第2話 Continual change-4


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ごぼっと血を吐いたエリックがゆっくりとその場に倒れる。
糸が切れた操り人形の様に、その動作には命の気配が感じられなかった。
ルノーの意識が白く染まる。
時間も、心も、彼女の中で一瞬何もかもが停止した。
そして次の瞬間に彼女の内側を一気に満たしたものは、抑えの効かない強い怒りと憎悪だった。
「てめえらぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!」
叫び声を上げる。
同時に吹き上がったオーラは先程までのものとは比べ物にならない強さだ。
「・・・ぬ」
そのオーラの強さにビスマルクが思わず唸る。
しかし、次の瞬間ビスマルクはその衝撃より数倍強いショックを受け表情を強張らせた。
テラーが前傾姿勢を取り、両手を広げルノーへ向けているのだ。
ポン、と軽い打楽器の音が聞こえる。
それは東洋の太鼓の音だ。
同時に笛の音も聞こえてくる。
一瞬にして全身に冷や汗をかいたビスマルクが自らの絶対世界「フレイムへブン」を解除する。
ビスマルクは万一絶対世界が破られた時の為に、結界の位置を戦闘中にずらしてある。
現実世界に立ち戻った時、そこは銃士隊本部からはやや離れた場所になっていた。
高速でビスマルクがその場を離脱し、その場を一望できる建物の屋上へ一息に跳躍する。
そこまで離れて、ようやくビスマルクは顎から滴る汗を拭い、ふーっと大きく息を吐いた。
「・・・テラーめ・・・あれをやるなら予めそう言っておかんか。『キング・オブ・ペイン』・・・危うく俺まで精神を破壊される所だったわ・・・」
苦々しげな呟きがその口から漏れた。

太鼓に笛の音はルノーの耳にも届いていた。
しかし怒りに我を失っている彼女はその能楽にも注意を奪われる事が無い。
・・・そして、その事が彼女の不幸だった。
ようやく耳に届く異様な和楽と呪文の様なもの(それは能の口上だったが、彼女はそれを知らない)に意識が向いた時、既にその音量は頭蓋を震わすほどの大きさになっていた。
「・・・がッッ!!! うあああああああああああああああ!!!!!!!」
両耳を押さえてルノーが絶叫する。
その音量に、ではなく・・・その音が染み込んできて自身の内部にもたらしているものへの恐怖にである。
意識が・・・記憶が・・・壊れていくのがわかる。
自分の内側から「ルーシーであったもの」がボロボロと崩れ落ちていく。
抗えない。・・・その方法がわからない。
精神の奈落へ落ちていく。
「自分」の失われる激しい喪失感。
そしてルノーの瞳は光を失い、虚ろに半ば開いた口元から意味の無い呟きが漏れ、彼女はその場に倒れた。
それを見届け、テラーが彼女へ向けていた両手を下ろす。
周囲は静まり返る。夜の音だけが静かに辺りを満たす。
テラーの隣にザッとビスマルクが着地した。
「そこまでやるほどの相手だったか?」
その問いにテラーは黙して返答しない。
ビスマルクも初めから返答は期待していなかったのか、足音を鳴らして倒れているエリックへ歩み寄った。
しゃがんで呼吸を確認する。
・・・停止している。
それはもう、かつて人であったもの・・・命の残骸だった。
しかしそれでも納得できないのか、ビスマルクは消音機の付いた拳銃を取り出し、エリックの頭部へ向けて2発放った。
パスッ!パスッ!と軽い音が2回して、2つ薬莢が地面に落ちて跳ねた。
「これでもう奇跡すらあるまい」
フッとエリックを見下ろしてビスマルクが笑う。
そして振り返った彼は、ルノーを肩に抱え上げるテラーを見た。
「何をする気だ・・・?」
訝しげな表情を浮かべるビスマルク。
「・・・まあいい、好きにしろ。間違ってもその女から俺の事が他へ漏れるような扱いはしてくれるなよ」
カクン、と肯いてテラーはルノーを抱えたまま、ズズズズと影の中に沈んでいった。
それを見送るとビスマルクはフン、と鼻を鳴らしてかき消すように消える。
・・・そして周囲には静寂と、物言わぬ骸となったエリックだけが残された。


