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アンリエッタ大活劇 前半

「アンリエッタ。お前は大きくなったらどんな王様になりたい?」
 遠く祖先は始祖の直系に連なる、伝統あるトリステイン王国の国王であるヘンリーは、目に入れても痛くない愛娘にそんなことを聞いた。
 城の内にこさえられた庭園。かのガリア王国のグラントロワにあるものにこそ劣るけれども、子供が遊ぶには十分な広さのあるそこ。
 呼びかけられ、足を折り曲げ座していた幼い少女が振り返った。
 あどけない、可愛らしい、天真爛漫、そんな言葉は彼女のためにあるのではないかと、父王が常々半ば以上本気に思っている彼の娘は、周囲に咲いた花が霞んでしまうほどの笑顔を浮かべて、元気に言った。
「みんなをしあわせにするおうさま!」

 その答えを聞いて、国王はそうかそうかと満足そうに目を細めた。
「そうか。アンリエッタはみんなを幸せにする王様になりたいか。それはとても素晴らしいことだ。アンリエッタは良い子だね」
 アンリエッタは、父親のことが大好きだった。
 けだかく、そうめいで、ほこりたかい、それらの言葉の意味はさっぱりわからなかったが、父親が世界一の王様だというのはしっかりとわかっていた。だから、世界一の王様にそう言われて、アンリエッタはみるみうちに頬をリンゴのように紅潮させた。
「あのね! わたし、わるいひとたちをみんなやっつける、せいぎのおうさまになりたい!」
 それを聞いてそうかそうかと父王が笑った。
 娘のことが可愛くて仕方がない、そんなどこにでもいる父親の笑いだ。
 けれどアンリエッタはそんな王様に誉められたのが、心の底から嬉しかった。
 彼女はその場からぴょんと飛び跳ねると、先ほどまで作っていた花冠を頭に被った。
「みてみてとうさま! これであんりえったもおうさまだよ! わるいやつを、ばったばったとたいじする、せいぎのおうさま!」
 そう言って彼女は、目に見えない剣でも握っているのかのように、手をぶんぶん振って「あくにん」を退治している様を父親に披露した。
 そんな愛しい娘の様子に、王はますますそうかそうかとニコニコ笑った。
 王道の先駆者として、最近おてんばと評判の娘をたしなめるのも必要かと頭の隅っこ方でちょろっと思ったが、娘の笑顔を見たらそんなことはどうでも良くなった。
「いいぞ、アンリエッタ。立派な王様になるんだ、私よりも偉大な王様にな」
 そう、父は本音からのことを正直に言ったのだが、それを聞いた途に端、アンリエッタの顔がたちまち曇った。
「おお可愛い私のアンリエッタよ、一体どうしたんだい?」
「ちがうの、とうさまみたいなおうさまになるの」
「なるほど、私のような王になりたいか。とても嬉しいよアンリエッタ。だが、私はお前に、わしよりももっともっと立派な王様になって欲しいのだよ」
「どうして?」
「どうしてかなぁ……そうか、きっと私がアンリエッタのことを大好きだからだ!」
 大好きと言われて、アンリエッタの顔に、再び天使の笑顔に戻ってきた。
 彼女は父親に『大好き』と言われるのがとても好きだった。
「アンリエッタはどうだ? 父さんのこと好きかい?」
「だいすき!」
 そして、『大好き』と言われた父親が喜ぶ顔がとても好きだった。
「そうかぁ……アンリエッタは父さんが好きかぁ」
「うん! おおきくなったらとうさまとけっこんする!」
「そうかぁ……結婚するかあ」
「ちゅーもする!」
「そうかぁ……ちゅーもしちゃうかあ……」
 その言葉に、子煩悩な国王は、軽くトリップしかけたのであるが、アンリエッタはそんなことは露とも知らずに、元気良く言葉を続けた。
「とうさまがいうなら、とうさまよりすごい、すごーいおうさまになる! あくをたおすりっぱなせいぎのおうさまに!」
「ははは。いいぞ、アンリエッタ、その調子だ。勉強もお稽古もいっぱいして、私を超える偉大なる王になるんだ」

