あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔の達人-13



 ルイズは夢を見ていた。
 夢の舞台は、生まれ故郷であるラ・ヴァリエール領地内の、住み慣れた屋敷である。
 そして、夢の中の幼いルイズは、屋敷の中庭を逃げ回っていた。植え込みの陰に隠れ、追っ手をやり過ごす。
「ルイズ、ルイズ!どこに行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!」
 厳しい母の声が響く。夢の中のルイズは、できのいい姉たちと魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていたのであった。
「ルイズお嬢様は難儀だねえ」
「まったくだ。上の二人のお嬢様は、あんなに魔法がおできになるっていうのに……」
 植え込みに隠れていると、自分を探す召使のそんな声がルイズの耳に入った。
ルイズは悲しいやら悔しいやらで歯噛みをしたが、このままでは見つかると、そこから逃げ出した。
 そのまま、幼いルイズの足は、彼女自身が『秘密の場所』と呼んでいる、中庭の池に向かう。
 そこはルイズが、唯一安心できる場所。あまり人の寄り付かない、うらぶれた中庭の池。
その真ん中には、ぽつんと小さな島があり、白い石で作られた東屋が建てられていた。
 島のほとりには、小船が一艘浮いていた。かつてはそこで舟遊びに興じたものだが、姉たちも成長したし、
父母も各々、仕事だなんだと、家族揃ってそうした時間を過ごすことはなくなっていった。
 だからこそ、忘れ去られた中庭の池と、そこに浮かぶ小船を気に留めるものは、この屋敷ではルイズのみ。
ルイズは叱られると、決まってこの中庭の池に浮かぶ小船に逃げ込むのだった。
 小船の中に忍び込めば、用意してあった毛布に包まって、ほとぼりが冷めるのを待っている。すると……
 中庭の島にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った立派な貴族が現れた。
 水面に写った自分の姿は、およそ六歳ぐらい。現れた貴族の歳は、そのルイズと、十は離れているように見えた。
「泣いているのかい?ルイズ」
 つばの広い羽根突き帽子に隠れて、顔が良く見えない。でも、ルイズには彼が誰だかすぐにわかった。
 子爵だ。最近、近所の領地を相続した、年上の貴族。夢の中のルイズは、ほんのりと胸を熱くした。
 憧れの子爵。晩餐会をよく共にした。そして、父と彼との間で交わされた約束……。
「子爵さま、いらしてたの?」
 ルイズはあわてて顔を隠した。憧れの人に、こんなみっともない様を見られるなんて、恥ずかしいったらない。
「今日はきみのお父様に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」
「まあ!」
 ルイズは頬を染めて、俯いた。
「いけない人ですわ。子爵さまは……」
「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」
 おどけた調子で言う子爵に、夢の中のルイズは首を振った。
「いえ、そんなことはありませんわ。でも、わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」
 ルイズははにかんで言った。帽子の下の顔が、にっこりと笑った。そして、手をそっと差し伸べてくる。
「子爵さま……」
「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。ほら、掴まって。もうじき晩餐会が始まるよ」
「でも……」
「また怒られたんだね?安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」
 島の岸辺から小船に向かって手が差し伸べられる。大きな手。憧れの手……。
 幼いルイズは頷いて立ち上がると、その手を握った。
 そして子爵が、一息に引き上げようと腕を引っ張ると――


「きゃあーっ!?」
 なんと、腕が伸びた。ルイズの。
「あ、あわわわわわ」
 視界をがくがく震わせて、まるで現実感のない、伸びた自分の腕を見つめる。
服の先から、子爵の手まで、一直線に伸びる自分の白い腕。
 子爵は別段取り乱すことなく、落ち着いて手の先を元の位置に戻そうとする。すると、伸びた腕も縮んでいった。
 え、戻るのコレ。などとルイズが思っていると、間髪入れずに子爵は再度、ルイズの腕を引っ張った。
 伸びた。
「きゃあーっ!?」
 縮んだ。
「伸び~る」
 伸びた。
「きゃあーっ!?」
「縮~む」
 縮んだ。
「伸び~る」
 伸びた。
「きゃあーっ!?」
「縮~む」
 縮んだ―――


 使い魔の達人 第十三話  KNOCK KNOCK ...


