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ゼロのエルクゥ閑話4


 アルビオンの朝は、楓の目には不思議な風景が広がる。
 空は明るくなってくるけれど、陽は昇っていない……元の世界なら明け方に束の間垣間見えるような光景が、空が真っ青に染まるまで続く。
 アルビオンが、ハルケギニアの大地より遥か上空に浮かぶ浮遊大陸だから、という事だが、それは、夜に浮かび上がる双子の月と並んで、ここが異世界であると楓に実感させてくれるものだった。

「んん……ぅ」

 楓が目を覚ましたのは、太陽が姿を見せはじめてからだった。
 前日に慣れないワインを嗜んだせいか、心なし頭が重い。

「はふ……」

 上半身だけを起き上がらせ、その重さを吐き出すように息をつく。
 幸い、痛みというほどの物でもなかった。ティファニアから借りている寝巻きを脱ぎ、洗濯しておいたセーラー服に着替える。
 ……その寝巻きの胸の部分だけがダボダボなのには、未だに慣れない。スタイルにあまり興味のない自分は違和感だけで済んでいるが、これが千鶴姉さんや梓姉さんだったら、きっと落ち込むか暴れるかしていたであろう、と楓は何気に酷い事を考えていた。

「マチルダ姉ちゃーん! 山作ってよ、山!」
「やまー!」
「やれやれ、お前達も好きだねぇ」

 ベッドに座って、何をするでもなく窓の外に目を向けると、薪束に腰を下ろしたマチルダが子供達とじゃれ合っていた。
 マチルダが苦笑しながら、少々わざとらしく面倒そうな素振りを見せて、杖を振る。
 すると、もりもりと地面が盛り上がり、小学校の校庭にあるような土の小山が現れる。子供達がはしゃいだ顔でそれに駆け上ったり、滑り降りたりを始めた。どこの世界も子供というのは変わらないらしい、微笑ましい光景だった。

「魔法……魔法学院、か」

 昨日聞いた事が、脳裏に思い出される。

『あんた……"エルクゥ"かい?』

 ティファニアが楓を『サモン・サーヴァント』で呼んでしまった事を話し、自己紹介を終え、マチルダが数秒固まった後に言ったのは、そんな言葉だった。
 思わず身構えてしまって、座っていた椅子を壊しそうになったのはご愛嬌だ。

『なに、カマかけたのはこっちだから気におしでないよ。あんたのいい人は、トリステイン魔法学院ってところにいる。生徒の一人に使い魔として呼ばれたのさ。……はは、なに照れてんだい。こんなところまで男追っかけてくるなんざ、丸分かりもいいところじゃないか』

 続けて言われたそれは、その前以上の衝撃だった。
 一番知りたかった事がいきなり転がり込んでくるなんて、どんな偶然なのか。思わず、『ドッキリ』とか書かれたプラカードが出てこないかと心配になったぐらいだ。
 マチルダは、この間までその魔法学院の学院長秘書をしており、使い魔として人が呼び出された珍しいケースの調査をしたから覚えていた、という事情だそうだ。

 ……しかし、いい人、などと言われて思わず赤面してしまったのは不覚だった。
 歳も、学校も、住んでいるところも違うから、姉妹以外に冷やかされる事など皆無であり、耐性がなかったのだ。
 もし、耕一と自分が同じ学校の同級生であったりしたら、こんな事が日常であったりしたのだろうか―――。
 そんな事を考えて、楓は熱を持った頭をふるふると振った。

『コーイチ君も元の場所に帰ろうと努力はしてたみたいだけどね。残念ながら、使い魔を送り返す魔法なんてのは存在しないんだ。まだ向こうで使い魔やってるんじゃないかい?』

 それは、出来すぎなんじゃないかと思うぐらいの希望と―――落胆だった。
 耕一に会える可能性は飛躍的に高まったが、帰る事が出来ないのでは片手落ちにも程がある。

「……ふぅ」

 とりあえずは耕一と会わなければ。元々帰れるかどうかわからない状態だったのだから、マチルダの情報は大きな前進と言っていい。
 それに……帰る方法なら、ほんの少しだけ、手がかりを見つけた事だし。

