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気さくな王女-14

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 首都リュティスから南西に百リーグほど行くと見えてくる小都市、グルノープル。
 そんな肥臭い田舎町から少し離れた森の中、水溜り程度の小さな池のはたでわたしは湯船につかっていた。
 見上げれば木の葉に隠れた二つの月。月夜の晩は鬼畜者によく似合う。

 街道を外れて来たせいか、通常ルートの倍は時間がかかった。
 道のりが長くなったというだけでなく、ろくに人の通らない獣道は障害物で溢れている。
 自転車が飛び、跳ね、揺れ、ぶつかり、ハンドルをとられかけ、どうにかここまでたどり着いた。
 後部座席の幽霊は「お尻がこわれちゃうよー」なんて言ってたけど、ガキの尻なんてものは叩かれるためにあるのよ。

 わざわざいらぬ苦労をしてまでグルノープルくんだりまでやってきた理由は一つ。
 ここでスキルニルを叩く。

 この地方を治めるアルトーワ伯の誕生を祝う園遊会。
 爺の誕生日なんて、お迎えが近づいているだけでめでたくもなんともないけど、それでも毎年盛大に催される。
 一応は王家の血縁なものだから、王女であるわたしも出向かなければならない。
 多少の家来を引き連れているとはいえ、警備の弾幕を張るほどの兵士はいない。
 名目が誕生日会だというのに、そうそう多くの手勢を連れて行けるはずがないものね。

 わたしはそこに乗じる。
 ヴェルサルテイル宮殿とは違い、こちら方面には土地勘が無い。つまりスキルニルにも土地勘が無い。
 先んじて到着したわたしは、ある程度下調べができる。だけど王女として立ち働かなければならないスキルニルにはその時間も無い。
 警備も足りない、土地勘も無いでは侵入者を防ぐことができるわけもない。

 しかも狙うはこのわたし。
 鬼営業云々の書は、数十日にも及ぶ野外生活で鍛えられていたわたしの鬼畜性をさらなる高みへと導いた。
 ただ鬼畜性を高めただけじゃない。人間の感情の動き、それに伴う交渉術、詐術、話術、さらなる勘の鋭さ。
 鬼畜者に必要なあらゆる事柄が一冊の本に詰まっていた。幽霊のすっとろい訳を交えながら、わたしは学んだ。

 気配に気づかせず猫の背後に立ち、魔法を用いずに素手でカラスを捕まえる。
 いかにもごろつき然とした犯罪者風の男の数メートル後ろを尾行して悟らせない。
 ゴミだまりから拾って磨いた二本の針金を使い、魔法を用いずに鍵をこじ開ける。

 そしてこれは何より大きなことなんだけど、幽霊の世界と現世との月日の違いを知った。
 向こうよりもこちらの方が一年が長い。十七歳であるわたしも、向こうでは十八歳という計算になる。
 つまり、わたしと同じ十八歳扱いになるスキルニルに対しては、全オプションを開放することができる……クックック。

 単なる技術的な上達だけではなく、精神的にも真の鬼畜へと至った。
 ここに来るまでに立ち寄った小さな宿場町でのこと。
 大荷物を担いでよろよろと危なっかしげに歩く一人の老爺がいた。
 非常に目障りかつ往来の邪魔。見ているだけで鬱陶しい。
 そう思っていたのはわたしだけではなかったらしく、すれ違いながら「気をつけろ!」なんて怒鳴ってるやつもいる。

 さて、ここで一般人なら見て見ぬふりをするわよね。気の毒と思うかもしれないけど、結局は手を出さない。
 これが偽善者だったら爺の手助けをしてやるところでしょう。ああやだやだ。考えただけで蕁麻疹が出そう。
 エセ鬼畜なら爺の懐を狙って人通りが少なくなるのを待つかもしれない。その程度だからエセだっていうのよ。
 以前のわたしなら、すかさず怒鳴ってるやつに追い込みをかけた。嫌いなのよね、わたし以外の偉ぶった人間。

 だけど今のわたしは違う。鬼畜道見極めの書と五感鋭利向上の書で築き上げた土台の上に鬼営業云々という堅牢な鬼畜城砦を建設した。
 真の鬼畜ならば! ここは! あえて! 他の誰でもない!
 ふらふらしている爺の方に追い込みをかける!