 アンリエッタ五歳。
 彼女がうろ覚えの呪文を適当に唱えて、その後の人生を大きく変えることになる者たちを呼び出してしまう前日。
 そんな、春の頃の出来事であった。

◇◇◇

 ひょんなことから見知らぬ世界ハルケギニアに迷い込んだ少年。そしてちょっぴり(?)感情がストレートなご主人様の下僕というか、ペットというかな立場になってしまった、そんな彼。
 つまるところ、現在の平民の使い魔を呼び出したことで絶賛物笑いの種になっているルイズ・フランソワーズの使い魔、平賀才人。
 彼はふつふつとわき上がる怒りを抑えながら、授業が行われる魔法学院の講堂がある本塔の中にある、生徒たちの胃袋を一手に賄っている食堂から出てきた。
「なんだい、貴族貴族って威張り散らしやがって」

 彼がそう思ってしまうのも無理はない。
 貴族などとはとんと縁のない現代日本。生まれてこの方ずっとそこで生きてきた才人には、何となく『貴族』というものが悪いものだという認識が少なからずあったのだ。
 『平民』をいじめる悪い奴、『貴族』。それは根拠も論拠もない、何となくの思い込みであったのだが、それを冷静に幼稚と思わないのが我らが平賀才人である。
「くそっ! こうなったら革命だ! または下克上! 天は人の上に人を作らず! 人間はみんな平等! 共産主義万歳! コルホーズソホーズレニングラードフルシチョフ!」
 途中からは何となくそれっぽい単語を並べただけであるが、そういう具合に才人はとても怒っていた。

 ことの起こりは今朝のこと。
 実のところ、才人を呼び出したつるぺた桃色魔法少女ルイズは、魔法少女ではなかった。では何だったか? そう、彼女は魔法を使えない魔法使い『ゼロのルイズ』であったのだ。
 魔法が使えないのに魔法使いというのもおかしな話なのだが、その辺は昨日、教室で起こしたルイズの失敗魔法の爆発に巻き込まれた苦い経験から、才人は身をもって知っている。
 使えない言うよりは失敗する、彼女は落ちこぼれ魔法使いだったのだ。
 折角の弱みである。それを知った才人は今朝、早速ささやかな仕返しを試みた。

『ルイズお嬢様。この使い魔、歌を作りました』
『う、歌ってごらんなさい』
『ルイズルイズルイズはダメルイズ。魔法ができない魔法使い。でも平気! 女の子だもん…
…』
『………』
『ぶわっはっはっは!』

 ……とまあ、そんなことを言ったばっかりに、今日のお昼はヌキである。

「はぁ、腹減ったなぁ……」
 腹を抱えて、ふらふらと壁に手をついた。
「どうなさいました?」
 そんな声が聞こえて振り返ってみると、そこには大きな銀色のトレイを持った、現実世界の方でもおなじみとなりつつある格好をした少女が二人立っていた。
 服の色調は黒と白、頭にヘッドドレス、着ているのは俗に言うエプロンドレス。もっと端的に言うとメイドさんである。
 冥土にあらず。

