第24話 遥かに遠き森の落日-5


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その病院は11番通りの一角にある。
薄汚れた建物はとても医院には見えない。
ラゴール達はその病院へジュデッカを運び込んだ。
既に彼女が手術室(とてもそうは見えない部屋だが)へと消えて数時間が経とうとしていた。
一同は無言のまま手術の終わりを待つ。
既にすっかり夜の帳は下り、僅かな光の裸電球の照らす寒々しい待合室には時計の秒針が時を刻むカチカチという音だけが響いている。

前触れもなく手術室のドアが乱暴に開け放たれ、一同が全員そちらを見た。
よれよれの白衣を着た口髭の太った老人が出てくる。
「・・・なんじゃァ、律儀に全員で待っとったんか。ヒマジンじゃのお、お前ら」
カッカッカと笑うと老人はポケットから取り出したタバコをくわえてマッチで火を着けた。
気持ちよさそうにフーっと吐き出された紫煙を浴びたジュウベイが顔を顰めた。
「な! 酒臭いぞ! 爺さん酔って手術したのか!!」
「なぁ~に、ちぃとばっかしアルコールが入っとった方がメス捌きも調子が上がるんじゃい」
そう言って老医師はまたからからと笑った。
「上手く行ったんだな」
腕を組んで壁に寄りかかっているラゴールが確認する。
「あぁ、もうヤマは越えたんでの。心配はないじゃろ・・・」
そう言った老医師は少し真剣な表情になった。
「あのネエちゃん・・・身体ン中になんか居るみたいじゃの。内臓破裂が4箇所に骨折が3箇所、ヒビなんぞそれこそ無数にあったがどれも行動可能なレベルにその身体の中の何かが『押さえて』おったよ。・・・あくまでも押さえとるだけじゃあ。治癒の類じゃあない。破れた内臓からは中身がこぼれんように、折れた骨がバラけんようにそいつらが押さえとったのよ。普通に行動は可能でも負傷がそのままあるわけじゃ。その痛みは恐らく想像を絶するもんじゃったろうなぁ」
よく意識を保ったままここまで来れたもんじゃ、と老医師は言う。
「ま、傷口押さえとってくれたお陰で手術は楽じゃったがの。当分は絶対安静じゃ」
「そうか。世話になった」
そう言うとラゴールが無造作にポケットから取り出した分厚い札束を机に放り出した。
ヒュウ、と口笛を吹いた医師がそれに飛び付く。
「静養の設備はこちらで整える。数日中に彼女は引き取る」
「おうおう好きにしてくれい。こっちぁコレさえ貰えりゃ後はどうでもいいわい。ありがたいのぉ今夜は飲むぞい」
指先を舐めて札束を数えつつ、老医師はラゴールを見てニヤリと笑った。

カーテンを通した朝の光が病室を白く染め上げる。
眩しさを感じてジュデッカは目を覚ました。
(・・・ああ、そうか。私はどっかの病院に連れてこられて・・・)
昨夜の記憶を手繰るジュデッカ。
全身に鈍い痛みは残っていたが、昨日に比べれば大分マシにはなっていた。
(死なずに済んだんならこんなとこさっさと・・・)
ベッドの上でジュデッカがゆっくりと上体を起こした。
「う・・・っ!・・・」
途端に全身を走った激痛にジュデッカが呻き声を出した。
「横になっていて。絶対安静よ」
誰かがジュデッカを支えた。その時ジュデッカは室内に自分以外に誰か2人居た事に気付く。
馴染みのある気配・・・それはパルテリースと魂樹だった。
「・・・くっ、パルテリース・・・か」
自分の肩を抱くパルテリースの手をぐっとジュデッカが強く掴んだ。
「てめぇ余計な事してくれたな・・・! 協会の2人を寄越しただろう・・・!」
「・・・・・・・・・・・」
鋭く睨むジュデッカをパルテリースが静かに見つめた。
「私に構うな!! 私は死神なんだ・・・関わればお前だって死ぬ事になるぞ!!」
叫ぶ度に全身に激痛が走ったが、ジュデッカは言葉を止めない。
「・・・お前の妹みたいにな!!!」
その言葉にパルテリースの背後に座っていた魂樹が立ち上がった。
しかし怒りに相貌を燃やす魂樹が何か言葉を発するよりも早く、室内にパァン!と平手を打つ音が響き渡った。
「・・・・・・っ」
平手で頬を打たれたジュデッカが真横を向いた姿勢で一瞬硬直した。
「いい加減にしなさい。ジュデッカ」
ジュデッカの顔を打ったパルテリースは先程までと同じ穏やかな表情のままだった。
「貴女がそんな風に自分を責め続けても・・・誰も喜ばない。エミットも、他の貴女を慕っていた貴女の隊の子達も」
「・・・自分を・・・責める?」
パルテリースのその言葉を呆然と魂樹が復唱する。
振り返ったパルテリースが静かに肯く。
「そうよ。貴女にも聞いてもらうわ、魂樹。どうしてエミット達が命を落としたのか・・・その真実を」
「余計なお喋りは・・・やめろ・・・パルテリース」
痛みで顔を顰めながらジュデッカが強い調子で言う。
しかしそんなジュデッカを見てパルテリースは静かに首を横に振った。
「いいえ。・・・私はあの時、貴女の気持ちを尊重して真実に口を噤んだわ。そして貴女が仲間殺しとして皆に憎まれて責められるのを黙って見ていた。その事をずっと後悔し続けて来たわ。だからせめてこの島にいる皆にだけは、真実を知ってもらう」

