第10話 神都の花嫁 -6

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その身に結界の呪圧を受けて、空に浮かされていたエウロペアがゆっくりと降下し、大地に降り立つ。 それだけの抵抗に一体彼女がどれだけの力を振り絞ったのか。 ビシビシとエウロペアの全身は軋みを上げている。 口の端からは血が滴って落ちていく。 退いて出直せば勝てる。 だが赤竜はそうしなかった。 留まって闘争する事を彼女は選んだ。 ゆっくりとその左手を振り上げる。 まるで偉大な指揮者(マエストロ)の様に、その光景はカーラとフェルテの目に荘厳に、神々しく映った。 「…そんな…ありえない! この縛竜結界の中で…!!!」 両掌を前方へ突き出した姿勢のまま、必死に結界を維持しているフェルテが驚愕に叫んだ。 「『ありえない事』…なら、先刻そやつに散々見せてもらったわ…」 凄絶な笑みを浮かべるエウロペア。 その眉間が裂けて血が飛沫いた。 誰の攻撃を受けた訳でもなく、強まる呪圧が彼女の眉間を裂いたのだ。 鮮血に顔面を赤く染めながらも、それでも赤竜は魔術を完成させる。 「…今度はこちらの番であろう!!!!!!!!」 結界内からエウロペアが『竜の尾』(ドラゴンテイル)を放った。 威力は申し分無し…しかし狙いは滅茶苦茶だった。 放たれた破壊の竜魔術は眼前に立つ2人をかすりもせずに、その横の地面に炸裂した。 だが、それで十分だった。 元より彼女はこれを当てようなどと考えて放ってはいない。 狙いを定めて威力を落すよりも、全力で外す方を選ぶ。 …当らずともよし。『近くにさえいれば』 直撃はされなかった2人だが、発生した衝撃波と吹き飛ぶ瓦礫に打たれていた。 「…うう…っ!!!」 歯を食いしばってフェルテが呻き声を上げる。 その全身は傷だらけだ。 しかし彼女は結界を解かなかった。 今これを解いてしまえば、彼女を自由にしてしまえば…万事休すとなろう。 その思いで彼女は必死に結界を維持する。 だが結界の中のエウロペアの放つオーラは増大するばかりで、最早結界の呪圧と拮抗し押し返し始めるまでになっている。 「駄目…このままでは破られます…!! カーラ! 下がって!! 結界を拡張します!!!」 威力の増大は範囲の拡張を意味する。 結界の淵ギリギリに立つ同僚へ向けてフェルテが叫ぶ。 そのフェルテを、黒髪の女剣士は振り返る。 「構わない…やれ!!」 「…!!!!」 その声に、その覚悟を感じ取ってフェルテは絶句した。 問答をしている余裕は既に無い。目を閉じて辛そうに首を2,3度左右に振るとフェルテナージュは結界に魔力を注ぎ込む。 縛竜結界が広がる。 カーラの立ち位置を飲み込んでいく。 カーラは下がらなかった。そのまま彼女は結界に飲まれる。 「ぐっ…!!!」 呻いてガクンとカーラが身を震わせた。 真竜であるエウロペア程ではないものの、結界に入れば竜の血を引くカーラも呪圧の影響を受ける。 祖先に竜を持つというだけの自分ですらこの苦しみなのだ。 一体真竜であるエウロペアはどれ程の苦痛の中に今いるのだろう。 そのエウロペアは結界に侵入してきたカーラを見ていた。 愉しそうに、その口元を笑みの形に歪ませて、仮面の女剣士を見ていた。 「ふふ…来たか。来たな!!!!」 笑う赤竜をカーラは真っ直ぐに見据える。 「ああ、来た。…来たぞ」 カーラが足を止めた。結界のほぼ中央。 エウロペアまでの距離は約2m。 強力な遠距離攻撃を数多持つエウロペアは、何もせずにこの間合いまで近距離戦闘のエキスパートであるカーラを迎え入れた。 両者が互いの瞳に相手を映す。 プラズマに打たれながら、それでも揺るがず2人が向き合う。 「たわけが!!! お前は本物の馬鹿だな!!!! わざわざやってくるとは!!!!!」 「お互い様だ!!!! 退かなかった赤竜よ!!!!!!」 エウロペアが爪を構える。 カーラが長剣を構える。 『お前を…』 両者の声が重なり合った。 『倒す!!!!!!!』 繰り出されたカーラの長剣と、赤い光を纏ったエウロペアの手刀が激しく火花を散らしてぶつかり合った。 その頃、2層ではシルファナ・サジタリウスとゴルゴダ・ヴェノーシャの死闘が続いていた。 「…ハイドラってのはよ」 手にした赤黒の魔槍を肩に担いでゴルゴダが鼻で笑う。 「そんなモンか?」 嘲るゴルゴダの視線の先にいるのは傷だらけのシルファナだ。 無数の傷口から滴る血が、彼女の足元の石畳に点々と散っている。 「…ラウンドテーブルというのは、噂通りの怪物だったね」 軽口に軽口で返したシルファナに、ゴルゴダの口元から笑みが消える。 …ゴルゴダはシルファナに自身が円卓のメンバーである事を語っていない。 「随分と物知りサンじゃねえかよ」 ギラリと瞳に剣呑な光を宿して自らを睨むゴルゴダに対して、シルファナは小さく肩を竦めてみせた。 「別に…それ程のものでもない。隠者の様な生活をしているとね、外の話が恋しくなる。それだけの事だよ」 「好奇心はなんとかを殺すって言うぜ」 全身からじわりと殺気を滲ませて、ゴルゴダが前へ出る。 会話は途絶えた。 両者の間に殺気が満ちる。 初めに動いたのはシルファナ。両手で印を結び、呪文を唱えて彼女は魔術を完成させる。 「さて…いこうか。『迅雷網』!」 シルファナがゴルゴダの頭上に青白く弾ける電撃のネットを広げる。 これに絡め取られると対象は為す術も無く動きを封じられて電撃に撃たれる事となる。 「…だからよー」 頭上の雷のネットを見上げて、面白くなさそうにゴルゴダが鼻を鳴らした。 「何度やってもダメなもんはダメなんだよ…!!!」 吐き捨てるように言うと、ゴルゴダは槍を構えた。 いかなる仕組みか…ゴルゴダの手にしている赤黒い金属で出来た長槍はその穂先だけが丸でドリルの様に自在に高速回転する。 更にどうやらその穂先には魔術に干渉する性能があるらしく、彼は回転させた穂先で神速の突きを放つ事でどんな魔術でも穿ち拡散させてしまう。 瞬く間に電撃の網に無数の穴が開き、そこから魔術は空中に霧散して消えていった。 「オラどうしたよ!! ちぃと歯応えがなさすぎるぜ!!!!」 魔術を突き散らしたゴルゴダが間髪入れずにシルファナに襲い掛かる。 高速回転する無数の穂先が、いくつも同時にシルファナに迫った。 突きと戻しが高速すぎて連撃が同時に見えているのだ。 「…っ!!!」 かわし切れずにシルファナが数発を掠らせる。 掠っただけでも回転する穂先は無残に肉を抉っていく。 痛みに彼女の端正な顔が歪む。 「オレの『ユガ・ヴェータ』は魔術殺しの槍!! それにはお前の東洋の仙術と西洋の魔術を組み合わせたっつーオリジナルの術だって例外じゃねえんだよ!!!」 背後の建物の壁に、シルファナが激しく背をぶつけた。 こふっ、と彼女が小さく血の混じった咳をする。 最悪の相手だった。ゴルゴダの言う通り、シルファナは代々サジタリウス家が研究してきた仙術と魔術の融合した独自の術を使いこなす。 だがそれも全て『魔力によって構成された術式』である事に違いはない。 全てはゴルゴダの槍によって穿たれ拡散させられてしまうのだ。 シルファナは武器も一通り人並み以上に使いこなすが、そちらでは達人を超えた領域にいるゴルゴダと渡り合うには腕前に差が有り過ぎる。 「…こういう心地を、何と言うのだったかな…」 「あん?」 僅かに視線を下に落として、呟く様に言うシルファナに、ゴルゴダが片方の眉を上げる。 「ああ、そうだ…思い出したよ。『死に物狂い』というのだったね」 シルファナが顔を上げた。 そして彼女は微笑んだ。殺し合いの場にまったく似つかわしく無い静かな微笑をその顔に浮かべてゴルゴダを見た。 「ではゴルゴダ…今からキミにお見せしよう。シルファナ・サジタリウスの生まれて初めての『死に物狂い』をね」 竜を封じる結界の中で、2つの影が交差する。 互いにとうに限界を超えてる2人の攻防が続く。 何度も相手の武器にその身を傷付けられながらも、2人は倒れない。 もう、たった今自分を汚した血が自分のものなのか、それとも相手が流した返り血であるのか…それすら2人はわからない。 「…おおおおっっ!!!!」 渾身の力を込めて、カーラが3連撃を放った。 その初撃を手刀で払うエウロペア。しかし続く第二第三の斬撃を捌けず、エウロペアはその身に被弾した。 「ぐ…!! が…!!!」 ぐらりとエウロペアの膝が崩れる。 そのエウロペアの胸板をカーラが蹴り飛ばした。 為す術も無くエウロペアは後方へ飛ばされる。そして同時に、蹴ったカーラもその反動を利用して後方へ跳んでいた。 後ろへ跳びながら、カーラは弓を引き絞る様に剣を後方へと引く。 自身に残された全ての力をその一撃に込める。 「…『冥牙』!!!」 そして抉り込む様に螺旋を描いて突き出された剣先から迸った黒いエネルギーの奔流がエウロペアを飲み込んだ。 「…!!!!!!!」 驚愕にその目を見開いたまま、エネルギーの光に飲まれてエウロペアが消えていく。 技を放った姿勢のまま、カーラは地面に投げ出される。 もう、これで自分には何も残っていない。 それでも必死に対敵の様子を確かめようとするカーラの表情が凍り付いた。 