第6話 砂塵の中の少年-1


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ツェンレン王宮「黄龍の間」
数千年の歴史を持つツェンレン王国の政を司って来た王国議会の開かれる場所。
巨大なホールとなっている建物の屋根には龍が描かれており、円環状に並んだ席にはツェンレン高官の証である衣を身に纏った獣人達が座っている。
そしてホール中央の席にある威容…小山の如き体躯を誇る獅子頭の獣人こそツェンレンの最高権力者、獣王アレキンサンダーである。
議会の開会を示すドラが打ち鳴らされる。
響き渡る大音声に合わせて、老いた山羊の獣人である議長が立ち上がった。
「これより…ツェンレン議会を開会する」
議長の声を合図に、議場の全員が席を立ち無言で深く礼をした後に再び着席した。
王の背後には7つの席。
ツェンレンの誇る七将軍「七星」の面々が座っている。
「では、最初の議題は…ツァオ殿より」
議長が言うと、議場中ほどの席より1人の壮年の犬系の獣人が立ち上がった。
ツァオと呼ばれた獣人の議員は席に立て掛けられていた長い武術に使う棍を手に取るとゆっくりと並ぶ円環の席を抜けて中央部の開けた場所まで歩み出てくる。
目の前には悠然と自分を見下ろしている獣王がいる。
「発議…致す!!!!」
そう言うとツァオはバサッ!!と勢い良く上着を脱ぎ捨てた。
傷だらけの鍛えた肉体があらわになる。
そしてツァオは両手で棍を握ると、猛然と獣王へ向けて駆け出した。
「我ら王宮官吏の給料を上げてくださぁぁぁぁぁい!!!!!!!!!」
バン!と高く跳躍し、王の頭部へと渾身の力で棍を振り下ろすツァオ。
そんな頭上のツァオを、獣王がジロリと動かずに見上げる。
微動だにしない王の頭部に炸裂する棍。
しかし、バキッ!!という高い音を響かせてへし折れたのは、振り下ろされた棍の方であった。
フン、と鼻を鳴らし、着地したツァオの前で獣王がゆっくりと立ち上がった。
「…ううっ…あああ…」
立ち上がった獣王は長身のツァオの倍も身長がある。
百戦錬磨の猛者であるツァオが王を見上げて絶望の呻き声を上げた。
そして獣王が頭上高く右手を振り上げる。
「…ならーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!」
ズドッ!!!!!!!と議場の空気をビリビリと震わせて獣王の手刀がツァオの左の肩口に炸裂し、上体をぐしゃりとひしゃげさせた。
「ごはァッッ!!!!!!」
ごぼっと血の塊を吐き出したツァオがその場に崩れ落ちる。
「次ィ!!!」
再びズズン、と床を震わせ席に座る獣王。
ツァオは待機していた職員によって手際よく議場から担架で運び出される。
そんないつもの光景を見て大きな口を開けてオルヴィエが欠伸をした。
七星「月煌将」…ルシェ(月神)のオルヴィエ。現在の七星の筆頭格。
「ねね…オルにゃん、お行儀悪いよ。会議の途中で欠伸とかしちゃいけないんだよ」
その隣の席から小声でオルヴィエに注意を送ったのはコトハ。
七星「冥桜将」…仙狐の竜園寺琴葉。
「だってねー…タイクツなのよ。オッサンのマッスルの躍動なんか見飽きちゃったってば。大体見苦しいのよ無駄にデカいし」
自分の国の王に向かって滅茶苦茶遠慮ない発言をかますオルヴィエ。
「見なさいよホラ…ゲンウだって」
そう言ってオルヴィエはコトハの更に向こう側の七星「刃空将」如月幻羽の席を顎で指す。
そこには、椅子の上に置かれた可愛い鳥のぬいぐるみに「代理」という紙が貼ってある。
小声でやり取りする2人の前では、次に発議した議員が両手に構えた2本の青龍刀を操り王に襲い掛かっていた。
