あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

瀟洒な使い魔‐09


「待ちたまえ。私に害意はない。住処の近所で騒いでいたようだから様子を見に来ただけだ」

タバサと白蓮の前には、1匹のミノタウロスが居た。
先程の人攫いの変装したものではなく、堂々たる2メイル半がある巨体に、
分厚い鉄板のような刃の付いたごつい、と言う言葉では表しきれないような斧を持った本物のミノタウロスだ。
だが、ただのミノタウロスではないようだ。人語を解するとはいえオーク鬼やオグル鬼よりはまし、
というレベルでしかないはずなのがミノタウロスの知能であるはずだが、
このミノタウロスは丁寧な人語を使い、その目には理性の輝きを宿している。

「やはりこんな外見では警戒されてしまうな……む? そちらの少女は怪我をしているな。
 かすり傷のようだが痕が残ってはいけない。少しじっとして居たまえ」

ミノタウロスはそう言ってタバサに斧の先を向けると、野太い声でルーンを呟き始める。
タバサの頬にはさっきのメイジの放った魔法で一筋傷が付いていたが、
斧が淡く輝くと同時に傷は薄れ、やがて消えた。

「……『治癒』」

タバサは目を見開いた。ミノタウロスが魔法、しかも系統魔法を扱ったのだ。
本来、メイジの才能とは血によって受け継がれるもので、
メイジの血が流れていない限りは亜人や平民が呪文を唱えても何も起こらない。
亜人には先住魔法と言う系統魔法とは別種の大系を持つ魔法を使うものも居るが、
ミノタウロスが先住魔法を使ったという話は聞いたこともない。

「確かにこのなりで信用してくれ、というのは難しい話か。だが、重ねて言うが私に害意はない。
 なんであれば杖に誓おう。私は君達に危害を加えるつもりは無い。
 女性に立ち話を強いるのも酷だ、私の住処に着たまえ。茶でも出そう」

そういって、ミノタウロスは片膝を立てて跪く。
その様子に2人は顔を見合わせると、白蓮がこくりと頷いた。

「分かりました。ですが、少し時間を頂いても良いですか?
 この者たちを村へと連行しなければいけませんし、エズレ村の方々に説明もしなければなりません」

「……分かった。ならば私は住処で待とう。すぐそこの洞窟が今の私の住処だ。
 事が済んだなら入り口の前で呼んでくれ」



瀟洒な使い魔 第8話「牛頭親父とハイカラ住職」



拘束した犯人達を村へ連行しエズレ村の村民に事情を説明した後、
白蓮たちは先程の洞窟の前に立っていた。奥に向けて声をかけると、
内部の空気が押し出されるような風が吹いた後、のっそりとミノタウロスが顔を出した。

「ご足労をかけてしまってすまないな。こんな外見だと満足に街にも出れないのでね」

『着火』で火をつけたたいまつを手渡しながら、ミノタウロスは頭を掻いた。
たいまつを手にその後を追いながら、2人は顔を見合わせる。
なぜこのミノタウロスは系統魔法を使えるのか? 何故こうも紳士的なのか?
10代と言う若年でトライアングルにまで駆け上がったタバサにも理解がしがたく、
この世界の事情に明るくない白蓮に分かるはずもない。
共に首を捻りながら洞窟を歩む事しばし、壁の近くに、石英の結晶がいくつも固まって輝いている箇所があった。
たいまつの放つ光が反射して、きらきらと幻想的に輝いている。
ふと、白蓮はその場所に何かを感じた。思わずそちらに足を向けそうになるが、
ミノタウロスがその行く手を塞ぐ。

「そちらは土がむき出しになっている。足を滑らせてはいらぬ怪我をするぞ」

この洞窟は岩が水の浸食によって形作られた天然の洞窟で、周囲には鋭利に尖った石筍などが列を成している。
確かにここで足を滑らせれば、勢いによっては串刺しになる可能性も高い。
更に奥に進むと開けた場所に出た。ミノタウロス用に作られているのか随分と大きな椅子や机。
部屋の奥には煮えたぎる鍋が載ったかまどや幾つものガラス瓶、秘薬が収まっているであろう袋。
その様はミノタウロスの住処と言うには余りにも文明的で、まるでメイジの研究室のようだった。
驚いた顔で周囲を見回す2人に、ミノタウロスはごふりと一つ笑って話し始める。