「体の具合でも悪いんですか?」
 黒髪とそばかすが可愛らしい少女が、心配そうに聞いてきた。
「なんでもないよ……」
 才人は左手を振って彼女たちを追い払おうと思った。
 ご主人様のお仕置きされててごはんヌキ中だなんて、恥ずかしくて言えない!
「あら……あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」
 もう一人の少女がそう口にした。振った左手にあったルーンに気付いたらしい。
「あれ? 俺のこと知ってるの?」
「はい。ミス・ヴァリエールが平民の使い魔を呼んでしまったって、学院中噂になっていますもの」
 そう言って女の子は笑う。その笑顔だけで周囲が一気に華やいだ気がした。
「君たちも魔法使い?」
「いいえ。私たちは平民です。貴族の皆さんたちのお世話をするのがお仕事なんです」
「へぇ、そうなんだ。俺は平賀才人。才人でいいよ」
「ヒラガサイト……なんだか変わったお名前ですね。わたしのことはアンリとお呼びください」
 そう言ったのは髪の色は紫で、青い目をした少女。だが、何よりも目を引いたのは、その真っ白な肌。
 加えて、彼女からは一種の気品のようなものが溢れており、見ているだけで人を清廉にさせる、そんなイメージがある少女だった。
 そしてその横で、黒髪の少女も頭を下げて自己紹介をした。
「私はシエスタです。よろしくお願いしますね、サイトさん」
 二人から自己紹介を受けた才人だったが、そこで彼のお腹がきゅうっと鳴った。
 それを聞いてアンリがきょとんとした顔をして、シエスタが小首を傾げた。
「もしかしてサイトさん、お腹が減っているんですか?」
 一方事情を察したのかそう聞いてきたシエスタに、才人は、
「……うん」
 そう答えていた。
 だって仕方がない。背に腹はかえられない。腹が減っては戦はできぬ。
 武士でも貴族でもない才人には、食わねど高ようじなんて言ってられないのだ。
「でしたら、こちらにいらしてください」
 言って、シエスタは才人の手を取って歩き出した。

 才人が連れてこられたのは食堂の裏にある厨房だった。様々な調理器具が並んでおり、コックやシエスタたちと同じような格好をしたメイドたちが、忙しそうに働いている。
「じゃあアンリはお水とスプーンを用意してあげてください」
「はい。だそうですから。サイトさんは座ってちょっと待っててくださいね」
 そう言って才人をテーブルにつかせると、二人は忙しそうに働いている他の人たちの輪に入っていった。
 一人残された才人は、食堂の中をぼんやりと見回した。
 みんな忙しそうに働いているが、切羽詰まっているような感じはない。
 どうやら昼食も終わって、今は一段落がついたところらしい。
 それにしても、と才人は思う。
 食堂は広かった。育ち盛りの学生たちが共同生活をしているのだから当たり前だが、その『食』を支えているのがここなのだ。
 そう考えると立派なのも大きいのも納得がいった。
 つらつら思いを巡らしていた、そんなときだった。そこで突如としてガチャという乱暴な音を立てて、才人の前に皿が置かれていた。
「え、はえ?」
 驚いた才人が見上げると、そこには……メイドというにはちょっと目つきの悪い、金髪をショートボブくらいの長さに切り揃えた少女が立っていた。
 彼女の服も、シエスタやアンリたちと同じメイド服。だが、その目の鋭さは尋常ではない。
 彼女は開口一番、

「食え」

 そう言った。

 そこで初めて皿の上に目が行った才人は、ぽつんとパンが置かれていることに気がついた。
「……え?」
「察しの悪い奴だ。腹が減っているのだろう? 食えと言っているんだ」
 皿に置かれたパンから、彼女が本気なのはわかる。
 だが、なんでそんなに凄まれなきゃならんのか見当が付かなかった。
「アニス!」
 彼女の名と思われるものを呼んで近づいてきたのは、スプーンとカップを持ったアンリだった。
「何をしているのですか! わたくしはパンをサイトさんにお持ちして頂戴とお願いしただけです。それをあなたは何を威嚇しているのですか!」
「しかし姫さ……」
 言いかけた口を、アンリの手が恐るべき速さで塞いでいた。
「と、と、とっ!?」
 アンリが手を放したことでフリーフォールを始めたスプーンとカップを、才人は手を伸ばして慌て掴んだ。
「すみません才人さん。ちょっと手が滑ってしまって」
 滑ったって言うのか今の。
 唖然とした才人が、ゆっくりとスプーンとカップをテーブルの上に置くと、その横から、音もなく湯気を立てたスープが入った皿がすっと置かれた。
「貴族の方々にお出しする料理の余りモノで作ったシチューです。良かったら食べてください」
 シエスタだった。
「い、いいの?」
 とは言ったものの、アニスと呼ばれた少女の口を塞ぎながら、笑顔で物陰に引っ込んだアンリのことがすごく気にかかる才人であった。
「ええ。賄い食ですけど……」
「……それじゃ遠慮なく」
 気にはかかるが、それよりも空腹を何とかしたかった。

