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第33話 懺悔




 衝撃の破門宣告から6日が経った。
 あれからレコン・キスタは首都ロンディニウムに籠もったまま、なんの動きもない。
 一つ気になるのは、破門宣告を伝えに行ったはずの先行隊がいまだに戻っていないことである。

 「やっぱり、戦いになっちゃうのかしら」
 「……もう、言葉では収まらないところまで来てしまったのでしょうね」
 ルイズとなのはは、宿泊場所である城館の一室から、闇に沈むロンディニウムのほうを見つめていた。
 譲れないもののために死力を尽くして戦うのは、なのは自身のスタンスでもある。
 だが、今のレコンキスタのそれは、何かが違うような気がしていた。
 「ねえ、なのは」
 そんななのはの迷いとも少し違う何かを感じ取ったのか、ルイズがなのはに声を掛ける。
 「なんで彼らは戦うのかしら……聖下の破門宣告にすら逆らって」
 「宗教に関してはよく判りませんけど」
 その問いに対して、珍しくやや自信なげになのはは答える。
 「自分が正しいと思ったことを貫くために力を振るうというのは、決して間違っていないと思います」
 なのは自身がそういうタイプであるだけに、そのことは否定できない。
 「でも、ただ自分の言葉を通すためだけに戦うというのは、違うと思います」

 誤解されやすいが、なのはが力を持って意を通すのは、決して己の言い分を通すことではない。
 彼女が力を持って意を通そうとする行為、それは『対話を拒絶するもの』に対してのみ向けられるのだ。
 対話から逃げる相手を、強引にその席に座らせ、話し合うところからはじめさせる。
 それが彼女のあり方だった。

 だからこそ、彼女には、この戦いの先が少しだけ見えていた。
 彼らはかたくななまでに対話を拒絶する。
 自分の信じていることだけが絶対と思い、それ以外の全てを拒絶する。
 そこには理解も妥協もない。対話とは『対話』、つまりお互いが話し、そして聞くことが絶対。話すこと、そして聞くこと。それのないところに理解は生じない。
 同化か、殲滅か。対話の拒絶が生むのはそのどちらかだ。
 本当はそんなことはない。話し合いさえすれば、出来ることなどいくらでもあるのに。
 なのははそんな『出来ること』をいっぱい体験している。

 「人と人との繋がりは、自らを理解してもらうことと、相手を理解しようとすること。その双方がなければ成り立たない、私はそう思います。でも、今の彼らは」
 「自らの言のみを主張して、こちらの話は聞こうともしない、っていうわけね」
 「はい。そしてその先にあるのは……」

 ここで言葉が途切れる。なのははもちろん、ルイズにも判っていた。
 戦いになったら、今回ばかりは止まらないと。
 彼らは引こうとはしないだろう。命が惜しい、その段階を通り過ぎることになってしまう。
 勝たねば死ぬ。降伏しても死ぬ。戦って勝つほかに生き延びる術はない。
 彼らはそこまで思い込んでしまっている。
 そこにもはや説得の目はない。

 「戦争って、いやなものなのね」
 「当然です」

 だがこれから行われるのは、明日の出陣に向けた壮行会だ。
 ルイズはため息を一つつくと、ぼそりと呟くように声を出した。

 「……戦いの前に何でこういうパーティーなんかやるのか、昔は判らなかったけど、今なら判る気がするわ」
 「どう思いました?」
 そう聞いてくる使い魔に、主人は遠くを見たまま答えた。
 「そうでもしないとやってられないのよ、きっと」
 主人の言葉に、よくできた使い魔は沈黙を持って答えた。







 その夜、元サウスコーダ太守の館には、盛大に明かりが灯されていた。
 明日からの進軍を勇気づけるための壮行会が開かれるのだ。
 この場には入れない兵士達にも大量の酒が振る舞われ、下士官達の「飲み過ぎて明日には残すなよ!」という注意の声が響く中、ジョッキを打ち合わせる音が響く。
 そして館の中では、上級士官である貴族達が、明日の決着へ向けて、いろいろなことを思いつつも、表向きは和やかな時を過ごしていた。
 宴は既に佳境に入っている。先ほど最後の入場者である国王ジェームズ一世と聖エイジス32世聖下が場内入りし、乾杯も終えてそれぞれ多数の貴族達と会話をしているところである。
 そんな時間が過ぎていく中、ふと一瞬、あたりが静まりかえった。
 国王がじっと聖下のほうを見つめ、聖下もそれに答えるかのように国王を見つめたからであった。
 二人の視線のぶつかり合いに、まわりの貴族達も皆言葉を止めた。