「驚いたかね? まるでメイジの研究室のようだろう。
 こういっても信じぬだろうが、私はメイジ、すなわち貴族なのだよ」

そうしてミノタウロスは自分の素性を語りだす。
名はラルカス。10年前にこの洞窟に住み着いたミノタウロスを退治したメイジ本人である。
かつで不治の病に冒され、その残る命での最後の旅の途中に依頼を受け、ミノタウロスを退治した。
そして、その時ラルカスは気付いたのだ。ミノタウロスの体の頑健さに。
元々優れた水系統のメイジであったラルカスは、己の病を治す方法を探した。
旅の目的も、半分ほどは自分の病の治療法を探す旅でも合ったのだ。
そして、ある意味でラルカスの悲願を叶える技術は存在した。ただし、それは禁忌とされるものであった。
脳移植。高度な水の魔法を持ってして、ラルカスの脳を他者の肉体に移植する。それが、彼の見出した病を退ける術。
そして旅の途上で退治したミノタウロスの肉体は、ラルカスの新たな肉体となるに相応しい強靭さを持っていたのだ。

「そして、私はミノタウロスの肉体を持ったメイジとなった。
 この身体は素晴らしい。暗闇は見通せるようになったし、なにより非常に頑強かつ健康だ。
 それに、魔力は脳に由来する為に魔法を使うに当たってはさしたる問題はない。
 頑健な肉体を得た為だろうか、精神もまた成長を遂げたようでね。
 今の私はスクウェアクラスと言っても過言ではないほどの魔力を持っているのだよ。
 生半可な魔法程度なら意に介さない強靭な肉体に、スクウェアクラスの強力な魔法。
 まみえた事はないが、今ならあのトリステインの生ける伝説、烈風カリンにすら引けは取らないと自負している」

自信満々にそう語るラルカスであったが、白蓮にはなぜだかその姿がとても哀しそうに見えた。
死を恐れる気持ちは分かる。白蓮もまた、弟の死から死を恐れ、不老の肉体を持つ『魔法使い』となったからだ。
だからこそ、人を外れた事による苦痛もまた理解できる。
自分はまだ魔法により若返っただけであるから人の世界に溶け込むことはできる。だが、ラルカスは違う。
人と言う肉体を脱ぎ捨て、怪物としての肉体を得た彼にはそれは不可能だ。
いかに人語を解しても、いかに貴族としての誇りを持っていても、彼は人として暮らす事はできない。
だからだろう、ミノタウロスの表情など分からないが、その姿は白蓮にはとても哀しく、辛いものに見えた。

「寂しくない?」

「元より一人身だ。洞窟だろうと城だろうと、大して変わらんよ。
 召使達が病の身を気遣うのも煩わしくてね。かえって一人のほうが気が楽だ」

タバサの呟きにそう答えるラルカスであったが、不意に頭を抱えると蹲る。
何事かと駆け寄る白蓮たちを荒々しく突き放すと、ラルカスは頭を振りながら立ち上がった。

「気にするな、たまにこうして頭痛がするだけだ。本来収まるべきでない脳が収まっている副作用だろう。
 さ、今日のところは帰りたまえ。ご婦人方がこんな獣臭い場には長居するべきではない」

「ええ。研究のお邪魔をしてもいけませんから、お暇させていただきますね。
 それではラルカスさんお元気で。またお会いしましょう」

笑みを絶やさぬまま、白蓮はタバサを連れてその場を後にする。
ただ、その心に引っかかるものがあった。先程、ラルカスに制止された時のことだ。
白蓮があそこに近づいたのは、石英の結晶の輝きが綺麗だったからではない。
あの場所から嫌な気配を感じたのだ。まるで、そう――――――

