あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

萌え萌えゼロ大戦(略)-23a



 太陽が中天に昇る頃。ニューカッスル城郭に鎮魂の鐘が響き渡る。
本来は脱出の準備が進められていなければならないが、それに優先する形で
河に流れ着いた遺体の埋葬が行われていた。
 流れ着いた遺体は、ほとんどがまだそれが貴族だったのか、平民だったのか
判別することが可能だった。背中や腕、顔に火が燃え移った時点で河に
飛び込んだのだろう。だが、焼夷弾に用いられた焼夷剤であるテルミットは
燃え尽きるまで待つしかなく、油脂や黄燐は下手に水をかけると逆に
激しく燃え上がる。そのため、遺体はどれも酷く損傷しているところと
そうでないところの差が激しかった。それでも、まだ河に飛び込めただけ、
彼らは幸運だったのだ。
 ルイズとギーシュは黒い雨に濡れた体を湯で濯ぎ、新しい制服に着替えて
教会での葬儀に参列した。ここに埋葬されるのは貴族だけ。平民は城郭の
外の共同墓地に埋葬されていた。
「……わたしの、せいだ……」
「ルイズ……。きみのせいだけじゃない。ぼくたちの誰も、ふがくの本当の
力を知らなかったんだ。だからルイズ、あんまり自分を責めない方がいい」
 教会から地下洞窟の秘密港へ向かう途中。ルイズはそう言って自分を
責め続けた。葬儀に参列した王党派貴族からの無言の視線がそれに拍車をかける。
だが、ギーシュはそれを否定した。

 黒い雨が降り止み、燃えるものがなくなって火勢が衰えを見せ始め、
ニューカッスル城郭の城門が開かれたとき――そこに広がる光景に誰もが
絶句した。爆発で壕のように掘られた消火帯の先にくすぶる炎。その先には、
それがかつて自分たちと同じヒトだったことすら信じられぬような、
黒こげの消し炭が一面に広がっている。貴族だったか、平民だったか、
それすら無意味であるようなそれらを、今の彼らには回収して埋葬する
ことすら不可能だった。
 そのため、彼らは城郭に流れる河に流れ着いた遺体だけでも回収して
埋葬した。死骸が入ったままの水は呪われ流行病を生む――破壊工作で
敵の井戸に動物の死骸を投げ込むこととは次元が違う規模だが、
このニューカッスルの住人のためにもそれだけは最優先で行わなければ
ならなかった。このために脱出の準備は遅れ、『イーグル』号の出港は
今夜夜半になる見通しとなっていた。

