あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

牙狼~黄金の遣い魔 第5話(Aパート)

光あるところに、漆黒の闇ありき。
古の時代より、人類は闇を恐れた。
しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって、
人類は希望の光を得たのだ。

行け 疾風のごとく
宿命の戦士よ 異界の大地を
何故戦うのか それは剣に聞け
か弱き命守るため 俺は駈け続ける
闇に生まれ 闇に忍び 闇を切り裂く
遥かな 運命の果て巡り合う 二人だから
行け!疾風の如く 魔戒の剣士よ
異界の双月の下 金色になれ
雄雄しき姿の 孤高の剣士よ
魂を込めた 正義の刃 叩きつけて
気高く吠えろ 牙狼!

第5話 虜囚

濃い緑の草いきれの中を、剥き出しの脚が駆けてゆく。
やせ衰えたソレは、枝や砂利に傷付けられてすでに血でまっ赤だった。
どれだけの間、駈けただろうか?
既に少女の中で時間の感覚は失せていた。
息継ぎをしようとしてできず、空えずきだけが胸の奥から絞り出されるように湧き出してくる。
何も考えることはできず、ただ機械的に足を一歩ずつ前へ繰り出す。
なぜ、走らなくてはならないのか?
その答えは、当の昔に出ている。
そうしなければいけないから。
そうしなければ、破滅が訪れるから!
様々な思いが走馬灯のように廻り巡る。
貧しいながらも家族の愛に包まれた生活と、穏やかな気性の村人達との日々。夕映えに彩られた故郷の山々。
ああ、あれはいつのことだっただろうか?幼いながらも、隣の家の少年から拙い告白で想いを打ち明けられたのは。
嬉しかった。愛しかった。胸に生まれた想いを、このまま数年暖かめ続ければ、きっと二人は平々凡々ながらもつましい村人としての生活を送るようになっていただろう。
だがそれは、理不尽にも取り上げられてしまった。
突然に拉致され、運ばれて到着した貴族の邸宅と言う名の地獄。
覆いかぶさってくる醜悪な肉の塊は、幼い身体を無理矢理割り開き、内側へ侵入してきた。繰り返される凌辱の末、麻痺する魂。終いに飽きてくると、自分を他の人間に抱かせた。何人も何人も、入れ替わり立ち代り異なる人間が自分の胎内に注ぎ込み、生まれたその結果。
その事を知った男は、自分の事を「もう用済みだ」と告げた。
その言葉を聴いた自分は、「ああ、助かった。帰れる」と思った。思ってしまった。
……結果としてそれは、大きな誤りだった。
男が告げたのは、人間としての用済みではなく、道具としての用済み。
いらなくなった道具は、元あったところに戻されるわけがない。
ただ、捨てられるだけなのだ。
「!」
背後から、空気を切り裂くような音が迫ってきた。
振り返る暇もなく、くるぶしに鋭い痛みが生まれる。
同時に疲れ切った身体は、バランスを崩してその場に崩れ落ちる。
「あ、ああっ!」
正面から倒れたせいで、『不自然に突き出した』腹部を強打し、少女の呼吸は一瞬停まりかけた。
同時に凄まじい苦痛を感じて、身体を丸め込む。
「ひゅうぅぅぅぅぅぅぅ……はあぁぁぁぁぁぁ」
喉の隙間から漏れ出るのはもはや声などではなく、獣の断末魔の咆哮に近い嗚咽だった。
「見つけましたぞ!」
少女が今まで駈けてきた方向の藪が二つに割れ、中から一人の男が現われた。
痩せぎすの、やや高齢の男である。肩からメイジの証明であるマントを羽織り、高価そうな宝石の飾りがされた杖を構えていた。
「ほう、君が一番手柄だな」
ややあって、藪の奥の方からさらにもう一人の男が姿を現した。
こちらの方は、先に現われたメイジよりもさらに派手な服装である。
金糸銀糸で彩られたマントに宝石の留め具、その下の服装も皆、絹である。履物も立派な誂えで、値段を問う気にもなれない。
「これで、今回の『狩猟』は終わりかな?」
やや固太り気味の、妙に先端が丸まったひげの男は、最初の男の『猟果』を見て眼を細めた。
目の前には、一人の少女が居る。
年の頃は十三か四か、貫頭衣のような布一枚に穴を開けたものを頭からまとっている。それ以外は何も身につけていない。履物さえなく、ここまで裸足で駈けてきたようだ。先ほど風の魔法で切り裂かれた、くるぶしの辺りから血がこぼれている。
健康体ならば幼い魅力にあふれているだろう、プラチナブロンドの髪に縁取られた顔は、今は激しい疲労と絶望の色を漂わせていた。
