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命を惜しむな、名を惜しめ《下》

軍人の道を志す、1人の貴族が居た。
多くの軍人を輩出してきた名家に生まれた彼は、持つべきモノを数多く持ち合わせていた。
弛まぬ鍛錬を行える熱意。
死をも辞さない覚悟。
戦いを恐れない勇敢な心。
だが。残念ながら、彼には魔法使いとして、そして軍人としての才能が欠けていた。
何時までたっても名を上げられず、遅々として出世出来ない毎日。
にも関わらず、貴族としての対面を重んじる彼は見栄を張り出征の度に大量の出費を重ねた。
その度に、玉葱の皮を一枚一枚剥いていく様に少しずつ家の材は削り取られていき、いつの間にか周囲から『貧乏な没落貴族』の烙印が押された。
それでも挫けず、歯を食いしばって己を鍛え忠実に軍務を全うする彼。
全ては、家名と家族の為に。その一念だけが心の支え。
迷わず初志貫徹し続けたわけではない。他に出世の方法を考え付く程器用な人物では無く、他人を蹴落とせるような奸知に長ける人物でもなかった彼には、それ以外に出世に繋がる道を見出せなかったのである。
けれど、そんな想いを嘲笑うかの様に、彼の努力は実を結ばない。
自分が1歩先に進んだ時、周りの人間は10歩進んでいた。
追いつこうとさらにもう10歩進めば、100歩先に進まれていた。
それはある意味仕方の無い事だった。やる気と熱意さえあれば全て順調に事が運ぶ程、世の中は都合良く出来ていない。
光が射せば影が出来る様に、栄光を掴む勝利者が居ると言う事は、同時に絶望の闇に叩き落とされる敗北者が存在するという事に他ならないのだから。
彼はその敗北者の側に居続ける事しか出来ない類の人種だった、ただそれだけの事だ。
そんなある日。
自室で、彼は力無く立ち尽くしていた。くたびれ果てたその姿は、うち捨てられた案山子の様。
俯き、疲れの滲むかすれた声で彼は呟く。

「……コレでもう何年も、出世どころか昇給も無い。息子達が貧乏だって苛められてるの、知ってるんだよ。ボロの服や杖を馬鹿にされてるんだよ」

それは、誰に向けられたモノだったのだろうか。
理不尽な現実?
立身栄達の気配が無い、不甲斐ない自分?
自分を認めず嘲笑を浴びせる周囲の人間?
この世界を造りたもうた神?
あるいは、そのどれでもなかったのかもしれない。その答えは彼にしか分からない。

「末の息子がお下がりの趣味の悪い服着せられて、それを流行の服って言われたのを信じきってはしゃいでるんだ。そんなのを見ると、胸が痛いんだよ」

呟きは次第に悲痛な嘆きへと変わって行った。胸の内を澱ませるやるせなさが慟哭となって口をつく。

「……なんで少しも報われない? 妻に、息子達に幸せの1つ位与えてやりたいんだ……!」

自分以外無人の室内で、彼の声に答える者はいない。
最も、誰もいないからこその独白。誰かにそんな弱音を聞かれる事は屈辱であり、言った所で詮無い事は重々承知の上だ。
それでも、云わずにはいられなかった。そうでもしないと、擦り切れすっかり萎靡してしまった心を支えることができなかったから。だが――

「――なら、私達がお手伝いして差し上げましょうか?」

答える者達が現れた。現れて、しまった。
それは慈悲ある救いの手では無く、奇跡的に訪れたチャンスを告げる福音でもない。
強いて一番適切で且つ陳腐な言い方をするならば、それは悪魔の囁きと言われる類の甘言。

「誰だ!?」

突如聞こえた声に、弾かれた様に振り向く彼。

「ケティと申します。ミスタ・グラモン」

そこにいたのは栗色の髪の少女。可愛らしい顔を微笑の形に歪めている。
そんな表情に、彼はどこか人間離れした薄気味悪さを覚えた。

「『幸せの1つ』だなんて、名門と謳われたグラモン家の人間が、そんな慎ましい事言わないで下さいな。富・名声・地位・幸せ……。
貴方が望むのであれば、私どもは全て差し上げる事ができますわ」
「良く分からないが……もしそれが本当だったら何だってするさ。本当に出来るんなら、だけど」

