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Louise and Little Familiar’s Order-15



タルブ村の朝は早い。東の地平線が漆黒から浅い紫に変わる頃から、小さな子供を除くわりと多くの者達が朝餉や一日の労働の準備に取りかかりだす。
シエスタの家でもそれは例外ではない。母親が旦那と八人……いや、今は九人の子供の為、多くの食材と台所用具を相手に格闘していた。
するとそこに、珍しく早く起きてきたらしいシエスタがやって来る。茶色のスカートに草色した木綿のシャツをしていた。

「おはよう、お母さん。」
「おはよう、シエスタ。今日はえらく早いんだね。どうしたんだい?」
「ちょっと早く目が覚めちゃって・・・・・・何か手伝おうか?」
「それじゃあ、お願いされてくれるかしら?」

そういうと母は、木のボウルに入っている沢山の瑞々しい野菜をシエスタのほうにズイッと渡した。
シエスタ喜んでそれを受け取ると、慣れた手つきでそれらの皮を剥き、そして食べやすい大きさに細かく切っていく。
長閑な時間が過ぎていく。母がする朝餉の手伝いなんて本当に久し振りの事であった。魔法学院の奉公に出る前は病気の時を除き一日だって欠かした事は無い。
暫くそうしていると、母がまた話しかけてきた。

「そういえば、昨日来たミーちゃん、だっけ?あたしの気のせいならいいんだけど、何か元気無さそうに見えたよ。何かあったのかい?」
「え?ううん、何でもないと思うけど。元から、ああいう性格なんじゃないかな?」

流石に太陽の様な性格の子供たちを八人育ててきただけあって、母が持つ子供に対しての観察眼は確かだ。
シエスタは二言だけ言った後で、完全に黙り込んでしまう。まさか自分の勤め先で主人に鞭で事あるごとに引っ叩かれているだなんて、口が裂けたって言えない。
それに言ってそれでどうなるという事でもない。貴族の者達が配下の平民をどうしようと、第三者であり、彼ら彼女らと平民でもある自分達には何かを言う権利はない。
おそらくミーも、自分の兄弟達には少し劣るだろうが明るい性格なのだと、シエスタはそう考えている。ただ環境がそれの発現を阻んでいるのであって。
少し浮かない顔をしていたシエスタに、母からもう一度声がかかる。

「あ、あと昨夜はだいぶ遅くまで起きていたみたいだったわね。どうだい?何か分かった事はあったのかい?曾御祖母さんの形見について?」
「うん。ミーちゃんが色々と話してくれたよ。直ぐに寝かせてあげたけどね。」

それで少しはシエスタも気持ちを取り直したらしい。少しは包丁を持つ手が軽くなった気がする。
確かに昨日の夜、ミーに祖母の形見を見せた結果得られた物は、予め用意していた幾つかの羊皮紙に収まるような物では決してなかった。
また、彼女の口から通して語られる事物の中には、長年片身の管理をしていた父親さえも気づかなかった事もあり、正に驚きの連続とも言えた。
500近くにも及ぶポケモンの種類、様々な種類のモンスターボールを駆使した捕獲の方法、多岐に渡るその生態系……
とても5歳の子供が記憶していられるような量ではないために、シエスタと父は更に詳しく聞きたかったが、本人が長旅で疲れている事もあったために、本格的な調査はまた明日ということになった。
恐らく朝日が昇って暫くした頃に起きてくるだろう。完全にこちらの都合で夜更かしをさせてしまった事を思うと、シエスタは苦笑するしか他なかった。