「――伸び~る。縮~む。伸び~る……更に伸び~~る」
 ここはトリステイン魔法学院。その女子寮の一室。窓からは、朝の日差しが入ってきている。
 ベッドの中から、う~んう~んと部屋の主のうなり声が聞こえてくる。悪い夢でも見ているらしい。
 その原因は言わずもがな、この部屋の主であるルイズ、眠る彼女のすぐ傍に佇む、使い魔にある。
「何を隠そう、オレは催眠誘導の達人」
 誰に言うでもなく、カズキはきりりと宣言した。
「なあ相棒。ひとつ聞きたいんだが、良いかい?」
 問いかける声。振り向くが、視線の先に人影はない。今の声は、喋る魔剣、デルフリンガーのものである。
抜き身のまま、壁に立てかけてあるのだった。
「なに?」
「娘っこを起こすんでもなし。夜這いするにゃあ、陽も昇っちまってる。いったい、なにしてんだ?」
 そんな問いに、手をひらひら振って返す。
「いや、いや。起こす前にちょっと、良い夢見てもらおうかなって」
 しかし、ルイズも一向に、うんうん言っていた。
「うなされてね?」
「ま、ま。見てなって。ここからここから」
「ふうん。そんなもんかね」
「さて次は……」
 眠るルイズに向き直れば、その耳に向けて、そっと囁こうとした。
 すると何を思ったか、デルフリンガーが突然声を上げた。
「でかくな~る。でかくな~る」
 そして、カズキもつられてそう口に出していたのだった。
「でかくな~る。でかくな~る」


 はるか遠く、霧の向こうに、憧れの子爵の影が見える。
 伸びきった腕の先では、子爵が自分の小さな手を掴んでいるのだろうか。
 状況が掴めず混乱するルイズ。気がつくと、ルイズは六歳から十六歳の姿になっていた。
 子爵は……やはり霧の向こうでは、姿は伺えなかった。
「ふえっ?」
 すると、なんの前触れもなく、ルイズの胸がぼん、と大きくなった。
 重量感を感じないが、今そこにあるそれは、目見でも、あの憎きツェルプストーのモノ以上。
 こ、これは……!
 ルイズの顔が驚愕に染まった。次いで沸いてくるのは、もちろん歓喜であった。
「お、おほ。おほほほほほほ」
 気持ちの悪い声を挙げ始めるルイズ。端から見たら近寄りたくない光景だった。
 しかし、異変はそれだけでは収まらない。
 ルイズの肩が、腰が、足が。体の各所が、次第に膨れ上がっていく。
「え、ちょ、ちょっとなに……!?」
 そして終いには……ルイズの肉体は、腕が伸びた分に整合するかのように、巨大化してしまった。ご丁寧に服まで。
 生まれ育った屋敷を見下ろしながら、ルイズはいよいよ絶叫した。

「きゃぁぁあああああああっ!?」
「うわあおっ!?」
 跳ね起きるルイズに、カズキは思わず後ずさった。
「よ、おはよーさん。娘っこ」
 覚醒したルイズに声をかける魔剣。ルイズは息を乱しながら辺りを見回すと、すぐ傍のカズキが視界に入る。
 わなわなと震えながら、ルイズはカズキに指を突きつけた。
「あ、あ、あああああんたなんかしたでしょ!せっかく良い夢見てたのに!!」
「ち、違う!全てはデルフのグヘッ!!」
 あわてて弁解するカズキの顔面に、ルイズの健脚が見舞われた。カズキの意識が一瞬、綺麗に飛んだ。
「そりゃねーぜ、相棒」
 呆れたように、デルフリンガー。その間にも、容赦のない蹴りがカズキに浴びせられる。
 あっという間にずたぼろになったカズキの頭を踏んづけて、ルイズは息を切らしながら言った。
「……で!朝っぱらからあんた、ご主人様の寝台に乗り込んで、なにしよーとしてたワケ?」
「ご、ごしゅじんさまを起こす前に、夢の中での甘い一時を提供しよーと」
「それで?」
「ちょっと、夢をあやつろーと、枕元で囁いてました」
 ルイズは、朝っぱらから頭が痛くなった。何気にすごい特技を披露したような気もするが、結果がこれである。
 足をどければ、頭が自由になったカズキにルイズは言った。
「次はないわよ」
「ハイ」
 なんとも情けない返事であった。