それは数年前のエストニア森林王国での話。
その日、国境の防衛任務に就いていたジュデッカの部隊はあるダークエルフの小隊と遭遇し戦闘になった。
経験は浅くとも素質があり隊長を中心に統率の取れていたジュデッカの隊は数名の負傷者を出しつつもこの小隊を撃破する事に成功した。
初めての本格的な実戦だった。
その結果を勝利で飾ることが出来た隊員の娘達はほっと安堵していた。
・・・悲劇は、その時に起こった。
無力化していたダークエルフの小隊の1人の呪術師が自ら命を断った。
そして呪術師は自らの命と引き換えに恐ろしい呪いを周囲に放った。
それは「黒死呪」(コクシジュ)と呼ばれる呪いだ。呪詛に汚染されたウィルスを周囲に撒き散らす呪い。
ウィルスは感染した者をじわじわと黒く染め上げて死をもたらす。「呪い」と「ウィルス」の両方の特性を併せ持つために解呪でも医学治療でも感染者は死を逃れる事が出来ない。
そして更にウィルスはあらゆる生命に感染しながら爆発的に増殖して広がっていく。
ダークエルフの使う闇の呪術の中でも禁忌中の禁忌。それがこの黒死呪だった。
一瞬にしてその場に居た全員がウィルスに感染した。
・・・唯1人、体内にいるブラッドエレメンタルが抗体となって感染を免れたジュデッカだけを除いて・・・。
かつて世界でこの黒死呪が発動した記録は2回。
いずれも発生したその地に未曾有の大災厄をもたらしている。
ウィルスを滅し感染を阻止する方法は1つしかなかった。
そしてジュデッカも、彼女の隊の娘たちもその1つしか無い方法を知っていた。
唯1つの方法・・・それはその場ごと何もかもを焼き払う事だった。

ほんの僅かな間だけジュデッカは迷った。
そしてすぐに決断をした。
・・・自分がやるしかないのだ。
彼女は火を放った。瞬く間に周囲を紅蓮の炎が包み込む。
その炎の中でジュデッカは銃を取った。
部下の娘達に彼女が最後にしてやれる事は、炎に焼かれて苦しんで死ぬことが無いように介錯をしてやる事くらいだったからだ。
1人、また1人とジュデッカの銃弾に娘達は倒れていく。
激しい炎の中にあってもジュデッカの神がかった銃の腕は健在だった。
そして娘達は、誰一人死に臨んで泣き叫んだり逃げ出したりはしなかった。
それはきっと、彼女たちが慕った隊長が初めて彼女たちに見せた涙のせいであったかもしれない。
真紅の世界でジュデッカは涙を流しながら大事な妹たちへ引き金を弾き続けた。

