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幼気(中編)◆2XEqsKa.CM



【F-5 公衆トイレ AM 4:08】


護送車から見えない程度に離れた、石造の公衆トイレット。
女性用軒分の一番奥の個室で、我妻由乃は『準備』をしていた。
公衆便所の手前の薬局で入手した、空の小瓶にペットボトルから液体を移す。
10個の小瓶に溜め込んだその液体を眇め眺めつ、満足そうにディパックに仕舞う。

(でもこれはついで。あいつらから離れたのは、こっちが本命)

由乃が携帯を取り出す。
携帯に通常搭載されている、『通話』『メール』などの機能は凍結されている。
現状で由乃が持つ携帯が果たすのは、『未来日記』の機能のみ。
先ほど、ディパックの奥に隠匿していたこの携帯が、小さくノイズを立てながら未来の変化を告げた。
つまり、雪輝の未来が未来日記所有者の行動によって変化した事を示したのだ。
縛られてからでは、その内容を確認することも出来ない為、由乃は今ここにいる。
ここにたどり着いて真っ先に確認した、未来日記・雪輝日記の内容を再度閲覧する。

『ユッキーが鎧を着た大男を出し抜いたよ! ユッキーかっこいい!』

「ユッキー! ユッキー凄い!」

由乃はパタパタと手を振りながら、心配そうに。
だがほんの少しだけ誇らしげに、そして僅かに寂しげに、愛する男の名を漏らした。
雪輝は由乃がいなくても、なんとか上手くやっているようだ。
しかし、危険に見舞われているのは事実。悠長にしている場合ではないのだが……。
由乃が、日記の画面を下にスクロールする。

『ユッキーは蝙蝠男を従えて下水道を進んでいるよ!』

ギリ、と由乃の歯が鳴る。
雪輝を襲撃した鎧の男は勿論、蝙蝠男というのも憎たらしい。
自分より先に雪輝と同行できるとは何事だ、と由乃は苛立ちを露わにしていた。

(でも、ユッキーは一人じゃない。それが分かっただけでも、少しは気休めになるわ)


今現在、自分の置かれた状況から逃れる事はできないと、我妻由乃は知っている。
仮にここから全力で逃走したとしても、本郷から逃げ切るのは不可能だろう。
狙った相手のタチの悪さに、由乃は何度目になるか分からない後悔の念を抱き、嘆息する。
しかし突破口が見えないわけでもないのだ、と自分を励まして、立ち上がる由乃。
制服に突っ込んでインナーを這わせていた指を抜き、ディパックを背負って個室から出る。

(ディオとかいう奴の一件を片付けた上で、信頼されるまでにかかるであろう時間はどのくらいだろう?
 ……一時間じゃ済まないだろう。仮に、三時間を越えるような事があれば……)

個室のドアを開けた所で、由乃は乳房の脇に違和感を覚えた。
その元凶は非常時の為に胸部下着に仕込んだ氷のように冷たい剃刀。
上着は剥がされるだろうが、身に付ける物を全て取り去られる事はないだろう。
由乃はあまりに長時間軟禁される事になった場合、多少無茶をしてでも脱出する覚悟はしている。

(まあ夢原のぞみがいる限り、これは杞憂だろうけど)

僅かな会話時間だったが、由乃はのぞみの人格を把握していた。
同性の、無害な者を閉じ込めておく事をそう長く我慢できはすまい、と。
未来日記を取り出す。新たな更新はない。未来改変による副産情報を得られただけでも運がよかったか。

「!」

全ての準備を終えた由乃の身がすくむ。
ノイズが響き―――画面に現れたのは、未来日記の『様々な形で未来を記す』以外の機能。

『DEAD END』

死の予告。強固に決定された、並大抵の意志と行動では覆す事叶わぬ赤き点滅(アラーム)。
未来日記所有者がゲームからの脱落する前に提示される、最後の警告。

(本当に、来た……)

しかし、由乃は焦りも動揺も見せない。
過去幾度となく、彼女はこの死の予告を覆してきた。
予告による僅かな精神の昂りは、彼女を研ぎ澄ます事はあっても、鈍らせる事はない。
そして、それ以前に―――由乃は、この事態を予測していた。

(あの男が! 本郷猛が! 荷物も取り上げず、監視もつけずにこの我妻由乃を出歩かせる筈がない!)