瞳に警戒と疑惑の色を浮かべながら彼は言った。
間違い無く、先程までは室内には誰も居なかった。近くに、誰かの気配すら。
ならば、家の人間にも気取られずこの部屋に一瞬で入り込んでのけたと言う事だ。只者ではない。

「簡単ですわ。但し、ある条件さえ聞き届けて貰えるのなら」

ゴクリ。その言葉に彼はやはりな、と思いつつ緊張に生唾を飲み込んだ。
彼女が要求しているのはそう簡単で単純なモノではない、と。

「なぁに、そんな難しい話ではございませんわ。私の上に立つ御方は、この国とより親密な繋がりを持ちたいとお考えです。そこで、貴方様に少々助力して頂ければ、と」
「……確かにかつて名家と持て囃された事もあるが、今は単なる没落貴族だ。貴方の期待に答えられるとはとても思えない。口利きなら他のもっと有力な貴族に頼む事だ」
「承知の上でございます。ですがそれについては貴方が十分な地位と権力を手に入れてからで十分ですわ。そうではなく――」

ケティの次の言葉に、彼は己の予想が的中していた事を確信した。

「私達がこの国と繋がりを持つ為に行う、あらゆる事に対して己と周囲の人間の目と耳を塞いでいただければと」
「……何をする気だ?」
「この国を、貴方達と私達双方にとってより住み良い場所に変えるのですわ。私達に従い要求に答える事で、貴方達に豊かな生と繁栄を与えられる、そんな楽園――いや、理想郷<シャングリラ>と呼んだ方がよろしいのかしら」

自分の言葉に陶酔しているのかうっとりとした顔で、ケティ。

「協力して、いただけますわよね?」

問う彼女に浮かぶは、変わらぬ微笑み。
彼――後のグラモン元帥――には、頷く以外に選択肢など無かった。
それがどんなにおぞましく、凄惨な行いに手を貸す事になるとしても。

小百合は、ルイズに案内されヴェストリの広場に足を踏み入れた。
魔力の象徴たる5つの系統を表す塔の内、『火』と『風』の塔の間の中庭がその広場だ。
魔法学院の中では西側にあたるそこは、日中でもあまり日が刺さず薄暗い。
その為普段は人数も少なく決闘にうってつけの場所なのだが、今は多くの生徒で溢れかえっていた。ぐるりと円を書く様に、広場の中央に立つギーシュを取り囲んでいる。
一見、彼らは決闘の噂を聞きつけそれを観戦しようとしてきた様にも見えるが、興味本位でやってきた野次馬のものとは様子が事なっていた。
無言で小百合とルイズを見つめる彼らの顔には、ニヤニヤと不快感を覚える薄ら笑いを浮かんでいる。
その濁った瞳は、同じ人間を見るものとは2人には思えなかった。
小百合とルイズが丁度ギーシュと向かい合う位置に辿り着いたその瞬間。2人が入ってきた場所が、間に入った生徒達で塞がれた。
まるで、彼等自身が2人が逃げ出さないように設置された柵であるかの様に。

「何よ、こいつら……。気持ち悪い」

キョロキョロと周りを見渡し、吐き捨てる様に言うルイズ。嫌悪感を隠そうともしない。
一方、小百合は顔を引き締め押し黙っている。
小百合は召喚された時に着ていた、緑色で袖の無いタイトミニのワンピースに着替えていた。
何時までもそうしていそうだとルイズには思われたが、やがて小百合は口を開き、彼女の名を呼んだ。

「ルイズ。これから何があっても、私の傍を離れないで」
「……解ったわ」

置かれている状況の異質さに、ルイズは顔を強張らせつつも素直に頷いた。
無意識のうちに、小百合の服の裾を掴んでいた。皺になる位、強く、強く。

「とりあえず、逃げずに来た事だけは褒めてあげようじゃないか」

薔薇の花弁を弄りながら、ギーシュ。その言葉とは裏腹に苦味の篭ったその声は、何処か非難の色が混じっていて『どうして来てしまったんだ』と、此方を責めている様に小百合には聞こえた。