Louise and Little Familiar's Orders「Countdown of ‘Hell or heaven’」

シエスタが起床する約一時間ほど前、アルビオンと接続するトリステインの港町、ラ・ロシェールの遥か上空4000メイル付近をアルビオンの超巨大戦艦、『レキシントン』が航行していた。
そしてその前後左右には、それより大きさが一回り小さい150メイル級戦艦『モナーク』『センチュリオン』『レパルス』『オライオン』の四隻が王を護衛する騎士の如く寄り添って航行している。
更にその前方では、100メイルクラスの戦艦『エリン』『ウォースパイト』『ヴァリエント』『ベレロフォン』『アガメムノン』『テメレーア』の六隻が先述した艦の前衛兼水先案内人として三段構えの航行している。
幾つかはこの二年間の内に新造されたものだが、大体は旧王政府が使用していたものを殆ど横流しする形で使っている。
それはさておき、艦隊の力としては申し分無かった。そう。他国の一部分を一時的にせよ自国の制圧下に置くという点では。
だが、『レキシントン』の甲板にいたボーウッドは内心の不安を上手く隠せないでいた。
彼はこれだけの戦力で、果たして目標としている場所を攻め切り、制圧出来るのかどうかを疑っていたからだ。
彼は政府から一方的に提出された、作戦命令の書かれた書簡を懐からそっと取り出し広げる。それにはこう書かれてあった。
―『レキシントンを中心とする十一隻の戦艦は、着底可能なトリステインの然るべき平地、タルブに着底後、即日その土地を占領。レコン・キスタの橋頭堡を更に二週間かけて築くべし。
またアルビオンへの連絡港、ラ・ロシェールへは150メイル級戦艦二隻と100メイル級戦艦四隻を派遣。トリステイン王軍を壊滅させた後、可能な限り施設を無傷で手に入れるべし。
尚、攻撃手段はその現場における司令官の任意による。しかし攻撃の時刻は双方が目標地点に辿り着いた事を相互に確認し終わった時刻に同時に行うべし。』―
つまりこれの戦術はチェスプロブレムにおける解法の一種と同じである。あらかじめ戦略的重要箇所に有力な兵を配置していき、時間が来たと同時に一気呵成に攻撃するというものだ。
だが改めて読み直してもこの作戦は馬鹿げている、とボーウッドは同時に思った。
軍議の席でも何度か述べたが、『レキシントン』を派遣するというのであれば港のあるラ・ロシェールの方が戦術的にも示威的にも正しい。
第一、直ぐには本国からの援助も受けられぬそんな内地に、一度に大量の将兵を限られた物資の中ほったらかしにして良い訳が無い。
あっという間に干上がってしまうのは明白でもあるが、それ以上に相手側から大攻勢を受けた場合、苦も無く倒されてしまう可能性がある。
巨大で強力な軍とはいえ二手に分かれさせるのだ。何処かしら穴が出て来てもおかしくは無い。
そして……今のところトリステインとアルビオンは不可侵条約を締結している状態である。こちらから一方的にその条約を破棄し、加えて宣戦布告無しの先制攻撃など、厚顔無恥極まりない戦略と言える。
例えこれでトリステインを打ち倒す事が出来たとしても、その後諸外国に対し、一体どの面下げて外交をしていくというのだろうか……と。
だがそんな彼の提言はクロムウェルや軍最高司令官であるジョンストンによって一蹴された。
彼らが言うには、昼間に正攻法を用いて海岸線を少しずつ攻めて制圧していくより、夜間に奇襲作戦を用いて内陸部の広範囲に大部隊を布いたほうが、手早く全体を手中に収める事が出来ると。
また、仮にラ・ロシェールにてトリステイン王軍と鉢合わせることになったとしても、本格的な戦争状態に陥っていないことから常駐している軍は少ない。
激しい抵抗に会い撤退するようなことがあったとしても、海上へはレコン・キスタの陣容を突破しなければならない。
それに万一抜ける事が出来ても、アルビオンは敵国で、ゲルマニアもガリアも頼れる事は出来ないといったように、彼らの行く先は何処にもありはしない。
かと言って王都の方に逃げようとしても、その途中にはやはりレキシントンを中心にしたレコン・キスタの軍が待ち構えており、突破する事は非常に困難を極める。どちらにせよ彼等は圧倒的な兵力によって挟撃されるのだ。
そしてトリステイン軍が一切の事情を把握し、態勢を立て直す前に、制圧した二箇所における支配を磐石な物とした後、悠々と首都のトリスタニアを攻撃する、と。
なお、不可侵条約破棄と宣戦布告無しの攻撃については、
『幾らでも理由はでっち上げることは出来る。それよりも死に体のトリステインが無くなり、証言する者が誰一人としていなくなるか、或いは圧倒的少数になれば、証言は黙殺され、今回の攻撃は些細な外交上の経緯に過ぎなくなるだろう。』
とだけ答えた。その最後に『戦争では勝った者が始めて正義を口にする事が出来るのであり、歴史すらも勝った側にとって非常に都合の良い物に変える事が出来る。』という、割と当然の事を述べた一言を不気味なニュアンス込みで添えもした。
しかしそれでもボーウッドの心には不安が残っている。戦闘に関しては常に万が一を考えておかなければ不測の事態に対処出来ないからだ。
甲板の中心付近を歩いていたボーウッドは右舷側に近付く。実際に搭乗し生活をしてみて改めて巨大なフネだということに驚きもした。
だが新技術とやらの恩恵なのか、これまでのどのフネよりも早く、そして風石の消費量を抑えていることの方が何倍も驚かされた。
数回会っただけだが、あの胡散臭い風体の技術主任は、本当に何がしかの形でこの世界に技術革命を起こすのではないかとも思えてくるものだ。
それが包括的に見て良い事なのか、それとも悪い事なのかはともかくとして。
そっと地上の方に目をやると、幸いな事に、この場所で近々雨でも降るのか、今晩は眼下に厚い雲が張っている。
もし哨戒中の竜騎士がいたとしても、現在自分達がいる高度と相まって目視する事は流石に難しいだろう。
その時、一人の男が自分の傍に駆け寄ってきた。他の戦艦との連絡係となっている士官である。