 出されたシチューをスプーンで口に運ぶ。
 うまかった。泣けてくるほどに、うまかった。
「美味しい、美味しいよ。これ」
「良かった。お代わりもありますから。ごゆっくりどうぞ」
 才人は夢中になってシチューを食べた。シエスタは才人の向かいに座って、その様子をニコニコ見ている。
「随分とお腹が減っていたんですね。ごはん、もらなかったんですか?」
「ゼロのルイズって言ったら、ごはんヌキって言われた」
「まあ! 貴族にそんなこと言ったら大変ですわ!」
「なーにが貴族だよ。たかが魔法を使えるぐらいで威張りやがって」
「その通りですわ」
 気付くと、いつの間にやら隣の席にアンリが座っていた。
「魔法が使えるから偉いわけでも、貴族だから偉いわけでもありません」
「アンリ、あなたまで! そんなことを言っているのを貴族の方々に聞かれでもしたら……」
「でも事実です。貴族はたくさんの人を幸せにする責任があるのです。それを全うするために努力しているものが、貴族と名乗れるのです」
 稟として言った彼女の言葉を聞いて、才人はポロポロと泣き出していた。
「うん、そうだよな。そうなんだよアンリ。貴族だから偉いんじゃなくて、立派な人だからみんなに尊敬されるんだよ」
 思えばこっち、この世界に飛ばされてから、そんなことを言ってくれる人はいなかった。
 だがどうだろう。目の前のメイドさんはその辺のことがきっちりわかってらっしゃる。なんとも立派なメイドさんであった。
「いやですわサイトさん。当然のことを言ったまでです」
 才人と同じ目線でアンリが微笑む。
 その笑顔が、才人には何とも言えず魅力的に見えた。
 勢い、思わずその手を握ってしまう。
「さ、サイトさん?」
「そうだよなぁ。俺だってルイズが尊敬できるような立派な人間だったら、喜んで尽くしてるよ」
「あらでもサイトさん。ミス・ヴァリエールは立派な方ですよ」
「どこが? あんな高飛車高慢ちきで人を人とも思ってないような女が」
「それは人の一側面でしかありません。あれで彼女、強い責任感と高い志を持った立派な貴族なんですよ」
「えぇー?」
「ふふふ。きっと暫く一緒にいれば、サイトさんにも彼女の素晴らしさがわかってきますよ」

 シチューを二回、パンを一回お代わりして、才人は心底満ち足りた顔でスプーンを置いた。
「ふう、ごちそうさま」
『『どういたしまして』』
「美味しかった。ホント、生き返りました、はい」
「良かった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいね。私たちが食べているものでよろしければいつでもお出ししますから」
 言ったのはシエスタである。
 才人はその言葉が有り難かった。あんなご主人様の元では、またいつ何時こんな目に遭うかわからない、そういう意味では彼女の申し出は渡りに船だった。
 けれど、その厚意に簡単に甘えてしまうほどに、才人も厚かましくはない。
「いやでもそんなの……悪いよ」
「いいんです。料理は美味しいと言ってくれる人に食べて貰えるのが、一番なんですよ」
 嬉しいことを言ってくれるじゃないの。
 才人はアンリに続いてシエスタにもホロリとしてしまった。
 どうやらこっちに来てから涙腺が緩くなってしまったようだ。
「ど、どうしたんですか?」
「いや……。俺、こっちに来てこんなに優しくされたの初めてで……思わず泣きが入りました」
「そ、そんな、大げさな……」
「おし決めた。受けた恩は返さなきゃ人間じゃないよな。俺に何かできることがあったら言ってくれ。手伝うよ」
 ルイズの下着の洗濯なんかはまっぴら御免だったが、彼女たちの手伝いならしたかった。
「なら、デザートを運ぶのを手伝ってもらってはどうでしょう」
 アンリが微笑んで言った。
「おうっ、任せとけ!」
 才人は大きく頷いた。