まるで戦地の難民を思わせるような少女の姿と、それとは対照的な華美を極めた男たちのいでたちは見る者に違和感を抱かせる。まるで、目の前の光景の右と左で別々の世界を見ているような、そんな不均衡さが感じ取れた。
そして。
何よりも見る者に違和感を抱かせるのは。
少女の下腹部だった。
本来、その年頃の少女ならばなだらかなカーブを描いているであろう部分は、まるで何かを孕んでいるかのように丸く膨れ上がっている。
否、孕んでいたのだ。
少女は。
子を。
「よもや、死んだのではあるまいな?」
倒れた少女は、自ら腹を抱えた格好で横たわっていた。少女の息があるかどうか確かめるため、肥え太った男は覗き込もうとした。
その時―。
「―!―」
少女は不意に身を起こした。そうして、近づいてきた男の顔に掌につかんでいた土の塊をぶつける。固太りの男は突然のことに驚き、目をみ開いていた。そのために土がもろに眼に入り、よろめく事となる。
立ち上がった少女は、藪の中に飛び込もうとした。
風の系統であろう、もう一人のメイジは連れの男が邪魔になって魔法を発動できなかった。このまま少女は、脱出に成功するかに思われたその時。
突然、少女の身体が炎に包まれた。
全く火種がないところからの出火は、瞬く間に少女を包み込み、全身火達磨とする。
炎にまかれた少女は壊れた人形のようにきりきりと回転し、その場に倒れた。
「!いかん!」
ようやく目から土を洗い流し、男が杖を振った。少女の周りを水の帳が包み込み、炎を消し去ってゆく。
炎が消えたとは言え、火傷した少女の全身は未だくすぶった煙を上げていた。足元の少女を見下ろしながら、水のメイジらしい男は口を開いた。
「危ないところだった。黒焦げになられては、『賭け』が成立せん」
「全くその通りですな」
水のメイジの意見に風のメイジも追従する。どうやら地位的には水のメイジのほうが上らしい。両者とも、口にしたのは少女の無事に関しての心配ではなかった。
「いやはや、もうしわけない」
背後から声がして、二人のメイジがやってきた方角から二人の男が姿を現した。
「息子が迷惑をかけたな。モット伯」
声をかけたのは、新たな二人組の内年長な方だ。年の頃は四十の後半から五十台の前半、すらりとした脊やかくしゃくとした歩みは軍人出身者と思われる。
そしてもう一人、壮年の男性の横に立つ二十代前半の若者。こちらは男に良く似ている。おそらく息子だろう。二人とも、水のメイジほど派手ではないがきらびやかな衣服を身にまとっていた。
「なあに、あのままにしていれば獲物は逃げてしまっていたでしょう。ゲイティ伯のご子息には感謝しとりますよ」
モット伯と呼ばれた水のメイジは、太陽の傾きを見ながら告げた。
「どのみち終わらねば、我々の昼食の時間に間に合わなくなっていましたからな」
「では、そろそろ『賭け』の方を」
主の言を受けて、風のメイジが促す。モット伯は顎を撫でながら、ためすがめつ少女を見下ろしつつ語る。
「ふむ。ずいぶん元気なこの逃げっぷり。わしは『男』だと思うが?」
「ならば、私は『女』ということで」
「ぼ、僕も『女』だと思うけどなあ。普通お腹の子が女の子だったら、母親の顔は丸みを帯びって言うし」
ゲイティ伯と呼ばれた男とその息子は、それぞれ自分の意見を述べた。
「ならば私は『男』ということで。よろしいですかな?胎(はら)を割いた後からでは、賭けの変更はできませんよ?」
確認するように風のメイジは周囲を見まわすと、少女に歩み寄った。
その背後で、三人の貴族達がそれぞれ思い思いの事を述べていた。
「もしこの『賭け』に勝てば、わしはゲイティ伯秘蔵の『幻想の狂本』をいただくという事で」
「ああ、かまわんさ。代わりに私が勝てば伯所有の『幽心の秘薬』を貰おう。聞けば人間の心を簡単に壊せるとか?何でも言う事を聞くようにできるらしいじゃあないか?」
「はは!言う事を聞かない馬鹿犬をしつけるための薬ですよ。あまり多用しすぎると、人形のようになって面白くありません」
不穏な話の内容を無視すれば、和気藹々とした会話の応酬である。少女を見下ろす位置に立った風のメイジは、呪文を唱えつつ魔法の杖に念を込めた。
杖の先端に風の渦が生まれ、見る見る拡大してゆく。それは、回転する風の刃を形成した。
少女を仰向けにし、刃を胎に当てながら、風のメイジは後ろを振り返った。
「それではいきますぞ」
これは夢だ。
明け方頃に見る、たわいもない悪夢なのだ。
本当は自分は村に居て、目覚めればまた変わり映えのしない一日が始まるだけなのだ。
目が覚めたら隣りの家へ行こう。
自分の見た恐い夢の話を、隣の少年はどんな顔をして聞いてくれるだろうか?
