第24話 遥かに遠き森の落日-1


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頼んでいた本が届いたという連絡を受けて書店に赴いたその帰り、私はオフィスのビルの前でふと背後を振り返る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
何とも言えず寂しい気分になる。
ノワールのドアには「当分休業します」というお詫びの文を添えた紙が貼ってあった。
カイリも不在だし、スレイダーも当分病室の住人になるとあっては流石に店は続けられない。
シトリンはずっと彼の付き添いで病院にいるようだ。
早くスレイダーが元の元気を取り戻してノワールの戸が再び開かれる日が来るようにと祈ろう。

ビルに入ると、1階ロビーに見知った男達の姿があった。
「これは先生。おはようございます」
テンガロンハットのガンマンの青年が片手を上げて私に挨拶してくる。
彼の名はヨギ・ヴァン・クリーフ。
冒険者協会の職員であるらしい。数日前にセシルと共にこの町へやってきた彼ともう1人の同行者は冒険者協会の天河会長の紹介状を携えていた。
今はこのビルの近くに部屋を借りてそこで2人で生活しているはずだ。
そういえば今日はセシルに用事があるとかで午前中にここを訪れると聞いていた気がする。
そのもう1人の同行者とは今、ヨギの傍らにいる・・・。
「これはウィリアム殿」
そう言って頭を下げた着物に袴姿の侍、ELHであった。
「・・・はっ、これは拙者とした事がとんだ失礼を・・・」
・・・?
そう言うと突然ELHは一息に着衣を脱ぎ捨てた。
「衣服を着たままとは・・・いやはやとんだ不覚。はっはっは」
えええええええええええええええええええええええええ何で!!!!!!!??
どう考えても脱いだ方が失礼なんじゃないのか!!!!!!
「だめですよELHさん」
ヨギが嗜める。よかった私の感覚は正常だったらしい。
「・・・こんな脱ぎ散らかして・・・だらしないですよ」
そっちかよ!!!!!!
お母さんかお前は!!!!!!!
脱ぎ捨てたELHの着物を拾っているヨギに私は内心でツッコんだ。
・・・結構上層の職員だって聞いているんだがな・・・。
どういう組織だ、冒険者協会とは・・・。
そもそも私も形式上は冒険者協会員なのだ。協会の発行するライセンスを所持し冒険者活動もできるようにしてある。
ある意味そのライセンスが現在の私の身分証明証であった。
非常勤でアカデミーで教鞭をとっていた事もあるが、今の私はフリーなのでそう言った身分の後ろ盾が必要なのだった。

オフィスへ戻ると、セシルが一生懸命書類の入ったダンボール箱を運んでいる。
・・・むう。セシル、仕事のない時はもう少し寛いでいてくれて構わないよ。
「あ、先生・・・でも私ここじゃ一番後輩だから。今は何かしてたいの」
そう言って彼女は笑う。
セシルがここへ来て3日になる。初めは緊張してカチカチだった彼女だが、今はそういう固さはなくなりはしたものの生真面目さは生来のものであるらしい・・・。
そんなセシルの様子を自分の机からベルが眺めていた。
「・・・働き者ね、6号は」
そうだな、と肯く。つかなんですか6号て。
「1号はもう達観してるわね」
ベルがエリスを見て言う。
そう言えばマチルダの時は最初全力で反対していたエリスだが今回は何も言わなかったな・・・?
ふう、と軽く息を吐いてエリスが肩をすくめる。
「だって、セシルの事はもう前にいてもらっていいって私言っちゃってるもの」
言われて思い出した。
そうだ、聖誕祭の後セシルが島を離れた日の事だ。
確かにあの時エリスはセシルについて一緒に暮らす事を了承すると発言していた。
・・・こっちの娘も律儀で生真面目であった。
「2号と3号は?」
そう言ってDDの方を向くベル。
「・・・あっはっはっはっはっはっは。・・・ぁえ?」
応接用のソファで例によって漫画雑誌を広げて寝そべっていたDDがひょいと首を持ち上げた。
「家族が増えてどうかっていう話をしてるのよ」
「あー・・・」
雑誌を置いてDDがすたすたとセシルの所まで歩いていく。
「・・・?」
そして小首をかしげるセシルをいきなりガバッと抱きしめた。
きゃあ、とセシルが悲鳴を上げる。
「んー・・・暖かいし、抱き心地まあまあだし。ヨシとしよう」
抱き枕決めてるわけじゃないんだから・・・。
「実際抱き枕にしてくるからね。・・・DD、あなた本当に夜中に人のベッドに忍び込んでくるのやめなさいよね。寝辛いから」
ベルが文句を言うとDDが、えーと口を尖らせた。
「だってウィルんとこ行ったら皆怒るじゃん。だから皆の所順番に回ってるのにー」
「当たり前でしょう!!!!」
ドバン!と机を叩いてエリスが勢い良く立ち上がった。
「1人で寝なさい!!1人で!!!」
「えー、やだ寂しい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まあDDは10年もの間あんな目にあってたわけだしな。気持ちはわからなくもない。
というか口は出さんでおこう。こういう時は私が口を出すとかなりの高確率で変なとばっちり受ける。
ルクはそんな騒ぎを横目に静かに書類にペンを走らせている。
「ウィリアムがよしとした人なのでしたら私も歓迎するつもりです」
簡潔にそれだけ口にする。
「・・・じゃあ5号は・・・5号?」
マチルダの方を向いたベルがふと動きを止めた。
私も彼女の方を見る。
・・・マチルダは私たちの話を全然聞いていなかった。