石の壁が爆砕した。入り口に近い、丁度モップが立て掛けてあった箇所が瓦礫と粉塵に飲まれる。
由乃は、飛び散る石片にも、服を煤けさせる煙にも、破裂した水道管が浴びせる水飛沫にも反応しない。
いや……出来なかった。あまりにも、分かりきっていたから。空いた穴から出てくるモノが、それらの万倍危険だと。

「……!」

「その手に持っている物はなんだ? 通信機か? ……仲間を呼んでいたわけではないだろうが」

異形。人目で人間でないと分かる、論外の機械虫であった。
それでも、由乃には分かる。
日記の機能制限により、いつ、どこで、誰に殺されるかまでは『DEAD END』の表示内容に出なくとも。
自分を殺しにきたのが本郷猛であると。目の前の怪物こそが、あの男の正体だと、声色から第六感で看破する。
由乃にとって未知であったのは、本郷の恐ろしさではない。
DEADフラグが立ってから、直接的な『死』への要因が現れるまでの、タイムラグ。
元々のゲームでは、場合にもよるが相当な猶予が残されていた。
しかし、今は表示されてから78秒でそれが目前に迫っている。

「……殺すつもりはない」

本郷が、由乃にとっての『敵』が嘯く。
由乃は、その言葉が容易に変転するであろうと予測し、頭を捻る。
それでも現行、本郷の言葉は彼の本心であるはずなのだ。
由乃を確たる『是、悪也』の証拠もなしに殺せば、本郷は残りの三人から疑いをかけられる。
この実験に置いて他者に疑われる事は、死に繋がる大事。
善吉達を既に始末してきた、というのでもなければ、ここで由乃を殺す算段など立てるはずもない。
この場所が本郷の提示した限定距離の範外にあるとも考えがたい、ならば。

「おまえの、本心を聞いておきたい」

ならば、これはあくまで脅し。派手に壁を破壊した事も、示威行為と見るのが妥当だ。
本郷が自分を完全に敵視していると、由乃ははっきり感じている。
今この場でどうこうしなくても、互いにそれをはっきりさせておこうと……あるいは、歩み寄ろうとしているのか。
そこで、由乃に疑問が生じる。ならば何故、DEADフラグが立っている?
あの表示が出た以上、自分の近似死は必定。死出の道は、啓いているはずなのだ。

「七瀬美"雪"」

「……?」

「"結城"美知夫」

「……」
 .......
「天野"雪"輝」

「――――ッッッ!!」

本郷も、由乃も。互いに自覚はなかった。
だが、この瞬間―――由乃のDEAD ENDへのルートは、予定通りに確定したのだ。
由乃に、初めて動揺が見られる。ガクガクと震え、恐怖に落ちた表情すら見せている。


「『天野雪輝』の事を知られてしまった。」
         ↓
「このままでは、彼に迷惑がかかるかもしれない。」
         ↓
        「殺す。」

脳のどこかにある組織にスイッチが入ったかのように、由乃の意識が変成していく。
目の前の男を、どうやって、殺すか。
後も先もなく、その一点だけに意識が収束されていく。

「……ユッキーとは、天野雪輝の事らしいな。知り合いか。何故隠したかは言わなくてもいい」

「外から、私の声を盗み聞きしていたのか。この変態ッッ!! ユッキーをどうするつもりだ!」

「平坂黄泉や雨流みねねとは違い、お前にとって有益……いや、必要な人間と言ったところか」

「黙れ! 黙れれぇ! ユッキーは悪くなんかない! ユッキーは何も悪くない! ユッキーは正しい!」

激昂したような声を上げる由乃は、その実殆ど興奮していない。
動揺も、完全に消えている。相手を油断させて致命打を与えるという、不慣れな作戦に既に入っている。
彼女が今まで戦ってきたのは地力だけで首を撥ね、心臓を撃ち抜ける唯の人間だ。
目の前の怪物にはそれは通用しない……だから、偽りの隙を抱え、見せ付けるのだ。

「無駄だ。お前は、何かに熱くなれる人間ではない。お前がどれほどエサを垂らそうと、俺はそれには食いつかない」

「……!」

冷や水を浴びせられるように、由乃の精神が揺らぐ。
彼女は日記所有者との戦いに勝ち続けてきたが、それは彼女の"強さ"を示す結果ではない。
自分の弱さを無視できる、異常とさえ取れる"脆さ"が、彼女のバックボーンだった。
その脆さは真実強い者……7thのマルコや、眼前の怪人の前では、時に無意味である。
                     ........
「天野雪輝とは、どういう人間だ。お前と同じか?」