「報告します。ラ・ロシェール討伐艦、『フューリアス』、『レナウン』、『アーガス』、『ウェーブ・ナイト』、『トライアンフ』、『ライブリー』は全艦定位置に到着したとの事です。」
「よし。こちらも後一時間半ほどで目標地点に到着する。当初の計画通り攻撃は同時に行う。それまでは何があっても行動してはならない事を伝えよ。」
「了解しました。では、失礼します。」

士官はそう言って敬礼すると、艦尾の方に向かい駆けていった。
風は冷たい。ここはアルビオンの存在する場所よりさらに高度ゆえ、季節は初夏であるにも拘らず、吹き付ける風は南方向から来ているにも拘らず、真冬の北風の様に感じられる。
いずれこんな風がこのハルケギニア全土に吹き荒れる事を予感しつつ、ボーウッドは再びだだっ広い甲板の上を歩き出すのであった。
シエスタの部屋のベッドで眠っていたミーはその日、前日遅い時間に眠ったにも拘らず、かなり早い時間に目を覚ました。何故そうなったのかは本人でもよく分からなかった。
魔法学院で毎日毎日ルイズを早く起こしていたから、その習慣がいつの間にか体に染み付いてしまったのだろうか?
窓の外を見ると、まだまだ太陽は地平線から上がってきていない。隣で寝ていたはずのシエスタは今はいない。
ともかく彼女はベッドから降りようとする。すると、近くにあったかなり小さめのチェストの上にある物を見つけた。
モンスターボールである。今はピンボールほどの大きさのモンスターボールが六個転がっていたのだ。
元の世界の法律でポケモンを持つことが出来る年齢には達してはいないものの、ボールの開閉方法くらいならばミーは知っている。
ボールの中心付近にある小さな凸状の開閉スイッチを押すと、ピンボールほどのモンスターボールはソフトボールくらいの大きさになる。それから始めてポケモンが中から出て来るという仕組みなのだ。
ミーは試しに一つのボールを手に取り開閉スイッチを押してみる。しかしボールは大きくならず、元の大きさのままである。何度押してもそのままだった。
大きくならないのには、開閉システムが破損しているという理由があった。見た目にはなんら異常は無くても、内部機器の老朽化といった目にははっきり見えない箇所における異常故に気付き難い事もある。
通常そういった異常は、ポケモンセンターといった然るべき施設においてきちんと対処するものなのだが、生憎ミーのいるこのハルケギニアではそういった施設は無い。
無理やり開けようとしても、原始的な道具を使うといった生半可な技術では通用しない。どんなに開けようとしても、こればかりは開けようが無いのだった。
それに、もし中にポケモンがいたとしても自分が‘おや’ではないのだから、抵抗されることは必至。
今開けたとして、ピッピとかイーブイとかならまだましだが、もしギャラドスやバンギラスなんて入っていたら……昼頃までに恐らく無条件でこの辺りは更地になっていることだろう。
そんな事を考えていると、ミーは無闇に開閉スイッチを押すのを止めた。
それから彼女は、床でぐうぐう鼾をかいて寝ていたヒメグマをそっと揺り動かして起こす。