 ルイズたちが秘密港の入り口となるニューカッスル城裏庭の隠された
入り口にさしかかったとき、突如足下を揺るがす轟音と城郭の外れから
煙が吹き上がるのを見た。国王ジェームズ一世やウェールズ皇太子、
他の貴族たちも何事かとざわめき始めたとき、そこにデルフリンガーを
背負ったふがくとルーデルが舞い降りる。ふがくは金モール付きの
アルビオン王立空軍士官服を着た中年のアルビオン貴族を抱えていた。
「陛下。工廠の処分、完了致しました」
 中年の貴族は敬礼してそう老王に報告する。そこにウェールズ皇太子が尋ねた。
「サー・スチーブンソン。……いったい、今のは何を?予定では、工廠の
処分は資料の持ち出しと施設の『錬金』による無力化だったはずだが……。
火の秘薬を使ったにしても……あれは……」
「ああ。殿下。こちらのレディたちに異国の火薬をご提供いただきまして。
『トリニトロアニソール』……でしたか。素晴らしいですな。ご提供いただいた
おおよそ1000リーブルの火薬であの工廠が外壁の一部を残すのみとなりました」
 それを聞いて貴族たちがざわめく。ほとんどの貴族が今朝の攻撃以来、
無慈悲な破壊者としてふがくとルーデルに恐怖の念を感じているにも
かかわらず、ニューカッスル空軍工廠の責任者であった
このサー・スチーブンソンという貴族はそんな気配を全く見せていなかった。
「そうねえ。ヘル・スチーブンソンが魔法で起爆するとは思ってなかったけど。
火薬の取り扱いにも慣れてるし」
「アンタが爆破持ちかけられたときに派手にやりたいなんて言うからでしょうが!
それに、結局自分の出さないで私に出させるし」
「だって、私の爆弾に使われてるTNTより、ふがくちゃんのに使われてる
TNAの方が、扱いやすいじゃない。ちょっとくらいじゃ爆発しないし」
「……つーか、俺っちあんなものと一緒にされてたのかよ……。
正直、俺、必要ないんじゃ……」
「はぁ。そんなことないわよ。危険物なのは変わらないけどね」
 そう言って溜息をつくふがく。サー・スチーブンソンが国王と皇太子と
一緒に歩き出したとき、ルイズがふがくに話しかけた。
「……あ、ふがく……。あの……」
「何?」
「……あの……今朝は……」
「……私に謝るんだったら、お門違いよ」
「え?」
 『ごめんなさい』――そう言おうとしたルイズを、ふがくは突き放す。
「アンタは私のご主人様。つまり司令官よ。司令官が、自分が発案した
作戦実行した兵器に謝ってどうするのよ?
 アンタが発案した作戦は完璧じゃないけど当初の目的を果たしたのよ。
作戦中に誤爆した私を責めるならとにかく、謝ってどうするのよ、
まったく。
 しっかりしてくれないと……こっちも困るんだから」
 最後の言葉はルイズに聞こえないように小さくなった。ふがくはルイズによる
作戦中止が命令された後、誤爆した集落上空を高高度偵察飛行している。
数戸の煉瓦造りの家からなる集落はほぼ破壊され、戦場を見ていて
巻き込まれたであろう多くの死体とそれを埋葬しているような数人の
人間が確認されたが、そこに降りることはできずにいた。そしてルイズも、
一般市民を対象とした無差別大空襲の命令者でありながら、後に空襲被害を
受けた国から勲章を賜ったとある司令官のような強烈な自己肯定は、
到底できずにいた。


 そうして降り立ったニューカッスル秘密港は、ルイズたちにとって
驚きでしかなかった。洞窟を大きくくりぬき、鋼鉄の黒い艦体を見せる
『イーグル』号が入港した桟橋を中心に櫛形に整備された港湾施設は、
ハルケギニアで一般的な立体的な桟橋と異なり最大4隻の大型艦の入港を
可能とする船渠型巨大秘密基地の様相を呈していた。
「……す、すごい……」
「まるで海の港……いや造船所みたいだね。これは……」
 ルイズとギーシュが初めて見る秘密港の全容に目を丸くする。
そこに後ろから声がかかった。
「ははっ。すごいだろう。ロサイス軍港やダーダルネスに比べれば桟橋の
数は劣るけど、ここは『イーグル』号や、建造予定の新型艦を入港させるために
拡張されているからね」
 そう言って片手を上げるのは、サー・スチーブンソン。彼はルイズたち
4人を荷物の積み込みが行われている『イーグル』号の前まで案内すると、
フネの前で両手を広げる。
「これが我が国の最新鋭戦列艦『イーグル』号だ!全長150メイル、
全幅20メイル。新型の蒸気機関を搭載したハルケギニア史上初の装甲艦で、
主砲も35口径24サント三連装砲塔と連装砲塔、それに艦体下部には
35口径15サント単装砲4門!我々の55年の研究の集大成!万全の体制で
砲撃戦をやれば、今は名を変えた『ロイヤル・ソヴリン』にだって
負けることはない!」
 ルイズたちが『イーグル』号を見上げる。黒光りする三連装と連装の
背負い式主砲塔の後ろには堂々たる5層の櫓檣が、その後ろに鋼鉄製の
巨大なマスト――帆が装備されつつあるので帆走用だったのだ――が
そそり立ち、今まで見たどのフネとも違う威容を見せている。ルイズと
ギーシュ、そしてふがくの3人は、サー・スチーブンソンによく知る
ある教師の姿を重ね合わせた。
だが、そこまで言ったサー・スチーブンソンの声は、急に弱くなる。
「……そうとも。こいつと、いずれ進空するはずだった『ライオン』級戦艦、
『ヒューリアス』級竜母艦さえそろえば……『レコン・キスタ』など……」
 『戦艦』と『竜母艦』――ルイズたちには耳慣れない言葉だが、
ふがくとルーデルはそれが自分たちが言うところの『戦艦』と『航空母艦』に
相当するのだろうと理解していた。そこにウェールズ皇太子が大きな
木箱を載せた台車を押す従者を連れて現れる。
「世界は、いつだって『こんなはずじゃなかった』、だよ。
サー・スチーブンソン」
 敬礼するサー・スチーブンソンに倣って、ふがくとルーデルも敬礼する。
3人の敬礼にウェールズ皇太子が返礼した後、ルイズに話しかけた。
「ラ・ヴァリエール嬢。きみたちにあずけたいものがある」
「わたしたちに……ですか?」
 目をぱちくりさせるルイズ。ウェールズ皇太子は従者に命じて木箱を
開けさせた。そこにあったのは……大量の図面だった。
「戦列艦『イーグル』、そして建造中だった戦艦『ライオン』、竜母艦
『ヒューリアス』と、『イーグル』号に搭載した新型機関と新型砲の
設計図だ。もっとも、『ライオン』と『ヒューリアス』の実物はロサイス
撤退時に船台から強制排出、自沈させてきたがね。
 アンリエッタに渡してほしい。きっと力になれるだろう」
「わかりました。おあずかりさせていただきます」
 ルイズはふがくに命じて懐に木箱をしまわせる。明らかに入らないものが
姿を消したことにウェールズ皇太子と従者は驚いたが、サー・スチーブンソンは
楽しいものでも見るかのように笑ってみせる。
「トリステインに帰ったら、タルブのササキ夫妻によろしくお伝え願いますよ。
大使どの」
「タルブの……ササキ夫妻?」
 ルイズとギーシュは顔を見合わせた。二人とも、タルブにそんな名前の
貴族がいたなど聞いたこともないからだ。そこに、サー・スチーブンソンが
昔話のように語り始める。