「……」

「俺に殺されるような人間か、と聞いている」

「違う! ユッキーは誰にも殺されちゃ駄目!
 ユッキーは何もしてないのに、父親に裏切られて、お母様を亡くして……だからッ……!」

「同情を買う嘘ではないな。最も、お前の意見は参考にすれど信用しない。天野がどんな人間かは、もう聞かない」

出会ってから確かめる、と言って。本郷は、汚物を見るような目で―――昆虫の目で、由乃を睨みつける。
由乃は本郷と対等にやり合えると思っていた。戦力差はともかく、雪輝の為なら殺すことが出来ると信じていた。
だが……目の前の怪人は、あまりにも"違う"。由乃とは、積み重ねてきた屍の数が、千単位で違う。
力や技、知略を云々する以前に……『格』に、歴然たる差があると、矛を交える寸前で気付いてしまった。
彼女は雪輝に害が及ぶという事態だけでなく、純粋な恐怖に屈服しはじめていた。これこそが、本郷猛の狙い。
絶対的恐怖を植えつける事による、敵対者の無力化・あるいは暴走の促進。排除の為のプロセス。
由乃は、死を恐れない殉教者をも慄かせる、仮面ライダー一号の威圧の前に。小さくなって、震えていた。

「次はお前の話だ。お前が物陰に隠れ、銃を持って俺達を狙っていたのは、天野雪輝の為か」

「ち……違うわ。ユッキーは、関係ない」

「天野雪輝の為かと、聞いている。嘘を吐くのか。自分の動機に、嘘を吐くのか」

「ユッキーは関係ない! ユッキーは関係ない! ユッキーは関係ないッ!」

(ユッキーの為に私が動いてるって、バレちゃうよ……駄目だよそんなの、ユッキーが逆恨みされちゃうよ)

「それほどまでに、愛しているのか。女として、天野雪輝を愛しているのか。人を殺しても、いいほどに。
 卑劣に、隠れて、陰から。人を殺す道具に頼り。無防備な他人を害するほどに」

(ううううう、うううううう、ううううううううううううううううううううううううううううううううううううう)

由乃の頭蓋に、不可視の圧力がかかる。プレッシャーに押し潰されそうになるその姿を見ても、
本郷猛は手を緩めないだろう、と由乃は直感していた。それに、もう遅い。
天野雪輝は、本郷に既に敵として認識されていると、由乃は切迫する意識の中で思いつめ―――――。
..............
何かを、亡(わ)すれた。

「ひゃ……あはは……何言ってるんですか、本郷さぁん……」

「……?」

「私、銃なんて持ってなかった……殺そうとなんか、してなかったですよ」

(……嘘を、ついていない? これは……自己催眠か!)

本郷が、由乃の、魂の抜けたような笑顔を見つめる。
由乃には、追い詰められたとき……精神の安定を図るため、記憶を改竄する悪癖がある。
本郷にも、同じ事をやった経験があった。自分の力に限界を感じ、ショッカーに潜入して再改造を受けた時の事だ。
本郷の仲間にも、それを行った者がいた。戦うために、心だけでも人間で在り続けるために。
だが、由乃のそれは、逃げる為の詭弁……自己の慰めだ。泣きじゃくる子供でもやらない、最低の逃避だ。
それを見て、命を狙われても、嘘をつかれても、本当の意味で怒ってはいなかった本郷が。
静かに、怒りを燃やしはじめる。仮面ライダーとしての怒りを。自分の意志を捻じ曲げられた者としての怒りを。

「甘えるな……! 誰かを守る為であったとしても!
 人間(おまえ)の意思を、悪(おまえ)が捻じ曲げる事だけは許さんっ!」

「ヒ……怖い、こわいよう……ユッキー、助けてぇ……!」

「分かっているはずだ! その偽りの仮面の下で、貴様は狡猾に思考している……!
 自分は悪くないと、天野雪輝への愛を貫く自分は悪ではないと! 悪だ! 貴様は、悪でしかない!
 他人を害し、自分さえも誤魔化す! そんな貴様が抱く愛は……貴様の愛は、壊れている!」

「……」

強烈な、正義。悪を……人間の自由と平和を奪う者を許さない、鍛え鍛えし鋼の意思。
一切の余地隙間のない、仮面ライダーの存在理由。それが、本郷に、一つの決断をさせる。
偽りの姿をも忘れたように呆ける由乃に、宣告する。

「俺が、間違っていた。貴様のような悪がどれほど存在するかも分からないこの実験場で……
 誰かの側から離れず、その者たちだけを守り続けるだけでいいなどと、そんな事を考えてはならなかった。
 我妻由乃。俺は、お前を殺す。誰かを納得させるだけの証拠を求めず。正義という独断だけで、貴様を殺す。
 次はDIO。その次は、誰かも分からぬ悪。最後は、この実験の目的と、関与した全ての者を倒す。」