――――――死体が埋まっているかのような嫌な気配。骸が放つ、死の臭いを。



そして2人は洞窟を出、エズレ村への帰途に付く。
村では村人が総出で出迎え、2人に歓声を浴びせ、逆に人攫いの一団には罵声を浴びせた。
人攫い達は物置小屋に纏めて放り込まれ、主犯格のメイジだけが村長の家へと連行されていた。
尋問をするためだ。白蓮たちが事前に集めた情報では、エズレ村以外の村々でも子供の誘拐が多発している。
その全てがこの人攫いの仕業とするのは早計だが、何らかの手がかりはつかめるかもしれない。
そう思って始められた尋問であったが、結果は芳しくなかった。
この人攫いは10年前エズレ村を襲ったミノタウロスのことを知っており、
それで今回の犯行を思いついたのだという。

「ほんとだ、嘘じゃない。確かに誘拐が多発していると言う噂も知ってるが、
 人攫いの仕業だとしても同業の連中の仕業だろう。それとも、あの―――」

最後まで言い終えることなく、メイジは昏倒した。タバサによって延髄を打ち据えられ、意識を刈り取られたのだ。

「言い逃れは醜い」

そう言って白蓮に目配せをする。口ではそう言っているが、本心はラルカスの存在を秘匿する為だろう。
『ミノタウロスなどいなかった』と言うことにしておいた方が都合がいいし、
何より無駄にエズレ村の住人を怖がらせる必要は無い。
タバサは完全に気絶したのを確認すると、『自害を防ぐ為』として猿轡をし、おもむろに椅子に座る。
そして成り行きを見守らざるを得なかった村長に首を向けると、ぽつりと呟く。

「お腹すいた」

その言葉に真面目な顔をしていた白蓮は思わず吹き出し、村長が妻に食事の支度をするよう部屋の外へ駆け出す。
白蓮が見たタバサの顔は相変わらず感情と言うものが読み切れない無表情であったが、
先程の一言は緊迫した場の空気を弛緩させるための、彼女なりのユーモアであったのかもしれない。



夕食の後、白蓮たちは客間にて一休みしていた。タバサは相変わらず読書に耽り、
地下水は白蓮によって手入れをされ、チェストの上で上機嫌で鼻歌などを歌っている。
だが、当の白蓮の表情は暗い。地下水の手入れをしている時も、そして今も。
俯いて深く考え込むように瞑目し、時折手を組んで何事か呪文のようなものを呟いている。
タバサも地下水も、その呪文は「お経」という祈りの際に唱える呪文だという事は分かっている。
故に訝しがることは無かったが、普段から笑みを絶やさない彼女の沈んだ顔だけは気になっていた。

「よぉ、姐さん」

「ひゃあっ!? な、なんですか、地下水さん」

思案に耽っていたところに声をかけられ、白蓮はびくりと体を震わせた。
地下水は問う。何故そんなに沈んだ顔をしているのかと、もう任務は終わったんだろう? と。
その言葉に白蓮は押し黙り、少しした後、首を横に振った。

確かに任務は終わった。だが、白蓮はそれで安心する事はできなかった。
人攫いのメイジが言っていた『自分たちの犯行ではない子供の誘拐』。
ラルカスの洞窟で感じた『嫌な気配』。それらは白蓮に最悪の展開を予想させる。
しかし、白蓮は動けなかった。彼が人を捨ててまであの肉体を得た理由を、誰よりも理解しているから。

「嫌な予感がするんです。早く手を打たないと、取り返しの付かないことが起きかねない。
 でも、一歩踏み出す事ができない。彼があのような姿になった理由……詳しくは話せませんが、
 死を恐れ、それから逃れようと外法に縋ってしまった気持ちは、私も同じですから」

