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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-20


「もうしない、もう絶対しないから。
 あだっ! 君、年寄りにそんな乱暴じゃから婚期を……あいだっ!」

ここはトリステイン魔法学院本塔・最上階。
暇を持て余したオスマン学院長が秘書のミス・ロングビルにセクハラを行い、反撃を受けている。
いつもの光景だ。

そこへ早足で向かってくる足音が聞こえ、続いて扉をノックする音が響いた。

ロングビルはさっと机に戻ると、何食わぬ顔で業務の続きを始める。
オスマンも素早く起き上がって軽く服を整え直すと、腕を後ろに組んで重々しく威厳のある態度を装う。
これもまたいつもの事で、二人とも手慣れたものだ。

「誰かね?」
「私です、オールド・オスマン」
「ああ、ミスタ・ゴートゥヘル君か、はいりたまえ」
「私はコルベールです!」

コルベールは仏頂面で扉を開けて部屋に入ってきた。
これまた、よくあるやり取りだ。
どうもわざと名前を間違うのは、この学院長の持ちネタであるらしい。

「お邪魔して申し訳ありません、学院長。
 実はヴェストリの広場で、決闘を始めようとしている生徒がおりまして……」
「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんな。
 ……で、君は止めなかったのかね?」
「その、情けない話ですが……、
 止めようにも生徒たちの熱狂がひどくて、どうも」

オスマンはそれを聞いてひとつ溜息を吐く。

「やれやれ、君はそういうことになるとどうにも気弱でいかんの。
 それで、誰が暴れておるんだね?」
「はい……、すみません。
 その、一人は、二年生のギーシュ・ド・グラモンです」
「ああ、あのグラモンのとこのバカ息子か。
 オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きと見えるわい。
 大方他の男子生徒と女の子の取り合いになって、といったところかの?」
「いえ、それが………」

コルベールはそこで、言いにくそうに言葉を濁した。

「む? ……なんじゃ、違うのか?」
「相手は男子生徒ではありません、というか生徒でもなければメイジでもなく――メイドです」
「………、なんじゃと?」
「そのため、私以外の教師もどう対応していいものか戸惑っているようで。
 中には止める必要はないと生徒に混ざって傍観している者も……」

オスマンはそれを聞いて、困惑したように眉間に皺を寄せた。

「……平民と決闘……? 何を馬鹿な事をしでかしておるんじゃ。
 性質が悪いにもほどがある」

興味深げに横合いで聞き耳を立てていたロングビルの目がきらりと光った。

「学院長、でしたら大事にならないうちに止めた方がよろしいのでは。
 私に宝物庫の鍵を貸していただければ、急いで『眠りの鐘』を用意してきますわ」
「むう、そうじゃな……、」

オスマンが考え込みながら杖を振ると、壁にかかった『遠見の鏡』にヴェストリの広場の様子が映し出された。

なるほど、周囲を熱狂した観衆に取り囲まれたギーシュとメイドらしき少女が、今まさに決闘を始めようとしている。
オスマンはその様子を見てますます顔をしかめたが、少女の後ろに昨夜この部屋を訪れた亜人の姿を見つけると表情を変えた。
視線を止めて、少し首を傾げながら数秒ほどじっと鏡を見つめる。

「……学院長、どうされるのです?」

ロングビルに怪訝そうに声を掛けられて、オスマンははっと我に返った。
見ればコルベールも似たような顔をしている。

「む……、ああ、そうじゃな。
 ひとまず用意はしておいてくれ、使うべきかどうかはもう少し様子を見てから判断するとしよう」

オスマンはそう言ってロングビルに鍵を渡すと、困惑したような顔のコルベールをよそに鏡の光景をじっと見つめ続けた。

一方ロングビルは、鍵を受け取ると一礼して学院長室を足早に立ち去った。
その顔に怪しげな笑みを浮かべながら……。





ヴェストリの広場では、いよいよ決闘が開始された。
シエスタはディーキンの『勇気鼓舞の呪歌』の演奏を背に受けながら、剣を構える。
そして小細工も何もなく、ぐっと姿勢を低くして勢いをつけると、真っ直ぐワルキューレに斬りかかっていった。