泣きそうな顔をしたら、ひょっとしたら慰めてくれるかもしれない。
全ては、たわいのない、子供の見る夢。
いつか必ず、目が覚めるはずの悪い夢。
いつか。
いつかきっと……。

風を斬る音。
不意に走る腹部の痛み。
急速に流れ出る命の証し。ソレと共に少女の意識は、暗い闇の彼方に喪われた。

「…世界の果ての何処かにいる我が僕よ!気高く麗しく、そして猛き遣い魔よ!私は心より求め、訴える!…我が導きに、応えよ!」
草原の只中に、召喚の呪が響き渡った。
それに応える様に、低い丈の碧い草むらの上を一陣の風が通り過ぎてゆく。
風は緩やかに螺旋を描きながら上昇し、金色の少女の巻き毛を撫でていった。
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。それが召喚の呪を唱えた少女の名前だ。今、彼女の目の前に、銀色の輝きが生まれた。
全くの厚みのない、完全な二次元の平面である。
どこか息継ぎのように脈動する光を放つそれを、モンモランシーは期待と不安が混じった表情で見つめていた。
背後で、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえてくる。
それがかえって彼女の心に「召喚するのは自分なんだから、そんなに緊張しなくていいのに」と奇妙な余裕を生み出した。銀鏡に込める精神力を強め、向こう側に居る『何物か』を引き寄せようとする。
と、向こう側から何かが移動してくる感触がした。ズルリ、とかドサリとかいった重い感じではなく、どちらかと言えばサラサラした抵抗感のないものが近づいて来る感触だった。
なんだろうか?まさかスライム?あまりの抵抗感のなさにそんな印象が生まれる。かっての遣い魔 蛙のロビンの時よりは質量はあるように思える。
やがて、目の前の銀鏡に新たな変化が生じた。
鏡の縁、地表に近い部分。そこから滾々(こんこん)と透明な液体が湧き出したのだ。それは見る見るあふれ、地面に滴(したた)り、水溜りを形勢してゆく。
鏡から湧き出る水は、おおよぞ直径3メイルほど広がり停止した。そうして唐突に鏡が消える。
「これ、は?」
生物の姿はなく、水溜りのみである。まさか自分は、本当に水だけを召喚してしまったのではあるまいか?そのように考え、顔色を蒼く変えたモンモランシーの意識に。
何かが触れた。
「貴方?」
突然、水溜りに呼びかけ始めたモンモランシーに、ギャラリーから混乱の声が上がった。
「モンモランシー、まさか……」
「水溜りを召喚してしまったことが、よっぽどショックだったのね」
「鋭意努力」
そんな友達がいのない事を口々に述べる、友人達に呆れた表情を向けると、モンモランシーは腕を差し伸べた。
「お願い!なにか容器を持ってきて。水が漏れないよう、密封できるものがいいわ」
「わ、わかったわ!」
背後に居た三人の少女の内、赤毛の一番体格のいい少女が箒にまたがり校舎目がけて飛んでいった。
やがてほどなくして戻ってきた少女は、一抱えくらいある水筒を差し出した。
「ずい分と大きいわね。まあ、ちょうどいいわ。さあ、入ってらっしゃい」
水筒を受け取ったモンモランシーは、水筒の口を開いて水溜りに向けた。
「……」
ゴクリと、生唾を飲み込む少女たちの目前で水溜りに変化が生じた。
始め生まれたのは、小さな水の波紋だった。
ソレが大きくなり、次第に波立つようになる。
さらに波は逆立ち、やや太目の水柱のようなものが水筒の口目指して飛び上がっていった。
「蛇?」
その名前の生き物が苦手なのか、やや引きながら桃色の髪の少女が呟いた。
水面から立ち上がった水柱のデティールを詳しく見ると、なにやら鱗らしい形状が確認できたからだ。
さらに詳しく見ると、銀色の瞳のようなものが先端に一対、後端にも一対輝いて見えた。
「目が二対?遣い魔を二匹召喚?」
「いいえ。違うわ」
仲間たちの疑問の声に、モンモランシーはゆっくりとかぶりを振った。
「両方に頭があるの。彼ら……彼女らは、『化蛇(かだ)』と名乗っているわ」
そう言いながら、モンモランシーは水筒へ顔を近づけていった。それを待ち構えたように、水筒の口から半透明の水色の蛇が頭を出す。
「我が名は、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。五つの力を司るペンタゴン…この者に祝福を与え、我の遣い魔となせ…」
モンモランシーが口付けをすると、蛇の胴体部が光を放った。しばらく、なにやら苦しそうに水筒の中で渦を巻いていたがじきにそれもおさまる。