「だから、彼に彼が犯しているであろう罪を問うことが出来ない」

いつの間にか本を閉じ、こちらを見ているタバサが静かに言う。

「……ええ。だから、迷っています。行くべきか、行かざるべきか。
 誰かに任せてしまうべきか、自分で相対すべきかを」

それきり、部屋を沈黙が包む。白蓮は沈んだ顔で、タバサはいつもの無表情で。
暫く続いた沈黙を破ったのは、チェストの上に置かれたインテリジェンスナイフの一言だった。

「あー、姐さん、あれだよ。俺としてはここで考えてるよりは、動いた方がいいと思うんだ。
 俺は所詮ナイフだ。人間の身体を操った事はあるが、ハナから人間じゃねえ。
 だから所詮人斬り包丁の戯言と思ってくれてもいいけどよ……
 やっぱあれだ、動かないで後悔するよりゃ、動いて後悔する方がいいんじゃねえの?
 こういう言い方は卑怯だと思うけど、動かなかった場合、被害を被るのはこの村だぜ」

その言葉に、白蓮がはっと顔を上げる。タバサもまた僅かに眉を動かし、視線を向ける。
2人の視線が集まっている事を改めて確認すると、地下水は言葉を続けた。

「続けるぜ。こいつは俺の傭兵としてのカンだが、このまま動かなければやべえよ。
 今日姐さんが守ったこの村が、恐らくは真っ先に血の海になる。
 ドミニク婆さんも、ジジも、その親父さんたちも皆死ぬね。
 王都が迅速に動けば少なくともこの村だけで被害は抑えられるかもしれないが、
 まず確実にこの村は滅ぶ」

そこで地下水は一度言葉を置き、「だが」と言って言葉を繋ぐ。

「だが、姐さんが動くとなりゃあ話は別だ。姐さんの経歴はよくしらねえが、
 俺なしでもスクウェアクラス、いやそれ以上の実力を持ってる。
 だから、姐さんがその気になりゃあ、そんな事は起きねえ。
 それにだ、何も殺すの殺さないのって話に発展するとは限らねえさ。
 あの大将だって分かってくれる可能性はないではねえ。
 それにあれだ、姐さん、こういうの得意だろ? 人外相手の説得とかよ。
 エルザんときだってそうだし、俺んときだってそうだ。
 結局よ、俺もエルザもアンタが好きなんだ。お人好しのあんたがな。
 こんな俺達でも人間扱いしてくれるあんただから、俺も力を貸してるんだぜ」

地下水のその言葉に白蓮は一瞬きょとんとした後、顔を赤くしてうろたえ始めた。
タバサと地下水が生暖かく見守る中ひとしきり悶えた後、咳払いを一つして口を開く。

「あ、有難うございます、地下水さん。どういう結果になるにせよ、
 確かにまず私が動かねばいけませんね……では、善は急げです。
 今すぐ行きましょうか」

白蓮は立ち上がると、地下水に手を伸ばす。しかし、ふとその手が杖でさえぎられた。
その杖の主は勿論タバサ。相も変わらずの無表情で白蓮を見つめている。

「タバサちゃん?」

「私も行く」

そう言って杖を退けるタバサ。その表情と言うものが抜け落ちたような、
イザベラに言わせれば『人形のような』表情には、どこか安堵したような色があった。
ともすれば、見落としてしまいそうなほどに僅かなものであったが。

「相手はスクウェアメイジ、そしてミノタウロスの身体を持っている。
 戦闘を考慮する場合、数が多くて困る事は無い」

「……成程、少し気が逸っていたみたいですね。
 お願いできますか? タバサちゃん」

「当然。それに、これは元々私の受けた任務。最後まで付き合うのは当然の事」

そしてタバサは白蓮に先立って客間を出る。
その頬が僅かに緩んでいた事に気付いたのは地下水だけだったが、
とりあえずは見なかった振りを決め込んだ。
長い間人の間で生き、様々なものを見てきた経験が、何となくそうした方が良いと告げたからだ。
ありていに言ってしまえば、藪をつついて蛇を出す真似が嫌だっただけであるのだが。



「―――今日はもう帰れと、そう言った筈だが」

洞窟の奥の研究室で、ラルカスは鍋をかき回しながら静かに言った。
背を向けているため表情は見えない。もっとも、たとえこちらを向いていたとしても、
ミノタウロスの表情の変化などよく見なければ分かるものではないが。