「王宮の職員用の食堂の価格をもうちょっと下げてくださーー!!!!!」
「ならぬわーッ!!!!!!!」
繰り出される議員の青龍刀の攻撃を、その両手を右手だけで掴んで止めた王は、そのまま議員を空中高く振り上げて議員席へと叩き落した。
グワッ!!!!と炸裂音を響かせて砕けた議員席の破片が周囲に飛び散る。
真下にいた数名の議員が巻き添えになったらしく、発議した議員と並んで担架で3人が退場して行った。
「あーあ、自分の番じゃないからって油断してっからそうなるのよ」
巻き添えを食らって出て行く議員達を半眼で眺めつつ、オルヴィエが嘆息した。
「ああ…なんと醜いのだ。頼むから死んで欲しい…それも今すぐに」
憂いの表情を浮かべてハープを優雅にかき鳴らしているのは七星の1人「麗角将」ジュノー・ストラウス。
頭部に生えた2本の水牛の様な立派な角を彩る銀のアクセサリーがシャランと涼しげな音を立てる。
そんな中、唐突に七星の席より1人の男が立ち上がった。
「ワシからも一案ある」
王と遜色ない巨大な身体を覆うのは青銀色の体毛。
裂けた口に並ぶのは鋭い牙。
七星「狼牙将」…山神のダイロス・ハイアーク。
「………・」
今まではただ座して攻撃を待つのみだった獣王が、初めて最初から立ち上がった。
巨漢の両者が対峙する。空気が張り詰める。何人かの議員が、震える手を祈りの形に組んで天井を仰いだ。
発議した者から仕掛けるのが習い。なれば初撃はダイロスより。
その巨体からは想像もできないような速度で、踏み込んだ床を砕いてその破片の中をダイロスが王に迫った。
「夏の間はぁぁぁッッ!!!!!」
ドガッ!!!!とダイロスの右拳が王の頬を捉えた。
「ぐふっっ…!!」
口腔から鮮血を吹きながら獣王の上体がガクガクと揺らぐ。
間髪入れずにダイロスが組んだ両手を頭上高く上げる。
「女子職員の制服をミニスカにせんかーッッッ!!!!」
ゴォン!!!!!!と王の頭部へ組み合わせた両拳を叩き落すダイロス。
礼をするかの様に打たれた獣王の頭部が沈み、床にバシャッと鮮血が散った。
両者の足元の床はそのショックで砕け散り、走ったヒビは壁にまで達した。
沈み込んだ体勢をそのままに、獣王がダイロスの腰をガッシリと両腕でホールドする。
「…ぬぅっ!!??」
「許可ァァーッッッ!!!!!!!」
そしてそのまま王は跳ね上げるようにダイロスを持ち上げ、そのまま海老反りになりながら背後の床へとダイロスを頭から叩き付けた。
ドゴォォォォン!!!!!と床をクレーター状に抉ってダイロスが上体を完全に地面に埋めた。
フーッと大きく息を吐きながら獣王が身を起こす。
しかし一息つく間も無く、王が鋭く背後を振り返った。
バラバラと瓦礫を床に落としながらダイロスが立ち上がっているのだ。
「わーい!!!! やったーッッッ!!!!!!」
ドゴアッ!!!!と喜びのラリアットが獣王に炸裂する。
遠く離れた席の議員にまでパラパラと飛び散った返り血が降りかかった。
「天才かお前わーッッッ!!!!!!」
巨体を軽々と浮かせて放った獣王のドロップキックがダイロスを吹き飛ばす。
地を舐めるように吹き飛んだダイロスは、その途中の席も議員も全て巻き込んで揉みくちゃにした。
そんな騒乱の最中に、また1人七星が席を立った。
「あれ…一鶴(イッカク)、どこ行くのよ、お花詰みに?」
うとうとしかけていたオルヴィエが顔を上げて問う。
その視線の先には、七星「鳳翼将」一鶴がいた。
一鶴が振り向いてどこを見ているのかわからない視線でオルヴィエを見た。
その視線は「風が呼んでいる」と語っている。
「…って、どういうことよ?」
オルヴィエが眉を顰める。
そんなオルヴィエを、今度は「行かなくては」という視線で見る一鶴。
