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重攻の使い魔-06


第6話 『死地送り』


 ルイズにとって憩いの空間であったはずの自室は、王女の突然の訪問によって一気に緊張した空間へと変化した。雲上人との近すぎる邂逅は下々の人間にとって重圧以外の何物でもない。些細な粗相も許されない緊張感はルイズとシエスタの精神を急速に削っていく。そのような二人の内心など全く知らないとばかりに、アンリエッタは感極まった様子で床に膝をついたルイズを力いっぱい抱きしめた。

「ああ、懐かしいルイズ……。お久し振りですね」
「なりません姫殿下。このような下賎な場所へお越しになられたばかりか、抱擁するなど……」

 ルイズは慎重に言葉を選び、アンリエッタの機嫌を損ねないようにやんわりと拒絶する。そんな余りに他人行儀なルイズの態度を見て、アンリエッタは悲しげな表情を浮かべる。

「……ルイズ、わたくしたちはもうお友達ではないの? 昔はいつも一緒に遊んでいたじゃない。あなたにまでそんなよそよそしい態度を取られたらわたくし……」
「もったいないお言葉です姫殿下。ですが今となっては姫殿下とわたしの立場は余りに異なります。殿下のご好意は大変名誉なことであると存じ上げますが、それでもわたしはお受けするわけにはいかないのです」

 あくまで王族に対する態度を貫くルイズに、アンリエッタは顔を俯かせる。そして静かに立ち上がると、ルイズに背を向け窓際に歩み寄った。昔を懐かしむ様子で話を続けた。

「ルイズ、ここにはマザリーニも、母君も、あの何かと言い寄ってくる宮廷貴族達もいないのですよ。わたくしの周りにはもう信用できる人がいないのです。毎日毎日帝王学の勉強……宮廷貴族達との会合……、近寄ってくる人はわたくしを今は亡き父君の娘としか見ていないわ。わたくしをアンリエッタとして見てくれる人は一人もいない……。でもルイズ、あなたは違うわ。あなたは昔のわたくしを知っている。アンリエッタとしてのわたくしを知っている数少ない人なのです。お願い……昔と同じように話してちょうだい」
「姫殿下……」

 アンリエッタの切実な訴えに、ルイズはこのままの態度を取り続けるか迷ってしまう。これほどまでにアンリエッタがかつての自分を求めているのに、それを無碍にしてしまってよいものなのだろうか。貴族として臣下としての自分と、かつてアンリエッタの幼馴染であった自分との間で煩悶としてしまう。
 ルイズが思わず顔を上げると、アンリエッタは静かに振り返った。その美しい顔が赤い月に照らされ、一種の芸術とも呼べる光景が現れる。アンリエッタは儚い微笑を浮かべると、どうか判って欲しいとばかりに言葉を紡ぐ。

「幼い頃、二人で泥だらけになりながら蝶を追い掛け回したこと、覚えてる? 宮廷の中庭でのことよ」
「……ええ、殿下のお召し物を汚してしまって、ラ・ポルト様に叱られたことはつい昨日の出来事のように覚えています」

 ルイズがはにかんだ表情でそう答えると、アンリエッタの表情が明るくなる。今まで臣下としての態度を崩さなかったルイズの物言いが少しずつ砕け始めたのを見て、アンリエッタは嬉しくなってしまったのだ。

「そう、そうよルイズ。お菓子を取り合ってつかみ合いの喧嘩をしたこともあったわね。わたくしはいつもあなたに泣かされてばかりいたわ。ルイズったら強いんだもの」
「わたしも一度ならず姫様に泣かされたことがございます。姫様もなかなかお強かったではありませんか」

 アンリエッタの振る思い出話にルイズが乗ってきて、二人の会話は弾んだ。アンリエッタは部屋の中でくるりと回転すると、手を広げて大げさな身振りをする。

「宮廷ごっこの最中にあなたとわたくし、どっちがお姫様役をやるかで取っ組み合いの喧嘩をしたあれ、何て言ってたかしら……。ええと、そう、アミアンの包囲戦だわ。あの時、わたくしの一発がうまくあなたのお腹に決まって……」
「姫様の御前でわたしは気絶いたしましたね」

 思い出話に花を咲かし、どちらからともなくぷっと吹出すと、二人は互いの顔を見合わせて笑い合った。今この場にいるのはトリステイン王女とその臣下ではなく、ただ久し振りに顔を合わせた幼馴染の少女達であった。

