あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT02



 噴き上がるカボチャ爆弾の炎。
 それに黒い怪物――無定形のエイリアン共生体がエディ・ブロックもろとも飲み込まれ、消えていく。
 ピーター・パーカー……スパイダーマンはその優れた動態視力で確認していた。
 むせ返るような臭いを発するエイリアンの残骸に、壁這い男は顔をしかめるが、すぐに糸を繰り出して傷ついた親友のもとへと向かった。
 もはや、あのエイリアンが完全に滅び去ったと確信して。
 しかしその後、起こったことはスパイダー・センスですら察知することはできなかった。
 煙を上げる黒いアメーバーのすぐそばに、不思議な鏡のようなものが出現することなど……。
 まして、その周辺に先ほど、どこか遠くから一人の少女の声なき声が響き渡っていたことなど、まったく知る由もなかったのである。
 鏡が現れると同時に、シンビオート(共生体)はわずかに生き残った生体を寄り合わせ、ようやく小さな布切れほどになる。
 それから、逃げ出すように鏡の中へと入り込んでいった。
 間もなく鏡は幻のように消え失せ、そこにはエイリアン共生体とエディ・ブロックの残滓が煙と共に残っているだけだった。


 謹慎がとける日が明日にせまった。
 トイレ以外ほとんど部屋から出ることを禁じられ、退屈なひびが続いていた。
 とはいえ学院は、ルイズにただ部屋でじっとしていろとは言わなかった。
 謹慎中は、山のような課題をわんさと贈ってくれたのだ。
 もっとも――実践以外はほぼ完璧な優等生であったルイズには、それは大した問題ではない。
 他の生徒と話したりすることもできなかったが、もともとゼロと嘲笑されていたルイズに友人などいない。
 謹慎期間はルイズには煩わしい雑音のない、ある意味快適ともいえる時間になった。
 一番つらいのは、風呂を使用させてもらえないことだ。
 代わりとしてメイドに熱い湯とタオルを用意させ、体をふいていたが、やはり風呂にはかなわない。
 自慢の長い髪も、こういう手入れしにくい状況にあっては少々面倒な存在になる。
 机で課題を片づけた後、ルイズはポケットからあるものを取り出し、広げた。
 黒い、絹のような肌触りのハンカチ……のようなもの。
 もの言わぬルイズの使い魔。
 召喚直後はまさにボロクズ同然だったそれは、今では綺麗なハンカチで通るような姿に変わっていた。
 ルイズはそれを常に持ち歩き、一人の時にはこうして観察してみていた。
 いくら観察しても、それは動いたりすることはなかった。
 体に押しつければ肌に引っ付くのだが、それ以上は何も起こらない。
 少なくとも、表面上は。
 この使い魔は、素晴らしい。
 ルイズは微笑む。
 一見何もできないようだが、その実ルイズに素晴らしい力を与えてくれる。
 心をクリアにし、羽根のように軽くしてくれるのだ。
 ルイズは明日を楽しみにしながら、使い魔を枕もとに置いて眠りについた。
 「おやすみ」
 最後に、使い魔に親愛をこめたキスをして。
 ルイズがぐっすりと眠りこんだ頃、黒い使い魔はじわじわと動き出し、最初の日にそうしたように、主に近づいていった。
 そして……。


 夢の中で、ルイズは逃げまわっていた。
 実家であるヴァリエール家の屋敷を、まるで迷宮の中でミノタウロスから逃げる哀れな生贄のように。
 追ってくるのは、ミノタウロスよりもはるかに恐ろしい存在だ。
 「ルイズ! ルイズ! お説教はまだ終わっていませんよ!」
 ルイズの母だった。
 二人の姉と自分を比較し、いつも叱り飛ばしてくるヒステリックな女だ。
 家名がどうの、貴族がどうのとのたまって、自分を見下し、こきおろすことしかしない女。
 自分が有能なメイジだったのだ。出来の悪い末娘はさぞかし恥ずかしいことだろう。
 だが、それほど魔法が自慢なら、喚き散らす前に持ち前の有能さで問題をどうにかしてみたらどうだ。
 夢の中のルイズは、いつもとはまるで異なる思考で母をとらえていた。
 逃げまわりながらも、ルイズは母への軽蔑の念を強めていた。
 それは、あるいは奥底にしまわれ、表に出ることのなかった感情かもしれない……。
 努力が足らない?