 『フリッグの舞踏会』から十日あまり。カズキは改めて、日毎に使い魔としての生活に順応していた。
 朝はルイズを起こすことから始まり、その身嗜みを整えさせる。
「何を隠そう、オレは着付けの達人。今日も完璧だっ!」
「ハイハイ。いい加減、これくらいはできて貰わないとわたしも困るわ。さ、行くわよ」
 明後日の方向へポーズを決めるカズキに適当な相槌を返せば、マントを翻して部屋を出ようとするルイズ。
 召喚されたばかりの頃や、ヴィクター化で鬱々としていたころとは違い、今では割とすんなり、使い魔としての仕事をこなしていた。
 食堂で朝食をとった後は、一人ルイズの部屋に戻り、部屋の掃除をする。
 ルイズに頼んで、一緒に授業に出てもいいのだが……、
以前のシュヴルーズの講義はともかく、それ以降、専門的な話となると、どうにも眠くなっていけない。
 それに、授業を受けたからといって、別に魔法が使えるようになるわけでもないので、カズキは使い魔の仕事をすることにしたのだ。
 窓を開け、部屋の空気を入れ替えながら、床や机、窓の汚れを取り払っていく。
時折吹き込んでくる風は、まだまだ春の空気を含んでいて、吸い込むと胸がうきうきした。
「しっかし、相棒もよくやるねえ」
「うん?」
 掃除も一段落すれば、デルフリンガーが声をかけてきた。
「あの貴族の娘っこさ。俺も長いことメイジと使い魔を見てきちゃあいるが、ここまで献身的なのは、そうは居なかったからな」
 鍔をカタカタ鳴らしながら、楽しそうにデルフは言った。
「ふーん」
「あんだけ蹴られて踏んづけられて、ここまでできるやつは、なかなかいやしねえ。
それどころか、まさか見てる夢までちょっかいかけよーっていう使い魔は、初めて見たね。いやほんと、相棒はできた使い魔だよ」
「そ、そう?なんか照れるな」
 実は散々な言われようだが、カズキは嬉しそうに返した。
「ああ。相棒はできた使い魔だ。そんな相棒に使ってもらえるなんて、俺も鼻が高いってもんよ。剣だから鼻ないけど」
「いやあ、それほどでもないよ」
 照れくさそうに頭を掻いていると、魔剣は調子よさげに続ける。話せるのがとにかく楽しいといった様子。
「あの娘っこも、果報者だぁな。こんなに良くされて。そのくせ相変わらず、生意気な態度だけど。相棒はほんと、よくやってら」
「いやいや。ルイズもああ見えて、結構な恥ずかしがりやさんだから。まぁきっと、そこがルイズの良い所なんだと思うけど」
「あれをただの恥ずかしがりやとか。しかも長所とか。相棒も相棒だと俺は思うぜ」
 なんてことをぐだぐだ話した後、カズキは水汲み場でルイズの衣類を洗濯をする。
これも意外と大変な作業ではあるが、シエスタに教えてもらったことでできるようになっていた。
共同の物干し場に綺麗に干しては、満足そうに額の汗を拭った。完全に所帯じみている。
「さて、どうしよっか」
 先日までは、この後適当に時間をつぶし、学院長室に向かうことにしていた。
 その目的はもちろん、カズキの肉体の様子を診てもらうことだ。
 流石に事が事なので、学院長自らが、時間を割いて診てくれていたのだった。
 しかし、アレから十日あまり。『召喚』されてから、二十日以上が、とうに過ぎている。
 ‘ヴィクター化’が続いていれば、流石にもう言い訳の効かない時期である。しかし、カズキは『召喚』時と、なんら変わることはなかった。
 外見的な変化がないことと、肉体の経過を毎日診てもらうことを併せて、先日オスマンはひとつの結論をくだした。
 それはもちろん、十日前の学院長室で、そこの主が出した、
‘ヴィクター化の進行状態は、使い魔契約時に固定している’という推論が、正しかったということである。
 そんなわけで、カズキはやはり今後も、ルイズの使い魔としてハルケギニアに残ることになったわけであり、
『なにか体に異変を感じたらまた来なさい』とだけ言われ、学院長室をあとにしたのだった。
「……?なんか、慌しいなぁ」
 ぶらついていると、どうも先ほどから、あちこち小走りする使用人を見かける。
 なにかあったのだろうか?