「余計なのが1人くっついて来たようだけど……まあいい、始めようか」

決闘の開始を告げる声と共にギーシュが薔薇を振った。その花弁が一枚ひらひらと宙を舞うと。
陽光を照り返す甲冑が眩しい、女戦士を象った青銅像が小百合とルイズの前に立ち塞がった。あの薔薇は、どうやら杖らしい。

「コレが……貴方の魔法」
「そうだ。僕の2つ名は『青銅』のギーシュ。僕に代わって、この青銅製のゴーレム『ワルキューレ』が相手をしよう」

次の瞬間、ギーシュの宣言に呼応する様にワルキューレが2人に向かって突進してきた。

「……っ!」
「きゃぁっ!」

ルイズを抱えた小百合がその場を飛び退った瞬間、ワルキューレの拳が先程まで小百合の頭部が在った位置を通り過ぎる。

「私には戦う意思は無い、といっても聞いてはくれないのよね」
「此処にのこのこと来て置いて、何をっ!」
「……私は、貴方と戦う為に此処に来たワケじゃないわ」

ワルキューレの攻撃を交わしながら、訴える。けれど彼の操るゴーレムの動きは止まず。

「貴方は馬鹿か!? 自分を殺そうとしている相手に、今更話が通じるとでも!?」

業を煮やした彼は再度薔薇を振る。すると、新たにもう6体のワルキューレが存在した。
コレで、計7体。彼女が後に聞く事になる事だが、それが彼が作れるゴーレムの最大数であり、それだけ彼がその時本気だったと言う事で。
それだけ、彼が追い詰められていたと、言う事だった。

「降参しろと言うなら降参するし、謝れというなら謝るわ。だから話を――」
「話は聞かない! 聞けない! 聞くわけには行かない! 僕は貴方の命を奪う! ただそれだけだ!」

小百合が辛抱強く呼びかけるも、ギーシュの叫びが遮った。搾り出すようなその声からは悲痛さが伝わってくる。

「なぜ、私を殺そうとするの?」

面識もそうない自分には心当たりが無い、という至極真っ当な問いかけに答えたのはギーシュではなく。
代わりに聞こえてきたのは、鈴を転がすような女性の声。

「それは、私が彼に貴方を殺すようお願いしたからですわ、戦士様」

小百合達を取り囲んでいた生徒達の群れが割れ、1人の少女が姿を見せた。
1年生である事を表す茶色のマントに栗色の髪。可愛らしい顔立ちのその少女が声の主らしかった。
確か、食堂でギーシュと喧嘩していた――

「ケティ……」
「あら。御名前を覚えて下さったなんて、嬉しいですわ」

クスクスと嗜虐的な笑みを浮かべるケティを見て、小百合は顔を顰めた。
その邪悪な気配。暗く歪んだ愉悦の篭る侮蔑の視線。かつて、彼女はこんな視線を数多く向けられた事があった。
そう。それはあの異形の怪物との戦いにおいて、自分達と力の劣る下等生物と見なす“奴ら”が向けてきたものだった。

「貴方、人間じゃないわね」
「その通りですわ戦士様。ああそういえば、御紹介がまだでしたわ」

ケティは思いだしたようにポン、と手を叩き。スカートの裾を両手でちょん、と摘み優雅に一礼した。

「私はモンスターキング様の配下たるモンスターが1人、ケティ・ド・ラ・ロッタ。2つ名は、《燠火》。どうぞお見知りおきを」

小百合の心に、苦い物が広がっていく。
目の前の少女は、理解しがたい生物であり、戦士の力以外いかなる武器も持ってしても及ばない、人間を喰らう怪物だった。
自分が元いた世界で戦っていた、自分達の宿敵。そして、その戦いにおいて自分を殺した相手。

「この世界にも、モンスターが居るなんてね」
「サユリ! モンスターとかモンスターキングって何!? 『この世界』ってどう言う事!?」

自分を問い質そうとするルイズにどう説明しようか思案し――止めた。今はそんな場合じゃないから。
ルイズを落ち着かせる為に、淡々と抑揚の無い口調でこう言うだけに留めた。