対するギーシュは余裕の姿勢を崩さない。
普通に考えれば青銅製のゴーレムを剣で、それも素人の女性が斬り付けたところで大した傷が与えられるはずもないのだから、当然と言えよう。
しかもワルキューレは硬いのみならず、屈強な成人男性以上の腕力と素早さを持っている。
その気になれば防御も反撃も容易いことだ。

(よし、まずは振り下ろしてくる剣を余裕で弾いて見せて……、
 体勢が崩れたところへ、可哀想だが軽く一撃叩き込んでやるとしよう)

実際に力の差を痛感させれば、あのメイドも目を覚ます事だろう。
ギーシュはそう考え、余裕たっぷりに薔薇の杖をくいと持ち上げてワルキューレに指示を出した。

――――が、しかし。

「え……?」

シエスタの剣はギーシュがその足の速さから想像していたよりもずっと速く、力強く振り下ろされていた。
ワルキューレが主の命令を受けて拳を持ち上げる遥か前に肩口を鋼鉄の刃が捕え、青銅をまるで粘土のように容易く斬り裂いていく。

斜めに両断されたゴーレムは瞬く間に形を失って、ぐしゃりと地面に崩れ落ちた。

「……!? お、おい、あのメイド、ゴーレムを倒したぞ?」
「せ、青銅ってあんなに簡単に壊れるもんだったのか? なあ、お前土メイジだろ、どうなんだよ?」
「そ、そりゃあ……、出来具合にもよる。けど、まさか女の子の力で………」
「あのメイド、実は剣の達人だったのか!」

予想外の展開に、観衆が一斉にざわめきだす。

シエスタ自身もまた、自分の攻撃がもたらした結果に少し目を丸くしていた。
ある程度想像はしていたが、まさか自分のような素人同然の娘に、ここまでの力を……。

「……な、なかなかやるじゃないか!
 どうやら、丸っきりの素人というわけではないらしいね」

ギーシュは若干顔をひきつらせながらも精一杯余裕のある態度を装い、薔薇の杖を大きく振った。
複数の花びらが舞い落ちて、今度は同時に六体ものワルキューレが、しかも盾を装備した状態で構成される。

全部で七体のワルキューレがギーシュの武器なので、これで数の上では全力を出したことになる。
盾を持たせたのは一撃でワルキューレを斬り倒した攻撃力を警戒したのと、流石に殺傷力の高い武器を持たせて殺し合いにするわけにはいかないためだ。

「おおっ、ギーシュが本気を出したか?」
「これで勝負は決まったな」
「そう? でもあのメイド、同じゴーレムをさっき一瞬で斬り倒していたじゃない」
「いや、どんなに力があってもあれだけの数に囲まれたら、魔法が使えない平民じゃ対応できないさ。
 それに今度は、盾を持たせてるしな……」
「着てる鎧は粗末なもんだし、一度殴られて体勢を崩したら殺到されて終わりだな」

わいわいと沸き立ちながら今後の予想などを話し合っている観衆をよそに、ディーキンは内心少し感嘆していた。
駆け出しのメイジが中型サイズのアニメイテッド・オブジェクトに類似する人造を簡単に作れるだけでも大したものだが、同時に六体とは。
しかもどうやら、任意の武具を装備した状態で作ることも可能らしい。

ただ、呪歌でサポートしたとはいえシエスタに一度斬られただけで倒れるあたり、強度や耐久性は少し低いようだ。
青銅ならもう少し硬くてもよさそうなものだが……。
そういえば先程の授業で、錬金の魔法はどうしても不純物が混じったりするものだ、と言っていたか。
ならば作成者の腕もまだ未熟なのだろうし、見てくれはよくても中身が炉でしっかりと精製した青銅には劣るのは仕方ないのだろう。