しかしヒメグマは相当寝覚めが悪かったのか、目を半開きにしたままふらふらとした足取りでミーの足元にひっつく。
引っ付かれたままでは流石に歩くことは出来ない。そこでミーは両腕で抱えることにした。小さめのヒメグマでもそれなりにそこそこの重さがあるが、こうしていればその内頭の中もはっきり起きてくるだろうと考えたからだった。
取り敢えず、顔を洗いに行こうとしたその時、くぐもった音と共に地面が僅かに震えた。
何の音だろうと思ったミーは、近くにある窓に駆け寄って外を見てみる。しかし外は日がまだ十分出ていないために暗い。
何かの爆発か或いは小さな地震かと考える間もなく、再び地面が遠くで鳴り響く雷鳴のような音と共に震える。
今度のものは先程よりも大きい。得体の知れない不安感に突き動かされ、ミーはヒメグマと共に転ぶようにして部屋から出た。
すると殆ど時を同じくして、他の部屋からもシエスタの兄弟達が寝巻きのまま我先にといった感じで廊下に出てくる。
彼らもやはり詳しい状況が掴めない為、どの子もミーと同じく不安な表情をしていた。
その時、別の部屋で母親の手伝いをしていたらしいシエスタが、兄弟達とミーの元にやって来た。
彼女だけは私服に着替えていたが、やはり何が起きているのか分からないといった表情をしていた。しかし、皆を落ち着かせるように静かな声で言う。

「みんな大丈夫ね。……お姉ちゃんについて来て。何があっても騒いじゃ駄目よ。」

その言葉に子供達は皆震えながら頷く。
それからシエスタを先にして家の出入り口までやって来た。出入り口に程近い窓では両親がやはり不安な表情を浮かべながら外を見つめていた。
だが時間が時間なのでよく見えない。シエスタの父は焦れた様に呟いた。

「あそこに見えるのは艦隊だが……こうも暗くちゃ何処の国の艦隊か分からんな……」
「艦隊だって?いやだね、戦争でも始まるっていうのかい?」

シエスタの母は縁起でもないと言わんばかりに父の顔を覗き込む。だが父はそれをやんわりと否定した。

「まさか。アルビオンとは不可侵条約を結んでいる。この間領主様から御触れが出たばかりだろ。それにガリアかゲルマニアだったとしても、連中はこっちに攻め入る理由が無いじゃないか。」
だが父のそんな考えを真っ向から否定するように、次の瞬間村の中央広場が大轟音をあげて爆発する。突然襲ってきた光と音の刺激に父は母を抱えてとっさに身を伏せる。
その対応は正しかった。両親が身を伏せたその瞬間、猛烈な空気振動によって家中にある窓ガラスが一斉に室内に向かって割れたのである。
一瞬で立て続けに起きたあまりの出来事に、シエスタと子供達、そしてミーは絶叫し、その場にへたり込んでしまう。
だが、父と母は無事だった。母は気絶こそしていたが外傷は見られない。そして父はそんな母を抱えて、目の前にいるシエスタに告げた。

「シエスタ!皆を連れて南の森に避難するんだ!父さん達も後で必ずそこに行く!例の資料に関しては大丈夫だ!例えこの村が相手の物になっても早々簡単に見つかりはしない!
さあ、行け!行くんだ!早く!!」
「は、はい!」