後は、完全に水筒の中の水と一体化し、はっきりと見えなくなってしまった。
水と一体化し、自由に操る事ができる幻獣。
古代中国の『山海経』では「よく洪水を起こす」と伝えられる『化蛇』が、モンモランシーの召喚した遣い魔だった。

「本当に、お世話になりました」
何台も通り過ぎてゆく馬車を背景に、シエスタ・イスルギは冴島鋼牙に対して頭を下げた。
身にまとっているのはいつものメイド姿ではなく、草色のワンピースに編み上げのブーツ、小さな麦藁帽子といった格好である。
「ああ、元気でな」
頭を下げたシエスタに対し、鋼牙もそれなりの別れの言葉をかけた。だが、それ以上の言葉が出る様子もない。シエスタはもじもじと鋼牙の胸辺りを見つめ、鋼牙はシエスタの背後に視線を彷徨わせるだけだった。
しばらくの間、シエスタは立ち去り難そうにしていた。その後名残惜しそうに何度も振り返り、停め置かれた馬車へと向かう。やがて馬車の前で待っていた男に背中を押され、中へと入っていった。
馬車が動き出すのを確認し、鋼牙は背を向けて校舎へと向かう。
その間も、大荷物を積んだ馬車が何台も学院敷地の外側へ向かうのにすれ違った。
『未知の大型幻獣の侵入』により、トリステイン魔法学院は半壊した。死者も多数出(その中にはケティ・ド・ラ・ロッタの名前も含められていた)、それらの影響で学業は無期限の停止をせざる得なかったのだ。
ギーシュ・ド・グラモンの一連の事件の騒動も覚めやらぬうちの今回の事態である。王宮関係の中からは、学院長たるオールド・オスマンの責任を追及する声も上がったが、なぜか途中でうやむやにされてしまった。
とは言え、生徒やその父兄の間で沸き起こる不安の声まで消し去るわけにはいかない。いつの間にか、トリステイン魔法学院から去る生徒の数が一人、二人と増えていった。
その事態に対して、トリステイン魔法学院の最高責任者たるオスマンの反応は鈍かった。去りたいものは去らせよという、無責任とも言える通達はギトーら教師陣の反発を招いた。
とは言え、反発は未だ心理的なもので具体的な動きには至っていない。
兎に角、学院を去る馬車の姿は、一日のうち何台も見るくらいに日常的な風景と化していた。
そして、シエスタら学院内で働く人員もまた減少の傾向を見せていた。
無論世話すべき学生の数が減ったのもあるが、なにより心理的な影響が大きい。使用人たちの中でも中心的な人物、料理長のマルトーが女学生を殺人、死体損壊という行為を行なったことが、主たる原因であると言える。
このことにより、伝統あるアルウィーズの食堂(主に厨房)が使用不可能になった。
食堂部分は損壊を免れたか、あってもごくわずかだった。だが、誰が猟奇的行為が行なわれた厨房から出されたものを食べたがるだろう?
一般に殺人後の人体切断は、猟奇的行為と受け取られがちだが実際は異なる側面のほうが大きい。すなわち、大きくて重すぎる死体を隠蔽したいという心理の方が多分に働いているのだ。腕一本だけで10キログラム近くあるのだ。『遺体をコンパクト化して廃棄しやすくする』という行為はかなり理性的である。
とは言え、今回は切断された遺体に調理の痕跡があったことが悪すぎた。まあ、鋼牙の知る蒼髪の少女ならば気にしないかもしれないが、それ以外は皆線の細い貴族の子弟である。出された食事を拒否する者が増えた。このこともまた、学院から学生達が去る原因となっていることも否(いな)めない。
シエスタが鋼牙に別れを告げたことも、その影響である。余剰な人員は解雇され、それぞれオスマンの仲介で様々な貴族の下へと斡旋された。
シエスタの場合、オスマンが仲介していることを聞きつけた貴族が派遣した者が、わざわざ審査、指名したという話だった。
確か、その貴族の名前は―。
『ん、まあせっかく仲良くなったのに、残念だったな。鋼牙』
魔導輪《ザルバ》に話しかけられて、鋼牙は首を捻った。左中指を顔の正面まで持っていって、睨みすえる。
「なにが言いたい?」
それに対して、《ザルバ》は慌てた様子で言葉を次いだ。
『ん~まあ、なんとなくカオルに似ていた感じがしてな。鋼牙もまんざらじゃあなかっただろう?』
その名前に、鋼牙は複雑な表情を浮かべた。
御月カオル。
それはかって鋼牙が愛した、そして今も愛する女性の名前である。
かって鋼牙は、絵画の中に潜んでいたホラーから一人の女性を救った。
結果として画家志望の彼女はホラーより救われたが、同時にホラーの血を浴びるという悲劇を被ってしまったのだ。
ホラーの血を浴びるというのは、二つの事を意味する。