「……」
          .........
「そして、俺は誰からも離れる。この実験場の闇に沈み、悪を討って沈み続ける。
 誰の理解も求めず。誰の笑顔にも留まらず。悪だけを見て、悪だけを斃し続ける」

それは、本郷猛自身さえ歩んだ事のない、修羅の道。
理解者などいない、血を吐き続け、反吐を出し尽くし、安息をくれる人さえいない、地獄のマラソンロード。
万人を守る為。万人から離れて全ての悪と対峙すると、本郷猛は言った。

「貴様の愛は壊れているが……それでも、もし。天野雪輝が守るに値する、悪でない人間だった時は……」

「……」

「――――俺が、彼を守る。悪のお前にやれるのは、この程度の口約束しかない」

沈黙していた、由乃の眉が動いた。
同時に、手がディパックに伸び、小瓶を取り、投げる。
本郷と由乃の間に落ちて割れたそれは、割れて液体を床に染み込ませる。
由乃は、一瞬で再起動していた。たった一つ、遥かに格が上の相手でも譲れないもの。
自分の存在理由に踏み込まれて、一秒もかからずに―――我妻由乃を、取り戻していた。

「ユッキーを守れるのはッッッ! この、わたしだけだッッッ!!!」

「……!」


本郷が、由乃に突撃する。由乃が素早く点火したマッチ棒を小瓶の残骸の元へ放り投げる。
爆発―――すると予測できた本郷は構わず突撃し、由乃の殺害を最優先事項として動く。
マッチ棒の篝火に触れた液体が何らかの化学反応を起こし、石床に染み込んだまま爆薬と化す。
爆速8000m/sに達するハイエクスプローシブ級の爆熱と爆風の只中に、仮面ライダーが晒された。
一瞬の速度の減退……そして、視界の狭窄が、本郷に二度目の爆発音を聞かせる結果を生む。
反対側の壁に小瓶を投げて点火し、奇しくも本郷が入ってきた時の様に、由乃は壁を破壊して脱出していた。
本郷は一瞬たりとも止まらずに爆風の勢いに乗って、背中を見せて駆ける由乃を追う。
由乃がどれだけ素早く逃げても、50m以内で捕らえる自信が本郷にはあり、それは紛れもない事実だった。
爆風を受けて微細な熱傷を負い、全力で逃走する少女の手元の携帯―――。
由乃の『雪輝日記』に浮かんだ『DEAD END』は、未だ消えていないのだから。


【F-5 市街地 AM 4:20】


月と星が雲に覆われ、夜明け前の最後の暗闇が、視界を狭めていく。

「吉良さん! 今の音……発破でしょうか!?」

「近いな……さっきの少女と何か関係があると思うかね?」

爆発の音……映画やテレビでしか聞けない筈の"それ"なのに、妙に身近に感じるその音に身を竦める。
私と五代は、ローマの町並みを走っていた少女を追いかけていた。
置いてきた少女の事もある、手早く捜索して保護、あるいは交渉……最悪、逃走しようと思っていたのだが。
この実験の主旨である『殺し合い』が起こっている可能性があるのならば、その現場に突っ込んでいく理由はない。
強い二つの集団を作ろうと目論む私にとって交渉・記憶する価値があるのは、生き残った側だけなのだから。

「五代くん、ここは危険かもしれないぞ。一旦戻って……」

「待ってください、あそこから女の子が走って……ッ! 未確認!?」

五代が、街頭の一角を指して叫ぶ。
未確認とは何だと聞こうとしたが、答えは自ずと出た。
必死で走る少女を今にも捕まえんとしているのは、人の形をした怪物。
薄闇に隠れて詳細は見えないが、まさしく未確認生物(UMA)だ。
一目見ればわかる―――危険な存在。絶対にこちらから関わるべきではない、しかし。

「これ、お願いします!」

「!? おい、どうするつもりだッ!」

「変身!」

驚愕に固まる私を他所に、五代が鉄パイプだけを持って突撃していく。
彼の荷物を投げ渡された私は慌てて止めようと声を張り上げるが、効果はない。
ここで五代を失うわけにはいかない……それどころか、あの怪物の次のターゲットが私になるかもしれないのだ。
だが、私の困惑は更に深まることになった。走りながら妙な体勢を取った五代の体に、異変が起きていく。
腕が、胴体が、足が、そして最後に顔が。異形の鎧に包み込まれて、五代をUMAへと変貌させた。
昔の武士が着込んだ甲冑などとはわけが違う、原理さえ分からない着脱。
五代は人間では有り得ない距離をジャンプして、少女に手をかけようとした怪物に、飛び蹴りを食らわせた。