瞬殺されるのを見た以上、数を増やすよりもより強い大型のゴーレムを出した方が良さそうな気もするが……、それはできないのだろうか。
そのあたりのことも後でまた、しっかりと調べておこう。

「まずは褒めよう、ここまでメイジに楯突く平民がいることには感激したよ。
 レディーとはいえ手加減は無用のようだ、僕も本気を出すとしよう。
 悪いが君の活躍はここまでだ」
「………はい、私も、最後まで全力でお相手します」

ギーシュは一時の動揺から回復して、新たに呼び出した忠実な僕たちにシエスタを囲ませながら、一斉攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっている。
シエスタは少し険しい顔をして周囲を囲むゴーレムに視線を走らせつつ、いつでも動けるように身構えている。

ディーキンは数秒ほど思案に耽っていたが、ギーシュとシエスタのやりとりを聞いて我に返った。
考え込みながらも演奏に全く乱れが無いのは流石といったところだろうか。
まあ、激しく戦闘しながら演奏を続けなければならないこともあるバードがこの程度で演奏を乱していたら、それこそお話にならないのだが。

……この状況は、『勇気鼓舞の呪歌』だけでは少し厳しいかもしれない。

この呪歌では攻撃力は上がっても、耐久力や回避力まで上がるわけではないのだ。
これだけの数に囲まれれば、周りの観衆も論じている通り、恐らくかわし切れずに攻撃を喰らってしまうだろう。
数発も殴られれば、一般人と大差ないシエスタの体では持つまい。
たとえそうでなくとも、シエスタにこんなことであまり痛い思いをさせたくはないし……。

ならば。

「オオ、いよいよ決戦なんだね?
 ちょっと待って、ディーキンもそれに相応しい音楽で応援するよ!」

そう宣言して周囲の注目を集めると、歌うようにして素早く二、三の音節を呟き、今まで演奏していたリュートから手を離した。
するとリュートはその場で宙に浮かび、今までと変わらない演奏をひとりでに続ける。

おおっ、と驚きの声を上げる観衆をよそに、続けて更にもう一つ呪文を唱えた。
呪文が完成するや、ディーキンの手の中にバイオリンが出現する。
それをさっと構えると、今まで以上に心を高揚させる荘厳で勢いのある旋律を、浮かぶリュートの演奏に重ねて奏で始めた。

《動く楽器(アニメイト・インストゥルメント)》と《楽器の召喚(サモン・インストゥルメント)》という、2つの呪文を使用した芸当だ。

「せ、先住魔法だ!」
「精霊の力を借りる恐ろしい技だって聞いていたけど……、こんなこともできるの!?」
「いや魔法もすごいが、演奏も……」

普段は畏怖している“先住魔法”による楽しい演出と、お抱えの宮廷詩人のものだと言っても通用しそうな勇ましく荘厳な演奏。
観衆の興奮は、最高に高まっている。

一見するとただ注目を集めて気分よく歌っているかに見えるが、実のところディーキンの負担は、ある意味戦っているシエスタ自身よりも大きかった。
2つの呪歌を立て続けに“強化”して歌った反動で、ディーキンの喉には鈍く熱い痛みが走り始めている。
もしシエスタの体にこれと同じ反動を負わせたら、耐えきれずにたちまち昏倒してしまうだろう。

だがその苦痛を少しも表情には出さず、胸を張って楽しげに、誇らしげに、歌い続ける。
ここで苦しそうな顔などしていたら演出が台無しだし、何より実際、ディーキンはその表情通りの気分なのだから。

英雄の活躍に立ち会えて、その手伝いまでできる。
観衆も、最高に沸いてくれている。
この状況で楽しさと誇らしさとを感じないバードがいようか。

これで、決戦に向けての準備は整った。

「おおっ、何とも気の利いた音楽と演出じゃないか!
 ワルキューレたちの総突撃に相応しい調べだな、感謝するよルイズの使い魔君!」
「…………」

ギーシュは先程の焦りなどすっかり忘れて、自分の活躍を引き立ててくれる(と自分では思っている)勇ましい調べに気を良くしていた。
一方シエスタは、自分の中に湧き上がってくる更なる力に驚愕して言葉を失っていた。