すなわち、血を浴びた人間はホラーにとって最高に美味な獲物となって狙われるということと、ホラーの血を浴びて百日が過ぎたとき、その者は『気絶する事も許されない激痛の中で悪臭を放ちながら溶け崩れる』ということだ。
始めのうち、鋼牙はカオルをホラーを引き寄せる餌として扱おうとした。今ではその時の心理は嘘だったと断言できるが、少なくとも彼はそう主張した。
その傍らで彼女を保護し、ひそかに血による悲劇を回避する術を探らせた。
結果、『ヴァランカスの実』と呼ばれる特効薬を入手し、カオルの危険は回避されたかに見えた。
その頃には互いの愛に気付き、二人は共に寄り添いあうこととなる。
だが、鋼牙とカオルの因縁はそれだけでは終わらなかったのである。
魔戒騎士の法(のり)を破り、闇に走った暗黒騎士バラゴ。鋼牙の父 大河は、バラゴから己が息子の命を救うため、自らの命を犠牲にした。さらにバラゴは己が野望のため、全てのホラーの祖であるメシアの復活を画策し、そのための依り代として幼きカオルに印を施した。
こうして、因縁の戦いの火蓋がきって落とされた。
魔戒騎士と共に本来活動すべき、番犬所の反乱という予想外の出来事に一時は窮地に立ったが、僚友たちの協力の下メシアを倒し、番犬所の反乱者ガルムを退け、ついには暗黒騎士をも打ち破る事に成功した。
こうして、鋼牙とカオルはお互いの日常を取り戻したのである。かけがえのない『絆』とともに。
二人は誓い合った。光と闇、互いに異なる二つの世界。それでもお互いに絆を意識し、せい一杯生きてゆこうと。
愛でもなく、恋慕でもない。例えどれほどの距離、時間が離れようと心は永遠であると。
最後に知ったカオルの消息は、ホラー レギュレイスを倒した後に屋敷に届いた手紙である。その手紙には、海外のコンクールで自ら描いた絵が入選したという、喜びにあふれたものだった。
果たして、彼女は自分がこのような異世界に召喚された事を知って、どのように思うであろうか?無論、連絡をとる術はないだろうが。
長年自分を世話してきた執事のゴンザには、自分が帰ってこなければ戦いの途中に斃(たお)れたとみなし、全財産を処分してカオルの元に赴くよう指示してある。
そうした意味では、あちらの世界への未練はないものと言える。
そう、何処へ行こうとも『ホラーを倒し、人々を護る』という使命は変わりはないのだから。自分にはそのことさえ果せればよい。
そのようなことを歩きながら考えていた鋼牙は、前方に数人の少女が待ち受けているのに気付いた。
「どうした?」
「ハァイ、ダーリン!」
鋼牙が声をかけると、まっ先に赤毛の炎のメイジ キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アルハンツ・ツェルプストーが手を振りルイズに睨まれた。
「鋼牙に色目を使わないでよ。ツェルプトー。この間ので、もうこりたでしょ?」
ルイズの言葉に、ホラーに取り憑かれた愛人達に襲われたかけたことを思い出したのか、キュルケは「アハハハ」と笑った。気のせいか額に汗が浮かんでいる。
「さすがにいきなり剣を突きつけられるとは思わなかったしねえ。実はアノ時少しばかりチビっちゃったのよ」
「キ・ュ・ル・ケ~」
下品な物言いに、とうとうルイズが切れたようだ。
「ちょっと、待ちなさい!」
「待てって言われて待つ馬鹿がどこにいるモンですか」
なにやらわめきながら追い掛け回す桃髪の少女と、逃げ回る赤髪の少女から視線を外し、鋼牙は残りの少女に顔を向けた。
「なるほど、召喚できたようだな」
金髪巻き毛の水のメイジ モンモランシーの抱えた水筒を指差す。
「ええ、人間じゃあなくって良かったわ」
モンモランシーはわざとらしく肩をすくめた。水筒の口が開き、中から半透明の水色の蛇が出てくる。
「半分精霊に近い生き物らしいの。自分たちは『化蛇』って名乗ってるわ」
モンモランシーの語るところによると、人語を解するくらいの知能はあるらしい。
「名前は……そうねえ、『陰』と『陽』なんてどうかしら?」
「機会があれば、私に貸して欲しい」
それまで黙っていた、蒼髪の雪風のメイジ タバサが口を開いた。水筒の中でユルリと蠢く化蛇に、彼女はひたと視線を向けていた。
「私たちが知らない、水の治癒魔法の知識を持っている可能性がある」
「そうね。半分水精のようなものだから、私たちの知らない太古の水の系統を知ってる可能性があるわね。私も知りたいし、一緒に研究しましょうか?」
そんなやり取りをしている内に、今まで追いかけっこをしていた二人が帰ってきた。どうやら息が切れたらしいルイズとキュルケは三人の前でへたり込んだ。
