第2話 Continual change-1


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

ファーレンクーンツ共和国首都エイデンシティ。
共和国の発展と繁栄の象徴とも言えるこの世界有数の巨大都市は、現在世界で最も蒸気文明化の進んだ都市でもある。
辺境の国々では未だ1台も走ってはいない蒸気自動車も、この街では車道を普通に走っている。
当たり前の光景だ。この街に暮らす者で蒸気自動車を見て感嘆の吐息を漏らすものはいない。
その首都エイデンの中心部に、共和国銃士隊の本部がある。
訓練場を兼ねた広い運動場を持つ敷地の中に聳え立つ白い7階建ての建物がそうだ。
飾り気のない外観だが、内部は最新鋭の情報機器設備が整い優秀な職員が勤務する国防の最重要施設である。
その4階、職員オフィス。
銃士隊の総指揮官であり、三銃士のリーダーでもあるカミュ・オニハラは両足を自分のデスクの上に投げ出し、雑誌を顔の上に広げて大いびきをかいている。
「・・・うるせーなぁ。ヤロー職場を何だと思ってやがんだ」
自分のデスクから顔を上げて顔を顰めて文句を言ったのは三銃士の紅一点ルーシー・N・レンブラント、通称ルノー。
「マンガを広げて言う台詞ではありませんね」
その隣のデスクから、銃士隊の参謀、三銃士エリック・シュタイナーがルノーの机の上に広げてある雑誌を見ながら言った。
エリックの机の上にはいくつもの書類とファイル、そして今日の主要国家の朝刊が並んでいる。
言われたルノーは明後日の方向を見て口笛を吹いた。
そこへオフィスの扉が開いて、やたらと大柄なスーツ姿の男がのしのしと入ってきた。
「いやーオマケしてもろうたわい!『Oh,スモーレスラー』とか言われてのう。がっははエイデンはいい街じゃあ」
大声で笑いながら自分の椅子に座った男の名は大龍峰。
元はロードリアス財団情報部所属の精鋭特務部隊『ハイドラ』の1人だった男だ。
戦いに敗れた後、彼は銃士隊によって身柄を回収され、今はその保護観察下にある事を条件に共和国である程度の身の自由を与えられている。
その大龍峰は机にガサガサと袋から弁当を出している。
5,6・・・と詰み上がる弁当箱。
「何だお前皆の分も買ってきてくれたのか。いいトコあるな」
ルノーが言うと大龍峰はいや、と首を横に振った。
「こりゃワシの分だけじゃわい」
「ぶ。てめー食い過ぎだぞそれ!」
そんなやり取りを横目に、自分のデスクで静かに本を呼んでいる半獣人の青年はシグナル。
元ツェンレン王国の将軍『七星』の1人である彼は今は銃士隊に籍を置いている。
そのシグナルにお茶を出しているエメラルドグリーンの髪の女性はセイレーンのローレライ。
彼の契約守護者である。
穏やかな午後。しかし、唐突に複数のエンジン音が本部の敷地内に響き渡る。
何事かとルノーたちが窓から下を見る。
「陸軍の軍用装甲車両ですね」
連なって入ってくる装甲車を見たエリックが言った。
その数は8台。
「チッ、何だって陸軍があんな物々しく乗り込んできやがるんだよ・・・」
舌打ちしたルノーがオフィスを飛び出していく。
銃士たちが次々にその後に続いた。

停まった装甲車から次々に陸軍の兵隊が降りてきて整列を開始している。
そこにルノーたちが本部から出てくる。
「オイてめーら、一体どういうつもり・・・」
陸軍兵たちに食ってかかろうとしたルノーの口を追いついたエリックが後ろから塞いで抱きかかえた。
代わってそのエリックが口を開く。
「ご説明頂けますか・・・レオンハルト・ビスマルク陸軍大佐殿」
エリックの視線は並ぶ陸軍兵達ではなく、先頭の車両の助手席に注がれている。
「・・・騒がせてすまんな。エリック・シュタイナー銃士」
良く通る低い声がして、助手席からブロンドの男が下りてきた。
一目で軍人とわかる雰囲気を持つ体格のいい男だ。
レオンハルト・ビスマルク・・・エリックが口にしたその名に彼の後ろの銃士たちが身を強張らせた。
今陸軍でも最も力があると言われている軍人である。異例の出世スピードで20代後半で大佐の地位に着き、それから数年経った現在では軍内でその権勢を磐石なものとしつつある。
いずれ軍部を取り仕切る立場となるであろうと言われている男だ。
そのビスマルク大佐が銃士たちを見た。
別に睨みつけているわけではないのだが、その眼光に銃士たちが萎縮する。
「本日付で、シードラゴン島並びに神の門に関する全ての任務をお前達銃士隊から我が陸軍が引き継ぐ事になった」
「・・!!!」
誰も声を出す者はいなかったが、銃士隊に走った衝撃は雰囲気で周囲に伝わった。
「必要資料その他の引継ぎに来たので大所帯となったが、まあ許せ」
背後に整列する兵達を振り返るビスマルク。
そこでようやく戒めを解かれたルノーが大きくため息をついた。
「冗談も休み休み言えって・・・あんな島でうちの軍が動きでもした日にゃ大問題になるっての」
そのルノーをビスマルクが無表情に見下ろす。
「大問題か・・・。お前は何も知らんのだな、ルーシー銃士」
「あん?」
訝しげな顔をするルノーに、ビスマルクがポケットから携帯用のラジオを取り出してスイッチを入れた。
ザザッという雑音の後に、切羽詰った男の声が続く。
『・・・繰り返します。臨時ニュースです! 本日、セイグリース王国ティナンシアの都にて行われておりました四王国会議の席上にて、ファーレンクーンツ共和国のアレス大統領が四王国会議からの脱退を宣言。同時に未だ分裂による内乱が続く西部大陸北部地域、旧ルーナ帝國領並びにシードラゴン島への治安部隊の派遣を発表致しました!』
今度は先程の様に瞬時に動揺が広がりはしなかった。
ラジオの内容はあまりにも突拍子が無く、銃士たちはその事を正しく理解するまでにまだ数瞬の時間を要したからである。
『これに対し、ツェンレン王国のアレキサンダー王、エストニア森林王国のジュピター王、西部大陸北部地域代表として出席していたノルン・クライフ氏らはアレス大統領によるこの発表を激しく非難。アレキサンダー王が共和国報道官をパイルドライバーで沈め、ジュピター王が大統領の席にブーブークッションを仕掛ける等現場は混乱しており・・・』
ブツッとビスマルクがラジオを切る。
「という訳だ。事態は既に次のステージへと進行した。我々がコソコソしなければならない時期は過ぎたのだ」
そう言うとビスマルクはタバコを咥えて火を着けた。
「では、引継ぎの件宜しく頼む」