 大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並べられている。才人がそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまみ、一つずつ貴族たちに配ってまわる。
 その中に、金髪の巻き髪にフリルのついたシャツを着た、気障なメイジがいた。薔薇をシャツのポケットに挿している。絵に描いたようなお貴族さまであった。
 そんな彼の周りを友人たちが取り囲み、口々に彼を冷やかしていた。
「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」
「誰が恋人なんだ? 教えろよギーシュ!」
 中心に座る気障なメイジは、ギーシュというらしい。
「つきあう? 僕にはそのような特定の女性はいないのだよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
 自分を薔薇に例えてやがる。気障の上にナルシスト、救いようがない。いっぺん死ねと思いながら、才人は彼を見つめた。
 そのとき、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスの小壜である。中では紫色の液体が揺れている。
 気に入らない奴だが、落とし物は落とし物。教えてやろう。
「おい、ポケットから壜が落ちたぞ」
 しかし、教えてやったというのにギーシュは振り向かない。
 無視かよ。才人はムッとして銀のトレイをシエスタに渡し、床に転がった小壜を拾った。
 「落としもんだよ、色男」
 壜をテーブルの上にどんと置く。するとギーシュは憎々しげに才人を見つめると、それを手に持ち才人に押しつけた。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね」
 そこでその小壜の出所に気付いたギーシュの友人たちが、大声を出した。
「おお!? その香水は、もしやモンモランシーの香水じゃあないのかな?」
「まさしくそうだ! その鮮やかな紫は、彼女が自分のためだけに調合している香水だ!」
「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちたってことは、お前はモンモランシーとつきあっているということだな!?」
「ち、違う! 彼女の名誉のために言っておくが……」
 否定しようとしたギーシュであったが、

「ギーシュさま、ひどい!」
 そこで新たなる第三者の登場である。
 少し離れた席で立ち上がったのは、ギーシュやルイズとは違う色のマントをつけた、栗色の髪をした可愛らしい少女だった。
 マントの色からすると、一年生だろうか。
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「落ち着くんだケティ。いいかい、僕の心に住んでいるのは、君だ……」
「聞きたくありません!」
 ケティと呼ばれた少女は、その場でポロポロ泣き出してしまう。
 そしてそのまま棒立ちをしているギーシュにつかつかと近づいてくると、彼女は思いっきりギーシュの頬をひっぱたいた。
 強烈にスナップを効いている。これは痛い。
「さようなら!」
 そう言い放つと、ケティは踵を返して食堂を出て行ってしまった。
 ギーシュはその間、呆気にとられた表情で張られた頬をさすっていた。
 すると、少し離れた席で、また一人、別の少女が立ち上がった。
 今度は金髪を縦巻きロールにした少女だ。ベルサイユのなんちゃらみたいな、見事な巻きっぷりである。
 彼女はいかめしい顔つきで、かつかつかつとギーシュの席までやって来た。
「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」
「モンモランシー、君は誤解している。彼女とは一緒にラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
「うそつき!」
 そう言うと、彼女もまたギーシュの頬を強烈に張った。
 今度はケティとは逆の頬だ。
 これがあれか、『右の頬をぶたれたら、左の頬を』って奴か、怖えなぁ。対岸の大火事を眺めながら才人はそんなことを思う。
「最低!」
 モンモランシーはそう怒鳴ると、ケティと同じように食堂の外へと去っていってしまった。
 何とも言えぬ、気まずい沈黙が周囲に流れる。
 ギーシュはひとしきり両方の頬をさすると、首を振りながら芝居がかった仕草で言った。
「は、はは。あのレディたちは、薔薇の存在理由を理解していないようだ」
 精一杯虚勢を張っているが、その声はどうしようもなく震えていた。
 一生やってろ、才人はそう思い、シエスタからトレイを受け取って再び歩き始めた。
 と、そんな才人を、ギーシュが呼び止めた。