ツカツカと未だ王とダイロスの乱闘の続く議場を通過した一鶴は、最後に「皆、達者で」という視線で振り返ると議場を出て行った。
「何々? どしたの?」
驚いてオルヴィエに聞くコトハ。
「さあね~。あいつがフラフラ出てっちゃうのって別に珍しい事じゃないしね」
そう答えてオルヴィエは後頭部で両手を組んで椅子の前足を浮かせた。


常春の島、シードラゴン島。
その玄関口であるアンカーの町。
ウィリアム何でも相談所には、今日もドアに「所長不在の為休業中です」の張り紙が貼ってある。
今、軒並み職員が不在のこの事務所の留守を任されているのはエリスとベルの2人。
…そして、最近勝手に転がり込んできたもう1人の、合わせて3人であった。
「…はい…はい、わかりました。わざわざありがとうございます…」
電話で話していたエリスの声は、会話が進むにつれどんどん沈んで行く。
そして挨拶を終えて受話器をフックに戻したエリスは、ふーっと重たい息を吐いた。
「どんなお話?」
電話を終えたエリスに、ベルが尋ねる。
「悠陽様から…おじさま、ここに戻る途中にお怪我をされたんですって。少し療養するから帰りが遅れるって、そういう連絡よ」
ふーん、とベルがエリスの話を聞いて少し黙る。
エリスは沈んだ表情をして俯いている。
「とりあえず何人かと合流しているっていうのだし、過剰に心配するのはやめておきなさいね、エリス。私達は私達のできる事をしてウィルの帰りを待ちましょ」
務めて普段の通りにベルが言う。
そこで突然俯いていたエリスがガバッと顔を上げた。
「わ、わかってるわ!! わかってるけど!! でも!! でもね!!!」
ベルの両肩をガッシリと掴んだエリスがガックンガックンとベルを大きく揺さぶる。
「…ちょ…ちょっとっとと…エリス…あうあう…」
大きく前後に何度も揺さぶられて、ベルは目を白黒させている。
「ま、まあその元気があれば取りあえずは大丈夫よ! ウィルの帰りまで頑張ってこの事務所を守るわよ! …あれ…エリスちょっと痩せた?」
目を回したベルは入り口のパッ君に向かって話しかけている。
「チビスケの言う通りだぜエリス!! 俺様たちにゃぁ落ち込んでる時間はねえぞ!!!!」
やたらバカでかい声を張り上げて、バーンとドアを開けて入ってくる大柄な男。
その男こそ、ウィリアム不在となってからの事務所に転がり込んだ「焼き尽くすもの」の二つ名を持つ魔人グライマーである。
買い物帰りなのか、両手に膨らんだスーパーの袋をぶら下げて事務所にずかずかと入ってくるグライマー。
「つまんねぇ事を考えちまうのは、甘いものが足りてねーせいだ。なぁ? そこで俺様が買ってきたコイツが物を言うってワケよ!」
ガサガサと袋を漁ってグライマーが何かを取り出す。
「…おはぎだ!」
机の上におはぎのパックが出てきた。
「…ロールケーキだ!!」
続いてロールケーキが出てくる。クリームはココア味。
「…プリンだ!!」
焼プリンが。
「…チョコだ!!」
板チョコの山が。
「クッキーだ!!」
クッキーの箱が。
次々に机に積まれていく。
「…ちょっと、バカ、ゴリラ。アンタお菓子ばっかり買ってきて、頼んだものちゃんと買ってあるんでしょうね」
半眼で言うベルに、思い出した様にグライマーがポンと手を打つ。
「おお、それよ!! これ買ってたら金がなくなっちまってよ。だから買ってこれなかった!! がっはっはっは!!!」
大口で笑うグライマーの脛をガン!とベルが蹴り上げた。
しかし、グライマーの足は鋼鉄の様な硬度であり、逆に蹴ったベルの方が顔をしかめている。
「もう! バカ、アンタ役に立たないし煩いしもう帰りなさいよ! 火山地帯の山の中に!!」