 ――今から55年前。聖地にほど近いサハラの砂漠で、探索行の途中だった
我が国の貴族、エンタープライズ家の者が見たこともない鋼鉄の軍艦を発見した。
エルフと人間は聖地近辺で見つかる『場違いな工芸品』について取り決めを交わしており、
どんなものも最初に見つけた者がその所有者となると決められていた。
 巨大な『場違いな工芸品』を見つけた彼は、力の限り『固定化』をかけた状態で
それを自らが忠誠を誓う国王へと献上した。
だが、下手なフネよりも巨大な鉄の塊であるその軍艦をアルビオンに
移動させることはできず、そして無人の艦に残されていた文献や艦名の
プレートを読むこともできなかった。
 そのとき、5年ほど前に探索行の途中でそのままトリステインのタルブの村に
住み着いたエンタープライズ家の者がおり、しかも彼女が東方からやって来た
ササキという夫妻と懇意にしているという話を耳にした。解析に難儀していた
空軍は一縷の望みを託して秘密裏に彼らと接触、実際に彼らにその軍艦がある
場所まで来てもらったという。そのもくろみは成功し、アルビオン空軍は
その軍艦がササキ夫妻の故郷の巡洋艦『ウネビ』という名前であること、
そして多くの貴重な情報を入手できたのだった――

「……エンタープライズ家は、一族全員がその家名のとおりに探求の旅に
出て新たな発見をもたらす者たちだった。3年前にある事件に連座して
取り潰されたがね。
 基本的な情報収集終了後、『ウネビ』はその場で解体されて重要部分だけ
アルビオンへ持ち帰った。
 そして、搭載されていた蒸気機関の研究をここニューカッスルに居を構える
我がスチーブンソン家が受け持ち、そこから50年かけてようやく
『イーグル』号の建造に着手できた、ということさ」
 意外な事実に驚くルイズとギーシュ。そして、ふがくもその事実に
驚きを隠せなかった。

(『ウネビ』って……あの『畝傍』?あの艦は私が生まれる60年近く前に
行方不明になった艦じゃない……。それにササキって……まさか……)