セイグリース王国ティナンシアの都。
ここは森と湖に囲まれた平和な永世中立国だ。
そしてつい先日まで、この都で世界最高の意思決定会議とも言える四王国会議が開催されていたのだが・・・。
王立中央会議室は酷い有様だった。
まるで嵐の過ぎ去った後だ。
会議テーブルは砕け、椅子は壁に刺さり、壁には大穴が並んでいる。
「ふぅーム・・・・」
その会議室の中央、床に直接どっかと胡坐を掻いている獅子頭の獣人こそがツェンレンの国王、獣王アレキサンダーである。
肉の城砦とも呼ばれる威容である。座り込んでいて尚、他の立っている人々よりも大きい。
恐らく立ち上がればその身長は3m前後はあろう。
広大な筈の会議室も、獣王1人いるだけで狭くなったように見える。
「困った事になったな」
唸るようにアレキサンダーが言う。
「そうですね。・・・というか、困った事をしたのは貴方も一緒ですけどね」
その隣で椅子に座っているジュピターがいつもの落ち着いた声で言う。
「見てください、セイグリース王泣いちゃってるじゃないですか」
ジュピターの視線の先では、このセイグリース王国のリッツカイン老王がおいおいと泣き崩れていた。
歴史ある大会議場の惨状にである。
「この程度はツェンレンでは日常茶飯事なんだがな」
「こんな静かな国で貴方のとこみたいな超々肉弾国家の基準で動かれても困りますね」
ふぬぅ、と唸ってアレキサンダーが立ち上がる。
「後で詫び状とジャガイモと肉を届けておくわい!! 肉は当然ビィフ!!!!」
ぐわっとアレキサンダーが大声を出す。それだけで周囲の椅子ががたがたと後ろに倒れる。
「だがそれにしても腑に落ちんのはジェイムズの奴よ!!! 奴は野心家ではあったが易々と戦争を許容するような男では無かった!!!!」
叫びながらアレキサンダーは自らの傍らにいたインパラの獣人の補佐官を掴み上げるとパワーボムで床に叩き付けた。
「だからそれをやめなさいと」
補佐官が白目を向いて昏倒し、担架で運ばれていく。
「ワシは勝負や戦いは好きだ!!! だが戦争や虐殺は絶対に許容できん!!! できんのだジェイムズよ!!!」
叫びながらアレキサンダーは自らの傍らにいた山羊の獣人の秘書を掴んで抱え上げた。
そしてアルゼンチンッテドコデスカバックブリーカーを激しく決める。
背骨のあたりからゴキャッと嫌な音を響かせた秘書は意識を失い担架で運ばれていった。
「ワシは悲しい!! 悲しいぞ、ジェイムズ・アレス!!!」
「・・・貴方に今ぶっ壊された貴方の国の方々も相当に悲しかったと思いますよ」
ふう、と嘆息してジュピターは手にしたコーヒーカップを口元へ運んだ。
ズズーン!!と建物を震わせて再びアレキサンダーが床に座り込む。
「にしても・・・シードラゴン島か!!」
ジュピターの目元がスッと細まった。
「ですね・・・」
「貴奴は、力ずくで『神の門』を手に入れるつもりなのか・・・!!!」
声を荒げる獣王。
「財団の『神の門』研究に関する最高責任者だったカシム博士の身柄を彼らが確保しているとの情報があります」
「しかし知識と手段を手に入れようと、島にはまだ魔人たちがいるだろう」
アレキサンダーが言うと、ジュピターが静かに肯く。
「それについては・・・陸軍が虎の子と言われていた数名の士官に招集をかけたとの情報が。いずれの士官もその実力はうちの四葉やお宅の七星にも劣らないものだと思いますよ」
しかも・・・、とジュピターは声のトーンを落として言葉を続ける。
「その内の1人は・・・永劫存在(エターナル)であるらしいとも・・・」
「・・・!!!!!」
ガッとアレキサンダーがジュピターの襟首を掴む。
「ばっ、バカなああ!!!!!!!」
「むっ!!! 走馬灯ビジョンオープン!!!!!」
ズガーンとパイルドライバーで床に叩き付けられるジュピター。
そして妖精王も会議場から担架で退場していった。

そんな会議場の様子を、少し離れた場所から伺っている者がいた。
体格のいい銀髪のエルフ女性が、やや興奮気味に拳を握り締めている。
「うおおーっ! いいなぁお前んトコの王様!!! かっけーぜ!!!」
男言葉で喜んでいるエルフ女性。
軍人らしく、エストニアの紋章が刻まれた銀色のライトプレートで身を固めている。
彼女の名は、ヴァネッサ・ライムグリーン。エストニア森林王国の誇る天馬騎士団の四将軍、フォー・リーヴズ・クローバーの1人であった。
その隣にいるのは、女性と見まごうばかりの美貌に美しいブロンドの長髪を持つ半獣人の青年。
頭部には半獣人の証たる2本の立派な水牛の角が生えている。
ローブに身を包み、銀のハープを手にしたその出で立ちは、軍人というよりもまるで女神の様だ。
彼の名はジュノー・シュトラウス。ツェンレン七星の1人「麗角将」である。
「よろしければ差し上げますよ。いいえ、是非にでもお持ち帰り下さい」
にこやかな笑顔で言うジュノー。
そして彼は会議場の喧騒がまるで別世界の事でもあるかのように、座って優雅にハープを奏で始めた。
その2人をやや離れた場所に西部大陸北部地域代表として今回の四王国会議に参加していたノルン・クライフ旧帝國軍中将が座っている。
彼女は2国の将軍のやり取りも耳に入らない様子で、周辺の関係者達と慌しく意見をやり取りしている。
・・・当然だ。
西部大陸北部地域は、黙示録兵団により帝國が分裂させられ、今も内乱状態なのだ。
元凶である兵団の駆逐は完了しているものの、今だ旧帝國の実力者達が各地で帝國の後継者権を主張し、その数名に生き残っている六剣皇達がそれぞれ肩入れする形で小競り合いが続いている。
このまま行けばやがて大きな衝突となるのも時間の問題であった。
その最悪の事態を避けるべく参加した四王国会議で、事もあろうにファーレンクーンツ共和国が内乱に軍事介入してくると言って来たのだ。
火に油どころの騒ぎではない。ダイナマイトの束を投げつけられるようなものである。
自体は悪化の一途を辿っている。
ノルンは内心の焦燥を押し殺し、関係者に指示を出し続けた。
(ライングラント王ゼファー殿にも連絡を取り援軍のお願いをしなくてはいけないわね・・・)
西部大陸北部にあって、ウィンザルフ共和国とライングラント王国は共に帝國と並ぶ大国である。
近年まで帝國とは戦争状態にあったウィンザルフと違い、ライングラントとルーナ帝國とは比較的友好な関係を維持してきている。
それでも戦争に肩入れしてくれる程かと問われれば、とてもそこまでの間柄ではないが、ライングラント王も北部地域でのファーレンクーンツ共和国の跳梁を良しとはしないだろう。
そこに交渉の余地は残されている・・・と今はそう信じたい。
使者には誰を送るか・・・。
ノルンは僅かな間無言で思案を巡らせ、やがてお付の武官に1人の部下を連れてくる様に、とその名を告げた。