「脚には自信があったのに……」
フライ・レピテーション等の魔法を使えず普段は歩きのルイズが、桃色の髪の隙間から睨みすえると、キュルケも負けじと言い返した。
「ふん!体力ならこのキュルケさん、誰にも負けないわよ。だてに一晩最高七人ヌキを達成してないもの」
「まだ言うか貴様ーっ!」
貴族の令嬢にあるまじき下品なやりとりを繰り返す二人に、タバサはさらにうつむけていた顔を赤らめ、モンモランシーは大仰なにため息をついた。

女子寮の廊下を歩きながら、鋼牙は尋ねた。
「お前たちは、帰らなくて良いのか?」
先ほど見た、学外へ出る馬車の群れを思い出したのだ。
「残った教師が、授業は継続するとは言っていたようだが」
「ん、まあ帰るつもりはないわね。帰ったら即見合い結婚させられそうだから。それが嫌で逃げ出してきたのに、どうして辞めなきゃ駄目なのよ?」
髪をかき上げながらキュルケ。その横ではタバサが本を読みつつ同意した。
「ここから出ても行く当てはない」
「あ、アタシは、名誉あるヴァリエール家の娘が、背中を見せるわけにはいかないから、だからよ!それに遣い魔と主は一心同体でしょ?鋼牙の居るところが、アタシの居る場所ってことよ!あれ?普通は逆かしら」
奇妙に気張りながら答えるルイズ。それを横で見ながらモンモランシーはうなづいた。
「今更何もなかったことにできないから。誓ったのよ。ギーシュやケティの仇を討つって。そのための闘う力を私は召喚したの」
「そう言えば」
ルイズの部屋の前まで来て、それぞれの部屋へ入るという時になってキュルケが声がかけた。
ちなみにベリッソンの襲撃により、めちゃめちゃに荒らされた部屋は替えている。今では鋼牙の部屋を挟んでルイズ、キュルケと続き、廊下を挟んでタバサ、モンモランシーの部屋がある。これも学生が一度に減ったため通った無茶だった。万が一の事態に備えて、全員揃って動けたほうが良いという、モンモランシーの提案である。
「ダーリンはあのメイドの子を見送ってきたのよね?」
キュルケとしても、二度もホラーに遭遇したメイドの少女の事を気にかけていたのだろう。
「ああ、ある貴族からスカウトされて、どうしても来て欲しいと乞われたそうだ」
「ふーん……ある貴族?名前はわかるかしら?」
「確か、『モット』とかいう名前だったか」
鋼牙が挙げた名前に、四人の貴族の少女達は目まぐるしく表情を変えた。
キュルケは舌を出し「げえ」と異音を放ち、タバサは無表情で頭を振り、ルイズは憤怒に紅く染めた。最後にいかにも嫌そうに顔をしかめながら、モンモランシーが口を開く。
「ジュール・ド・モット?あんまりいい噂聞かないわ。大丈夫かしら?そのシエスタって子」
「……わからんな。いずれにしても、シエスタ本人が選んだ道だ。この俺がとやかく言う筋じゃあない。第一、魔戒騎士の剣は人間相手には振るえない」
冷たい、突き放したような言葉。だが、すぐその後に鋼牙は言葉を続けた。
「……もしもシエスタが助けを求めてくるならば、そのときは無手でも必ず助け出すがな」
「ふ、ふーん。そう?」「あらら?これはまさか」「当然でしょうに。とゆーかいますぐ助けに行け」「判断苦慮」
微妙な空気のままそれぞれの扉を開きかけたとき、その異変は起きた。
「これは」
『こいつはァ』
鋼牙と《ザルバ》、二人の驚きの声が重なる。
何事かと四人の少女が再び集まった。
彼女らの眼に映ったのは、鋼牙の掌にある漆黒の奇妙な封書だった。
「呪いの手紙?」
宛名も差出人もないソレを見て、タバサが呟いた。
「読むと寿命が縮むのは……違うか。誰かのいたずらかしらね?」
真面目なのかふざけているのか分からないキュルケの推測に、だが鋼牙は首を振る。
「これは、『黒の司令書』だ」
『ああ、間違いない。だがどういうことだ?この世界にも、《番犬所》はあるっていうのか?』
鋼牙も《ザルバ》も二人とも理解しがたい事態に混乱しているようだ。
「兎に角、調べてみよう」
鋼牙が自室の扉を開き、四人の少女もゾロゾロそれについてゆくことにした。

シエスタは、馬車の後部側窓から遠ざかるトリステイン魔法学院を見ていた。
ホラーとの一連の戦闘で、由緒ある学院の建造物は一部破壊されている。
だが、その大部分は来た当初と変わりなく思える。
故郷のタルブ村を出て、働き始めてから三年。
良い事、悪い事、様々な思い出が詰まった場所だった。
まだ右も左も分からない自分に、学院の中を案内してくれたハニーデイル。
毎日目が回るような忙しさの中、厳しくも温かい目で見守ってくれたメイド長。
厨房が己の戦場だと豪語し、貴族に一歩も譲らなかった料理長のマルトー。