今までの力でさえ信じられないほどだったのに……。
しかも今度のは、ただ力が漲っているというだけではないような気がする。
何か、感じたことのないような――――。

「さて場も整ったことだし、今度こそ覚悟をしたまえ」
「……………! はい、行きます!」

ギーシュがワルキューレの布陣を終えて、いよいよ一斉突撃を命じようと余裕ぶって杖を構えたあたりで、シエスタはハッと我に返った。
間髪入れずにばっと駆け出すと、一番手近のワルキューレに向けて先程と同じように剣を叩きつけようとする。

囲まれて不利な立場に追いやられる前に、先手を打って数を減らそうとしたのだ。
明らかに数で不利な状況だというのに、敵がこちらを囲んで突撃してくるまでただ漠然と構えて待ち受けるほど愚かではない。

「えっ……!?」

先程まで少しぼうっとした様子だった少女があまりにも唐突に、素早く行動に移ったことで、宣言をしたギーシュの方がかえって不意を突かれた。

ワルキューレは所詮ギーシュの指示を受けて動くもの、ギーシュ自身の命令よりも素早い反応はできはしない。
そして今のギーシュの反応速度は、シエスタよりも明らかに遅かった。
突撃を命令しようとしていたのを慌てて防御の指示に切り替えるが、既にシエスタはワルキューレの眼前に迫っている。
しかも重い盾を持たせたためにかえって腕の動きが鈍り、先程以上に速いシエスタの剣を防御するのには全く間に合っていない。

盾に遮られない角度から横薙ぎに斬り付けた長剣が、そのワルキューレの胴体を両断して仕留めた。

「くそっ!」

ギーシュとて全くの素人ではなく、軍人の家系であるがゆえにゴーレムを運用する戦闘の訓練はそれなりに受けている。
自分が命令しようとしていた個体がもう駄目なのを悟ると、悔しげに呻きながらもすぐに残りのワルキューレに指示を出して体勢を立て直させた。

もしシエスタが真に凄腕の剣士だったなら、間髪おかず手近のワルキューレに連続攻撃をかけて、体勢を立て直す前に更に一、二体は仕留められただろう。
だが呪歌の効果で大幅に攻撃が素早く、力強くなっているとはいえ、シエスタの技量自体はやはり素人に毛が生えた程度でしかないのだ。
数秒の内に三体も四体も敵を倒すというような真似は無理だった。

「これ以上はやらせない、いけワルキューレ!」

ギーシュの命令が飛ぶのを聞くと、シエスタはさっと視線を巡らせて周囲のワルキューレたちの動向を確かめた。
残った五体全てがこちらへ向かってきているが、二体はまだ若干距離が遠い。
早急に対峙しなくてはならないのは正面に二体、そして背後に一体。

シエスタはそれだけ確認すると、攻撃される前に素早く正面右側のワルキューレの懐へと飛び込んで行った。
今度はワルキューレの側も既に攻撃に対する備えができており、向かってくるシエスタに反応してさっと盾を構える。

しかしシエスタは強引に盾の上から斬り付けるような事はせず、ワルキューレの前で踏み止まると下から構えられた盾を思い切り蹴り上げた。
予想外の方向からの衝撃に盾を弾かれて体勢を崩した隙に、腰をすかさず全力で斬り付けてまた一体倒す。
ワルキューレはギーシュの指示によって動いている関係上、事前に想定していなかった状態になると立て直すのが遅れるのだ。

一見して見事な戦い方のようだが、見る者が見れば速さと力は並外れているが動作自体はあまり洗練されていない、ということにすぐに気が付くだろう。
呪歌の効力によって攻撃の素早さや力強さは段違いに上がっているが、技量自体が高まっているわけではない。