 努力ならいつだってしてる。
 教科書は全て暗記できるほど読み尽くした。
 精神を集中する訓練も、呪文も、何度も何度も、何千回、何万回も繰り返して練習した。
 貴族としての作法も、振る舞いも、ダンスだって死ぬ気で学んで身につけてきた。
 でも、それでも認められたことなんかなかった。
 ああ、そうだ。魔法が使えないんだから、しょうがない。
 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」
 「ほんとに、上のお嬢様がたは、あんなに魔法がおできになるのに……」
 植込みに逃げ込むと、誰かの声がした。
 多分、使用人だろう。
 魔法が使えないために、こんな下賎な連中にすら侮蔑されるのだ。
 いつしか、ルイズのそばに二人の姉が立っていた。
 才色兼備を絵に描いたような出来の良い姉たち。
 上の姉は高慢な表情から、冷たい目つきでルイズを見ていた。
 下の姉は優しい笑みを浮かべながら、しかし、蔑みの目でルイズを見ていた。
 両者に共通していることは、ルイズを見下し、馬鹿にしているということだ。
 そこに示されるものは、
 〝お前は取るに足らない人間だ。クズだ〟
 どこかでまた誰かの声が聞こえた。
 「奥様もおつらいでしょうねえ……。カトレアお嬢様があんな体で……」
 「魔法もよくおできで、心の優しいいいかたなのに、あんな風に生まれついて……」
 「これでルイズお嬢様がもう少しちゃんとなさってたら、少しはねえ」
 「何でも学校じゃゼロなんて二つ名をもらったらしいよ」
 「あんなんじゃ婿のきてもろくなもんがないんじゃあないかい」
 「言っちゃあなんだけど、お二人が逆ならねえ」
 「ああ。逆ならなあ…………」
 ルイズ自身何度も考えたことだった。
 もしも、ルイズが死病にとりつかれ、カトレアが健康であったのなら、全てはうまく運んだに違いない。
 ヴァリエール家としても、無能な末娘を世間に隠しておける口実になる。
 家の将来を心配することもない。
 後ろを向くと、学院の生徒や教師がルイズを見ていた。
 髭のオスマン。コルベール。シュヴルーズ。ギトー。
 赤毛のゲルマニア女・キュルケ。洪水のモンモランシー。キザったらしいギーシュ。
 キュルケの隣には、憧れの存在だった男がいた。
 ワルド子爵だ。
 キュルケはルイズの婚約者である美青年に寄り添い、勝ち誇った笑みを浮かべている。
 皆がルイズを笑い、野次を飛ばす。
 「ゼロのルイズ」
 「クズのルイズ」
 全てがルイズを見下し、罵倒していた。
 こんなことが起こっていいはずがない。
 これは、あまりにも……ひどすぎる。
 こんな間違っていることが、許されていいものか。
 それは、現実の光景ではない。
 ルイズの劣等感や怒り、悲しみ、そして嫉妬が、様々な記憶と結合して生み出されたものだ。
 けれども、それを構成する多くは――まぎれもなくルイズの経験した真実だった。 
 いつしか、ルイズの感情は大きく変化していた。
 恐怖は怒りに。
 悲しさは憎悪に。
 「思い知らせてやる」
 魔法が使えない? それが何だ、そんなもの、必要なものか。
 杖など振るわずとも、この手で……。
 お前らの脊髄をつかみ出して、お前ら自身の心臓で口をふさいでやる。
 狂暴で、無慈悲な昂ぶりが全身から噴き出すことに、ルイズは何ら疑問を持たなかった。
 むしろその奔流を心から楽しんでいた。
 抑圧された感情はドクドクと血管を通してルイズの中を駆けまわり、さらにその度合いを高めていく。
 それと同時に引き千切れるような巨大なパワーをルイズに中に発生させていた。
 転がっていた石を拾い上げると、それはまるで紙細工のように容易く砕けた。
 壁を蹴ると、それはビスケットよりももろく破壊され、大穴をあけた。
 大地を蹴ると、まるで鳥になったかのように空を舞えた。
 いちいち、うざったい呪文を唱えることも、キザったらしく杖を振るう必要などなかった。
 それどころか、一ヶ所にいながら、ルイズは周辺のあらゆることを知ることができたのだ。
 途方もない解放感だった。
 ふと、ルイズは冷たい風が頬を打つのを感じた。
 しかし、これは夢にしてはリアルすぎる。
 夜の森を――ルイズは移動していた。
 しかし、どうやって。
 木々の間を、宙に舞いながら疾走している。
 まったく自然に、どこからロープのようなものを調達してスイングしているのだ。
 そう都合良く、しかもこれほどいくつもロープがあるものなのか?