 カズキが部屋に戻ったのは、昼前に差し掛かったころだった。
「遅い!あんた、どこで何してたのよ!」
 部屋に戻ったら、ルイズが居た。確か今はまだ、授業中のはずだが……。
「あれ、ルイズ」
「あれ、ルイズ、じゃないわよ!ったく、この忙しいときに、どこで油売ってたのかしら?」
 ずいぶんとおかんむりのルイズに対し、カズキは落ち着いた様子でひとまず、弁明を試みた。
「うん、ちょっとね。ルイズもアレでしょ?お姫様が来るってやつ」
「そうよ。姫殿下が、ゲルマニアご訪問の帰りに、この魔法学院に行幸なされるの。
で、その準備を……って、知ってるんなら、なんでとっとと戻ってこないのよ!」
「いやあ……」
 実はカズキ、洗濯が終わって一息ついたあと、いつもと学院の雰囲気が違う事が気になって、使用人の一人に訊ねてみたのだ。
 すると、なんでもお姫様の歓迎の式典に、学院の人間の大半が準備に追われているとの事。
 それなら自分も、なにか手伝えないかと申し出て、できる範囲であれやこれやしてきた次第なのだった。
 そこまで聞いて、ルイズはこめかみを押さえ、顔をしかめた。
 人手が足りないのを進んで手伝ったのは褒めるべきことだし、ここは目を瞑ってあげるべきか。
「……まー、それならそれで仕方ないわ。でもあんた、そこは普通、ご主人様の方を優先するのが、使い魔として正しい姿勢じゃないかしら?」
 あんまり瞑ってない気もするが、こういった言い方がルイズその人なので、カズキはごめん、と謝った。
「でも、ルイズ。準備ったって、ルイズなにすんのさ。また着替えでもするの?」
 そんな疑問に、ルイズはいいえ、と首をふるふると横に振った。
「わたしたちは制服が正装ですもの。あとは服装に乱れがないか、杖が汚れてないか、気をつけるだけね」
「それじゃあ……?」
 カズキは首を捻った。もうすべきことはないのでは?
 するとルイズは、つかつかと棚へ向かうと、なにか包みを取り出した。
「問題はあんたよ。さ、これ!」
 手渡された包みを、神妙に開ける。中を見ると、カズキは思わず感嘆の声をあげた。
「うわぁ。これ、こないだの……」
 そう、それは十日以上前に、ルイズと街に出かけた際、服屋で仕立ててもらうよう依頼したカズキの服だった。
 カズキの学生服を模して作られたもの。細部は、依頼した店の個性が出ている。
なんというか、ただの学生服とは違う、ずいぶんと上品な仕上がりになっていた。学ランとはいいがたいなにかだ。
「こういうのは、隅々まで準備を怠らないことが重要なの。姫さまの目には入らなくても、誰が何を見てるかわからないもの。
で、目に付かないところでも、粗相のないようにするのよ。だからあんたも、そっちに着替えておきなさい」
 どうせ使い魔の自分には関係のないことだと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。
 それだけ言いつけると、ルイズは椅子に座って、杖をあらためだした。どうやら、部屋を出る気はないらしい。
「えーと。き、着替えてくる」
 流石に女の子の居る前で、着替えをするわけにもいかない。じゃあ自分に着替えさせているルイズはどうなるんだ、とも思うが、そちらは既に慣れの領域だった。
 女子寮を出て、学院付き使用人の更衣室を借りることにした。
 それにしてもまさか、これを着る日がやってくるなんてなあ。
 どこか感慨深い眼差しで、手の中のそれを見る。これを頼んだ十日とちょっと前には、着れるなんて微塵も思ってなかったのだから。
 きっとそれまでに、化物として始末されるなり、自分で始末をつけるなり、することになるだろうなどと思っていたのだから。
 なのに、今こうして、新しい世界で、新しい服を身に着けようとしている。
 今までとは違う生き方だけど、普通に生きていくことができる。
 それもこれも、ルイズのおかげなのは間違いない。
 カズキはかぶりを振ると、気持ちを切り替えて、早速着替えた。
 新しい学生服は、そもそも生地が違うのだから、着心地もこれまでとぜんぜん違うのは仕方ない。
だとしても、これはこれで悪くなく、動きの邪魔にもならない。腕章も付け替えれば、パッと見いつもと変わらなかった。
「ふうん、まあまあね。……ひとつ思うんだけど、なんであんた、上着のボタン留めないの?」
 部屋に戻ってルイズに見せたら、そんなことを訊かれた。キャラのデザイン上のことを言われても困る話である。
「んー……まぁ、オレなりのオシャレってやつ?」
「あっそ」
 軽く流された。ちょっぴり傷ついた。


 魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると、整列した生徒たちは一斉に杖を掲げた。
しゃん!と小気味良く杖の音が重なった。
 正門の先、本塔の玄関にて、学院長、オールド・オスマンが王女一行を迎える。
 馬車が止まると、召使たちがそそくさと馬車の扉まで緋毛氈のじゅうたんを敷き詰めた。
 それを合図に、呼び出しの衛士が緊張した声で、王女の登場を告げる。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーーーりーーーーーーっ!」
 しかし、がちゃりと扉が開いて出てきたのは、灰色のローブに身を包んだ四十過ぎの痩せぎすの男。枢機卿のマザリーニである。
 風船がしぼむように盛り下がった生徒たちは鼻を鳴らすなどしたが、マザリーニは意に介した風もなく、馬車の横に立つ。そして、降りてくる女性の手を取った。
 今度こそ、生徒の間から歓声が上がる。
 出てきたのは、年のころは十七の美少女。誰であろう、アンリエッタ王女その人だ。
 王女はにっこりと薔薇のような微笑を浮かべると、優雅に手を振った。
「あれがトリステインの王女?ふん、あたしの方が美人じゃないの」
 キュルケがつまらなさそうに呟く。
「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」
 一応めかし込んだのだから、と連れて来られたカズキに、キュルケは尋ねた。
 カズキは突然そんなことを言われて、ちょっとどぎまぎした。
 手を振るアンリエッタは、この人気ぶりにも納得の、清純な印象を与える美少女だ。しかも見た感じ、年上だ。
 そしてすぐ傍の、自分を見つめてくるキュルケも、健康的ながら艶かしい印象を与える美少女だ。しかも年上だ。
 カズキが心中で斗貴子にブチ撒けられつつ悩んだ末に、どうにか出した結論は……。
「んー……どっちも、すごく綺麗だと思うけど?」
「そんなんじゃ、ダ~メ。ちゃんと答えて?」
 どうやら、曖昧な返答ではお気に召さないらしい。そうは言ってもカズキには、実に難しい問題だった。
 どっちも綺麗な、年上のおねーさんである。片や清楚な美人さん。片や情熱的な美人さん。美人の方向性はまるで違う。
 どっちがより綺麗かなんて、カズキには、とてもじゃないけど選べない。
 どうしたもんかと、いよいよカズキは、額に汗してうんうん唸りだした。
 そのうちに、ああそういえばフーケことロングビルさんも途中まではお淑やかな美人さんだったよな、
などと考えが迷走し始めると、隣のルイズの横顔が不意に目に入った。
なにやら真剣な眼差しで見入っているのが、ちょっと気になった。
 美人とは言い難いが、ルイズも結構な美少女だ。もう少し大きくなったら、やっぱり美人さんになるのだろうか。
 ……なに考えてんだ、オレ。
 カズキはぶるんぶるんとかぶりを振った。なんだか、考えちゃいけないことのような気がしたのだ。
 すると、ルイズの横顔がはっとしたものに変わって、次第に顔を赤らめた。
 いつものルイズとは幾分か様子が違う。なんだろう、とルイズの視線の先を追うと、見事な羽帽子をかぶった、
凛々しい貴族の姿があった。鷲の頭と獅子の胴体を持った幻獣、グリフォンに跨っている。
 その貴族をぼんやりと見つめるルイズを見て、ははあ、とカズキは一人頷いた。
 なるほど、ルイズはあーゆーのがタイプなのか。
確かに、流れるような長髪に、整った髭はオシャレだし、乗っている幻獣と同じような模様の入った黒いマントは、黒い羽帽子と合わせてカッコ良い。
 うんうん、と頷いて、次いでキュルケを見た。彼女もまた頬を染めながら、羽帽子の貴族に熱い眼差しを送っていた。
 どうやら、王女とどっちが綺麗かなんて、もはやどうでも良いらしかった。すっかり、あの貴族に夢中になっている。
 そんなキュルケに苦笑すると、彼女の隣、タバサに視線を移す。
 この歓声の中、一人我関せずと、座って本を読み耽っていた。
「さすがタバサ」
 なにが流石かわからないが、思わずそう呟いた。