みんな、みんな逝ってしまった。
時には貴族の一挙手一投足に怯え、命永らえたことに安堵する日もあったが、おおむね穏やかで充実した日々だった。
最後の方はずい分恐い思いをしたが、それを補って余る出会いもあった。
「コウガさん。ミス・ヴァリエール」
憧れの騎士の名と、貴族と平民の隔たりを超えて接してくれた少女たちの名前を呟く。
帰りたい。
できれば帰って、あの人たちのために働きたい。
それが、シエスタのほんとの願いだ。
けれどそれは、かなわぬ夢になってしまった。
すべて、目の前のこの男とその雇い主の貴族のせいだ。
モット伯から派遣されて来た、というだけで悪い予感はしていた。
しかし、シエスタは自分が選ばれる事はないと、高をくくっていた。
しょせん黒い髪の地味な、華やかさの一欠けらもない存在なのだ。
だが、この男は並み居るメイドたちの中からシエスタ一人を選んだ。そうして「従わなければ、どうなるか分かっているだろうな?」と念を押した。
わかっている。そう、分かっているのだ。
自分の対応ただ一つだけで、学院のみならず故郷まで累禍が及ぶ恐れがあることを。
自分の思い出の中、大切なところが二つとも失われてしまう。
様々な葛藤の末、諦観とともにシエスタは「はい」とうなづくしかなかった。
こうしてモット伯の別邸へ到る馬車に乗り込んだ今、もはや後戻りは許されない。
でも……けれども……。
思ってしまうのだ。
願ってしまうのだ。
自分を二度も助けてくれたあの時のように。
あの異国の騎士が、一陣の風と化して全てをなぎ払い、彼女をこの境遇から救ってくれることを。
現実が全てを引き裂くその時まで。
(夢を見ていてもいいですよね?)
目の前の男も、自分を忌まわしい場所へ運ぶ馬車も。
全てが目に入らなくなるように。
シエスタは固くそのまぶたを閉じた。

『黒の司令書』とは、魔戒騎士の活動を管理する『番犬所』より送られてくる最高通達書の事だ。
自室の椅子に腰を下ろした鋼牙は、そう説明した。
ルイズ以下四人組は、相対する形で寝台に腰掛けている。
一人ばかりベッドにうつぶせになり、シーツに顔を埋めて「ああ、これがダーリンの薫りなのねえ」などと呟いているが無視する。
「『番犬所』ねえ」
鋼牙の説明に、ルイズがなにやらにやけた顔をした。
「番犬所……番犬……つまり鋼牙は『犬』!うふふ……アタシの事は、『ご主人様』とお呼び。鋼牙」
ルイズの頭の中では、犬耳と首輪をつけた鋼牙が「ワン!」とか言ってる光景が浮かんでいそうだ。あまりの妄言に、さすがにモンモランシーも呆れた顔をした。
「何呆(たわ)けた事言ってるの?もしかして頭脳が間抜け?ルイズ」
「馬鹿ばっか」
タバサの居る辺りから、普段聞いた事のない言葉が飛び出した気がするが、モンモランシーは聴かなかったことにした。
いつもはルイズの妄言にツェルプストーの赤毛が挑発を返すのだが、今日は鋼牙のベッドで見も心も蕩(とろ)かせているので当てにはならない。「ああ、自分って、本質は苦労人なのよねえ」と心の中で嘆きながらモンモランシーは鋼牙に先を話すよう促した。
「実は、ルイズの言ったことはさほど違っていない。俺たちは、『番犬所の神官』にいちいち行動を管理されている犬みたいなものだ」
『まあ、不出来な飼い主は噛み殺されるがな。そこの鋼牙のときのように』
なかなかに不穏なことを呟く《ザルバ》。思わずルイズたちがギョッとした表情を浮かべる。
「ええとそれは?」
「大したことじゃあない。いずれ機会があれば話そう。それよりも、今はこの指令書の件だ」
「そうね。なにが書いてあるのか確かめなくちゃ」
鋼牙は魔導火を取り出した。掌におさまるくらいの大きさの、金属製の発火装置だ。
もっとも、魔法で簡単に炎を造り出せるメイジたちには、発火装置などというものがあることが想像もつかないのだろう。物珍しそうに見ていた。
漆黒の封書を胸の高さまで持ち上げると、鋼牙はあろうことか封筒そのものに炎を放った。
「なにしてるの!?そんなことしたら、読めなくなるじゃない!」
慌てて停めようとするルイズ。だが《ザルバ》は『これでいいんだよ』と告げて取り合わない。見る見るうちに封書は碧色の炎に包まれてしまった。
そして……。
炎の中でうねうねしたまっ黒なものが蠢き、次の瞬間空中へと踊り上がった。
「うわっ!」「気色悪」「なにこれ」「字……?」
タバサの言葉どおり、空中へ舞い上がった漆黒の塊は五人の目の前で解けて数行の文字の羅列を作り出した。
まるで空中に金錆びた釘で刻みつけたような、奇妙な字体の文章である。