「―――っ」

「大丈夫!? あっちに吉良さんって男の人がいるから、その人のところまで逃げて! 走れる!?」

「……」

怪物は、ショーウィンドーを突き破って【Scarpe's centopiedi】という看板を掲げた何かの店の中に吹き飛ばさた。
闖入した新たな異形に怯えるでもなく、少女はすぐさまこちらに向けて走ってくる。
五代の言葉を、果たして聞いていたのか。それさえも分からぬ勢いだったが……。
変身した五代は構うことなく、『未確認』と呼んだ怪物に向き直っていた。
ゆっくりと立ち上がった怪物に、ダメージは見られない。五代は右足を引き、走り出すような動きを見せる。
次の瞬間―――私の目では捉えられない程に高速移動する二体の異形が、激突していた。
拳をお互いの顔面にぶち込み、弾き飛ばされそうになる身体を、足を踏ん張って抑え込む。

「ぐ……超変身!」

「……!」

五代が叫び声を上げると同時に、彼の身に纏う装甲の色が変わった。
闇に溶け込むような蒼穹の色。同時に、持っていた鉄パイプが形状を変えていく。
杖術―――ロシアで特に発達したとされる闘技を彷彿とさせる体捌きで、五代が怪物に一撃を食らわせた。
全力の、突き。俊敏な動作で放たれたその一撃には、何らかのエネルギーが纏われているようにさえ見える。
加力を加えようとして、しかし五代の動きが止まる。腹にヒットさせた筈のロッドが、直前で怪物に握りこまれていた。
再び、二体の動きが見えなくなる。ハイレベルな何かが起きて―――結果として、怪物がロッドを奪っていた。
五代は逆に打ちのめされ、ロッドの一突きで後逸する。怪物も知性を持つと分かる結果だった。
距離が離れ、互いに睨みあう二人に、雲を破った月の光が差した。
一体どうしたことだろうか? その姿は、互いを初めて見る私にさえ似通った物のように見えた。

「クウガ!?」

「――――――仮面、ライダー……!」

いつの間にかロッドから鉄パイプに戻った得物を、怪物が取り落とす。
五代もまた、唖然と怪物を見つめる。私には何が起きているのか分からず―――。
走ってきた少女にぶつかって、ようやく我に帰れた。
私も五代の戦闘に気をとられていたが、少女の様子はより酷かった。
ぶつかった事にさえ気付いていないようで、激しく息を切らしながら地面に向かって足をばたつかせている。
はっきり言ってこのような人間……戦意を持たない者に大して用はないのだが、一応声をかけておくか。

「……大丈夫かね? 怖い目にあったね……さ、立って一緒に逃げよう」

「……」

少女は何も言わない。足を動かすのはやめたが、立たずに左手をガサゴソとディパックに突っ込んで何かしている。
更に右手の爪を噛みながら、追い詰められた表情でブツブツと呟いているではないか。
どうやら精神状態に問題があるようだな……まあ、あんな怪物に追いかけられては無理もないが。
だが、さりげなく少女の噛んでいる指に目をやって、私の表情が凍りつく。
少女は、まるで砂地に字を書くように―――己の人差し指と親指に、『しね』という文字を刻んでいた。

「……(なんだッ……? 頭が痛い……何だというのだ! 彼女の行動……目を離せない!)」

「……く、う」

数秒か、数十秒か。私が陶然と少女を見つめている間に、少女は落ち着いたらしく。
やおら立ち上がり、私を突き飛ばすようにして再び走りはじめた。
私はすぐさま、彼女に追いつかないような速度で、気付かれない程度の距離を保ちながら追うことを決める。
普通に考えれば、あんな異常な行動を取る人間が、無害な被害者なわけがない。
混乱状態にあるだけだとしても、放置しておけば危険になりうるし、
そもそも彼女こそがあの怪物以上の危険人物だということもあり得る。
彼女をただ見逃すなど、危険を増やす事に他ならない以上、追って動向を確かめるのは当たり前……。
だが私はそれ以上に、彼女に強い興味を覚えていた。

「五代くん! 鍵をかけた場所で待っているぞ!」

聞こえているかどうかもわからない声を張り上げて、私は少女を追跡し始めた。


【F-6 市街地 AM 4:33】


もう! 善吉くんもグリマーさんも、なんであたしがゆのちゃんと本郷さんのところに行くのを邪魔するのかな?
だって、本郷さんは乱暴さんだから、きっとゆのちゃんにきつく当たってるよ! 絶対ほっとけない!
でも、グリマーさんが「君が行くと話しがややこしくなりそうだから」って言うし……。
あたしも何度か覚えがあるから、そう言われるとちょっとちゅーちょしちゃうよぉ。
でも、わき・・・わきなんとか! みんなで仲良くするためには、黙ってたら駄目だよね!