 本来ならば親切にされてしかるべきはずのみすぼらしい老人をいじめることで、本人だけでなく見ている人間の精神も攻撃する。
 鬼畜とは陵辱と脅迫だけの技ではない。人をいじめる機会があれば絶対に逃さない。爺一人にでも全力を尽くす。
 まず手始めに爺の荷物を取り上げて幽霊に持たせる。これで荷物が盗られるかもしれないという不安を与える。
 さらに爺を肩車する。これにより衆目を集め、爺を辱めるっていうわけよ。
 爺の目的地を聞き、それが自宅であることを確認してから歩き出す。道案内は肩の上の爺に任せる。
 相手の住居を知り、そのことで強烈なプレッシャーをかける。いつでも火をつけにいってやるってね。
 ついた家は貧相極まりないあばら家で、中も散らかり放題に汚れていた。男やもめがどうとか言ってたけど、下らない言い訳してるんじゃないわよ。
 幽霊と二人で爺の家の中を大掃除する。掃除中は爺を外に出し、寒空の下放置する。
 ふふふ、怪しげな二人組が家の中を漁っているのよ。空き巣かしら。それとも詐欺師かしら。
 爺を加速度的に不安にさせ、料理を作る。カラスの肉に比べればどれもこれもまともな食材ばかりでつまらない。
 鬼畜者の腕にかかればちょろいものよ。宮廷料理もかくやというフルコースを爺に振る舞った。
 爺め、恐ろしかろう。見ず知らずの怪しい二人組が作った料理よ。毒が入っているかも……なんて思ったって無理やり食べさせるけどね。おほほほ。
 別れ際、肩車をした時、妙に体が軽かったと言いがかりをつけ、きちんと食べなければまた来てやるからな、と脅しを入れた。
 哀れな爺め、涙で目を潤ませブルブルと震えていたわ。鬼畜者の恐ろしさ、思い知ったことでしょうよ。

 こんな調子で町や村を渡り歩き、数え切れない人間を恐怖のどん底に落としてやった。
 幽霊によれば、「おじさんもこんなことしてたよ」とのこと。
 成長の過程や生まれは違っていても、極めてしまえば鬼畜者も似てくるのかもしれないわね。
 もっとも自分以外の鬼畜者なんて敵でしかないから、いつかおじさんとやらも追い込んでやらないといけないけど。

「ふぅ……」
 久しぶりのお風呂は思ったよりも悪くないというかむしろいい。
 タオルを湯にあて、わたしの血を吸い取ろうとした不心得な蚊を一匹払い落とした。
 このドラム缶とかいう浴槽は、立ったまま入らないといけないんだけど、常に気を張っていなければならない立場の人間としては、そっちの方がかえって落ち着く。
 土台作りに四苦八苦していた幽霊は、今度は火吹きで四苦八苦している。
 もちろんわたしは手伝わない。提案者なんだからきちんと働いてもらわないとね。

 そもそもわたしは風呂に入りたいなんて気がなくなっていたし、決戦へと心を向けて必要ないことを切り捨ててしまいたかったんだけど、幽霊の言い分は違った。
「お姉ちゃん、お風呂に入った方がいいと思うよ」
「どうしてよ」
「だってさ、偉い人のお誕生会にいくんでしょ」
「だから何」
「だって、その……におうよ」
「ちっ、ガキが。お前は子供だから雌のフェロモン臭ってやつが分かってないのね」
「そんなことないと思うけど」
「だいたい誕生会なんてどうでもいいの。わたしは戦いに行くんだから、体の匂いなんていちいち気にしてられるか」
「でもさ、匂いで気づかれちゃうかもしれないよ」
「むっ」
「服も汚いから目立つかも」
「むう……」
 幽霊の言うことにも一理ある。気配を殺しても匂いで見つかっては本末転倒よね。
 わたしのフェロモン臭は強烈だから、放っておいても男どもがよってくるだろうし。

 というわけで風呂をたいた。
 同じ生活をしていたはずなのに、なぜか幽霊は身奇麗なままで、やはり幽霊は幽霊なんだってことで……ちょっとずるいんじゃない?
 土台作りと水汲みは幽霊にやらせ、わたしがドラム缶を起こし、中に板を敷き、魔法で着火した。
 着たきりだった平服と下着を水洗いし、木の枝に通してドラム缶の周囲に突き刺す。
 大自然の中、生まれたままの姿で仁王立ち。なんでしょうね、この不思議な開放感は。