「ふふ、その調子よルイズ。本当に懐かしくって……わたくし……」

 ルイズを再び抱き締めると、先程まで笑っていたアンリエッタの青い瞳に涙が溜まり、つうっと頬を伝って床へと落ちた。

「……あらいやだ、わたくしったら泣いてしまうなんて……。……ほんとに、ごめんなさいルイズ、少しだけ泣かせて……」
「姫様……」

 普段、国民に見せている気丈な姿とは異なり、ぽろぽろと涙を零すアンリエッタに、ルイズは黙って肩を貸す。アンリエッタも自分と同じように、孤独の中で生きてきたのだろうか。ふとそのような考えがルイズの脳裏をよぎる。
 アンリエッタはしばらくルイズの肩に顔をうずめていたが、少しばかり落ち着いたのかルイズの背中に回していた手を緩め、ゆっくりと立ち上がった。

「ごめんなさいね、ルイズ。みっともない所を見せてしまって」
「ではこれもわたし達だけの秘密といたしましょう」
「うふふ、そうね。そうしてちょうだい」

 まだ涙の後は残っていたが、ルイズの軽口を聞いてアンリエッタは普段どおりの笑顔を見せる。そこで先程から床に頭をこすり付けているシエスタに気が付き、ルイズへと尋ねた。

「ところでルイズ、そちらの方はどなた? あなたのお友達なら是非紹介してほしいわ」

 アンリエッタの言葉にずっと黙りこくっていたシエスタの肩が震える。余りの事態に声も出せないのか、ただひたすら平伏するばかりであった。ルイズはシエスタをどのように紹介するか、若干逡巡したものの素直に伝えることに決めた。

「姫様、彼女はここ魔法学院の使用人をしておりますシエスタです。そしてその……、わたしの友人でもあります」
「……!?」

 ルイズの言葉に、シエスタははっとした様子で顔を上げる。しかし顔を上げた瞬間にアンリエッタの姿が目に入ったのか、再び急いで床に伏せてしまった。そんなシエスタの姿に、アンリエッタはくすりと微笑むと、近くまで歩み寄り顔を伏せている少女の手を取った。

「お顔をお上げになって、シエスタさん。ルイズのお友達ならわたくしもお近づきになりたいの。ね、お願い」
「シエスタ、姫様がおっしゃってるんだから顔を上げたほうがいいわよ。こう見えて姫様は怒らせると怖いんだから」
「もう、ルイズったら。……シエスタさん、ルイズもこう言ってるし、ね?」

 ルイズとアンリエッタの催促に、シエスタはぎくしゃくと顔を上げる。王族を直に見るどころか、触れられていると言う事実がシエスタの全身を金縛り状態へ陥らせていた。アンリエッタの顔をどうにか見据えると、どもりながらも自己紹介をする。

「わ、わわ、わたくし、し、使用人のシエスタとも、もも、申します。あ、アンリエッタ様をここ、こんなちか、近くでお目にかかることが、で、できて、ここ、光栄の極みでございますっ!!」
「ふふ、よろしくねシエスタさん。ルイズは性格がきついから迷惑掛けてるかもしれないけど、これからもルイズをお願いね?」
「ととと、とんでもございませんっ! むしろわたくしの方がミス・ヴァリエールにご迷惑を掛けてばかりで……」

 性格がきついというアンリエッタの言葉に、ルイズはついむっとした顔になるが、見ていて哀れになるほどうろたえているシエスタの姿にそのようなことはどうでもよくなった。このまま放っておいて混乱させるがままにしていては周囲の、ツェルプストーあたりが聞きつける事態になるかもしれない。とにかくシエスタを諌めなければならない。

「ほら、シエスタ。ちょっとは落ち着きなさい。姫様はお忍びで来られてるのに、そんなに騒いじゃバレちゃうじゃない」
「す、すいません……」

 二人のやり取りをくすくすと笑いながら眺めていたアンリエッタであったが、笑いを収めると一転して憂鬱な表情を浮かべる。そしてここに来た目的を話し出した。

「ルイズ、わたくしが今日ここにやってきたのは、あなたに相談したいことがあったからなのです。……聞いていただけますか?」
「……もちろんです姫様。わたしがお力になれるのであれば何なりとご相談下さい」