 疑問はやがて氷解した。
 ルイズは手の甲部分から細いが頑丈なロープを繰り出し、それを使っていたのだ。
 そればかりではない。
 ルイズの手足は、何故か吸盤でもついているように木に吸いつくことができた。
 木ばかりではない。
 きっと煉瓦塀や大理石、何にだって吸いつけるに違いない。
 浮かび上がる疑問は、水面に上がる前にあっさりと消滅する。
 ――そんなことはできて当然なのだ。
 ルイズはすぐそばで、誰がそう言った気がした。
 そうだ。できる。もっとできる。
 もっと、もっと、何かがしたかった。
 ルイズは地面に飛び降りると、手頃な木にパンチを繰り出した。
 心地のいい破壊が響くと、木はめきめきと崩され去った。
 続けざまに、何度も同じことを繰り返す。
 パンチに飽きるとキックを試したり、繰り出したロープを枝にからみつけ、木を引き倒したりもした。
 試みはいずれも大成功に終わった。
 パワーもスピードも……精密さだって申し分ない。
 体を動かせば、肉体が勝手に計算したり、軌道修正をしたりして、万事うまく運ぶ。
 こんなことが誰にできる?
 ルイズはぞくぞくする気分で何度も拳を握り締めた。
 爆発するような歓喜があった。
 ルイズはたまりかねて咆哮した。
 それは人間のものというより、原始の頃から人間を恐怖させてきたカオスの象徴・ドラゴンのようだ。
 ただし――
 知恵ある韻竜がその意見を聞けば憤然としてこう言うだろう。
 「私たちドラゴンを、あんな『おぞましいもの』と一緒くたしないでほしいのね!」


 ひとしきり暴れ回ってストレスを発散させたルイズは黒いロープでスイングをしながら学院に戻った。
 何か夜勤の門番たちが騒いでいたようだが……。
 給料泥棒同然の門番どもを出しぬき、自分の部屋に戻ることなど、まったくもって簡単なことだった。
 壁を這いまわり、音もなく移動するのは、木々をスイングするのとはまた別の面白さがある。
 窓からそっと部屋の中に入る。
 それにしても、いつの間に外に出たのだろう。
 また興奮していた時には気がつかなかったが……。
 なぜこんなことができるのか。
 少し落ちついてくると、ルイズは気づいた。
 自分の着ている衣服が、見知らぬものであるということに。
 体にぴたりと密着するそれは、全身を覆い隠すようなコスチュームだった。
 真っ黒な服の上に銀色の網目がいくつも走っている。
 左手部分を見ると、それには慣れ親しんだ使い魔のルーンがあった。
 「まさか……」
 ルイズは改めて驚く。
 あの布切れがこの服に変わったというのか。
 まったく信じられないことだった。
 ルイズがそのコスチュームが体ばかりではなく、顔もすっぽり覆っていることに気づいたのはその後だった。
 あまりにも自然にフィットしていたので、気がつかなかったのだ。
 まるで、ルイズ自身の一部であるかのように。
 鏡を見ると、そこには体のラインがくっきりと見える黒い衣装の女がいた。
 銀色のゴーグル部分が、黒いマスクの中でギラギラと光っている。
 網目が蜘蛛の巣を表わしていることがわかったのは、胸の中央にある蜘蛛のマークのためだ。
 ただ……ルイズの長い髪が後ろからはみ出してしまっているのは減点ものだった。
 そこがかっこ悪い。
 それでも、コスチュームは奇異なものだったが、全体的にクールに思えた。
 いいじゃないか。
 ルイズが鏡の前でポーズをとっていると、いきなり鏡に映る黒マスクが豹変した。
 口部が裂けて、そこからナイフのような牙がのぞいた。
 蛇のような長い舌もぬらぬらと粘液をしたたらせて不気味に動いていた。
 その異形を見た時ルイズが感じたものは、驚愕でも恐怖ではなく親近感だった。
 例えるならば、何年も前に別れた親友と再会できたような気分だ。
 そして……またあの言葉を思い出した。
 ヴェノムという言葉を。
 「――ヴェノム」
 つぶやくと、鏡の中の怪物はにやりと笑った。