 3人の様子に、ウェールズ皇太子はにこやかに微笑む。
「驚いたようだね。トリステイン王家やタルブ領主アストン伯には
悪いことをしたと思っている。できれば、今聞いたことはこれからも
秘密にしてほしい。
 幸いにして『イーグル』号の装備やその実体を推測できる資料は
すべて破棄または回収できたからね。『ロイヤル・ソヴリン』――
いや『レキシントン』だな、これに搭載されている砲は旧態依然のもの。
ただの青銅の弾ではこの『イーグル』号に装備された装甲は貫けないから
安心して乗っていなさい」
 ウェールズ皇太子のその言葉にルイズとギーシュは安心した顔を見せるが、
ふがくだけはその言葉の裏に隠れた真実を見抜いていた。
そう。いくら装甲が厚くとも、攻撃によって人員が死傷すれば、
または装甲で守られていない推進機関などに被害を受ければ、
どんな強力な軍艦でもいつかは行動不能になるのだから。
そしてそれが現状で王党派が単艦反撃に出なかった理由でもあった。
 ふがくのその視線の意味に気づいたのか、ウェールズ皇太子は従者から
紅い絹布で包まれた箱状のものを受け取ると、そのまま従者を下がらせた。
そしてルイズの前に立つと、その目の前で布を取って包まれていたものを見せる。
「ラ・ヴァリエール嬢。これもきみにあずかってほしい。
だが……その前に、きみが持っている『水のルビー』をもう一度私に
見せてくれないか?」
 布の中にあったもの――それは香木を削り出して作られた古びた宝石箱の
ようなものだった。不似合いなほど飾り気のないそれは、それでいて
それ自身が見続けていた長い年月をルイズたちに語りかけているかの
ようだった。
 ルイズは言われるままに『水のルビー』を取り出した。
そこにウェールズ皇太子が自分の左手の薬指にはめている
『風のルビー』を近づけると、二つの指輪の間に虹の橋が架かった。
「水と風は虹を作る。王家の間に架かる橋さ。
 この虹の橋を渡って、『始祖のオルゴール』をトリステインへ」
 『始祖のオルゴール』――それはトリステイン、アルビオン、
ガリア、ロマリアの、始祖の子供と弟子に連なる王家と教皇に伝わる
秘宝のひとつ。
初めて見る秘宝にルイズがどうすればいいのか戸惑っていると、
ウェールズ皇太子がオルゴールの蓋を開いて見せた。
「……音が、鳴らない?」
「そう。アルビオン王家に伝わるこの『始祖のオルゴール』は、どういうわけか、
曲を奏でるどころか音も鳴らない。
トリステイン王家に伝わる『始祖の祈祷書』が、まったくの白紙であるように、ね」
 『始祖の祈祷書』のことはルイズやギーシュも聞いたことがある。
ただ、市井に複数存在するそれはどれも内容が異なり、持ち主は自分が
蔵するものこそホンモノだと主張しているためどれも真偽が疑われている。
さすがに王家所蔵のものは王族の婚姻の際に立ち会う巫女が儀礼的に
使う以外で公開されていないが、まさかそれが白紙だったとはルイズたちには
予想外だった。
 ルイズは『始祖のオルゴール』を両手で恭しく受け取る。そのとき、
ふがくの背中のデルフリンガーが懐かしむような声を発した。
「いやあ、懐かしいねえ。娘ッ子。そのオルゴールの蓋、『水のルビー』を
はめてから開けてみな」
「デルフ?……いったい何を……」
「いいからいいから。ちょっと思い出したんだ。六千年の言うこと、
ちょっとくらい信じても罰は当たらねえぜ?」
 その言葉にルイズとウェールズ皇太子は顔を見合わせた。しばしの後、
ルイズは半信半疑のまま『水のルビー』を指にはめて『始祖のオルゴール』の
蓋をゆっくりと開いた――
「……え?な、何?これ……」
 鳴らないはずのオルゴール――だが、『水のルビー』をはめたルイズには、
『始祖のオルゴール』が奏でる、綺麗で、懐かしい感じがする詩が聞こえていた。


 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

 そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。

 四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。

 我が扱いし『虚無』の呪文。その初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』(爆発)。
『虚無』は強力なり。またその詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。