 身分違いの幼馴染の浮かべた表情と口調から、並々ならぬ事態を感じ取ったルイズは態度を改める。

「ありがとうルイズ。今からお話しすることは絶対に口外してはなりません。シエスタさん、申し訳ないのだけれど、席を外していただけますか?」
「は、はいっ」

 慌てて部屋を飛び出そうとするシエスタであったが、背後からルイズに呼び止められた。シエスタが振り向くと、ルイズは少しばかり照れながら小さく手を振っているのが見える。ぱっと笑顔を見せると、深々と一礼してシエスタは部屋から出ていった。

「……いいお友達ね。仲良くなるのに身分なんて関係ない、そうは思わない?」

 アンリエッタの問いかけはいささか絵空事であった。身分が違うもの同士は出会いの場そのものも限られ、仮に親睦を深めることができたとしても、周囲の人間がそれを許すまい。現実的でない理想は単なる空想に過ぎない。しかし、ルイズはそんな理想も悪くないと感じていた。

「アルビオンの反乱軍に対抗するため、わたくしはこの度ゲルマニアへ嫁ぎ、トリステイン・ゲルマニア同盟を結ぶことになりました」

 一呼吸置いて吐き出された言葉を聞き、ルイズが驚きと怒りのないまぜになった表情を作る。激情に身を任せ、思わず口を開こうとするのをアンリエッタは静かに制した。勢いを削がれたルイズは大人しく話を聞くことにする。

「わたくしのことはいいの。好きな相手と結婚できるなんて、もうずっと昔に諦めてますから。……ですが、アルビオンの裏切り者達はこの同盟を望んでいません。理由は……言わなくてもお分かりでしょう」

 ルイズが頷いたのを確認すると、アンリエッタは話を続ける。

「ですから、わたくしの婚姻を妨げる物が何かないかと血眼になって探し回っているのです。……もし、そのようなものが発見されれば同盟は破棄、トリステインは単独で反乱軍と戦わねばならなくなるでしょう。そしてトリステインが反乱軍に勝利する可能性は、万に一つとまでは言いませんが、千に一つ程度です。国を守る為に、この同盟は絶対に結ばれなければなりません」

 話を聞くうちに、ルイズの顔は徐々に青くなっていった。この話しぶりからすると、その婚姻を妨げる何かがあるとしか思えない。深刻な顔をするルイズを見て、アンリエッタは小さく溜息を付いた。

「そうよ、ルイズ。あなたが今考えてる通り、その何かがあるのです。わたくしが以前したためた一通の手紙、それが問題なのです」
「……そのお手紙は今どこに? わたしはそれをお守りすればよいのですか?」
「手紙はここにはありません。……アルビオンにあるのです」

 アンリエッタの言葉に、今度こそルイズの顔が蒼白になった。余りの事態に声を失ってしまう。

「その手紙を持っているのは反乱軍ではなく、アルビオン王家のウェールズ皇太子なのです。あなたにはその手紙の回収と焼却をお願いしたいのです。……無謀なお願いであることは重々承知しているわ。ですが今わたくしが頼れる人はほとんどいないのよ」
「……姫様の御為とあらば火竜の顎の中だろうと、地獄の釜の中だろうと、何処なりと向かいます。トリステインの危機を救うため、何よりわたしをお頼りしていただいた姫様の想いを無碍にするわけには参りません」

 勇ましい台詞を言ったものの、実の所ルイズは内心恐怖で一杯だった。ただでさえ魔法も満足に使えない未熟者が、敵陣の只中に突入するのだ。到底生きて帰れるとは思えない。だというのに、ルイズが二つ返事で引き受けたのは、ギーシュのワルキューレを赤子の手を捻るが如く蹴散らした強力な使い魔ライデンがいたからだった。このライデンがいれば生還できるかもしれない、そしてアンリエッタの期待に応えられるかもしれない。何よりルイズはこの幼馴染に失望されたくはなかったのだ。

「ありがとうルイズ。聞いていた通り勇ましく優秀なメイジなのですね。あなたに相談して本当に良かったわ」
「……あの、失礼ですが聞いていた、というのは?」

 アンリエッタの言葉にルイズは訝る。自分が優秀だなどと誰から聞いたというのだろうか。学院にいる者からすれば自分が碌に魔法を使えないのは当然の事実であり、院外の者からすればそもそも自分のことなど知っている訳がない。王宮の研究機関に籍を置いている姉ならば判るが、自分はラ・ヴァリエール公爵家三女以上の認識はされていないだろう。ルイズの疑問はもっともだった。