「二人が帰ってきたら本郷さんにビシッと言うから! 女の子を縛るなんて駄目だって言うからね!」

「疑いを晴らす為だよ。それをしないなら、我々は彼女をこれからずっと信用できない」

「疑う事自体がおかしいって言ってるんだもん!
 あたしと同じくらいの歳の女の子が、鉄砲なんて使えるわけないよぉ! 持ってただけだよ!」

「俺の友達には機関銃とか使う人がいるけどな……」

何言ってるの、善吉くんは! いくら高校生さんだからって、そんなに背伸びしてる人なんているわけないよ!
うう、誰もわかってくれないよ。じゃあじゃあ、あたしはいったいどうすればゆのちゃんを弁護できるんだろう。
ゆのちゃんが何か大きな悩み事を抱えてることくらいはあたしだって分かってる。
それがゆのちゃんの態度を過敏にして、本郷さん達が彼女を疑う原因になってる事だって、分かってるけど。
だからって、ゆのちゃんの事情―――夢や悩みを無視して、縛り付けていいはずがないよ。
ゆのちゃんはきっとまだ話してくれないけど……みんなが心から彼女に歩み寄れば、きっと分かり合えるはず。
必ずゆのちゃんの悩み事を聞いて、それを解決してみせる。そう誓ったあたしの目に、そのゆのちゃんの姿が。
!!!! どうしたんだろう、怪我してるみたいだけどっ!?

「あっ! ゆのちゃん……本郷さんは?」

「うう……分からないの……いきなり本郷さんが襲ってきて……」

「何だって……!?」

「……」

やっぱり、本郷さんは約束を破ったんだ! 上着もなくしてびしょ濡れのゆのちゃんに駆け寄って、肩を貸す。
ふらふらと倒れ掛かっているゆのちゃんを、グリマーさんは驚いて、善吉くんは無言で見つめている。
ゆのちゃんが何をしたのかを聞いてからだけど、どうあれ本郷さんは絶対に許せないよ!
帰ってきたら、歳の差なんて関係ない、ちゃんと怒って、分かって貰わないと……。

「――――! のぞみちゃん、逃げ……」

「え?」

善吉くんが、何か言って――――。




基本支給品の筆記用具―――エンピツが、のぞみちゃんの左目を抉っていた。
フラフラとした体からは想像も出来ない敏捷さで、由乃ちゃんが突き刺した物だ。
何の迷いもなく全力で刺し込まれた鉛筆は、のぞみちゃんの眼球を貫き、網膜とその静動両脈を通過して、
眼底骨にまで達しているだろう。新品の鉛筆が半ばまでねじ込まれているのが、それを示している。
由乃ちゃんは即座にのぞみちゃんの腕時計―――ピンキーキャッチュだったか―――をむしり取り、
彼女を突き飛ばして懐に手を入れる。俺は息を呑む暇もなく、行動を起こしていた。

「我妻、由乃――――!!!」

叫びながら、走る。のぞみちゃんは急性ショックで動けず、その場に崩れ落ちて激しく息を切らしている。
由乃ちゃんは、悠々と拳銃を取り出した。コルトパイソン―――彼女が最初に捨てた銃とは別物。
6inの傑作回転式拳銃が、マグナム弾を吐き出した。両腕を上げて、首から上をガード。
だが、覚悟していた激痛は身体のどこにも走らず、背後でグリマーさんが倒れる音が聞こえる。
駄目だ、振り返るな。全ての感情を置き去りにして、今は由乃ちゃんを止める為だけに動け。

「おお、らああっ!」

「がっ……!」

ショートレンジに飛び込んで、回し蹴りを叩き込む。
拳銃の弾層が回転するより早く放たれた一撃に、由乃ちゃんが苦悶の声を吐く。
狙ったのは腕でも足でも、彼女がガードした頭でもない、粉砕する事で人間を痛みで無力化できる肋骨。
側面とはいえ、女子の腹を蹴るのに抵抗があるなどと言っている場合ではない。
叩き込んだ蹴りは、先ほどのぞみちゃんに試し割りをした時とは違う、混じり気なく本気の一撃。
後は倒れこんだ由乃ちゃんの肩にカカトを下ろして、気絶させれば―――。