 ルイズの言葉に応えるように……。


 ルイズが目を覚ますと、外では何やら騒々しいことになっていた。
 かすかに太陽が昇り出した頃だというのに、生徒も教師も、それに使用人たちもやかましく騒いでいる。
 何の騒ぎだと不快に思ったルイズだが、それよりも自分の格好に驚いた。
 全身をぴっちりと包んだ、蜘蛛の巣模様が走った黒いコスチューム。
 「夢じゃなかった……」
 ルイズはつぶやくと、自分が何かをつかんでいることに気づいた。
 あの、黒いマスクだ。
 脳裏に、黒い怪物の姿が浮かんだ。
 マスクをあちこち揉んでみたりつついたりしてみたが、何も起こらない。
 「…………どこまでが、夢?」
 ルイズは昨夜のことを考えながら、壁に手をついた。
 少しの間目を閉じたルイズは、もう一方の手で壁に触れる。
 そのまま、ルイズは壁をよじ登り、すいすいと天井まで昇っていった。
 まるでヤモリみたいに天井にはりついたルイズは、ニコリと笑って、音もなく床に舞い降りた。
 その後――コスチュームの手袋とブーツをはずし、ズボン部分も脱いで、コスチュームの上からブラウスを着た。
 ただ、ルーンの入った左の手袋だけは、そのままにしておいた。
 スカートをはき、マントをつけるといつもと変わらぬ格好になる。
 着替え終えると、ルイズは胸に手を当てて深呼吸をしてから、くるりとターンしてみせた。
 やはり、この使い魔は最高だ。
 笑みが抑え切れない。
 ところが気分のいいところに、誰かが部屋に近づく気配を感じた。
 ルイズはムッとしながら、コスチュームのマスクやブーツを衣装ダンスへしまいこみ、先手を取るようにドアを開け放った。
 ドアの外ではキュルケが驚いた顔で立ちすくんでいた。
 ルイズはキュルケを無視して、ドアに鍵をかけてそのまま廊下を歩き出す。
 「ま、待ちなさいよ、ルイズ!」
 すると、あわてた声でキュルケが追いかけてきた。
 「なに?」
 「なにじゃないわよ、あんたこの騒ぎがわからないの?」
 「それが、なに?」
 「はあ…。知らないの? 昨夜、学院に賊が侵入したって噂なのに」
 「ぞくぅ?」
 「ええ、そうよ? 学院の城壁をぶち破ったってね。女子寮のすぐそばよ、大穴があいちゃってるのは……」
 キュルケは大げさな仕草で、肩をすくめる。
 その拍子に、無駄に大きなバストがぷるんと揺れた。
 ルイズは一瞬でかい脂肪の塊をもぎ取ってやろうかと思ったが、どうにか自制する。
 「ふーん」
 記憶の前半部分は夢かと思ったが、どうやらあれも現実に起こったことらしい。
 しかし、どうだっていいことだ。
 「あっそ」
 ルイズはじゃあとばかりに手を振って、キュルケを置いて進み出す。
 「あっそ……って、あんた、反応薄いのね?」
 不安そうにキュルケは声をかけるが、ルイズはもう返答すら返さなかった。
 キュルケは立ちつくしたまま、遠ざかるルイズを見ていた。
 その横に、青い髪に眼鏡の小さな少女が立っていた。
 「あの子……変わったわ」
 キュルケは恋人に去られた乙女のように、小さくつぶやいた。
 「心配?」
 あらゆる意味でキュルケとは対照的な青い少女は、かすかにキュルケを見上げた。
 「まさか!」
 とんでもないという口調でキュルケは切り捨てたが、その瞳はルイズの去っていった方向に向けられたままだった。


 時刻が正午をすぎる頃、ルイズは食堂で昼食をとっていた。
 あちこちでおしゃべりが交わされているが、生徒たちの関心は、謹慎明けの劣等生よりも、城壁にあけられた大穴に向けられていた。
 「あれは、やっぱり魔法だろうか?」 
 「いや強力なゴーレムかガーゴイルじゃないのか」
 「しかし、それらしいものを見た人間はいない」
 そのおかげで、ルイズは誰にも邪魔されず、一人静かに、豊かに昼餉を楽しむことができた。
 だが、全員が全員、その事件に関心を抱いていたわけではない。
 中には、女のことにしか関心を持てない、さかった犬どももいた。