「ごめんなさい、伝えるのを忘れていました。実はワルド子爵に相談した所、あなたが優秀なメイジであり、きっとわたくしの頼みを聞いてくれるだろうと言われたのです。この任務にはあなたとワルド子爵、二人で就いてもらうことになります」
「ワルド子爵が……?」

 いよいよルイズの混乱の度合いは深まってきた。ワルドといえば、日中の歓迎式典で見かけたばかりだ。確かに面識はあるが、ここ10年ほどは一度も会っていない。しかもなぜ自分が優秀なメイジであるとアンリエッタに伝えたのか。ワルドが自分の魔法の出来不出来を知っているのは不自然な上、認識に齟齬がある。しかしアンリエッタの安堵した様子を見ると、とても訂正する気分にはなれなかった。旧友との再会による喜びが、説明できない違和感によって乱されてしまう。

「誉あるグリフォン隊隊長のワルド子爵と、彼の推薦するあなた。きっとこの困難な任務をやり遂げてもらえると信じています」
「……はい、身命にかけて」

 その後、出発は明朝と説明するとアンリエッタは部屋を出ようとした。しかし、アンリエッタが取っ手を掴む前に扉がすっと開かれる。ルイズとアンリエッタがまさかという表情を作ったが、部屋に入ってきたのはギーシュであった。ギーシュは急いで後ろ手に扉を閉めると、アンリエッタの眼前に跪いた。

「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付け下さい!」
「ちょ、ちょっとギーシュ! あんたまさか聞いてたの!?」

 突然の闖入者に、声を潜めることも忘れたルイズの言葉をギーシュは無視した。続けて恭しい態度でアンリエッタの懇願する。

「盗み聞きしていたことへのお叱りはごもっとも。ですが殿下の、ひいてはここトリステインの危機とあっては黙っているわけには参りません。どうか、どうか任務の一員に加えていただきたく存じます!」

 一人盛り上がるギーシュに、アンリエッタはしばし呆然となっていたが、とりあえず正気を取り戻した。

「グラモンというと、あの元帥の?」
「はい。息子でございます、姫殿下」
「あなたも、このわたくしの力になっていただけるのですか?」

 ギーシュが間髪入れずに頷いたのを見て、アンリエッタは感極まったようだった。ギーシュの手を取ると、その華奢な手の平で優しく包み込む。

「ありがとう。お父様に似て勇敢な方なのですね。……ではおねがいします。この不幸な姫をお助け下さい、ギーシュさん」
「……!! はっ、たとえこの身が滅びようとも、必ずや殿下のご期待に応えてみせます!」

 雲上人であるアンリエッタに名前を呼んでもらったことで、ギーシュは完全にのぼせ上がっていた。何やらぶつぶつと姫殿下が、と呟いている。ルイズは玉乗りするカエルでも見るかような奇異の視線をギーシュへ向けると、はぁ、と小さく溜息をついた。アンリエッタの方をつと見やると、何やら手紙をしたためている。一通り書き終わったところで筆が止まったが、しばらく悩んだ末に一行付け加えていた。

「ルイズ、皇太子に会ったらこの手紙を渡して下さい。すぐに手紙を返してくれるでしょう」

 そう言って手紙を巻いて封蝋と花押を押し、アンリエッタは自らの右手の薬指から王家に相応しい彫刻が施された指輪を引き抜くと、ルイズの手を取って握らせた。

「母君からいただいた『水のルビー』です。せめてものお守りにしてください。路銀に困ったなら売却していただいても構いません」

 アンリエッタはそう言うも、ルイズにとってはこの指輪を売り払うなどとんでもなかった。絶対に失くさないよう自らの右手の薬指に通すと、深々と頭を下げる。アンリエッタが回収して欲しいと言った手紙の内容、説明はされなかったが、実の所ルイズには薄ぼんやりと予想が付いていた。王族の義務という、幼馴染の苦悩をルイズは測りかねていた。

「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹き荒れる嵐からあなたがたを守りますように」

 夜空に赤く輝く二つの月が、見つめあう二人を照らしていた。


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