「……うん」

 行こう。トリステイン魔法学院へ。

§

「そう、行くのかい」
「はい。明日の朝、出発しようと思います」

 夕飯が終わり、子供達がそれぞれの家へと帰った後、楓が切り出すと、二人は対照的な表情を浮かべた。

「ありがとうございます、マチルダさん」
「はン、どうせ誰に言ったって信じてもらえないような話さ。売れない情報なんかに興味はないさね」

 そう嘯くマチルダの頬はかすかに赤く、楓は薄く微笑んだ。

「ティファニアさんも、ありがとう。どうもお世話になりました」
「あ、う、うん……」

 俯くティファニアの顔は暗く、何かを考え込んでいるようでもあった。

「テファ、どうかしたのかい?」
「う、ううん! なんでもないの。あの、恋人さんの手掛かりが掴めて良かったですね、カエデさん!」
「……?」

 慌てたように、ティファニアは笑顔を作る。

 ―――はーン。なるほどねえ。

 不思議そうに首を傾げる楓の横で、マチルダが下世話な―――しかし確かな慈愛を感じさせるような、妙齢の女性の強かさが滲み出る笑みを浮かべていた。

「テファ」
「な、なに? マチルダ姉さん」
「言いたい事があるなら今の内に言っときな。もう会えないかもしれないと思ってるなら、特にね」
「…………でも」
「もう会えないから言ってもしょうがない、てんなら、所詮その程度の関係さ。でも、そこから一歩踏み出したいなら……もう会えないからこそ、その時点での全てを相手に伝えるんだよ」
「…………」
「全てはそこからさ」

 楓には意味のわからないマチルダの言葉に、ティファニアは再び俯いてしまう。

「やっぱり、姉さんにはわかっちゃうんだね」
「はン、いくつの時からあんたを見てると思ってんだい。マチルダ姉さんにはね、何でもわかっちまうのさ」
「……うん。そうだね、やってみる」

 はにかむような微笑みを浮かべて、ティファニアは楓に向き直った。
 その顔は、何か困難に立ち向かっていくかのように精悍なものであった。

「あ、あの、カエデさんっ!」
「は、はい」

 語気には勢いが付き過ぎており、楓は少し気圧されてしまった。
 ティファニアは、荒ぶる何かを抑えるように一つ深呼吸をすると、かっと目を見開いて口を開いた。

「わ、私と、おともだちになってくれませんかっ!?」
「……えっ?」

 楓が目をぱちくりさせる。
 ティファニアは口を引き結んで真面目な顔のままだ。
 マチルダはこりゃたまらんといった風に失笑していたが、何も言わずに事態を見守っている。

「…………」

 楓は、言葉の意味を理解しようと頭を回転させ始めて……途中でやめた。
 彼女、ティファニアの性格は、この数日間でかなり掴めている。一言で言えば……『純粋培養』。妹の初音をもう少し煮詰めた感じだ。
 つまり、言葉に裏はない。本当に文字通りの意味しかないのだろう。

「……『サモン・サーヴァント』ね、本当は、おともだちが欲しくて唱えてみたものなの。人は私を怖がるけど、動物ならもしかしたらって。そしたらあんな事になって……カエデさん、優しくて、強くて、賢くて、私なんかじゃおともだちになれないかもしれないけど……」

 へにょん、と、ティファニアの釣り上がっていた眉毛がハの字に下がる。
 楓は困ってしまった。
 妙に過大評価されてしまっている事もそうだが、普通に比べて人付き合いの苦手な楓でも、友達というのは、なりませんかなりましょうという言葉ひとつでなるものではないという事ぐらい知っている。
 もっとこう、自然にというか。
 ……いや、たぶん、そういう事もわからないのだろう。ここはファンタジー世界の隠れ里で、彼女は敵対種族とのハーフだ。昨日聞いた話では、小さい頃もずっと家に匿われていたということだし、環境が特殊すぎる。
 楓は頭を切り替えた。どうせ自分も彼女に何か言えるほど交友関係が広いわけでもないのだ。彼女のまっすぐな問いに、同じように答えればいい。
 そして、どう答えるかは……数日間寝食を共にしたこの優しい少女を前にして、考えるまでもなかった。

「……いいえ。そんな事はありません。私でよければ、喜んで」
「い、いいの?」
「はい。これから私とあなたは"おともだち"です」

 言葉に出すと、正直とても恥ずかしいものだった。ある意味、告白より恥ずかしいかもしれない。

「あ、ありがとう、カエデさん!」
「お礼を言うものではありません。……"おともだち"でしょう?」
「う、うん!」

 頬を染めながら微笑みあう二人の少女を、マチルダは満足げに見守っていた。


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