シエスタは父のその剣幕に押され、子供達を連れて家から出る。だが既に外では地獄絵図の片鱗とも言える光景が広がっていた。
くぐもった音と地響きの正体は何十リーグも離れた箇所からの一斉砲撃であった。山肌に、草原に、そして村の片隅にある葡萄畑にも砲弾は容赦なく降り注ぐ。
村にある家々からは、村民が着たきりすずめの状態のまま出て来ていた。砲撃した相手が、自分の家を吹っ飛ばさないという保証は何処にも無いからである。

「何が起きてるの?お姉ちゃん?」
「怖いよう……」

年端も行かない兄弟達は口々にそんな事を言い出す。

「みんな、ついて来て!絶対にはぐれちゃ駄目よ!」

シエスタはそう叫んで、父親に言われたとおり南にある森に向かって子供達を引き連れていった。
何かが激しく狂ったような状況は尚も悪しき方向へ進行していく。
十隻あまりのフネ―内一つはそれまで村民の誰もが見たことも無いほどに巨大で異様な形をしていた―は次々に草原に錨を下ろし上空に停泊する。
それぞれのフネの上からは、騎士を乗せたドラゴンが何十騎と飛び立つ。また同時に甲板からはロープが何本も吊るされ、何千人という兵隊達が次々に草原へと降り立った。
やがて村の家々には、ドラゴンのブレスや火矢によって火が放たれていく。実に十五分としない内にタルブの村は業火に包まれた。
その光景をレキシントンの甲板上からボーウッドは心苦しく見守っていた。
彼としては上から指名されたとはいえ、こんな作戦に参加すること自体が恥じ入って然るべきだと考えていたし、非戦闘員には出来るだけ犠牲者を出してはならないという事を自身の信条としていた。
故に不可抗力とはいっても、眼前に広がっている光景にこれからも加担していく事については躊躇いの念すらも覚えた。
だが、彼のそんな厳かな気持ちをぶち壊しにする、子供じみた陽気な調子の声が背後から聞こえてきた。

「これは実に良いものだな!まさかここまでの成果が出るとは……本国に居られる閣下もお喜びになるに違いない!」

声の持ち主はサー・ジョンストン。艦隊司令長官及び、トリステイン侵攻軍の全般指揮を執り行う貴族会議員出身の人物だ。
クロムウェルにやけに気に入られているらしいが、戦場の悲惨さや過酷さの経験なぞ全く無い彼は、ボーウッドにとっては戦艦における雑多な搭載物となんら変わりは無い。
彼はボーウッドが聞いているか聞いていないかも無視して興奮気味に話し続ける。

「この分ならラ・ロシェールの者達も上手くやっている事だろう!いやあ、全く素晴らしい!そうは思わんかね?ミスタ・ボーウッド?」

クロムウェルの腰巾着め、こっちの気持ちも知らないで……場が場なら上下関係を無視して殴っているところだ。だがボーウッドはそれを何とか押し殺しつつ、やっと一言だけ絞り出す。

「そう……願いたいものですな。」

だが、ジョンストンはボーウッドの返事を少しも聞いていないかのように得意気に話し出した。

「しかしまあ、これで君が心配していた事は皆取り越し苦労に終わりましたな。橋頭堡の設営も計画より順調に行くことでしょうな。
それに二週間もせぬ内に本国からは更なる増援も来る。まさかとは思うが……貴殿にはまだ不安要素があるのかね?」
「戦場は生き物も同じです。勿論刻々と状況は変化しますが、常に悪い方へ向く可能性を考えておく事が軍人の務めの一つでもあります。」

ボーウッドの答えに対しジョンストンはふん、と小さく鼻を鳴らす。どこまで行ってもこの二人の相性というものは悪いらしい。ジョンストンは実に嫌みったらしく返す。

「おやおや艦長、君も実にしつこい性格だね。この状況で我々にとって戦況が悪い方に進むといちいち考えるのは無粋じゃないかね?
まあ、それが完全に悪いとは言わないが、もし艦長の様な精神を兵士全員が持っていたら、我々は確実に勝てる戦しか出来なくなってしまう。
それに……私は軍議でも述べたが、この国は最早腐り切った家と同じだ。扉を一蹴りすればそれに伴って跡形も無く家は崩れる。そういうものなのだ。
まあ、時をそうかけずしてトリステイン全土も我等の手に落ちるだろう。君も想像したまえ。トリスタニアの王宮の天守に我等の御旗が翩翻と翻る様を。
そうすれば君の肩に入り過ぎている力も、四角四面な考えも少しは和らぐのではないかな?」