 詠唱者は注意せよ。時として、『虚無』はその強力により命を削るものなり……。


 その後に続いたのは古代語の呪文。ルイズはいつの間にか涙を流していた。
そして、はたと気づいた。ウェールズ皇太子は鳴らないオルゴールと言った。
そして、『水のルビー』をはめるまで、自分にもこの詩は聞こえなかった。
ということは……。
 自分は選ばれたのだろうか?
 よく分からないけれど……詩が聞こえた。聞こえたということは、
今聞いた呪文も効果を発するかもしれない。ルイズは、いつも自分が
呪文を唱えるとどんな呪文でも爆発していたことを思い出した。
あれは……ある意味、今聞いたばかりの『虚無』ではないだろうか?
 思えば、爆発する理由を誰も言えなかった。
 両親も、姉たちも、先生も……、友人たちも……、ただ『失敗』と
笑うだけで、その爆発の意味を深く考えなかった。
 すると、自分はやはり選ばれたのかもしれない。
 信じられないけど、そうなのかもしれない。
 でも……そうと分かったとき、いっそう涙があふれてきた。

「……ルイズ?」
 ふがくが心配そうに声をかける。ギーシュ、ウェールズ皇太子も、
サー・スチーブンソンも皆心配そうな顔をしている。
「バカみたい……。わたしがもっと早く自分の系統を知っていたら、
今朝みたいなことをさせなくてよかったのに……」
「……まさか……、聞こえたのか?きみは……この『始祖のオルゴール』の
奏でる詩が……」
 ウェールズ皇太子の言葉に、ルイズは小さく頷いた。その意味を知る
ウェールズ皇太子の顔が驚きの色に染まった。
「なんということだ……。トリステインに『虚無』が……。
サー・スチーブンソン、このことは……」
「分かっております。殿下。このことはここにいる6人の胸の内だけに。
よろしいかな?」
 そう言ってサー・スチーブンソンがギーシュとふがく、ルーデルを見る。
全員が無言で頷いたのを見て、ウェールズ皇太子はルイズの両肩に手を置いた。
「……おめでとう。ラ・ヴァリエール嬢。だが、このことは誰にも話しては
いけない。ご両親にも、アンリエッタにも。何故かは、分かるね?」
 ルイズはその言葉に小さく「はい」と答えた。その様子にふがくが
背中のデルフリンガーに尋ねる。
「……アンタ、よく分かったわね。あのオルゴールがルイズの封印……かな?
それを解く鍵だってこと」
「おうよ。なんたって俺っちは六千年だ。ついでにもうひとつ思い出したんだ。
相棒、俺っちを抜いてみな」
 その言葉にふがくはウェールズ皇太子に断ってからデルフリンガーを
背中から抜く。すると錆びた刀身が光を放ち、見る間に神々しい輝きを
帯びた大剣へと姿を変えた。
「これが本当の俺っちよ。ここ千年ばかりつまらねえヤツばかりだったからよ。
テメエで錆びた姿に変えていたのをすっかり忘れてた」
 その言葉にルイズがぽかんとした顔になる。そしてふがくから
「良かったわね。貴族の使い魔にふさわしい剣になって」と言われると、
むーと頬を膨らませた。