「後で話すわ。今はこの状況をどうにかするのが先決よ」
「あらあら、どうにかできると思ってまして?貴方は武器もない。その上相手は杖を持ったメイジ。かてて加えて――」

ケティは小百合たちを取り囲む生徒達をぐるりと見渡した。
いつの間にか彼らは杖を構え、むき出しの殺気を2人に向けていた。

「これだけ、大勢の人間の協力者が! 私達は『モンスターユニオン』と呼んでおります」

モンスターユニオン。
自分達の世界において、人間達が己の誇りを捨てモンスター達に忠誠を誓い、自ら走狗となった姿。
彼らは、モンスター達から生活の保障や莫大な富を分けてもらうのと引き換えに、彼らに仇なす者達に牙を向く。

「さあ皆さん! 私達の同胞、ギーシュ・ド・グラモン様が苦戦していますわ! 力を合わせ、メロスの戦士とその主を打ち倒しましょう! 我らが主、モンスターキング様の理想郷<シャングリラ>の為に!」

周囲を見渡しながら、芝居がかった大仰な仕草で両手を広げるケティ。
高らかに呼びかける彼女に、生徒達は声を揃え斉唱した。

「「「「「ビバ! モンスターユニオン!」」」」」

直後、彼らは小百合達に向かって杖を振り上げ、呪文の詠唱を開始する。
呪文の一節を聞いたルイズがその眼に怯えの色を映し出す。恐らくは危険な攻撃呪文の類なのだろう。

「止めなさい! ここにはルイズも居るのよ!」

血相を変えた小百合の叫びに、誰1人として答える者は無く。

「諦めなさいな。此処に居る人間に貴方達の味方はおりませんわ」

代わりに返って来たのは、ケティの無慈悲な言葉と、自分達へと殺到する無数の魔法による攻撃だった。
降り注ぐ無数の炎・氷・石礫・風。だが、その何れも小百合達を傷つける事は敵わなかった。
2人にそれらが達する寸前で、目に見えない何かにぶつかったかの様に止まったからだ。
その時聞こえたのは、小百合の声。見えたのは、彼女の左肩から発せられた光。

「どうやら、そのようね」
「サユリ……なによ、なんなのよ……コレ……!?」

恐怖にガタガタと震え、答えの出ない問いを呟くルイズ。
小百合は彼女を巻き込んでしまった事に慙愧の念を覚え、恐慌状態になっていないだけまだマシだと思い直す。

「戦士の力による障壁……。流石はメロスの戦士。ですが、この四面楚歌の状況でどれだけ持ち堪えることができるのかしら?」

再び彼女達に襲い掛かる無数の攻撃魔法。それを小百合は紙一重で交わす。
だが、全方位からの攻撃を、ルイズを抱えたままでは完全に交わす事が出来ない。
服がボロボロになり、全身に無数の傷が作られていく。少しずつ、しかし確かに彼女の力は削られていった。

「ルイズから聞いたわ。貴族っていうのは、誇り高い人達だって。なのに、貴方達は自らその誇りを売り渡すの?」
「いちいち煩いんだよ! 何でお前みたいな平民の言う事をいちいち聞かなきゃいけない!? モンスター様はな、そこらへんの平民の子供を1人さらって来ただけで目の玉が飛び出るような大金をくれる! それさえくれりゃあ話は違うがな!」
「私は憎いライバルを排除してもらったわ! 今頃、モンスター様のお腹の中でしょうね! あはは、いい気味!」
「どんな高価で貴重な秘薬の材料でも、どんな珍しいマジックアイテムでも望めば与えてくれる! どんな願いでも叶えてくれるんだ!」

「「「お前に、それが出来るのか、平民!!」」」

醜い欲望で塗り固められた反論をぶつける貴族達に、小百合は諦念を覚えた。
彼らに話は通じない。彼らに自分の言葉は届かない。だが、目の前の少年の瞳は、欲望に濁ってはいない、なら――