戦い方も実に大味だが、それに関しては単に未熟だからというだけではないちゃんとした理由があった。
仮に剣技を身に付けた人間相手なら、シエスタも未熟なりに牽制や受け流しなどを交えてもう少し技巧的に戦おうとしていただろう。
だが、今戦っている相手は人間とはまったくその性質が違う。

ワルキューレは基本能力はそこそこ高いが剣技などの技巧は皆無で、その代わりに人間と違って痛覚も恐怖もなく、体は金属製で硬い。
人間相手なら鎧の隙間を突けば軽い攻撃でも有効打となるし、それゆえにフェイント気味の素早いが軽い突きなどで牽制することもできる。
だが全身くまなく青銅製のワルキューレ相手では力の乗っていない攻撃は有効打になり得ないし、当然それに怯むこともない。
それに数が多いので丁寧に一体ずつ相手にしていては不利になるばかりであり、その間に囲まれて集中攻撃を受けてはたまらない。

ここはできる限り素早く倒して数を減らさなければならない。
ならば躊躇わずに一気に防御を崩しに行き、多少強引にでも隙を作ってそこを全力で斬り付け、一撃で倒すことを狙っていく……。
それがシエスタが自分なりに考えて選択した戦い方だった。
そのためにフェイントなどの技巧を駆使しない、全力で振り抜く攻撃ばかりの大味な戦い方になっているのだ。

シエスタは敵を仕留めた余韻に浸る間もなく、すぐに残る二体に対峙しようと体の向きを変えた。
しかし振り向いた時には既に一体が目と鼻の先にまで迫っており、今まさに殴りかからんとして盾を振り上げていた。

「………っ!」

慌てて地面に転がるようにしてどうにかその攻撃は避けたが、そこに残る一体がすかさず拳を繰り出す。
シエスタはとっさに革鎧の小手の部分をその腕の内側に叩きつけるようにして拳の軌道を逸らし、どうにか凌いで体勢を立て直した。
だがその時には既に距離の離れていた二体もシエスタの後ろに回り込んでおり、すっかり体勢を整えたワルキューレたちに取り囲まれてしまっていた。

これでは、もうこの囲みから抜けるのは難しい。
今と同じことをやろうとしても、一体に飛び掛かればすかさず残り三体が背後から襲ってくるだろう。

(よ……、よし!
 少し冷や汗をかかされたが、これで何とかなる!)

ギーシュは内心で安堵する。

まさか平民の、それもただのメイドがこれほどの使い手だとは思ってもみなかったので、ワルキューレを次々と撃破された時は少々焦った。
だが先程ワルキューレ二体がかりでの攻撃を切り抜けた時は相当際どい様子だったから、こうして四体で囲んで攻撃すれば流石に避けきれはしまい。
いかに動きが速かろうが太刀筋が鋭かろうが、革鎧を着ただけの生身の人間。青銅の拳や盾が直撃すれば痛みで動きが鈍るはずだ。
そこへ周囲から数発追撃を入れてやれば一気に逆転、勝負を決められる。

だが、ここで気を抜いてまたワルキューレを失えば今度こそ勝利が危うくなるだろう。
ギーシュはここまでの反省から今度は余裕ぶった態度も取らず、周囲を取り囲み終えると即座に杖を振って一斉に攻撃を仕掛けさせた。

シエスタは正面から盾で殴ろうとしてきた一体のワルキューレの懐に、姿勢を低くして飛び込んだ。
攻撃を仕掛けようと盾を掲げたために隙だらけになった脚から腰に掛けて、一気に斬り上げるようにして倒す。
そしてその勢いのまま、身を捩るようにして横へ飛んだ。
シエスタに迫っていた一体のワルキューレの拳は間一髪で脇を掠め、今倒した相手の体を打つ。

だが、身を捩りながら飛び退いた先に向かってきた、もう2体の攻撃はかわせない。
シエスタは咄嗟に体を捻って、斜め前方から向かってきたワルキューレの拳をかろうじて防具の硬い部分で受け止めた。
しかし、背後から迫っていたもう一体が、脇腹を盾で強く殴りつけた。

たかが革の防具などでは殺しきれない威力の、常人なら体を折って悶絶するような強烈な一撃だった。
シエスタは攻撃を受けたと悟った瞬間、思わず目をぎゅっとつぶって襲ってくるであろう痛みを必死にこらえようとした。

だが。

(……………、えっ?)