「・・・・・・・・・・・・・・」
パルテリースの語った壮絶な話の内容に魂樹が絶句する。
「私はエミットから死の直前に精霊通話を受けて彼女たちに起こった事を聞かされたわ」
静かに目を閉じるパルテリース。
彼女の表情も沈痛だった。
「少しでも時間が経ち、ウィルスが広がりを見せてからでは一切を焼き払う事がとても困難になる。ジュデッカの即断がエストニアに未曾有の大災厄が訪れるのを防いだのよ。彼女は本来は救国の英雄として称えられるべきはずだった」
「・・・だったら・・・」
掠れる声を魂樹が搾り出す。
「だったらちゃんと本当の事を言えばよかったじゃない!! どうして撤退が遅れたからとかそんなウソを・・・自分が罪人になってまで!! どうして・・・」
魂樹の言葉が消えた。
彼女は気がついた。「どうしてジュデッカは真実を語らなかったのか」・・・その理由に気がついた。
パルテリースが肯く。
「そうよ。魂樹、貴女も黒死呪に侵されて命を落とした人々が、エストニアではどう『処理』されるか知っているでしょう?」
「・・・『穢れたもの』として存在したという記録さえ抹消される・・・」
再度、パルテリースが肯いた。悲しそうに肯いた。
エストニアでは、この呪いで命を落とした者は「精霊神の加護が足りなかった者」として・・・穢れし存在として存在の痕跡の一切を抹消される。
私物は取り上げられて焼却され、公式の一切の記録は消され、死者は家族と同じ墓碑に名を刻まれる事も許されず、以後はその者の名を口する事にすら罰則が設けられているのだ。
精霊神の加護云々は迷信でしかない。ウィルスは全ての生命に等しく死をもたらす。
しかし迷信と古い仕来りが未だ根強く残るのがエストニア森林王国だ。
「・・・じゃあ・・・」
震えながら魂樹がジュデッカを見た。
彼女は不機嫌な表情で窓から外を見ていた。
パルテリースがそっと魂樹の肩に手を置いた。
「ええ。ジュデッカは・・・自ら仲間殺しの汚名を被ることで、エミットや他の娘達が『存在したという証』を守ったのよ」
フラつく足取りで魂樹がジュデッカに歩み寄った。
「どうして・・・本当の事を話してくれなかったの」
「何を話す必要があるって?」
ジュデッカが魂樹を見た。
その口元にはいつもの冷笑があったが、瞳はどこか空虚だ。
「同じさ。何を話そうが事実は変わらない。私はあいつらをこの手で殺したんだ。実際手にかけたし、預かっておきながらむざむざ死なせたって意味でも名実ともにあいつらを殺したのは私・・・」
初めて、真剣な表情で魂樹をジュデッカが見た。
「・・・だから魂樹、お前の怒りと憎しみは正しい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
魂樹が黙り込んだ。黙り込んで俯いた。
・・・でもそれはほんの僅かな間の事。
再び顔を上げた時、魂樹の瞳にはいつもの彼女の輝きが戻っていた。
いきなり魂樹がジュデッカの襟を両手でぐいっと掴んだ。
「・・・・ふっ!!」
ごちん!!!!!!と凄まじい音を立てて魂樹とジュデッカの額が真正面から打ち合わされた。
その勢いは思わず激突の瞬間に見ていたパルテリースが固く目を閉じてしまう程だった。
「・・・・か・・・!! ぐ・・・・・」
激痛とフラッシュする視界にジュデッカが目を白黒させる。
「・・・これから・・・」
額と額を重ね合わせたまま、魂樹が言う。
「・・・これから私が付きっ切りで、あなたのその間違った罪の意識とひねくれた性格を矯正してやるんだから。・・・覚悟しなさいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
そんな2人の様子を驚いて暫く無言でパルテリースは見つめていたが、やがてふっと微笑んだ。
朝の光の差し込む窓のカーテンを揺らし、春の爽やかな風が一陣病室に舞い込んだ。


なんとも・・・。
ジュピターから話を聞いた私は言うべき言葉に詰まって口篭ってしまった。
想像を絶する執念である。
ジュデッカの手術から数日が経過し、彼女は今はこのビルに戻ってきている。
しばらくは安静にしなくてはなるまい。
・・・それでは、彼女が殊更に悪びれて振舞っていたのは・・・。
ジュピターが肯く。
「ええ、全ては自分の『仲間殺し』のエピソードにリアリティを持たせる為だったのでしょうね・・・」
辛そうに目を伏せるジュピター。
・・・王は、本当は事実を知っていたのではないか?
そう問うとジュピターは首を横に振った。
「いいえ。・・・正直『黒死呪』とは事実が突飛過ぎて、私の想像でもそこまでは追い切れませんでしたね」
まあな・・・神話の世界の大量虐殺呪詛が出てくるとは中々考えられないだろうな・・・。
ともあれ、これで事実を知った魂樹のわだかまりも解けていくだろう。
「そうですね。これから全てが上手く行ってくれる様に祈りましょう。彼女たちならば、きっと大丈夫だと思います」
そう言うとジュピターは私に並んで夜の空を見上げた。
今夜は綺麗な満月だった。


頭上の満月を見上げてジュデッカが伸びをする。
「・・・・・う・・・・・・」
そして痛みに顔を顰める。
彼女はビルの屋上の給水塔の上にいた。
「・・・もう! ちょっと目を離すとすぐベッドを抜け出すんだから!!!」
怒りながら魂樹も上がってくる。
「ちょっと夜風に当たりに来ただけだ。・・・すぐ戻るって」
ふうっとため息をつくと魂樹がジュデッカと背中合わせに自分も腰を下ろす。
しばらく2人は無言だった。
静かな夜に虫の鳴き声だけが響いている。
「・・・国に帰ったら・・・」
やがて魂樹がぽつりと言う。
「国に帰ったら、一緒にエミットのお墓参りに行くわよ」
「あー・・・・・・・気が向いたらな」
ぶっきら棒に答えるジュデッカ。
「絶対よ」
間髪入れずに強く言う魂樹。
ジュデッカがやれやれと肩を竦める。
「・・・魂樹は厳しいなぁ・・・」
おどけて言うジュデッカ。
しかし背中を合わせている魂樹からは見えなかったが、その時ジュデッカの頬に涙が一筋流れ落ちていった。

~第24話 終~