 「聖下」
 ジェームズ一世は、老いた体を震わせつつも、凜とした響き渡る声で教皇に呼びかけた。
 その瞳にはただならぬ決意が光っている。

 何か大切なことが語られようとしている。

 周辺にいた貴族達も、皆ぴたりと動きを止めた。
 使用人達も、動いてはいるものの、極力音を立てぬように仕事を進め、当座の作業が終わった後は皆動きを止めた。
 音楽を奏でていた楽団員も、ぴたりと音を止める。
 ルイズも、なのはも、ウェールズも。
 その場にいたものは皆息を潜め、老王の次の言葉を待った。

 「見ての通り私は先の短い身。そして明日よりの戦いの中に果てることもあり得るでしょう。それゆえ、またとないこの機会に、私は王として懺悔をしたいと思うのです」
 「懺悔、ですか」
 ヴィットーリオほどの人物が少しとまどった。懺悔は罪の告白であり、聖職者はたとえ聖下その人に聞かれても他者の懺悔の中身を漏らすことは禁じられている。
 もちろん、腐敗した現在の教会ではそんな戒律が守られるはずもなく、懺悔の内容を悪用するものも絶えない。
 ただ、その性質上、懺悔は聖職者と一対一の場で、しかも互いの顔を見ずに行うのが本来である。
 だが王は、公衆の面前で己が懺悔すると言い放った。
 これは王が自らの過ちを公表するに等しい。そして普通これはあり得ないことであった。

 王に過ちはない。

 これは王が誤謬を犯さないということではない。王は自らの過ちをあっさりと認めてはいけないのである。
 王は柱であり、柱が揺らげば国が揺らぐ。
 そのため、王が過ちを犯した時の結果は二つ。
 取り返しのつくものであれば側近が代わりに責めを負う。
 取り返しのつかないものならば王自らが取り除かれる。
 王自身が傷つく時は、王そのものが取り替えられるのである。

 ヴィットーリオも考える。この場で王が懺悔する。この行為にはおそらくなにがしかの王にとって、国にとっての得がある。王自身は、おそらくこの戦いの後引退するのであろう。
 年齢や気力のこともあるであろうし、引退するのなら懺悔によって罪を認めても、王権が揺らぐことはない。
 ならばこの場でこの国の抱えたなにがしかの悪しきことを、「聖下」である自分に語ることによって、罪を洗い流し、次世代に禍根を残すことを避けるのであろう。
 貴族達の前であえて王が宣言したのも、そう考えれば納得できる。
 自分が『懺悔』することにより、次世代たるウェールズが清浄であることを知らしめるためであろう。
 ヴィットーリオにとっても損ではない。王が教皇に頭を下げる形になるため、教会の『正統たる』権威は維持されることになる。
 聖職者であるクロムウェルの反逆によって貶められた教会の権威を、当代及び次代の王が支持するということになるからだ。

 それらのことを素早く計算したヴィットーリオは、それでも確認するように王に言葉を掛ける。
 「よろしいのですね、王よ」
 「はい。むしろこの場にいる、余に仕えてくれた者達にこそ、この懺悔は聞かせたいのです」
 王の様子に、ヴィットーリオは警戒を一段階上げる。
 どうやら、これは只事ではない何かがある、そう彼は見抜いた。
 そしてその警戒は無駄にはならなかった。
 王の懺悔は、もし気を張り詰めていなければ、さすがのヴィットーリオも思わず我を忘れかねないほどの爆弾だったのだ。



 「皆の者も聞いてほしい。そして思いだしてほしい。この反乱の発端が何であったのかを」

 そう問われた貴族達は、この地で起こった不和を思い出す。
 王弟・モード大公の処罰。

 「そう。我が弟モードを、余が断罪したことがこの反乱の始まりとなった。だが余は、何故王弟を極刑を持って断罪したかを今まで語ろうとはしなかった。
 もちろん諸兄らは王家が明かせない何かがあることくらいは予測したと思う。そしてそれはあった」