「少し、お話したいことが出来まして」

白蓮は手に持っていた白い塊をテーブルの上に置く。少々歪な半球を描くそれは、人の頭蓋骨であった。
それも歳若い子供のもので、骨となってからそれほど立っていない。
ラルカスからの返事は無い。先程と同じく、無言で鍋をかき回している。

「このしゃれこうべは、貴方が私を止めた『土がむき出しになって居る場所』で見つけました。
 このほかにも幾つもの骨が見つかっています……それも、子供のものばかりが。
 ラルカスさん、今エズレ村近辺の村で起こっている誘拐事件の犯人は、あなたですね?」

「何故そう思う? 私が他の場で拾ってきたものを埋めていたとは考えないのか?」

背を向けたままで、手を止めずに言うラルカス。その背を見つめたままで、白蓮は言葉を続ける。

「気配が……このしゃれこうべやこの子が埋まっていた場の気配が、貴方からも漂ってきているのです。
 どんな秘薬を使おうとも拭えない、罪と死の気配が」

ラルカスの手が止まり、こちらに身体を向ける。
その巨体が動くだけで洞窟内部の空気がかき回され、2人に獣臭を伴った風が吹く。

「ミノタウロスの意識が残っていたのか、肉体をミノタウロスに変えた為に、
 貴方の心がミノタウロスに近づいていったのか、それは私には分かりません。
 ですが、これだけは分かります。貴方がそうなる可能性を全く考慮していなかった訳ではない事。
 そして……そうまでして生に縋り付く、あなたの死への恐れだけは」

直後、風が渦を巻いた。ラルカスが傍らに置いてあった斧を掴み、白蓮へと突きつけたのだ。
タバサの杖が動きかけるが、それを白蓮は制し、地下水をもテーブルの上に置く。
突きつけられた斧の切先は細かく震えている。恐らくは怒りで。

「貴様に……貴様に何が分かる! 病に冒され、ただ死への秒読みだけを早められた私の、何が!
 分かるまいよ、貴様には! 同情などうんざりだ! 人を捨ててでも生き延びたいなどと、
 貴様は一度でも思った事があるのか! その美しく健康な肉体を持つお前が!」

怒りに染まったラルカスの脳裏で何かが囁く。

――――そうだ、やってしまえ。知ったようなことを言うこの綺麗な女を。
――――叩き殺して、ばらばらにして、その肉を食ってしまえ。遠慮する事はない。
――――『俺達』はミノタウロスだ。ミノタウロスが人を食って何が悪い?
――――何より、お前だってそうしてきただろう?

そのささやき声はラルカスの心にするりと入り込み、ある欲望を活性化させる。
人としては不自然な欲望だが、その肉体としては日常的に湧き上がる極普通の欲求。
すなわち、目の前の女を殺してその肉を貪り食いたいという、強烈な食欲を。
それに呼応するかのように、ラルカスの瞳が鈍く、赤く輝き始める。

「オオォォォォォォォッ!」

ラルカスは雄叫びを上げると大きく斧を振りかぶり、白蓮めがけて叩き付ける。
だがその一撃が白蓮を捕らえる事は無く、巻き起こった風が髪や服をばたばたとはためかせるに留まる。

「ビャクレン」

「姐さん!」

タバサが杖を構え、地下水が悲痛な声を上げる。だが白蓮はそれをまたも制し、
文字通り身一つでラルカスに相対する。強い視線でラルカスを見つめる白蓮を、
ラルカスの赤く輝く目が見下ろす。栗からは粘性の高い涎をたらし、
その瞳を殺意と食欲でぎらつかせ、ラルカスはまたも斧を振り上げた。

「手出しは無用です。先程も言った様に、私は彼の気持ちが痛いほどに良く分かります。
 ですが、それを形にすることが出来ません。私の外見は人と変わらず、深い傷を負えば死にます。
 だから、この身一つで彼を止める。そうすれば分かってもらえると思うんです。
 私もまた、彼と同じ『人でなし』なのだということを」

「……できるの?」

多分に疑問の色を込めたタバサの問いかけを断ち切る用に、ラルカスの斧がまたも振り下ろされる。
その一撃はやはり白蓮を捕らえることなく、地面に打ち込まれ辺りに石片を撒き散らした。