 そして夜半――アルビオンを離れる王族と貴族、そしてともに行くことを
決めた平民たちを乗せた『イーグル』号の出港の時が来た。

「汽罐全開」
 『イーグル』号の艦橋。通常のフネとは異なった5層の櫓のような艦橋の
最上階にある指揮所で、艦隊総司令官であるウェールズ皇太子が命じる。
それに艦長が応じる。ルイズとギーシュも、簡易の玉座に座すジェームズ一世と
ともに、指揮所の中でウェールズ皇太子たちのやりとりを見ていた。
「汽罐全開」
「汽罐全開、アイ・サー」
 艦長の命令を掌帆長が復唱する。本来ならばここにはサー・スチーブンソンが
いるのだが、彼は機関室にこもり罐の機嫌を取ることで手一杯だった。
伝声管で伝えられたその命令に、サー・スチーブンソンが目の前にある
2基の罐――蒸気機関を見上げる。
「さあ、晴れ舞台だ。今日は駄々こねるなよ」
 そう言って彼は部下たちに命じて汽罐の蒸気圧を上げるよう石炭を
くべさせる。彼の役職はこの蒸気機関を動かすために新設された機関長。
そしてまた彼の部下たちも純白の水兵服が煤で真っ黒になることを誇りとし、
今までのどの戦場よりも緊張した面持ちで自分の仕事をこなしていた。
「……よし。汽罐の蒸気圧が機関の起動圧力に達した。
 機関圧力正常。始動よろし」
 機関室からの返答。艦橋の後ろにある2本の煙突からうっすらと色づいた
白煙が上がるのを見て、艦長が大きく息を吸い込んでから命じた。
「舫いを解けえー!」
 艦長の声に岸壁に立つマールバラ公が自身の臣下たちとともに係船柱に
かけられた舫いを解く。すでに秘密港の入り口はまたもやふがくから
提供された爆薬によって塞がれ、その上から『錬金』をかけて崩れた
土砂を鉄に変え容易にここには到達できないようにされている。
岸壁に残っているのが貴族ばかりなのは、艦がこの秘密港を離れるときに
『フライ』で飛び移るため。そして昨夜のパーティで公言したとおり、
アルビオンでも有数の貴族であるマールバラ公は殿として港に立っていた。
「微速上昇」
「微速上昇、アイ・サー」
 その命令で風石がその力をゆっくりと解放し、『イーグル』号は
ゆっくりと上昇を開始する。
「本艦、船台を離れます」
 がこんという音とともに、『イーグル』号がその艦体を預けていた
船台を離れる。岸壁でその様子を確認したマールバラ公が手旗信号で
合図するのを確認すると、艦長はウェールズ皇太子に顔を向けた。
「よし。艦長。微速後進」
「微速後進」
「微速後進、アイ・サー」
 その命令で艦尾のプロペラが回り始める。蒸気機関を搭載したこの艦は、
風がなくとも後進が可能。それ故に、この秘密港もこれ以降の艦に
装備されるはずだった蒸気機関での運用を前提として整備されていた。
長い汽笛の音とともに『イーグル』号がゆっくりと後進を始め、桟橋から
完全に離れようとしたときに、港に残っていたマールバラ公たちが
『フライ』で艦にたどり着いた。
「……これでこの港も、いや、この大地も見納めだな」
 艦首に立つマールバラ公がつぶやく。それはこの艦に乗る全員の
気持ちでもあった。
 後進する『イーグル』号がぽっかりと空いた穴の上に達する。
下は雲が荒れ狂い、さながら荒海の様相を呈していた。
「微速下降」
「微速下降、アイ・サー」
 風石の力で自由落下を制御し、ゆっくりと下降する『イーグル』号。
直径300メイルほどの大穴であるが、見張りは全員注意を怠らない。
張り出した岩の突起に触れれば、それでおしまいだからだ。
 やがて穴から出た『イーグル』号は反転し、雲海を抜ける。そして進路を
トリステイン王国ラ・ロシェールへと向けた。空には双月が輝き、静かに
『イーグル』号を照らしていた。
「……ふう。何とかここまで来たわね。けど……電探も搭載してない
アンタがすいすい来れたことに疑問を感じるんだけど……」
 『イーグル』号の周囲を失速ぎりぎりで飛ぶふがくが、ちょうど対角線上の
位置にいるルーデルに通信で話しかける。それに対する返答はあっさりと
したものだ。
「別にあれくらいどうってことないわよ。敵地の真ん中に墜落した戦友を
着陸せずに助けることに比べれば、ね」
「どういう状況よ、それ……」
 想像できない状況にふがくが溜息をつく。その一瞬の隙に――
ルーデルの姿が見えなくなる。
「え?ルーデル?」
 ふがくの言葉に応答はなかった。

 ――その頃、ルーデルはふがくの遙か上空に舞い上がっていた。
本来のふがくであれば探知できる位置だが……今のふがくにそれは
できない。ルーデルはふがくと『イーグル』号を見下ろしたまま、
妖艶な笑みを浮かべる。
「……んふふ。さて、舞台に上がる役者もそろったし。お姉さんは退場するわね。
 じゃあね。ふがくちゃん。……生きていたらまた会いましょうね」
 その視線の先には……上空高度5000メイルから降下してくる二つの影があった。



新着情報

取得中です。