 それから数時間後。あたりはすっかり暗くなって。
 ルイズは、端から見てる分には面白いくらい落ち着きがなくなっていた。
 枕を抱いたまま、立ち上がったと思ったら、すぐさまベッドに腰掛ける。そしてそのままぼんやりと考え込む。
 そんなことを、部屋に戻ってきてからこっち、ずっと繰り返しているのだ。
 部屋に戻ってくるまでも、そして夕食を取りに食堂へ行って帰るまでも酷かった。
式典後、解散の運びとなってから、一言も喋ることなく、ふらふらと危なっかしい足取りなのだから。
「なぁ、ルイズ。どしたん?」
 尋ねるが、ルイズはやはり考え込んだままで、返事をしてこない。その表情やまさに、心此処に在らず、といったところか。
 カズキはカズキで、部屋の隅に敷いた藁の上であぐらをかいて、そんなルイズを眺めていた。
ちなみに藁は、舞踏会の翌日、今後も硬い床の上で寝るのは何気に耐え難いので、シエスタに頼んで都合してもらったものだ。
「んー……デルフ。アレ、どう思う?」
 ルイズには話しかけても埒が明かないので、傍らの魔剣に、目の前の少女の状態を指してそんなことを訊いてみた。
「さぁな。いくら長生きしてるからって、俺、剣だし。よくわかんね」
 気のない答えが返ってきた。話しかけても、返事がある分剣のほうがまだマシとか。なんか逆だな、と思った。
 しかし、それにつけてもルイズである。いったい、どうしたというのだろうか。
 あんな風にぼんやり考え込んで、ほぼ日課の勉強もさっぱり始める様子がない。
 悩める乙女ってのも構図としては悪くないが……、ああも落ち着きがないのでは、見てるこっちが疲れてしまう。
 ひょっとして、あの男の人が気になるのかな?
 カズキも、ぼんやりとそんなことを考えた。思えば、ルイズの様子がおかしくなり始めたのも、あの時からだった気がする。
「これは、ひょっとしたらひょっとするのかな?」
「なにがだい?相棒」
 なんてことをだらだら話していると、ドアがノックされた。
「誰だろ?こんな時間に」
 カズキはルイズを見た。どうやら、ノックの音は聞こえたようで、ぼうっとした目をドアのほうへ向けていた。
 ドアは規則正しく叩かれた。初めに長く二回。それから短く三回……。
 なんだっけな。何かで読んだんだけど……。
 カズキは叩かれたドアを見やって、引き続きぼんやり考え出した。
 ノック2回は、トイレ。
 ノック3回は、親愛。
 ノック4回は、礼儀。
 ノック5回以上は――。
 なんて考えてるうちに、ルイズは慌しい様子でドアへと向かっていた。
 開かれたドアの向こうには、真っ黒な頭巾をかぶった少女が佇んでいた。同じ色の黒いマントを羽織っている。
辺りを伺うように首を回すと、そそくさと部屋に入ってきて、後ろ手でドアを閉めてしまう。
 カズキは思わず息を呑んだ。シルエットは少女だけど、その、怪しい。怪しさ抜群だ。
「……あ、あなたは?」
 ルイズは、驚いたような声を上げたが、少女は静かにしろと言わんばかりに、口元に指をピンと立てる。
そして、マントから杖を取り出せば、ルーンを紡ぎながら振るのだった。
「ディティクトマジック?」
 部屋を舞う光の粉に、ルイズが声をあげた。少女は頷くと、口を開いた。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
 壁に耳あり、障子に目ありってやつかな、とカズキはなんとなく思った。つまり今のは、そういうのを調べる魔法なんだろうか。
 すると、安心したのか少女は頭巾を取った。そして現れたのは……。
「姫殿下!」
 なんと、昼間見たアンリエッタ王女だった。ルイズもそうだが、これにはカズキも目をむいた。
 ルイズは慌てて膝をついた。カズキはどうして良いかわからず、藁の上であぐらを組んでいた。
 アンリエッタは一息つくと、耳に心地よい声で言った。
「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」



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