「・・・魂樹ちゃ~ん・・・あらあらどうしましょう~」
マチルダは座って書類仕事をしている魂樹の後ろでムーミン達と一緒にあたふたしている。
・・・魂樹がどうしたって?
彼女は普通に仕事をしている。
何も問題は・・・。
・・・・・・・・・・・・。
いや、確かにちょっと普通じゃないな・・・。
魂樹は思い切り書類をはみ出して机に何やらカリカリ書いている。
そして本人もその事に気がついていないようだ。
時折何かブツブツと口の中で呟いている。
どうした事だ、これは一体。
「パルテリースが来ましたからね。動揺しているのでしょう」
ジュピターが言う。
パルテリースさんとは、確か数日前にセシルと一緒に到着した「四葉」の1人だったか。
何故彼女が来ると魂樹が動揺するんだ? というかあの人あれ以来1度も見ないな。
「ずっと眠り続けていますからね」
・・・・・・・・・!
どこか悪くしているのか。
私が言うとジュピターは首を横に振った。
「いえ、そういうわけではありませんよ。普段からです。良く寝る子ですから」
もうそういうレベルではない気がするんだがな。
するとジュピターがふむ、と考え込む。
「先生方には知っておいて貰った方がいいでしょうね・・・。まっきゅんとジュデッカとパルテリースの話を」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
魂樹は聞いていない。しかしジュピターのその言葉を聞いたマチルダが居住いを正して表情を引き締めた。
・・・ジュデッカも?
そういえば彼女も初対面の時以来1度も会っていないな。
ジュピターの紹介で初めて彼女と顔を合わせた時の事を思い出す。
ジュデッカは値踏みするように私を眺めた後でニヤリと笑ってこう言った。
『聞いてた通りのいい男だな先生。・・・私の大好きな血の匂いがするぜ』
普段ジュピターとマチルダと魂樹がここで私の仕事を手伝ってくれているという事は、ジュデッカはずっと1人でいるという事でもある。
一体彼女は普段何をしているのだろうか・・・。
「まっきゅんとパルテリースは幼馴染で親友なのです。パルテリースにはエミットという妹がいました。まっきゅんもエミットを自分の妹の様に可愛がっていたのですが・・・」
そこでジュピターはやや目を伏せた。
「そのエミットの命を奪ったのが、ジュデッカなのです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あまりの事に一瞬思考が停止する。
皆も同様だったのかオフィスは静寂に包まれた。
そしてその静寂を破ったのは、オフィスの入り口からかけられた一言だった。

「お早う御座います皆さん。気持ちの良い朝ですね」
・・・思いっきり午後だけどな。
そう思いつつそちらを見た私と、入ってきたパルテリースの目が合った。
改めて見てみれば切れ長の瞳の美人だ。胸にはピンクのリボンを首に巻いた子豚を抱いている。
「ご挨拶もせず大変失礼を致しました。私はパルテリース・ローズマリーと言います。そしてこの子は愛馬のアントワネットちゃん」
そう言ってパルテリースは子豚を我々の前に差し出した。
子豚はつぶらな瞳で我々の顔を眺めると
「ぷぎー」
と一声鳴いたのだった。
「ぱ、パルテリース・・・」
椅子から立ち上がりかけた中途半端な姿勢で魂樹は固まってしまっている。
「久しぶり。元気にしてた?」
魂樹を見たパルテリースが微笑む。
「あ・・・うん、私は元気・・・。ムーミンたちも元気・・・」
ムーミンの事は聞かれてなかったと思うな。
「あ、あのねパルテ・・・」
慌てる魂樹が何かを言いかけたその声を、再度オフィスの入り口からの声が遮った。
「・・・王、面白い話を仕入れてきたぜ。柳生霧呼が町に戻って来てる。財団に大きな動きが・・・」
入ってきたジュデッカの動きが止まった。
至近距離でジュデッカとパルテリースが互いを見る。
ジュデッカの瞳がつい、と細まった。
「・・・よぉ、パルテリース」
「ジュデッカ・・・」
周囲が時間が停止してしまったかの様に固まる中で、2人はお互いの名を呼び合った。