シエスタは、覚悟していた苦痛が無い事に気が付いた。

受けた攻撃が決して弱いものでなかったことは間違いない、それは感じ取れた。
だが、その攻撃は実際のダメージをまるで伴わない、形ばかりの痛みと衝撃しかもたらさなかったのだ。
まるで毛布を何重にも分厚く体に巻き付けた、その上から殴られたかのように。

(これも、あの人の歌の………?)

シエスタはワルキューレたちがここぞとばかりに追撃を掛けようと向かってくるのに気が付くと、困惑を振り捨ててぎゅっと剣を握り直した。
自分を殴りつけた背後のワルキューレを蹴り退け、正面で拳を振り上げたワルキューレの脇をその勢いで駆け抜けざまに斬り捨てる。
相手は苦痛で身動きが取れまい、と油断しきっていたギーシュは、まるで痛みなど感じさせないその素早い動きに全く反応できなかった。

「ばっ……、馬鹿な!?」

シエスタはギーシュが狼狽して指示を出せないでいる間に、素早く踵を返して先程自分を殴りつけた背後のワルキューレも袈裟懸けに斬り捨てる。
ギーシュは我に返ると、慌てて最後に残ったワルキューレを戻らせ、自分をガードするよう命じた。

だが、今更守りを固めたところで、ワルキューレは既に残り一体。
連携作戦も取れない以上、もうギーシュに勝ち目はない。
血気に逸ったシエスタはそう確信し、一気に片を付けようと突進していった。
今の自分に勝てるものなどいるのだろうか? 
歌のもたらす高揚感も手伝って、そんな考えさえ、心に浮かんでくる。

つまるところシエスタは、やはり素人であった。

一流の戦士ならば、単純な動きしかできないゴーレム同士での連携よりも、ゴーレムとメイジの連携の方がずっと脅威であることを失念したりはするまい。
加えて、後がない状況に追い詰められた敵は往々にして覚悟を決めて、最後の激しい抵抗に出てくるもの。
そこへ攻め込んでいかねばならないこの状況は、先程までと同様心してかかるべき正念場であり、決して消化試合などではないのだ。

敵に対する然るべき敬意、すなわち警戒心を忘れたものは、往々にして手痛い代償を支払わされることになる。

シエスタはギーシュの前で盾を掲げて防御姿勢を取ったワルキューレに突撃すると、盾で守られていない側面から一気に斬り裂きにかかった。
狙い過たず、刃は防御姿勢を取ったまま棒立ちのワルキューレに食い込んでいく。

事前に防御の態勢を整えていたにも関わらず、全く反応せずに棒立ちで両断されていくワルキューレを見て、シエスタは一抹の不安を覚えた。
今のは、攻撃に対する反応が間に合わなかったのではなく、最初から対応させる気が無いように見えた。
最後に残った一体のゴーレムで必死に対抗しようとせず、操作を放棄した?