 まわりの貴族達は、思わず唾を飲み込んだ。ルイズ達も例外ではない。
 この事件の真相は、それほど厳重に秘匿されていたのである。

 「そのことについて余はこれから懺悔をしたい。聖下」
 「……謹んでお聞きしましょう、王よ」

 聖下、の言葉と同時にヴィットーリオの前にひざまずくジェームズ一世。その前に立ち、祝福を授ける形を取るヴィットーリオ。

 「……我が弟モード大公は、王族を、いや、始祖の子である我々人類全てに対する裏切りを行っていたのです」

 その言葉の重さに、ざわりとした動揺があたりに広がる。人類全てに対する裏切り……それは彼らの予想を越えていた。

 「彼は恥知らずなことに、我らの宿敵たるエルフと情を通じ、なんと子まで為していたのです」

 息を呑む音が至るところから上がった。それは確かにとてつもない悪徳である。今初めて、ここにいる貴族達は、王の乱心とも取れた大公に対する断罪の真意を知った。
 これはまずい。まずすぎる。よくそこで止めたといいたくないくらいの大問題である。

 「私は始祖ブリミルの血を継ぐものとして、大公を断罪いたしました。ですが……ですが……」

 高まった緊張が、奇妙な方向にねじれる。王は『悔いていた』。
 身内がエルフと通じた、それが単なるスパイ行為的なものでも極刑ものなのに、『情を通じて子まで為した』というのである。もはや許されるはずもない、国家どころか始祖ブリミルに対する大逆である。
 なのに何故王は『悔いている』のだ?

 その答えは、続く言葉でさらなる疑問を生んだ。



 「私は間違っていたのです! モードは……彼がエルフと情を交えることは……他ならぬ始祖によって許されていたのです!」



 さしものヴィットーリオも一瞬意識が空白になった。今王は何といった? 人とエルフが交わることを、始祖がお許しになった……?
 だがすぐに彼は己を取り戻す。ここに王の狙いがある。こんなことをいう以上、王にはこの事実を『教皇が認める』だけの何かを握っている。
 危ないところだった。もし彼の言葉を『只の懺悔』と受け取っていたら、今の衝撃で理性的な判断力を失うところだった。ヴィットーリオは客観的にその事実を認め、そのことを持って理性を立て直した。

 「王よ」

 ヴィットーリオは衝撃さめやらぬまま沈黙した諸侯らの意識を取り戻させるかのように、王に語りかける。

 「何故、そう思ったのですか? エルフと交わるという、ある意味大逆にも等しい行為を、あなたは何故それを始祖が許された、と知ったのですか?」
 「はい。お聞きください」

 言葉は厳粛で悲壮なものだったが、その裏にかすかに見える歓喜をヴィットーリオは感じ取った。そうと意識していなければ絶対に気づけなかったであろう歓喜を。
 危ないところだったと彼は自問する。王はおそらく何かの肯定を、認証を求めているのだ。
 そしてそれは決してこちらの損にはならない。そこまでヴィットーリオは読んだ。
 今王が私に恥をかかせる真似をするはずがない。それはある意味身の破滅である。なので公衆の面前という場を利用したある種の『脅迫』である恐れはない。
 その上でなにがしかの『肯定』を迫るということは、公開した場合双方に利益があり、秘匿した場合は教会により多くの利益があることなのだろう、と結論を出す。
 差し引きこちらが少し損をするのであろうが、それはこちらが独自に相手の持つ秘密を知った場合のことだ。秘密そのものが知らなかったことである以上、相手が手札をさらしたからには受ける方が特であろう、そう彼は結論づける。

 故に彼は続く言葉を冷静に受け止められた。同時に思った。
 不意を打たれずに済んでよかったと。
 もしこの札を相手に握られいていたら、それは教会を滅ぼすことが可能なほどの、恐るべき爆弾だったのだから。
 そして王は告げた。教会すら滅ぼすことになり得た、王家の秘事を。

 「我が弟モードと、彼が隠していたエルフの愛人、シャジャル嬢。その間にはティファニアと名付けられた娘がおりました」

 一部の貴族達--ルイズを含む--は、王がエルフのことを『嬢』と、敬称を付けたことに気がついた。普通ならあり得ないことである。
 だかそんな些細な違和感は、次の言葉によって粉々に消し飛んだ。