「ギーシュ。貴方も彼らと同じなの?」

せめて彼は、と問うた小百合からギーシュは目を逸らし、俯き。
震える声で、小百合が一番彼から聞きたくない一言を紡ぎだす。

「ビバ……モンスター……ユニオン……」
「――ッ!」

ギーシュの脳裏には、何もかもすっかり諦め切った父親が、自分に言いつけた言葉が浮かんでいた。

――モンスター達に逆らうな。そうすれば、皆幸せに暮らせる。この家を、落ちぶれさせずに済む。家名を護れるんだ。いいか、ギーシュ。命を惜しむな、名を惜しむんだ。自分の命も、他人の命もだ。

その言葉があったから、今まで耐え忍ぶしかなかった。
モンスター達の存在に勘付き警戒する者達を処分し、その事実を隠蔽するのを手伝った。
或いは、規模の小さい平民達の村に赴いたモンスター達の“食事”に付き合う事も合った。
逃げ出さないように村の門をアンロックで硬く閉ざし、逃げようとする村民をワルキューレで捕まえるのが彼の役目だった。
今でも耳にこびり付く、門を叩く音。恐怖に震え、助けを求める人達の声。それが、苦痛を訴える物に変わり、それが怨嗟に、そして
断末魔に変わって行った。ギーシュが耳を塞ぎ頭を振っても、“食事”が終るまでそれは耐える事無く、彼を苛み続けた。

「こんな事間違ってるって分かってるさ。でも」

――貴方ノ家、潰レテモ、イイノ?

立ち塞がる現実と幾つものしがらみ、そして何より……モンスター達への恐怖。
それらが彼らに逆らう意思を根こそぎへし折ってしまう。

「僕は、モンスターユニオンなんだ」

再び薔薇を振り、7体の内、1体のワルキューレを小百合に嗾ける。再び彼女に振り下ろされる青銅の拳。周囲を残りのワルキューレに包囲され、先程の様に飛び退って回避する事もままならない。小百合はルイズを背に庇い、ワルキューレを見据える。

「小百合ッ!」
「うふふ……。楽しいものを見せて頂きましたわ。さようなら、戦士様」

悲鳴を上げるルイズと、愉しそうに哂うケティ。
しかし、小百合はそんな2人など一顧だにせず、無言で右手を上げ。
ミシ、という何かが軋む様な音。小百合の掌から僅かに滴る、赤い血潮。
生半可な衝撃ではないその一撃を、小百合は確かにその手で受け止めていた。

「そんな……ゴーレムの攻撃を、素手で!? ひ、退け!ワルキューレ!」

驚愕するギーシュの声に、後ろに下がるワルキューレ。
小百合は右手を軽く振り血を払い、静かな口調でギーシュに語りかける。

「貴方は、それで良いの? 私は、貴方の本音が訊きたい。出来なくても、叶わなくても良い。私を襲いながらでも構わない」
「なっ……!」
「貴方は願う生き方は何? 貴方にとって大切な事は? ギーシュ・ド・グラモンと言う1人の人間は何がしたいの?訊かせて、ギーシュ」
「……そんなの」

真摯な小百合の言葉に、堰を切った様に押さえ込んでいた想いが溢れだす。
語るべきは言葉は只1つ。出せなかっただけで、心に秘めていた想いは一度たりとて変わらなかったのだから。

「そんなの、決まってる――」

ギリ、と折れんばかりに噛締め、腹の底から搾り出すように、ギーシュは己の願いを口に出す。

「僕はグラモン家の人間として、1人の貴族として気高く在りたい!」
「それが、貴方の志?」
「そうさ! 貧乏でもいいから、己の誇りと正義を貫きたいんだ! 誰かに利用されてまで、信念や道理を捻じ曲げてまで家名を保ったってそんなの意味が無い! 『命を惜しむな、名を惜しめ』って言葉はそう言う事だ!」
「でも、それが今は出来ない」
「……分かりきった事を言わないでくれたまえ。出来るのなら、とっくにしてるさ」
「そうね。誰かに従って生きる方が楽に決まってる。そうではなく、何にも縛られることも流される事も無く、自分の志を貫きたいと貴方は言った。そんな生き方を選ぶのは、とても辛く苦しい事だもの。……でも」
「でも?」
「貴方が本気でそう思うのなら、私はそのきっかけを作る事が出来る。貴方を縛るモノの1つから、解き放つ事が出来るわ」
「そんな事、出来るワケがない。所詮、苦し紛れのハッタリか」