もっとも、それらの文字は四人の少女達の言語体系とは全く異なる世界に属するものである。鋼牙以外には誰も読む事はできないはずだった。
「ええと、ホラー『ラゴラ』を倒滅せよ?」
だが、驚くべきことにそれを読み解き口にする者が居た。
「ルイズ、これが読めるのか?」
わずかに表情に驚きを浮かべながら、鋼牙が尋ねた。
「この文字は、魔界文字だ。俺のような魔戒騎士か魔戒法師。それなりに魔界について学んだ人間でないと読めないはずだが?」
「ふーん。そうなの?でも、なんとなく読めるんだけど。そうねえ。まるで何年も自分の国の言葉を話さなかった人が、急に母国語を聞いた瞬間!って感じがするわ」
小さな胸を張って力説するルイズ。それを聞いて「む」と小さく唸った鋼牙は、「続けて読んでみてくれ」と先を促した。
「ええと……大まかな場所を指定してあるわねえ。ええ!ちょっと…ここって」
ルイズの愕然とした声が響く。
何事かと見守る仲間たちに、ルイズは戸惑ったような表情を向けた。
「ホラーが現われた場所って、モット伯の別邸がある辺りだわ!」

湯気の立ち込める高い天井を見ながら、シエスタはため息をついた。
巨大な、部屋いっぱいに広がる浴槽の中心である。
モット伯の別邸に到着したシエスタは、旅塵を落とすよう指示された。
ここまで着てきた服は奪い去られ、代わりに絹製の下着が用意された。
要は今夜のために身体を磨き上げろと言われたわけだが、正直彼女は戸惑った。
浴槽に湯を溜める形式の風呂は、彼女は初めてである。村に居るときは泉や川で水浴びをし、学院に居るときは原始的なサウナで垢を落とすのが常だった。香水の香りまで漂う貴族用のソレのようなものに浸かっても、正直どうすれば良いのかわからない。
もっとも、シエスタが案内された浴室は愛人用のもので、この邸宅の主人たるモット伯らが使用する浴室はまた別にあることを彼女は知らない。ここの黒味を帯びた泥岩の岩壁の浴室に比べて、貴族専用のそこは薔薇色の大理石が用いられた見事なものである。
この浴室を出てしまえば、待っているのは醜悪な貴族の男の愛撫であるという事実もまた、シエスタの行動を遅滞させている原因の一つであった。
できる限り、『その時』が来るのを伸ばしたい―。
だが、彼女のその気持ちは無慈悲にも否定される事となる。
浴室の中漂っていた湯気が動いた。
何者かが、浴室の戸を開いたのである。
頭を巡らせ見ると、自分と同じくらいの背格好の女性が一人、入ってきた。
ガウンのような、湯浴み着を一枚羽織っただけの姿である。ほとんど黒に近い濃い紫の髪は肩スレスレのところでおかっぱのように切りそろえられており、その下の容貌は―。
なんと言うのだろう……『何歳にも見え、かつまた何歳にも見えない』……一種独特の雰囲気を漂わせていた。
「貴女が、新入りのメイド?」
その女性は、浴槽に肩までつかったシエスタを見つけると近寄ってきた。
一歩歩くたび、湯気に遮られるたびにその女性の容貌は、幼子のように見えたり、かなりの年配に見えたりした。
「?」
不審に思い、頭を何度か振ったところで既に女性はシエスタの前に立ち、こちらを覗き込んでいた。
「大丈夫かしら?少し茹だっちゃった?お湯から出て涼みましょう。それから身体を洗うと良いわ」
「あ、あの」
「あなたをお世話するように言われてね。きちんと今晩の用意をするようにって」
そう言われて、シエスタは気落ちした。どれほど愛想良く見えようと、所詮彼女もこの邸宅に飼われている身の上なのだ。自分をここから逃がしてくれるとか、助けてくれるとか虫の良い事を考えるだけ無駄なのだ。
シエスタははあ、とため息をつくと「分かりました」と浴槽から立ち上がった。
ほど良い小麦色に焼けた肌が、まっ白い湯気の中に浮かび上がる。均整の取れた身体は、貴族の淑女たちのプティングのような締まりのない体つきに比べて幾分筋肉質である。
いかにも田舎育ちといった風情の少女の体つきを見て、女性は納得した表情でうなづく。
そして何か言おうとして、「あら?」と呟いて右掌を頬にやって。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね」
「は、はあ」
慌てた様子の女性に、シエスタは親近感を抱いた。しっかりしているようで、意外と抜けている。
……こんな貴族の屋敷でも、まだ人間味のある人が居たのだ。
「私の名前は『シャチー』。よろしくね」
「わ、私は『シエスタ』っていいます」
貴族の邸宅という、檻の中に囚われた二人の女性は薄く―薄くお互いに笑みを交わした。

新着情報

取得中です。