 「そしてその娘こそが、彼らの情が始祖に認められていた証でした。なぜなら彼女は、彼女こそが、我がアルビオンの」

 そこで一旦切られる言葉。聞く者の間に響くのは、緊張の高まりのあまり、ゴクリと唾を飲み込む音だけ。
 そして言葉は告げられた。







 「“虚無の担い手”だったのです」






 その場にいたものは、皆一様に自分の体重が何倍にもなったかのように感じていた。
 この場に集う者は、“虚無の担い手”という言葉の重さを誰よりも知っている。
 他ならぬトリステインの“虚無の担い手”ルイズによって、死すべき運命を覆されたものばかりなのであるから。
 それと対等な存在である、“アルビオンの虚無”。それが王弟とエルフの間に生まれた子だというのである。
 それはまさに完璧なまでの『始祖の祝福』であった。そして王がこの場で懺悔をした理由もわかろうというものである。

 ヴィットーリオも思った。確かにこれは困るであろう。王自らが始祖の使いを殺害してしまったのだ。相手が相手とはいえ、これは始末に困る。教会としても秘密裏に相談されてももめたような問題だ。宿敵たるエルフの子に始祖の祝福が下る。教義における大いなる矛盾だ。
 これに答えを出せるのはおそらく教皇只一人。というか教皇の言葉以外では解決不能だ。

 と、そこまで考えた時、小さな矛盾をヴィットーリオは感じ取った。
 何故彼は、この事実を公の面前で明かしたのだ?
 王に何かの狙いがあることは判った。思わぬ事実の連続で衝撃を受けたが、冷静に考えると、これらの事実は何も公開する必要がない。それこそ墓の底まで王が抱えていけばいいことである。
 相手の動きを見ても、この秘密は周辺に漏れ伝わっていないはずだ。それこそ『レコン・キスタ』の側にも。
 こんな事実をあちらが知ったら、それこそこの事実を旗印にして王家を壊滅させることが出来たはずだ。
 なのに、何故? 最悪、レコン・キスタに情報が行くことすらあり得るのに、何故?
 ヴィットーリオは考える。ここで手を間違えると、大きな失点となる気がする。
 彼は何かを『肯定』してほしがっている。なにをだ? 権力ではない。心の平穏でもない。
 もっと具体性のある、しかも、『聖下』が認めるもの……!
 その時出し抜けに彼の脳裏に答えが浮かび上がった。自分でなければダメなもの。王の権威でも守れないもの。
 そんなものは一つしかない。無意識のうちにそれが失われたと思ってしまったが、もし失われていなければ?
 大いなる矛盾、教皇たる自分でなければ肯定できないもの。
 この時初めて、彼は王の真意を見抜いた。そうか、そういう事か。
 ならば自分はどうすべきか。答えは『肯定』と『否定』の二つ。
 そして彼は、自分によりふさわしい答えを返した。



 「王よ、あなたの懺悔、確かに受け取りました」

 ヴィットーリオは優しく王に語りかける。

 「王が彼らを責めたことは間違いではありません。おそらくその時は知らなかったのでしょう。彼の者達が、我らの常識の例外である、『始祖に祝福されし者』だったということを」
 「……はい。そうと知っていれば、決して騒ぎ立てたりはしなかったものを! あれの望むように、世間から隠し、ただ見守るだけだったものを!」

 王の慟哭に、思わず涙するものも現れる。

 「王よ」

 そこにヴィットーリオが声を掛ける。彼は賭けた。王の真意を自分が見抜けたことに。
 それでも慎重に言葉を選び、語りかける。

 「そなたが始祖の祝福を受けた娘を殺そうとしたこと……それは本来許されるべき事ではないのかもしれません。もしその子供が平民であったとしても人間ならば、まがうこと無き大罪であったことでしょう。
 ですが、彼の娘は始祖によって宿敵とされた、エルフの血を引いていた。人にも善人と悪人がいるように、シャジャルというエルフの女性は、エルフであっても、その心はむしろ我々に近いものだったのかもしれません。
 それゆえモード大公はシャジャルと情を通じ、そして始祖はそれが間違いでないことを示すために、その娘に祝福を与えたのでしょう。
 ならばその娘は、たとえエルフの血を引くものであったとしても、その子供自身がエルフと共に生きようとするものでないかぎり、我々にとっては始祖の子供です」
 「おお……」