失望も顕なギーシュに、小百合は不敵な笑みを返す。

「ハッタリに聞こえる? 私がその場しのぎの虚言を弄しているように、貴方には見える?」
「もしそうでないのなら、やってみるがいいさ。……その前に貴方は殺されるだろうがね」

捨て鉢な調子で言うも、小百合の本気の眼にもしかしたら、と言う一縷の望みを言外に滲ませるギーシュ。
果たして、その望みは、叶えられることとなる。

「そう。それなら」

ポケットから取り出すは、自分の名前がアルファベットで彫られている、トレードマークのサングラス。
それを掛けた刹那、周囲の人間には小百合がその場から消えた様に見えた事だろう。
ダン、と踏みしめる音ともに、小百合は一息でギーシュに肉薄していた。ルイズを左手で抱えたまま。

「――やってみせるわ」
「……え?」

間の抜けた声を出すギーシュを開いていた右腕で抱え、自分達を包囲する生徒達の一角に向けて疾駆し――跳んだ。
呆然とする生徒達の向こう側に着地した小百合は、そんな彼らに背を向け走り出す。
生徒達は小百合の予想外の行動に慌てるばかりで、対応出来るものは誰も居ない。
既に其処にはいない、栗色の髪の少女を除いて。

「ねえ、小百合、どこ、まで、行く、の?」

流石に抱えられる人間に伝わる揺れまでは殺しきれないらしい。舌を噛みそうになりながらも、途切れ途切れに、ルイズ。
だが、走る事に集中している小百合は答えない。しばしの後、漸く止まりルイズ達を下ろす小百合。
やっと人心地の付いたルイズはほう、と小さく溜息をつき周りを見渡した。
目に映るは、見慣れた景色。自分が使い魔を召喚した、あの広場だった。

「大丈夫、ルイズ?」
「だ、大丈夫よ。っていうかまず自分の心配をしなさいよ、サユリ!」

無数の傷や火傷を体に負いながら、尚も自分を気遣う小百合に、ルイズは思わず声を荒げる。
思い返してみれば、不平不満の類をこの使い魔から聞いた覚えが殆ど無かった。
あっても、それは己の失敗を咎めたり、物事の正否を教える為の説教の様なものばかり。
彼女から聞いた。生前は力に目覚めたばかりの、未熟な戦士を導く先生の様な事をしていたと。
だからだろう。教師の職務とは生徒を指導する事であり、不満をぶつける事ではない。
良く出来た使い魔を召喚したと自惚れることも出来るが、ルイズはそこまで御目出度い思考回路を持ってはいなかった。
何かあるたび理不尽に癇癪を起こし、ヒステリックに文句を垂れ流すばかりの自分と比べてしまい、気落ちするばかりだ。

「……なによ、私が子供みたいじゃない」
「何か言った、ルイズ?」
「……別に」

頬を膨らませ拗ねるルイズ、きょとんとした様子の小百合。
ギーシュはそんな2人を胡乱な眼で見つめる。

「何をしようと言うんだ、貴方は」
「言ったでしょう? 『貴方を縛るものの1つから、解き放つ』って」
「その答えが只その場から逃げるだけかい?何の解決にもなっていないじゃないか」
「逃げたわけじゃないわ。単に、周りに居た生徒達が邪魔だっただけ。此処なら、彼女だけを相手に出来るもの。ねえ、ケティ?」

小百合は微笑み、ルイズとギーシュは驚愕し、それぞれ振り向く。
そこには、苛立たしげに眉を顰めるケティが居た。

「全く、事をややこしくしてくれますわね。直接私が手を下さなくてはいけないなんて、ああ面倒ですわ」
「その心配は要らないわ。だって、貴方は此処で私に――倒されるんだから」