と、すれば、
それは、つまり………。

「……あ……、っ!?」

はっとして顔を上げたシエスタの目に、倒れていくワルキューレの陰からこちらに向けて薔薇を突きつけているギーシュの姿が飛び込んでくる。

その目には今までのような余裕も、気取りも、女性への遠慮も……、そして焦りも、狼狽も感じられない。
シエスタが駆け寄るまでの数瞬の間に、ギーシュは相手の強さを認め、これまでの自分の数々の慢心と自惚れを反省した。
そして勝敗はどうあれ、ただ最後まで全力を尽くそうという覚悟と決意とを固めた。

その、闘志の炎だけが燃えていた。

何か対応せねばとは思えど、全力で振り下ろした刃がまだワルキューレの体に食い込んだままで、満足に身動きが取れない。
背後のギーシュの動向に対してまるで無警戒であったために、完全に意表を突かれた。

「――――この時を待っていた! くらえ、『石礫』だァーー!!」

杖の先から飛び散った多数の薔薇の花びらがそれぞれ石礫に変化し、高速の散弾となってシエスタに襲い掛かる。
ギーシュが最後に残ったワルキューレを囮として、残る精神力を振り絞って勝負をかけた攻撃だ。
シエスタは咄嗟に剣から手を離し、飛び退きながら顔などの急所をガードしようとしたが、間に合わない。

石礫は容赦なくシエスタの体を叩きつけ、何発かは鎧に覆われていない剥き出しの部分に命中した。
普通なら致命傷にはならないまでも打たれた場所が内出血を起こし、骨にはひびが入り、大きな被害を受けるであろう攻撃だ。

だが、ギーシュの顔には快哉の笑みは無く、緊張した面持ちのままシエスタの様子を伺っている。

つい先程同じような状況で油断して反撃を受け、ワルキューレを壊滅状態にさせられた件を忘れるほど愚かではない。
もっとも、これに耐え抜かれたらもう油断もくそもなく、精神力もほぼ尽きているしこれ以上打つ手もない自分の負けは確定なのだが……。
例えそうなるとしても、油断した無様な姿を晒して負けたくはなかった。

果たして彼が懸念したとおり、シエスタは無事であった。
石礫にまともに撃たれても顔をしかめて一瞬怯んだだけで、やはり倒れなかったのだ。
ギーシュの最後の攻撃も、ディーキンの『武勇鼓舞の呪歌』による守りを打ち破るには至らなかった。

苦痛に怯まないだけならまだしも、剥き出しの肌をあれだけ打たれても傷ついた様子さえないのは不思議だったが……、
どうあれ、この期に及んで抗議や言い訳などは無様なだけだな。とギーシュは自嘲して、疑問を頭から追いやった。

「……まいった、僕の負けだ」

ギーシュは杖を捨て、降伏した。

それを見た周囲の観衆からどよめきや歓声、野次などの様々な反応が巻き起こる。
ディーキンもひとつ頷いてにこりと笑みを浮かべると、クライマックスを弾き上げて演奏を終えた。

だがシエスタは呆然とした様子で打たれた部分を撫で、それから捨てられた杖と手放した剣とを交互に見て……、
やがて、ゆっくりと首を横に振った。

「………、いいえ……、いいえ、ミスタ・グラモン。
 私の負けです、ありがとうございました」

そう言って深々とギーシュに頭を下げ、次いで背後のディーキンの方を振り返って、同じように頭を下げた。
せっかく応援してもらったのに勝てなくて申し訳ありません、というように。

ギーシュは呆気にとられ、ディーキンは二、三度まばたきして首を傾げた。
周囲の観衆も、あまりに思いがけない展開の連続にがやがやと騒ぎ、首を傾けながら決闘の当事者たちを見守っている。

「……い、いや、何を言っているんだね?
 誰が見ても君の勝ちだよ、残念だが僕にはもう、戦う力は残っていないんだ……」
「いいえ、私はミスタ・グラモンが杖を捨てられるより先に、思わず自分の剣を手放してしまいました。
 杖を失ったメイジが負けとなるのなら、剣を手放した平民も同じのはずです」

シエスタはそう言って静かにギーシュの方に歩み寄ると、先程彼が落とした杖を拾って、もう一度頭を下げてからそれを差し出す。

その敗者らしい礼儀と顔に浮かぶ力のない微笑みを見て、ギーシュにもシエスタがおためごかしなどではなく、本心からそう言っているのはわかった。
だが、それであっさり納得して喜べるほどには彼のプライドは安くない。
ギーシュは差し出された杖を受け取らずに、悔しげに顔をしかめてシエスタを睨んだ。