 王はヴィットーリオの言葉に、思わず涙を流す。それを見たヴィットーリオは、己が賭に勝ったことを悟った。
 彼が涙を流した時、そこには悲しみではなく、歓びの表情が浮かんでいた故に。

 「王よ」

 ヴィットーリオは荘厳な声を出す。今までの優しく問い掛ける声ではなく、権威者としての重さを持つ声で。

 「本来ならそなたの過ちは、死を持ってしても償えぬ大罪となるはずであった」

 それを聞いた人々の間にかすかな疑問が浮かぶ。
 何故過去形なのだ? ただ許すだけの言葉とも思えない。
 その答えは衝撃と共にやってきた。

 「ですが……大いなる始祖が、その祝福を与えし愛娘の苦境を見逃すとも思えません……生きているのでしょう、始祖の祝福を受けし娘、ティファニア嬢は」

 その瞬間、王が崩れ落ちた。
 そして、心底肺腑から絞り出すように、答えを返す。



 「……はい」







 「王よ、今ここに私は宣言いたします」

 再び声を柔らかなものに戻し、ヴィットーリオは告げた。

 「王弟モード大公と愛妾シャジャルが一子、ティファニア・モードは、その身が真実“虚無の担い手”であるのならば、たとえその身がエルフの血を引くものであっても、それは始祖に認められしものであると。
 これは私、教皇聖エイジス32世としての言葉です。そして、彼女の生存の事実を持って、王、そなたの過ちを、始祖ブリミルと教皇の名において--」



 ヴィットーリオは、崩れ落ちた王を改めて起こすと、その額に手をかざしながら、言った。






 「--許します」
















 その言葉と共に王は全てをやり遂げたかのように崩れ落ち、一時宴は中断となった。
 だが、程なく戻ってきたウェールズによって、さらなる爆弾が宴に投入されることとなった。

 「皆、安心してほしい。王は疲れただけで、健康にはなんの問題もない」

 安堵の声が漏れる中、ウェールズは言葉を重ねる。

 「先の聖下の言葉にもあったが、我が従妹に当たるティファニアは、先の断罪の折、“虚無”の加護により生き延びていた。従妹が授かった加護は『忘却』。数刻ほどの記憶をあやふやにしてしまうものだという。
 これによって追っ手となった兵士達から、自分たちを見つけたと言うことを忘れさせて、今まで隠れおおせていたとのことだ。
 その後彼女は、うち続く戦乱で生まれた孤児達をかばいながらつつしまやかに生きてきたが、こちらが真実を知り得たことにより誤解も解け、我らの庇護を受け入れてくれた」

 一瞬なんのことだ? と空白が生じたが、その言葉の意味がしみ通るにつれ、会場は歓喜に包まれた。
 「我らの元にも“虚無”の加護が!」
 「レコン・キスタに正義無し!」
 「して、そのティファニア嬢は!」
 上がる声に対して、ウェールズは言った。
 「我々王族の犯しがたい過ちに対して、一人の女性がその身を落としてまで我が従妹を守っていてくれた。彼女の名はマチルダ・オブ・サウスゴーダ。
 そう、モード大公の腹心であった、ここ、サウスゴーダ家唯一の生き残りだ。
 私は今ここで、王に代わり宣言する。
 モード大公家、及びそれに連座して罰せられたものの罪業を解き、その名誉を回復することを。
 我が従妹ティファニアは、虚無なれどその血筋のことも考慮して、私に続く第二位の継承者とし、いずれ私の血筋とティファニアの血筋は一つにされるとすることを。
 そして諸君、朗報がある」