「え……っ!?」

違和感、その一。直撃してから数瞬後に来る、蹴り足への反動が弱い。
違和感、その二。その蹴り足に、僅かな重み。
その一は、由乃ちゃんの制服から毀れた少年ジャンプを見て解決。あれを仕込んで、攻撃に備えていたのか。
頭のガードは、攻撃箇所を誘導する為の偽挙だったのだ。
その二……高速で地面に戻り、鍛え上げた膂力で踏ん張って火花を散らす蹴り足を見て、解決。
俺の足に、何かで濡れた布のような……おそらく切り裂かれた由乃ちゃんの制服の上着が、巻き付けられていた。
由乃ちゃんが、異常な俊敏さで飛びのいて、こちらに笑みを投げかけている……!

「――――ッ」

ぞくり、と肝が凍る。一瞬が百倍に濃縮されたような視界に、地面に散った火花が布に降りかかるのが見えた。
硝酸アンモニウムとヒドラジンを混ぜた、刺激臭を発する液体爆薬。
いま自分の足に絡み付いている布に染み込まされているのがそれだと気付いた瞬間、爆発は起こっていた。
十三組の十三人に対抗する為に鍛え上げた俺の努力が、仇になったか。
右足の膝から下が消失し、吹き飛ばされる。爆熱は全身を焼き、致命的な火傷を与えていく。
正式な起爆装置もない、素のままの点火とはいえ、爆薬は爆薬。人間に耐えられる威力ではない。
立ち上がる事も出来ない俺は、自分の死を確信し、仰向けになって由乃ちゃんを見た。
何故こんな事をしたのか。本郷さんはどうなったか。俺が彼女に話した、めだかちゃんにも同じ事をするのか。
せめてそれだけは聞きたかったが、口を動かせない。どうやら、口内から喉までも焼け付いているようだ。

「……えいっ」

由乃ちゃんが、可愛い声を上げてそこら辺で拾った角材を俺の頭に振り下ろす。
片手に持った銃で頭を撃ち抜けば、簡単にトドメを刺せるだろうに。銃弾を節約するつもりなのだろうか?
もはや痛みも感じないが、地面を割りかねない衝撃と一撃ごとに薄れる意識から、
彼女の膂力が中学生の女子としては異常な事に気付く。恐らくこれが斧なら、俺の首を軽々と刎ねていただろう。

「えいっ。えいっ。えいっ。えいっ……はあはあ、えいっ。えいっ。えいっ。えいっ。あっ……」

何度も、何度も振り下ろされた角材が、とうとう折れる。
由乃ちゃんは俺の……恐らくは原型を留めていない顔を見て、もう十分だと思ったらしく、薄く微笑んだ。
その笑顔に、どこか見覚えがあった気がする。消えていく意識の中で、思い出したのは誰の笑顔だったか。
あの、万象を喪失った、あらゆるマイナスを所持していた笑顔は、誰の――――――。

「あははははは! あははははっ!」

忌々しい記憶を思い出すと同時に、俺は恐らく死んだ。
肉体が活動を止め、勝ち誇った笑い声を上げていた由乃ちゃんの姿も見えなくなる。
もう、自分が何をしていたのか、何をしているのかも分からない、空ろな状態。
それでも、最後に一つだけ。

「いや、由乃ちゃん。お前が誰よりも過負荷(まけ)なんだぜ」

果たしてそれは、言葉だったのか、思念だったか。
由乃ちゃんに届いたのか……分からぬまま、俺の意識は終わった。
せめて彼女が、めだかちゃんに出"合"わないように願いながら。



「ふふ、ふふふ……」

案外、簡単だった。
やはり最初に夢原のぞみを潰せたのが大きい。
私は喜悦を抑えられないままに、ゆっくりと人吉善吉の死体に背を向ける。
これで三人……褒賞を得られる条件を満たしたはずだ。
未来日記を開いて見るが、まだ『DEAD END』は消えていない……冷や汗が、出る。
これは……まだ、死の運命から逃れられていないと言う事。
周囲を見渡すと、その原因らしき物が起き上がっていた。
マグナム弾で頭を撃ち抜いたはずの、ヴォルフガング・グリマーだった。
どうやら当たり所が良かったらしい。