「待ちたまえ、そんなことは事前に決めていなかったはずだ。
 剣を手放したと言っても君は無傷で、僕にはもう、戦える力が残っていない。悔しいが、素手で君に勝てないのは、やってみなくてもわかる。
 誰が見ても君の勝ちさ。君が勝者として僕の降伏を受け容れてくれない限り、その杖を返してもらうわけにはいかないよ」
「いいえ、私がミスタ・グラモンと戦えたのは、ディーキン様が応援してくださっていたからです。
 それなのに……、それに最後まで全力で戦うとお約束したのに、それを忘れて、私は、……」

シエスタは口篭もって俯いた。
悔しさに唇をかみしめ、少し震えて、目に涙まで浮かべている。

彼女がこの戦いを自分の負けだと感じたのは、本当を言えば剣を手放したから、などという形式的な理由からではなかった。

ギーシュは、誰が見ても自分の負けだと言った。
だがそれ以前に、もしディーキンの歌による援護がなければ、自分はとっくに倒されている。
他の誰が知らなくても、自分にとっては明らかなことだ。

他人の援護のお陰で戦えているだけだと知りながら、最後には慢心し、自分のものでもない力に思い上がってしまった。
虚栄と傲慢の罪に塗れてしまった。
その結果が、あの被弾である。あれは、歌の力によって守られていなかったら、致命的だっただろう。
苦痛こそ殆どなかったが、精神的なショックは大きかった。
最後まで全力でお相手しますなどと約束しておきながら、あんな不義で、恥知らずな考えを胸に抱いてしまった自分が許せなかった。

望外の助力まで得ておきながら、なんという無様な体たらくか。
こんなことで、どうして他人の不義を咎める事などできようか。

「……………、」

ギーシュは神妙な面持ちで、そんなシエスタの姿を見つめた。
何故ここまで彼女が落ち込んでいるのか、どうして勝ちを受け容れないのか、彼ははっきりと理解はしていなかった。

ただ一つだけ確信したのは、このメイドが高貴な心を持っているという事。
おそらくは、貴族である自分以上に――――。

「……分かった、それではこの戦いには勝者はいないということだ。
 それでも、たとえ君が勝者でなくとも、僕が敗者である事は変わらない事実だ」

そうきっぱりと宣言すると、人ごみの中にモンモランシー、ケティの姿を見つけて、詫びの言葉を述べてから深々と頭を下げた。
それからシエスタとディーキンにも向き直って、同じように。

「すまない、2人とも、僕が悪かった!
 ……君たち2人に責任を負わせようとしたのは、僕が間違っていた。この通りだ!」

それを聞いてシエスタはハッと顔を上げると、慌てて自分も礼を返した。

「そ、その……、私の方も、貴族様に逆らうような事をしてしまって申し訳――――」
「いや、あれは悪いのは僕の方だった。君に否はない」

ギーシュはその言葉を押し留めると、剣を拾ってシエスタに差し出した。

「君は自分が敗者だと言うが、今、僕が否を認められたのは君の……、いやあなたのお陰だということを忘れないでほしい。
 そのあなたが堂々と胸を張っていてくれないと、僕がますます惨めになるだろう?」
「あ………、は、はい!」

2人がそれぞれ剣と杖を差し出して交換すると、誰かが拍手を始めた。
それを皮切りに、すっかり静まり返って事態を静観していた観衆から満場の拍手と喝采が沸き起こる。

ディーキンは何か場に会った演奏をしようかとリュートに手を掛けたが、周りの様子を見てもうその必要もないと悟ると、自分も拍手に加わった。

こうして、誰も傷つかず、誰もが勝者であり敗者であるという、奇妙な決闘は幕を閉じた。
後にディーキンによって詩の形にされ、永く歌い継がれることになる物語を残して………。


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