 石畳にも負けなくなった背中をこすらせ、真っ黒な腕をこすらせ、たくましくなった足をこすらせ、粘土質になりかかっていた髪を洗わせた。
 デリケートな部分は自分で磨き、石鹸が無くなってしまうまで体をこすった。
「お姉ちゃんの体って本当にきれいだねー」
「はっ、何をいまさら。当然でしょう。それが王族なんだから」
「おじさんの体はね、傷だらけだったんだよ」
 ……修行の傷跡ってやつかしらね。

「お前のおじさんだけど。どんなふうに鬼畜としての修練を積んでいたか分かる?」
「おじさん? えっとね、週に一回ご本を読んでたみたい」
「週に一回本を読むだけ? そんなはずがないでしょう。いい加減なこと言うと酷いわよ」
「うーん……お仕事に出てる時も色々してるみたいだったけど……」
 お仕事? それはちょっと道理に合わないじゃないの。
 鬼畜道見極めの書によれば、鬼畜とは基本的に住所不定無職であるべきとあった。
 わたしは王女に生まれてしまったから例外としても、こいつのおじさんに職があったとは考えにくい。
「まともな仕事だったの?」
「まともだよー。たくさんお仕事したって、えらい人からほめられたりしてたもん」
「ふうん。お前のおじさんは何をしていたのよ?」
「お薬屋さんで働いてたんだ」
「どういう薬を扱っていたの?」
「薬は薬だよ。病気を治したりとか」

 薬屋か。痺れ薬。毒薬。媚薬。催淫薬。幽霊世界の薬ともなれば、もっとすごいものがあるのかも。
 ふうむ。なるほどねぇ。鬼畜者の勤め先としては理想的かもしれないわ。
「あとね、おじさんは子供の頃から色々とあったみたいだから」
「色々? 何があったのか言ってみなさい」
「お兄ちゃんから背中を刺されたりとか」
 兄弟で鬼畜者か。そりゃ鍛えられもするわね。
「寝てるときに濡れたタオルを顔にかけられたりとか。タバコの火を押し付けられたりもしたんだって」
 むしろ兄のせいで鬼畜者になったんじゃないかしら。
「あとはね、ご飯に毒を入れられたとか」
 食事に毒……か。
「どこの世界でも親族同士で殺しあうのね。分かるわ」
「そんなことないと思うけど……」
「お前はまだガキだから知らないだけよ。ところでおじさんが薬屋だって話だけど」
「うん。いろんなお薬を作ってる世界一の薬屋さんなんだって」
 世界一とはまた大きく出たものね。
 幽霊の世界がどんなものかは知らないし知りたくもないけど、かなりな肩書きであることは間違いない。
 まぁこいつの言うことだから話半分で聞いておこう。
「そこまで大きな店ともなれば、どんな薬でも置いてあるんでしょうね。たとえば……万能解毒薬とか」
「うーん……聞いてみないとわかんない。お姉ちゃん、毒がどうかしたの?」
「あれよ。わたしも立場上毒で狙われることがあるかもしれないからね」
「お姉ちゃんなら鼻でわかると思うよ」
「ああー……ううん……ええと……うん。そうね。超一流の鬼畜者だからね」

 タオルで顔を拭った。虫の声、蛙の声、せせらぎ、風の音。
 雄大な自然ってやつ? いまいちわたしの趣味じゃない。
「幽霊。景気づけに一曲歌いなさい」
「ボクが? あんまり上手じゃないんだけどなー」
「いいから。鬼畜っぽいやつね」
「それじゃ一つ」
 火吹きの筒を置き、立ち上がった。コホンと一つ咳払いをしてから
「ガキ~のころから鬼畜モン~、気づいたときにゃあ少年院~」
 あん?
「世間のかーぜは冷たくて~、どうせボクははぐれどり~」
「ちょっと待て」
「なーに?」
「歌詞が鬼畜的なところは認めるわ。でもね、もうちょっと景気のいい歌お願い」
「わがままだなー」
 再び小さく咳払いをして、

「ひ~ねも~す隠れ~、ひ~ねも~す食らう~……」
「……」
「な~にも~わか~らず~、な~にも~残~さず~……」
「……」
「な~にも~、な~にも~……」
 そりゃそうよね。幽霊の世界だものね。景気がよかったら逆に怖いわ。
「ボクはい~もむし~、む~さ~ぼ~る~だけ~の~、ボクはい~もむし~、こ~え~て~ゆ~くだ~け~の~」
 はぁ……いい湯加減。


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