 その代表例が、一際大仰な言動をしている青銅のギーシュだ。
 自分を薔薇に例える愚かしいナルシストは、どうせ今まで抱いた女の自慢でもしているのだろう。
 これもまた、ルイズに意味のないことだった。
 ルイズは熱い紅茶を、近くを通った黒髪のメイドに言いつけ、明日のことを考えていた。
 明日の虚無の曜日だ。
 街に服を買いにいこうとルイズは決めていた。
 学院では必然的に制服で過ごすことが多いのだが、やはり好みの私服も欲しい。
 今持っている服はどれも好みにあわなくなってきている。
 欲しいのは、黒い服だ。
 漆を溶かし込んだような黒くてシックなものがいい。
 色々と楽しい計画を頭の中で練っていたが、いつまでも紅茶はやってこなかった。
 代わりに、ちくりとルイズの感覚に触れるものがあった。
 感じるままにルイズが振り返ると、金毛のさかり犬が、必死で謝るメイドに何か説教をたれていた。
 よく聞くと、説教というより女に振られた八つ当たりみたいだった。
 それ自体はどうでもいいことだったが――
 かすかに、ルイズの頭の隅っこで誰かの記憶が浮かび上がる。
 〝――には、――が伴う……。忘れるな……****〟
 かすかに、見たこともない老人の顔が頭に浮かぶ。
 老人は真摯な態度で、何を語りかけているようだが、不完全な記憶は、ルイズにその全てを伝えることはなかった。
 しかし、かつて所有者であったであろう人間の、記憶――その体験した感情の残滓は、ルイズの行動に十分な変化を与えるものだった。
 ルイズはそれに少しも気づいてはいないが。
 席を立ち、ルイズは金髪男と、今にも土下座せんばかりのメイドを見た。
 あのメイドはルイズが紅茶を持ってくるように言ったメイドだ。
 紅茶がこないのは、このせいか。
 ルイズは舌打ちをして、当然のような顔で……というより、ギーシュを完全に無視して、メイドの前に立った。
 「あなた、いつまで私を待たせる気? 熱い紅茶を持ってきてと、そう言ったはずよ!?」
 「ひっ?! み、ミス・ヴァリエール……ですが、あの、その、この……」
 メイドはいきなり出てきたルイズに驚くが、ギーシュに主人に許しを乞う子犬のような視線をチラチラと送る。
 ルイズはそれが気に入らず、わずかだが頭に血がのぼるのを感じた。
 「なんだい、ルイズ。君は関係なっい……」
 ギーシュは邪魔だとばかりにルイズの肩をつかもうとしたが、その直後に腹を押さえて床にはいつくばっていた。
 ルイズの肘が、鳩尾に叩き込まれたためだ。
 肘鉄砲なんて言葉があるが、ルイズの一撃は鉄砲どころか大砲といってもいい威力を持っていた。
 「紅茶。早くしてちょうだい」
 ルイズはギーシュには目もくれず、メイドに言い放った。
 「は、はいいい!」
 メイドは弾かれたように厨房のほうへ飛んでいった。
 「うご、ごほ、げほお…!!」
 腹部に強烈な打撃を受けたギーシュは土下座でもするような格好で、食べたばかりの昼食を口から戻し始めた。
 一度勢いのついた嘔吐はしばらくは止まらなかった。
 「汚いわね。吐くなら外でやってちょうだい。臭いし、汚いし、迷惑でしょ」
 ルイズは冷たく言い放った。
 「………!」
 脂汗を流しながら、ギーシュが形相を浮かべてルイズを睨んだ。
 ただし、ダメージはかなり大きく、しばらくは話すことも、立つこともできないようだったが。
 ルイズは冷たい目でギーシュを見下し、
 「私のティータイムを邪魔した、お前が悪い」
 それだけ言って、ルイズは自分の席に戻り、メイドが大急ぎで持ってきた紅茶をじっくり味わいだした。
 仲間に肩を貸されながら外に出ていくギーシュなど、まったく意に介さないで。
 「あ…あの……ミス・ヴァリエール、よろしいのですか?」
 紅茶を愉しむルイズに、黒髪のメイドは少し青ざめた顔でそう言った。
 「なにがよ?」
 「あの、ミスタ・グラモンに、あんなことをして……。後で問題にでもなったら……」
 「別に」