「……」

「銃弾はなるべく節約したいな、あと五発しかないし……」

まあ、仕方ないか。人吉善吉のように行動不能にしてからならともかく、
動く相手を仕留めるのは手斧や鉈がない以上、この銃を使うのが安全だ。
グリマーの表情を覗いてみると、どうにも正気というものが感じられない。頭を撃たれておかしくなったのだろうか。
人間、こうなると哀れだな……と思うが、同情はしない。早く殺して、ユッキーのところにいかなくちゃね。
DEADフラグを排除する為、コルトパイソンのベンチレーテッドリブをスコープ代わりにして、目標の頭に合わせる。

「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」

直後、人間の物とは思えぬ奇声を上げて、グリマーが右手を振り回しながら駆け出した。
とっさに身を屈めて避わすと、まるで私が見えていないかのように脇を素通りする。
そして接触した護送車のドアに、拳をめり込ませる。その一撃は容貌からは想像も出来ない力で、
護送車が僅かに浮き、ドアにはっきりと傷跡を残していた。
殴った感触が人間の物ではないと気付いたのだろうか。
頭を振って次の標的を探すグリマーを見て、私の脳裏に一つの仮定が浮上する。

(目が見えていない……? さっきのは、私の声を聞いて方角を察知したのか)

冷や汗をかいて、一歩下がる。その足音を聞きつけられて、グリマー……ではもはやない。
超人とも呼べる存在が、私を殺さんと迫ってくる。
どうする? 一か八か、動き回るグリマーを撃ってみるか……。いや、駄目だ。
動いている的だと一撃で殺せないかもしれないし、こちらの位置を悟られる。
液体爆薬を使うか? いや……あれは切り札だ。数も限られているし、死にぞこないに使うべきではない。
それ以前に、こちらに我武者羅に向かってくる相手に使えば、爆発に巻き込まれる危険もある。
もっと効率のいい策を……。

「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」

「くそ……!」

グリマーが、目の前まで迫る。顔を見ると、黄色い血液を目から垂れ流している。
脳に酸素がいっていないのだろう、放っておけば死ぬだろうが……それまでに、私も殺されるかもしれない。
振り回される腕をなんとかかわし、グリマーの目が見えないのをいい事に、背を向けて走る。
グリマーが追い、私が逃げる。それを何度か繰り返して。
策戦を練り終わって、キョロキョロと音を探すグリマーを尻目に、後退。
が―――その足が、何者かに掴まれた。見ると、頭を潰された筈の人吉善吉が足元に縋りついていた。
恐らくは無意識のうちに、「誰よりもお前が負けなんだぜ」などと、うわごとの様に呟いている。
完全に予想外だった。死にぞこないは、二人いたのだ! なんて、しつこい――――――!

「こいつ―――っ!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」

私が嫌悪感を露わに呟くと同時に、グリマーが最も近い位置にいた、最も音を出す物に迫る。
そして―――人間の頭蓋骨が砕ける嫌な音が私の耳に色濃く届いた。
..........................
予定通り、夢原のぞみの頭が潰れる音が。

重症を負い、身動き取れないまま激しく息を切らしていた彼女を音源として、グリマーを誘ったのだ。
掴む手に力をなくした(恐らく死んだ)人吉善吉を振り払い、手ごたえを感じて動きを止めたグリマーの背後に回る。
片手間に、人吉善吉が死んだことによって『DEAD END』が消えたかどうか確認しながら。

「……まだ、駄目か」

トドメの一撃をグリマーが夢原のぞみに加える前に、至近距離からヘッドショット。グリマーは、今度こそ死んだ。
未来日記を確認。

「まーだぁ~?」

続けて、放置すればグリマーが殺害したことになるだろう、息絶え絶えの夢原のぞみの胸に銃を突きつけて、
肺の下の心臓目掛けて銃弾を発射した。手ごたえあり。これで、三人全てを完全に殺害したことになる。
未来日記を確認すると、『DEAD END』フラグは消えうせていた。『DEAD END 回避』の文字が浮かび上がる。

「セーーーーーーーフッッッ!!!!!!」

やったよ、ユッキー……私は、『運命』に『勝った』ッッ!
小躍りしそうになりながらも、殺した連中の荷物をかき集める。
残念な事に銃弾の換えはなかったが、便利そうな物もいくつかあった。
中でも、夢原のぞみの所持していたピンキーキャッチュという腕時計には興味をそそられた。
プリキュアというのに変身できるらしいし、私が変身できるかどうかは分からないが、後で試してみよう。
あの可愛い衣装を着て見せたら、ユッキーも喜んでくれるかもしれない。

「ふう……」

汗を拭っていた手が、何気なく首輪に触れる。
次の瞬間、私の目の前に、奇妙な人間が姿を現していた。
銃を向けても、男は何の感情も見せずに。一糸纏わぬ、裸体を晒していた。


(後編へ)





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