 ここで言葉を切ったウェールズに、注目が集まる。
 その彼は、会場の正面入り口を注目していた。
 そちらに視線が向いた絶妙なタイミングで、入り口の扉が開く。
 そこから、緑色の髪をした女性にエスコートされるように、金髪の少女が現れた。
 緑髪の女性が杖を振り、あたりに明かりを撒く。
 それに照らされたのは、美と豊穣の化身であった。
 清楚な白のドレスに身を纏っている、すべらかな金の髪の乙女。
 そのかんばせはあくまでも美しく、わずかに尖った耳ですら、その美貌の前には気にならなくなる。そしてやや下世話だが、会場の男達は清楚なドレスを持ってしても押さえ切れていない、顔のやや下に注目してしまった。
 まさに豊穣の化身。
 元々少女自身が細身なこともあって、その胸部は本来以上に強調されていた。
 会場の女性、その全てを持ってしても太刀打ちできないほどの豊満さ。どちらかと言えば清楚であどけない容姿に似合わない、壮絶なまでの艶めかしさを持つ肢体。
 虚無やハーフエルフ云々以前に、男どもはその美貌と色気のミスマッチに打ちのめされていた。
 そんな中ウェールズが彼女を緑髪の女性に変わってエスコートし、上座に誘った。
 そしてこの場ではある意味唯一上に当たるヴィットーリオに紹介する。

 「ティファニア、この方が聖エイジス32世聖下だよ。挨拶を」
 「はじめまして。虚無の担い手たる聖女よ。私は聖エイジス32世。俗名をヴィットーリオ・セレヴァレと申します」
 聖下の挨拶に、参加者達の注目が一点に集中する。そんな雰囲気の中、ティファニアは挨拶を返した。

 「あ、あの、その、私、ティ、ティファニアって言います。はじめまして!」

 ある意味平民丸出しのたどたどしい挨拶。だが、その場にいた何割かの男には、それがとどめとなった。
 彼らは今、ハルケギニアで初めて『萌え』という感情を取得したのかもしれない。







 男どもには残念なことだが、ティファニアはまだ不慣れだということで早々に退場してしまった。ウェールズも一緒に一旦退出してしまったので、残りの宴はいまいち盛り上がらなかったものの、話題はティファニア一色となっていた。
 そんな一方。
 ウェールズとマチルダ、そしてティファニアは、別室で王、そしてルイズ及びなのはと共にいた。
 「すまなかったのう、ティファニア。わしが愚かであった。おぬしが望むのなら、仇として私を打ち倒し、堂々とアルビオンの正統を名乗るがよい」
 「あの、おじさま……私、そんなこと言われても困ります」
 謝る王に、困惑するティファニア。彼女はいまだによく判っていないのである。
 モード大公家にいた時も、大切にされてはいたが民を率いるものとしての教育は受けていなかった。物心ついた後は、すっかり平民の生活になじんでしまっていた。
 今こうして引っ張り出されているのも、姉とも慕うマチルダの言葉に従ってのことである。
 その姉は、
 「ほんとは引っ張り出したくはなかったけどね……隠れ住むにも限界があるし、下手にバレたら何に利用されるか判ったもんじゃない。ましてやアルビオン王家が滅びた後にバレたら……」
 「もっと悲惨なことになりますものね」
 なのはに愚痴をこぼしていた。
 実際これはマチルダにしても大博打だったのは事実だ。
 彼女を表舞台に出すのがあまり彼女向きではないことは、マチルダが一番判っている。
 だが、今が唯一のチャンスでもあった。
 なのは達と別れた後、ウェールズに残した伝言。彼らはそれに応える策を伝えてきた。
 マチルダはそれに乗る決意をした。勝算は十分あったし、今を逃したら後はまず無い。
 幸い教皇はこちらの意図を見切り、それに乗ってくれた。
 これでティファニアは表に出てこられる。ハーフエルフの身も、聖下に認められた「始祖の祝福」という事実があれば、表で非難することはできない。
 「だけどミス・ロングビル……じゃなかった、ミス・サウスゴーダ」
 「マチルダでいいわよ」
 そこに話しかけようとして呼び方に困るルイズ。そんなルイズにマチルダは軽く言葉を返す。
 「まさかあなたがこんなことを抱えていたなんて」
 「今更よ。それに本当の平安は明日の決戦に勝ってから。私も腹をくくったからね。恨みしかないアルビオンだけど、テファを表に出しちゃった以上、私は彼女を守らないといけないし」
 「そうね」
 ルイズも頷く。そう、全ては明日なのだ。
 だが、彼女たちは知らなかった。

 明日、恐るべき地獄の釜のふたが開くことを。




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