「待ちたまえ」
「なんだよ」
 ギーシュは椅子の上で体を回転させると、すさっ! と足を組んだ。その一々キメを作るあたりに頭痛を感じる。
「君が軽率に壜を拾ったりなんかするから、二人のレディの名誉に傷がついてしまった。どうしてくれるんだね?」
「八つ当たりかよ」
 どこをどう聞いてもそうとしか聞こえなかった。
「二股かけてたお前が悪いだろ、明らかに」
 才人はギーシュのまねをして、わざと大仰に肩を竦めて見せた。
 その仕草と言いぐさがツボに入ったのか、ギーシュの友人たちがどっと笑う。
「彼の言う通りだギーシュ! お前が悪い!」
「まったくもってその通りだ!」
 笑いものにされたギーシュの顔に、赤みがサッと差す。
「いいかい? 給仕君。僕は君が香水の壜を置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があっても良いだろう?」
「んな機転できるか! 俺はお前のママじぁねえ! どっちにしろ二股なんてそのうちバレるっつの。あと俺は給仕じゃない」
「ふん、言ってくれるじゃないか。……ん? ああ、よく見れば君は……」
 そうしてギーシュは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「君はそうか、確かあのゼロのルイズが呼び出した平民じゃないか。なるほど、平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。今回の件は特別に許してあげよう、行きたまえ」
 青筋を立てながら言うギーシュの言葉に、今度は才人がかちんときた。
「うるせえキザ野郎。一生薔薇とママのおっぱいでもしゃぶってろ」
 これを聞いてギーシュの目が残忍に光る。
「どうやら君は貴族に対する礼がなっていないようだ」
「あいにく、貴族なんか一人もいない世界から来たんでね」
 我慢の限界が近いのか、ギーシュのこめかみがぴくぴくと動いている。
「どうやら君には、主人に代わって躾をしてやる必要があるようだ」
「はっ、うるせえ。ごたごた言ってねえでさっさと始めろよ。やるんだろ? いいぜ、『ママ~』って泣かしてやんよ」
 その一言によって、ギーシュの堪忍袋の緒がブチィッ!と切れた。
「よせギーシュっ! ここはまずい!」
「せめてやるなら広場で!」
 そんなふうに周囲が制止するのも聞かず、ギーシュは手にした杖を振りかぶり、
「ワルキューレ!」
 そう叫んだ。

 気がついたとき、才人は固い床の上に転がっていた。
「……ってぇ」
 顔の右側が異様に熱い。それに口の中も鉄臭い。
「いい加減にして! 大体、決闘は禁止じゃない!」
「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。平民と貴族の決闘なんか、誰も禁止していない」
「そ、それは、そんなこと今までなかったから……」
「ルイズ、君はそこの平民に惚れているのかい?」
「誰がよ! やめてよね! 自分の使い魔がみすみす怪我するのが放っておけないだけよ!」
 そんな声が聞こえて来て、才人はガクガク震える足をなんとか手で押さえて立ち上がった。
「サイト!」
 そうやって立ち上がった才人の姿を見て、ギーシュと口論していた誰かが、悲鳴のように名前を呼んだ。
 顔を上げて、その声の主を見る。
 それは、これまで見たこともないような顔をしたルイズであった。
「へ、へへ……やっと俺のこと、名前で呼んだな」



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