「出来なければやるなどとは言いません。だから、地下水さんを持って下がっていてください。
 今のところ、ラルカスさんの獲物は私のようですから」

何度目かの斧が白蓮の横を通り過ぎた時、斧は再び振り上げられることなく動きを止める。
ラルカスが戸惑ったような声を上げるが、地面に食い込んだのか斧は微動だにしない。
だが『暗視』の魔法をかけてそれを覗いていたタバサは、違う、と呟いた。
白蓮が、その細腕で斧の柄を掴んでいたのだ。
その身体からは、湯気のように可視可能なほどの魔力が立ち上っており、
地下水とタバサは、白蓮が本気でラルカスと相対する気なのだと知る。

聖白蓮は魔法使いである。
幻想郷の魔法使いというものは各々がオリジナルの魔法を操る為、決まった系統と言うものがほとんど存在しない。
人形を操る、属性を操るなど、魔法使いごとに固有の方式で魔法を行使するのが普通なのだ。
白蓮は元々自分の若返りや延命の為に魔法を学んだ為か、身体能力を強化する魔法に長ける。
スペルカードルールを用いた弾幕戦においては魔力の弾を生み出し操るが、
本来はこういった、己の肉体に直接作用する魔法の方が得意なのである。
ラルカスの斧を押さえた剛力も、そういった魔法の恩恵によるものなのだ。

斧の柄を握り合い、白蓮とラルカスは至近距離で対峙する。
ミノタウロスの膨らんだ筋肉がミチミチと音をたて、白蓮の細腕から発せられる魔力がゆらめく。
双方の額からじっとりと汗がしたたり、生暖かい鼻息が白蓮の肌をくすぐり、髪を揺らす。
数分か、数秒か、どちらとも判然としない時が過ぎた後、ラルカスが動いた。
その口が動き、ルーンを紡ぎだしたのだ。

―――ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ―――

呪文の完成と同時に、白蓮の周囲に何十本もの氷の矢が生み出される。
呪文自体はタバサの十八番であるウィンディ・アイシクルだが、その数が半端ではない。
スクウェアとトライアングル、その魔力の差が垣間見える一幕である。
だが白蓮は自分を包囲する氷の矢にもひるむことなく、空いているほうの手を一振りする。
すると白蓮を守るように数十を超える光の弾が生み出され、殺到する氷の矢とぶつかり合い、相殺される。

「……まだ、やりますか?」

斧を押さえたまま、白蓮はラルカスを見上げる。

「貴様などに……何が分カる……殺す、コロしテ、オマエヲ、クウ……」

ラルカスの瞳から怒りの色が消えていく。それと同時に、怒りの奥に見え隠れしていた食欲で目がぎらついた。
それを見て、白蓮は悲しげに眉をひそめる。鼻息が荒くなり、口からは粘性の高い涎が垂れ、
斧を押さえる手に、ラルカスが更に力を込めたのを感じる。

「―――――」

その瞳によぎったのは、覚悟か、諦めか。
白蓮は己の肉体を強化している魔法の出力を更に上げ、ラルカスを上回る腕力で斧の柄を思い切り引いた。
ミノタウロスの巨体が大きく前に傾ぎ、白蓮の頭を叩き割らんといった勢いで迫って来る。
それを冷静に見つめ、白蓮は拳を硬く握りこんだ。

直後、タバサと地下水は信じられないものを見る。

どごん、という轟音と共にミノタウロスの巨体が宙を舞い、半回転して背中から床に落ちた。
自分に向かって倒れこんできたラルカスに、白蓮がアッパーカット気味にカウンターを決めたのだ。
顎から突き抜ける衝撃によってラルカスの脳は揺さぶられ、意識が遠のき、
地面に激突したと同時にラルカスの意識は暗転した。

―――人間業じゃなかったね、あれは。つくづく敵に回さなくて良かったって思うぜ。

とは、暫く後に、地下水が後に出会う終生の友との会話の際に言ったセリフである。




新着情報

取得中です。