しかしどの水路からも三隊長の目撃報告が無いのが気にかかる。
その時、指輪に小声だが切羽詰った声が飛び込んできた。
『こちら6番水路・・・ルクシオンです。すいません・・・目を離した隙にカイリがどこかへ行ってしまって・・・本陣で動きを捕捉して下さい!』
ルクの声にその場にいる者たちで顔を見合わせる。
「ちょっとォ・・・・誰かシャークの本部の場所、海里に喋ってないよね?オジさん皆に口止めしといたよね?」
スレイダーがジト目になる。オルヴィエと女王が喋ってない喋ってないと首を横に振って否定する。

薄暗い水路脇の通路をカイリが走っている。
その手にした指輪からスレイダーの声がする。
『オーイそこの暴走少年Aー、止まりなさーい。オジさんの毛根に何の恨みがあるのか知らんけど、これ以上オジさんのヘアスタイルがストレスでバーコー道に突入する前に大人しく引き返しなさーい』
「へへっ・・・おっちゃんちょっと待っててくれよ! 敵のボスのバーなんとかって奴、僕が倒してきてやるよ!」
『コラコラコラコラ・・・・オジさんはヒネた中年だから突っ走る若者見たって青春だねーとは思ってあげないぞー。戻るんだー』
スレイダーの声を受けながらも、カイリは遺跡の深部、正確にシャーク本部へと向かって走る足を止めようとはしなかった。

「ダメだねこりゃ。お手上げだよバンザイだよオジさん」
指輪を口元から離してスレイダーが肩をすくめる。
「でもこれホント正確にシャーク本部へ向かってるわね。知ってるんだわこのコ、本部の場所」
「さてどこでその話を掴んで来たものやらのう」
オルヴィエと女王が移動する指輪の反応を見ながらそう言う。
そこに慌しく扉がノックされて若者が飛び込んでくる。
エンリケの部下の青年だ。
「す・・・すいません!ウィリアム先生!・・・こちらだと伺って・・・もう大変で・・・力をお貸し下さい!!」
大層狼狽している。何事だ? シャーク絡みなのか?
とりあえず水を飲ませて落ち着かせて話を聞く。
「う、歌姫が・・・セシルさんが・・・いないんです! もうステージまで時間がないのに・・・どこにもいなくて。皆で手分けして探してるんですけど、関係者に聞いたら今までこんな事はなかったって! エンリケ代表が先生に事情を話して手を貸してもらえないか頼んでくれと・・・!!」
セシルがいない!? 連れ去られたか!!
スレイダーと女王を見る。彼らも真剣な目で首を横に振った。
知らない、と・・・・シャークに関係した情報にその事は無かった、とそういう意味だった。
・・・・別口のトラブルか!! この忙しい時に!!!
「待ってて!トレースする!!」
オルヴィエの呪文で一冊の本に映し出された映像が目まぐるしく変化する。
やがてその映像が一つの景色を映して停止した。
数名の黒ずくめの男達が人一人入りそうな大きなもがく袋を抱えて港を急いでいる映像だ。
「うっわ・・・・あからさま過ぎ。これじゃない?」
そして、その黒ずくめ達の先頭にいる男に私は見覚えがあった。
シャハルだ。あの悪徳商人シャハル・マドルだった。
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
・・・・私が行く。皆済まないがここを頼む。
「待つがよい。ウィリアム」
女王がそう言って真っ白い蛇を出した。
「連れて行くがよいぞ」
蛇が私の腕にまるで腕輪の様に巻きつく。
同時に、頭の中にノワールの映像が飛び込んできた。
「これでそなたは、わらわとリンクした状態になった。意識を集中すればこちらの様子を見ることができるぞ」
すまない助かる!
扉を開けて表へと飛び出す。ここから港へは幸いそう遠くは無いが、果たして間に合うか・・・・。
「おじさま!!乗って!!!」
キキッ!!とブレーキ音を響かせてエリスが愛用の自転車で私の前に滑り込んできた。
うなずいて後部に立ち乗りになる。
「行くわよ!舌噛まないでね!!!」
そう言ってエリスは力一杯ペダルを蹴ったのだった。