言い放つ小百合をケティは鼻で笑い、大袈裟に肩を竦める。

「それは随分と素敵な冗句ですわ! モンスターである私に、貴方が?その力を使って掠り傷位は与えられる、の間違いでは?」

小馬鹿にするような口調のケティ。小百合を舐め切り嘲る彼女はしかしながら完全に、彼女の実力を見誤っていた。
愉しそうに嘲笑を浴びせる間に、ケティの視界から、小百合の姿は消え。

「――御高説はそれで終わり?」

ケティの真後ろからそんな声が聞こえて来た。
そんな馬鹿な。愕然としながら首を動かし背後を見ると、そこにはサングラスを掛けた女戦士の姿が其処には在った。

「嘘……」
「だめよ、ぼんやりとしてちゃ。人生何が起こるか分からないんだから。ああ、そうそう」
「何を、」
「コブシで殴りあった、経験はある?」

唐突な小百合の質問に、ケティはどう反応して良いか分からない。
そんな彼女に構わず、小百合は言葉を続ける。まるで世間話をするような気安さで。

「ないかしら? 奇遇ね、私も無いわ。だから、コレは教え子からの受け売りなんだけれど――」

ズドン、と鈍い音。硬く握り締めた小百合の拳が、ケティの腹部に勢い良くめり込んでいた。
背中が拳の形に盛り上がってしまいそうな位、とても深く。

「がっ……あ……」

苦悶の声を上げるケティ。彼女の体が「く」の字の形に折れ曲がる。

「喧嘩で最初の定石は、先ずはお腹から攻撃するらしいの。そうすれば、相手は動けないんですって」

小百合の説明を、ケティは聞いては居なかった。激痛に脂汗を流し、ピクピクと痙攣しながら悶絶していたからだ。
それでも辛うじて立ち続ける彼女を見やっても、彼女の微笑みは崩れない。
最も、その瞳はこれっぽっちも笑ってはいない。小百合の心は、これ以上無く怒りに震えていた。

「あら、本当に動けないのね。なら後は、頭部をタコ殴りするだけね」

ドンドンドンドンドン!!!!!
やはり軽い口調で小百合は腕を振り上げ、ケティの顔面に殴打の雨を降らせる。
その一発一発に己の怒りや彼女に苦しめられた人間の思いを込めるかの様に。
何度も、何度も、首がもげそうな勢いで頭を吹き飛ばされるケティ。
その様子に眉1つ動かすこと無く、小百合はケティを殴り続ける。

「……少しやりすぎじゃないかしら」
「忘れたのかい、ルイズ。ケティは人間じゃないんだ。……見るといい」

成す術無く小百合に殴られるがままに見えたケティだったが、

「こ……のォ! 人間風情が調子に乗るなァァッ!」

激昂し、力まかせに腕を振るうケティ。軽やかなバックステップで距離を取る小百合の髪が数本、宙を舞った。
ケティの指先には、鋼鉄でも易々と引き裂けそうな鉤爪が生えていた。その鋭さに、ルイズは猛禽類のそれを連想した。

「地が出てきたわね、お嬢様」
「うっ……だ、黙りなさい! 幾らこんな事をしても、無駄ですわ! 大人しく死になさい!」

飛びかかるケティ。それをかわしながら小百合は攻撃するが――効果は薄かった。
呻き声を上げ、怯むも直ぐに体勢を立て直してしまう。

「何でよ! どうしてアレだけ痛めつけられて、平気なの!?」
「あれがモンスターに人間、いやメイジが太刀打ち出来ない理由だよ。奴らには、大抵の魔法や武器による攻撃は意味をなさないんだ」
「その通りね。だから、ギーシュ。私に武器を作ってくれないかしら。私の力を発揮する為の、武器を」

あんなゴーレム作った貴方なら簡単でしょう、と戦いながら器用にギーシュとルイズの会話に割り込む小百合。

「……それで、貴方は勝てるのかい?なら幾らでも造るさ。剣か、それとも槍かい?」

薔薇を振り上げようとするギーシュに、小百合は首を横に振った。大きく後ろに跳び、ケティと距離を取る。

「弓と矢を、お願い」

簡潔な要求に、ギーシュは返答の変わりに薔薇を振り、二枚の花弁を振りまく。
次の瞬間、ワルキューレの時同様地面から青銅製の弓矢が姿を表した。
余計な飾りの無い簡素な造りで、それで居て大雑把で無骨だったそれを、小百合に向け投げ渡す。
弓矢を受け取った小百合は、弓を構え具合を軽く確かめた。彼女の左手のルーンが、淡く光りを放ち始める。