慇懃な言葉に返す言葉も無くボーウッドが黙っていると、別の方向から一人の士官が息せき切ってやって来た。

「報告します。この地の領主が持っていると思われる軍が、我が軍に対して攻撃を行いましたが、ワルド子爵率いる竜騎士隊によって程無く討伐されたとの事です。
それと、この地における住民はほぼ全てが南方にある森に逃げ込んだようですが……それに関しては如何なさいますか?」

森に逃げ込んだ非戦闘員まで殺す意味は無い。ボーウッドは『手を出すな。』と言おうとしたが、ジョンストンがそれより早く非情な決断を下した。
「全員生け捕りにしろ。鼠一匹とて逃がすんじゃないぞ。捕まえるのが困難な場合には森に火を放ち、焼き払ってくれても構わん。
取り逃がし、王宮にここの事態が知られる様な事になれば、本国の閣下に対し我々の面目が立たないからな。その後の住人の処遇は追ってこちらから知らせる。」

その命令に士官は「はッ!」と居住まいを正し、自分の持ち場へと戻って行く。
あまりのあからさま過ぎる命令内容にボーウッドは歯噛みした。幾ら相手が平民とはいえ占領地における住民の扱いは丁重にしなければならない。
ましてや貴族である自分達にはそれなりの責任も伴う。こいつにはそれを全うしようというプライドは無いのか。
それに、平民は貴族の生活の一端を担っているのである。今後住民を無碍に殺したり、圧政を敷くような真似をすれば、遠からず人心は乖離し統治は難しくなる。
森にしても焼いてくれて構わんという話。今の攻撃にも言えることだが、こうも闇雲に攻撃してその苦労の結果、当分の間食料も何も生産できないような焼け野原を手に入れても仕方あるまい。
一体こいつはこの地、いや占領地における支配をどう考えているのだろうか?
だが、その様子を運悪くジョンストンに見咎められてしまった。

「何か私の今の命令に関して不服でもあるのかね、艦長殿?どうやら君はこの場における上下関係をまだよく理解していないらしいな。
確かに君はこの艦の長だ。だが私は今のこの戦局全体における長なのだ。即ち、ここでは私が下した命令こそがAでありZなのだ。他人にあれこれと横槍を入れられる筋合いはどこにも無いのだよ。
とにかく我々には時間が無い。相手の出方を伺いながら、こんな所でいつまでものんびり足踏みをしている訳にはいかないのだよ。
ずっと軍属にいた君ではいまいち分かりかねる事かもしれないがね。」

話はそれで終わりだと言わんばかりに、ジョンストンは挨拶もせず、含み笑いをしながらその場を後にしていく。ボーウッドは怒りと呆れのあまり何も言うことが出来なかった。
空軍が王立だった頃を彼はよく覚えている。皆自分の領分という物を弁えた上で慎重に言動を行っていた。
少なくとも、皮算用を用いて弾き出された実体の無い勝利に胡坐をかいたりするような馬鹿は、誰一人としていなかった。だが今はどうだろう?
眼下では歓声と共に民家や畑が破壊されていく。時々『アルビオン万歳!神聖皇帝クロムウェル万歳!』といった『万歳』すらも聞かれた。
昔であれば、戦闘中にそんな事をすれば間違いなく上官から激しい叱責を喰らったであろう。
だがボーウッドは小さく頭を振った。今はもう‘昔’ではないのだ。そして自分は一つの戦艦の艦長という駒の一つでしかない。
甲板には尚も冷たい風が吹き付ける。自分達にこれから吹き付けられる風は温かくなるのか、それとも余計に冷たくなっていくのか。
誰も知り得ない答えの探索を諦めたボーウッドは、やがて静かに甲板を後にした。




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