霧の都シュタインベルグの朝。
朝靄の中をサーラが登校する。
魔犬の事件から一週間が過ぎようとしていた。
しかし、今もサーラは学生のままだ。
神父が倒され、その件を本部へ報告したサーラは当然自分には次の任務が入り、この地を離れる事になるだろうと思っていた。
ところがその予想に反し、本部から来た次の指令は「現状を維持し、待機せよ」だったのである。
・・・本部は、魔犬の事件がまだ終わっていないと思っているのだろうか?
そうも思ったが、その可能性は薄い様に思える。
神父の遺体はその後協会の職員によって回収されている。
そもそも、協会からは待機以上の指示が来ないのだ。
(今日あたり、もう一度問い合わせてみよう・・・)
校門をくぐりながら彼女はそう思った。

そして今日も平穏な学院での一日が過ぎ、放課後の教室でサーラはメイ達と談笑していた。
この他愛のないお喋りの時間にも最近ようやく慣れてきた。
任務待機中という点で多少の後ろめたさはあったものの、やる事も無い以上はここでしばし時を過ごしてもいいだろうと自分を納得させる。
「そういえばサーラ」
おっとりとキャロルが声をかけてくる。
「どうしたの? キャロル」
「例の外国人の彼氏の人は最近どうなの?」
おっと、と机の上でつんのめるサーラ。
「あのね、あの人はそういうのじゃないって前にも説明したわよね? 父が仕事でお付き合いのある人で、1回食事をご一緒しただけなのよ」
「え~?」
と何故かやっぱりキャロルは不満そうだった。
「だからキャロル、人のプライベートに・・・」
「けどさー、サーラ」
注意を遮られたメイが口を尖らせる。
そのメイの台詞を遮ったのは窓枠に肘をかけて外を眺めていたモニカだ。
サーラが呼ばれてモニカの方を見る。
「・・・来てるよ? 例の人」
そう言って、モニカは窓から校門の方角を指差した。

息を切らせて校門に駆けつける。
いつかの様に、門からすぐの街灯に背を預けて佇んでいるのは赤い髪の男、クリストファー・緑だ。
「・・・リュー」
はぁはぁと荒い息を整えようともせずに、サーラはリューの前に立った。
「来たか」
いつかと同じ台詞で、リューが街灯から背を離した。
「私に用があるのならもう少し目立たないやり方で・・・」
言いかけてサーラが言葉を止める。
背後にぱたぱたと複数の急ぎ足の足音が聞こえる。
メイ達が追いついてきたのだ。ここからは迂闊な事は口に出来ない。
「それは済まなかったな。時間のある用事だったので確実な方法を取った」
まったく済まなくなさそうにリューが言う。
時間のある用事・・・? サーラが怪訝そうにリューを見る。
「芝居に興味はあるか、サーラ・エルシュラーハ」
「・・・え?」
思わず間の抜けた返事をしてしまうサーラ。
それはあまりにもこの男の口から聞くのは違和感のある問いだった。
・・・料理に興味は、だったらぴったりなのだが。
サーラの返答を待たずに、リューはポケットから2枚の紙片を取り出した。
それはチケットだった。
国立劇場の印字のある2枚の歌劇のチケット。
「今晩7時からの舞台だ。これを鑑賞する。俺と一緒に来て貰うぞ、サーラ・エルシュラーハ」
普段の調子で一方的に言い放つリュー。
サーラはその言葉の意味を理解するのに僅かな時間を要し、理解できた後も結局思考は纏まらず
「・・・はい?」
とやはり間の抜けた返答を返す事しかできなかった。