 「でも、でも、後で仕返しされるかも……」
 「そんなことは、あなたの心配することじゃないわよ」
 ルイズはそう言って気にも止めなかった。


 「ルイズ! 僕と決闘だ!!」
 ティータイムを十分に楽しんで食堂を出たルイズは、いきなりせっかくの気分に水をさされた。
 血走った目つきで立ちふさがる、ギーシュによって。
 一応メイドの忠告は、正しかったわけである。
 「いや」
 が、ルイズは大見得を切ったギーシュの意見を無情にはねつけた。
 もちろん怖かったからではない。
 むしろ、決闘は望むところだ。
 ルイズと共にある使い魔も、それを楽しみにしている。
 遠慮なく、その攻撃性が解放できる状況を――
 しかし、今はまずい。
 何しろ謹慎がようやく終わったばかりだ。
 その直後に暴力沙汰はまずい。
 それではせっかくの虚無の曜日が楽しめないではないか。
 ギーシュを叩き潰すのは、それが終わってからでもいい。
 「い、いやだと!?」
 ギーシュは信じられないという顔をしたが、
 「これは貴族が貴族に対して申し込む名誉をかけた決闘だ……断るなんて。ふん、所詮ゼロだな! 臆病風に吹かれたってわけか」
 今度は安っぽい挑発をしてくる。
 ――良い気になりやがって……。
 ルイズは今すぐこのさかり犬を殴ってやりたくなった。
 だが、ここはもっとクールな対処をすべきところだ。
 「名誉? 決闘しようが喧嘩しようが、あんたが落ちこぼれのゼロに肘鉄を食った上に、公衆の面前で反吐を吐いた事実は消せないわ」
 「き、貴様……」
 「それよりも…。こんなか弱い女の子につつかれたくらいでダウンする、自分のひ弱さを恥じるべきじゃない?」
 仮にも武門の家に生まれた者が、それいいのかしら? ルイズはできる限り意地悪く笑う。
 「言わせておけば……!」
 「今後は魔法だけじゃなく、体のほうも鍛えるべきじゃないかしらね、プレイボーイさん?」
 「ギギギ……」
 反論できず歯ぎしりをするギーシュに微笑みかけ、ルイズは立ち去った。
 「ま、待て! 逃げるのか!?」
 叫ぶギーシュに、ルイズは振り返らず、ただ手を振っただけだった。
 「くやしいのうww くやしいのうwww」
 そう、つぶやきながら――


 ギーシュを虚仮にしたことで、ルイズは愉快な気持ちになって午後の散歩を楽しんでいた。
 まだ、物足らないが……。
 あのキザな少年の自尊心がどうなろうと、ルイズにすれば少しも考える必要のないことだ。
 マリコルヌにしても、同じだった。
 あの連中が今までルイズにしてきたことに比べれば、あんなもの、どうということはない。
 慈悲深いとさえ言える対応だったと思う。
 あの豚はもっともっとひどい目にあって当然のやつだったのだ。
 そう、ルイズが与えられてきた多くの不当なものに比べれば。
 まだまだこれからだ。
 ルイズは、嗜虐の笑みを浮かべて、全身からパワーが迸るに耐えた。
 そして、ちょっとだけギーシュを見逃したことに後悔する。
 やはり、決闘にかこつけて叩きのめしてやれば良かった。
 教えてやればよかったのだ。
 貴族の名誉だの……薔薇だの……そんなものが、いかにあの愚かな男には分不相応なものか、よく思い知らせてやるべきだった。
 無意識のうち、ルイズは杖を手に取っていた。
 皆から蔑まれるだけの失敗魔法の爆発。
 しかし、冷静に見ればあの威力は凄いものだ。
 素手で痛めつけるのもいいが、どうせなら散々揶揄してきたこの爆発で這いつくばらせてやるのが、クールなやりかたではないか?
 悪くすれば教室一つ軽く吹き飛ばす爆発。
 あのひょろいさかり犬を吹き飛ばすなど造作もない。
 ――問題は、コントロールよね。せめて……威力の大小を制御できれば……。
 考えるうちに、ルイズは利き腕ではなく、黒い手袋をはめた左手で杖を持ち、虚空を睨んでいた。




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