エウロペアは立っていた。 顔の前に庇うように左手を置いて、彼女は倒れずに持ち堪えていた。 「…ここまで…する気は…なかったが…」 半ば呻き声にも似た掠れた声でエウロペアが言う。 「受けるがいい。我が最強の一撃…!!」 その時、カーラははっきりと見た。 エウロペアの背後に、大きく顎を開いた巨大な真紅の竜の頭部を。 その喉の奥に見える燃え盛る地獄の業火を。 それはイメージだったが、その瞬間、カーラは確かにそれを目にしていた。 「『竜の炎』(ドラゴンフレ…」 ふいに、その時両者の間に割り込んだ者がいた。 それはこの世界で誰よりも鼻がデカく、大体空気を読めず、エンリケを意味も無く瀕死にする事だけにその真価を発揮するある男だった。 「わーっ!! わーっ!!! だめでーす!! いけませーん!!!!」 両手を広げてカーラの前に立ち塞がったカルタスはエウロペアへ向けて必死に叫ぶ。 「…カルタス…」 突然の事に、カーラも呆然としている。 そしてエウロペアも必殺の「竜の炎(ドラゴンフレイム)」…竜の吐く炎に焼かれるが如き破壊をもたらす真紅のレーザーである究極の竜魔術を放とうとした姿勢のままで固まってしまっている。 「…なっ…」 やがてやっとの思いでエウロペアが口を開く。 「何だキサマ!!! その鼻は!!!!!!」 何故か怒ったような叫び声を上げるエウロペア。 そしてその瞬間、彼女は放出する直前だった魔術の制御を失った。 本来束ねられ、1本のレーザーとして放出される筈だった真紅のエネルギー波動は無数に分かれて滅茶苦茶に周囲に放たれた。 尖塔を吹き飛ばし、いくつもの家屋を灰に変え、皇宮の屋根を穿ち…破壊のエネルギーは猛威を振るった。 そしてその内の1筋は、カーラ達の後方に炸裂して爆発を引き起こす。 「…………」 それは、意図した事ではなかった。 背後で起こった爆発の爆風に煽られてカーラは前方に飛んでいた。 幸い、その手はまだ愛用の剣を手放してはいなかった。 「…………」 眼前にはエウロペアがいた。 驚愕の表情に目を見開いて、迫る自分を見つめていた。 それでも、エウロペアは手刀を構えてカーラを迎撃した。 突き出された槍の穂先にも似た貫手は、カーラの右のこめかみをわずかにかすめて髪の毛を数本散らす。 そして無我夢中でカーラが振るった一刀は、エウロペアの左胸のやや下あたりを深々と切り裂いていた。 続いて吹き付けた爆風と砂煙が、2人の姿を飲み込んだ。 「…くっ…」 両膝を突いて、カーラがその場に座り込む。 その手を離れて剣が地に落ちてカチャンと金属音を鳴らした。 今ので終わっていなければ、自分は殺されるだろう。 流石に今度は珍客の乱入はあるまい。先程飛び込んできて奇跡の様な最後のチャンスを作った男は、先の爆風で吹き飛んで壁に綺麗に自分の輪郭の形の穴を開けて埋まっている。 風が吹き、眼前の砂煙を払った。 そして座り込んだカーラのすぐ前にはエウロペアが立って彼女を見下ろしていた。 「・……………」 もう、ショックすら感じない。 疲労は過ぎて心まで麻痺してしまっているのか、ただ呆然とエウロペアを見上げてカーラは不思議だな、と思った。 何故彼女を見て不思議と思うか、それすらも痺れた思考の彼方に溶けていく。 エウロペアは動かない右手をだらりと下げたまま、左手を腰に当てて余裕すら感じる風情で悠然とカーラを見下ろしている。 それでも、カーラは必死に剣を拾おうとした。 もう手を上げて剣の柄に置く事すらできない彼女の指先が、虚しくカツカツと2,3度剣の柄を引っ掻く。 「…拾わずとも良い。そのまま聞け」 やや顎を上げてエウロペアがカーラを見る。 「一言言いたいだけだ。…カーラ・キリウスよ。今日この時より、『竜殺し』(ドラゴンスレイヤー)を名乗るがいい」 そしてエウロペアは目を閉じて苦笑した。 「本当に忌々しい…そして…大した…ヤツ…だ…」 バチッ!!!と最後に一筋のプラズマを残して、エウロペアの姿は子供の握り拳程度の大きさの真紅の水晶球に変じた。 水晶球は地面に落ち、カツーンと音を立てて一度跳ねてそして転がった。 そしてこちらもカーラ同様に疲労困憊したフェルテナージュがゆっくりと歩いてくる。 彼女は地面の水晶球を拾い上げると 「封印は…成功しました…」 そう噛み締めるように言って、水晶球を胸に掻き抱いた。 [[第10話 5>第10話 神都の花嫁 -5]]← →[[第10話 7>第10話 神都の花嫁 -7]]

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