グライマーを蹴った足首を涙目で掴んだベルが、けんけんで跳びながら叫んだ。
しかしその当のグライマーは悠々と胸を反らせて腕を組む。
「そうはいかねぇな!! やいチビスケ、てめーは大事な大事なバーンハルトの『戦う理由』だ。奴と俺様は宿命のライバル!! いつか俺様達が決着をつけるその時まで、てめーにゃ生きててもらわなきゃならねえ!! だから奴が島へ戻るまでの間はこの俺様がお前らを守ってやろうってワケだ!!」
「頼んでないってば。…っていうか大迷惑よ」
はーぁ、と長いため息をついてベルが肩をすくめた。

カランカランとドアベルを鳴らしてオフィスのドアが開く。
「やぁやぁ、あれお取り込み中かい?」
笑顔で手を ヒラヒラと振りながら、スレイダーがオフィスへ入ってくる。
「別に構わないわよ。バカがバカな事してバカ騒ぎしてるだけ。…それで、何かあったの?」
ベルが薦める椅子に、礼を言ってスレイダーが座った。
「や~、それがねぇ、ベルナデットお嬢ちゃんにもちょっとばかり関係のある話でさ。ま、少しオジさんにお時間ちょうだいよ」
そう言うと、スレイダーは懐から封を切ってある封筒を取り出した。
「カイリからの手紙が来てね。何でも近々上の大陸じゃお姫様の結婚で大きな催しがあるっていうじゃないのよ。だからこの機会で皆で遊びに来てくれって、そう言ってるんだよね」
スレイダーに言われて、ベルがハッとする。
「そっか…メリルとアシュの婚礼が近いのね。下で色々あり過ぎてすっかり頭から抜け落ちてたわ…」
そこへ先程グライマーが買ってきたおはぎを茶菓子にエリスがお茶を持ってくる。
「お、悪いねぇ。どうだい? エリスお嬢ちゃんも、黙ってここで先生を待ってるより、その方が気晴らしになると思うよ、うん」
「あ、はい…どうするの? ベル」
エリスがベルを見る。
「私は行かないわけにはいかないわ。あなたをここに1人にして行くのも心配だから、一緒に来てくれる?」
言われてエリスがおずおずと肯いた。
「う、うん…ベルがそう言うなら」
「いやぁよかったよかった。じゃあ2人ともオジさんとシトリンちゃんと一緒に行くって事で決定ね。やぁオジさん観光とか久しぶりだなぁ。旅先で素敵な出会いとかあっちゃったらもうどうしたらいいのかね、困っちゃうよね」
パチパチと手を叩いてスレイダーが笑っている。
「…って、あなたこそいいの? スレイダー。お店は?」
ベルがふと思い出した様に言うと、スレイダーは一転シリアスな表情を浮かべて遠い目をした。
「お店か…。オジさんの…オジさんの愛したノワールはもうないんだよ…」
そう言ってぐいっと手の甲で涙を拭っている。
「あー…」
エリスが窓から下の通りを見下ろした。
「違うお店になっちゃいましたからね…」
そのエリスの目には、すっかり和風の佇まいとなった「黒屋」の看板の上がっている元ノワールが映っていた。
そこへ突然、バシーン!!と大きな音を立ててグライマーが胸の前で右拳と左掌を打ち合わせた。
「いいねぇいいねぇ!! 浮遊大陸へ上がるのは俺様も二百年ぶりだ!! 燃えるぜ!!!!」
「ちょっと…あんたは来なくていいのよ、バカ。大体あそこ私のテリトリーよ」
ベルが言うと、グライマーがハッと鼻で笑って大袈裟に肩を竦めた。
「例えこっちがテリトリー外、そっちが内だってチビスケが俺様の相手になるかよ」
「………」
それには異論は無いのか、嘆息しただけでベルは言葉を続ける事は無かった。
「まぁ上でもお前らが何かあぶねー目に遭わん様に俺様が守ってやるさ!! ありがてーだろう!! がっはっはっはっは!!!」
大口を開けて哄笑しているグライマーに向かって、ベルナデットは嘆息しつつ、エリスは苦笑しつつ、互いに顔を見合わせたのだった。