「済まない。急ごしらえだったから、こんな物しか造れなかった。一発撃てば、壊れてしまうかも、しれない」

申し訳なさげに弁解するギーシュに、大丈夫、と小百合はケティに向けて居たものとは違う、優しい微笑みを返す。

「1発撃てれば、十分よ」
「同じ冗句を何度言っても笑えませんわよ、人間。どれほどの力を持つのか知りませんが、この私をたった一矢で倒せると?」
「疑わしいのなら、私の戦闘力を計ってみたら? 貴方もモンスターの1人なら、それが出来るのでしょう?」
「大した自信ですわね……。どうせ大した事は無いのでしょうが、一体どれほどのものか――」

言い、ケティは眼を凝らし――絶句した。目の前に立つ女性の持つ力の総量が、予想はおろか自分の力を易々と上回っていく。
彼女の体に緊張が走り、掌からは異様な汗が吹き出す。信じられないものを見るような目で、小百合を見る。

「6000、8000、10000、12000……」

顔色が青ざめ、次に血の気が引き、紙の様に真っ白になっていく。
全身を包みこむ恐怖に震えが止まらない。その所為で歯と歯がぶつかり、カチカチと乾いた音を立てる。

「15000、18000、21000……嘘、まだ上がりますの……!?」

……嗚呼、自分は何と言う思い違いをしていたのだろう。
怪物とは、自分の様な、只人間ではないモノの事を言うのではない。
自分の前に立つ、とてつもない力を持つナニカこそ、その言葉が相応しい。
狩られるのを待つだけの無力な子兎。そう思っていたそれは、今や獰猛な肉食獣<プレデター>にすら見えた。
彼女は、自分達モンスターを殺す為の力を極限まで研ぎ澄ませた本物の戦士。
ケティは、漸くその事実を思い知ったのだった。

「鳴り響け――」

戦士の紋章が、今までとは比べ物にならない眩い光を放ち始める。
それに呼応する様に、左手のルーンも強く輝き出していたが、其処にまで目が行く者は誰もいなかった。
ケティは恐怖に駆られ、小百合は只相手を見据え、ルイズとギーシュは紋章が放つ光に魅せられていたから。
それは、強い強い心の光。自由を求める強い意思が放つ、解放への道標。
小百合の全身に力が漲る。ヒッ、と息を呑み、踵を返し脱兎の如く逃げ出そうとするケティの動きが、彼女には妙に遅く感じられた。
紋章の光に鏃を翳す。そうする事で、粗末な出来の青銅の矢が無敵の武器と化していく。
それは容赦無く、区別無く、苦痛を覚える暇も無く。ただただ無慈悲にあらゆるモノを撃ち貫く。

「た、たす、け」

たどたどしい命乞いの言葉を意に介する事無く、小百合は無言で矢を番え、そして。

「鳴り響け!! 私のメロス!!!」

矢を放つ。
裂帛の叫びとともに、圧倒的な破壊の力が目の前の空間を蹂躙していく。

「――――――ッ!!!!!!!」

声にならない、断末魔の悲鳴。
この瞬間、ケティ・ド・ラ・ロッタと言う名の異形の怪物は、この世界から塵1つ、影すらも残さず消滅した。
力に耐え切れず、青銅製の弓の弦が、音を立てて千切れた。
全く現実味の無い光景。だが、ルイズはもう確信するしかなかった。
この使い魔は、強い。他の生徒が召喚した、どの使い魔よりも。

「言ったでしょ。腕には、自信があるって」

2人を振り返り、ニッコリと笑う小百合に、ギーシュは陶然と見惚れていた。
彼女こそ、自分にとっての戦乙女<ワルキューレ>だと――

To be continued……


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