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正義の味方 ‐Crime avenger‐◆UOJEIq.Rys




1/喪失『私にとって必要な――――』


 ――――放送が終わった。

 告げられた死者は十二名。その中に、自分の知人はいない。
 だが、それは決して喜ぶべき事ではない。
 たった六時間。それだけの間に十二人もの人間が死んだのだ。
 その中に、誰かにとっての大切な人が入ってない方がおかしく、そしてそれは――――

「…………ぜん……きち……?」

 複数人で行動している自分“たち”でさえ、例外ではない。

 黒神めだかが、茫然と立ちつくしていた。
 あの毅然とした態度の面影は何処にもない。
 どこにでもいる当たり前の少女の様に、ただ静かに涙を流していた。

「……黒神…………」
 その様子を見ていられず黒神に声をかけるも、言葉が続かない。
 大丈夫か。などとは口が裂けても言えない。
 確認するまでもない。

 彼女は――――大切な誰かを失ったのだ。

 ニナもそれを判っているのか、声をかける様子はない。
 朝焼けを迎えるカフェテリアは、ただ静かに、声無き慟哭を響かせていた。




「すまない、迷惑をかけた」
 あれから数分。動揺の落ち着いた黒神は、静かにそう言って謝った。

「気にしなくていいって。それより、もしまだ辛いなら休んでていいからな」
「そうですよ。無理をして体を壊してしてしまっては元も子もありません」
「……心遣い、感謝します。けれど休んでいる暇はありません。これ以上誰かを死なせる訳にはいかいきませんから。
 大丈夫です。いきなり倒れるようなへまはしませんので」
「……わかった。けど無茶だけはするなよ。限界だと思ったら、無理やりにでも休ませるからな」

 黒神に今までの覇気はない。だが、今はこれ以上休めと言ったところで黒神は聞かないだろう。
 それに、何かをしていた方が心を紛らわせる事も出来るだろう。
 心配は拭えないが、それなら無茶をし過ぎないよう俺が気をつけていればいいだけだ。


 黒神が頷いたのを確認して、今後の方針を練る。
 本来、こういったリーダーシップを執るのは黒神の方が得意なのだろうけど、今の彼女にそれは酷だ。

「それじゃあまず今後の方針についてだけど、二人とも、放送に関して何か気付いた事はないか?」
 今の黒神がいる状況では聞きづらいが、それでも聞かなければならない。
 この殺し合いを止める為には、今はすこしでも情報が必要だ。

「私からは特にない。ただ、あの放送は『嘘』ではないだろう。
 ………何故なら、嘘をつく意味が………無い………」
 絞り出すような声。
 きっと彼女は、何度も放送が嘘である可能性を何度も考えたのだろう。
 その上での断言。絞り出すような声は、信じたくないと思う心の、せめてもの抵抗だ。

 強いんだな、と。
 誇張でも何でもなく、純粋にそう思った。



「ニナの方はどうだ? 何か、気付いた事とかあったか?」
 ニナの方へ向き、問いかける。
 放送が流れた瞬間は黒神に気を取られていたが、今見た限りでは、ニナに黒神の様な悲しみの色は見られない。

「私の方もありません。ただ……」
「ただ?」
 何か思い中る事でもあったのか、言葉尻を濁す。

「ただ、テンマと呼ばれた方の事が気になったんです」
「気になるって、知り合いなのか?」
「いえ、放送で聞こえた声は違います。
 私の探している人は天馬賢三と言う人ですが、放送の声の人ではありません。
 ただ、名簿にはテンマと呼べる方が二人いますので、もう一人の方ではないかと」
 言われて名簿を確認すれば、成る程、確かに “テンマ”が二人いる。

「………なあ。この天馬賢三って人、ニナの彼氏か?」
 天馬賢三の名前を言った時のニナの表情が気になり、つい思った事が口から出てしまった。

「――い、いえ。違います! 確かに私の恩師とも言える人ですけど、恋人ではありません」
「そ、そうか。悪い、変に勘ぐっちまった」
 驚いたような顔をしながらも、両手と首を振ってニナは否定した。
 ニナの表情がどこか大切な人を見るようだったのでそう思ったのだが、どうやら思い違いだったらしい。

「そうだぞ、衛宮上級生。女物の服を着ているが、彼は男性だ。
 天馬賢三という人は、はその名前から察するに男性だろう。彼が同性愛者でもない限り、恋人と言う事はあるまい」
「――――――――!」
「…………へ!?」
 黒神の言葉に、思わず声を失う。
 それはニナも同様で、目を大きく見開いて驚いている。

「それ本当か? ニナさんが男性だっていうのは」
「……ええ、本当です。実は私、家庭の事情で女性として育てられていたんです。
 けどよく判りましたね。私が男性だと気付く人は滅多にいないのに」
「確かに私も最初は女性かと思ったが、こうして向かい合えばすぐに判る」
「いや、それは黒神だけだと思うぞ?」
 黒神の思わぬ観察力に驚きつつも、それをまったく自覚していない発言に思わず呆れた。




「では、今後の方針は昆虫男と学生服の少年の行方を捜索しつつ、放送の有った現場の探索をする。これで問題ないな」

 時間が経って、ある程度調子を取り戻した黒神が仕切る。
 その言い方は俺を諫めているようでもある。

 いや、事実諫めているのだろう。
 ジョーカーを殺さなければならないと考える俺と、誰であっても殺す事を良しとしない黒神。
 お互いの目的は同じで、その差異はおそらくたった一つ。
 だが、その一つが致命的な違いとなっているのだろう。

「ああ、俺は問題ない」
 放送は気になるし、当然学生服の安否も気になる。
 黒神の言った行動方針に異論はない。

 現状、たった一つの致命は明確な問題とはなっていない。だが、いつそれが表面化するかも判らない。
 それが問題となって救えぬ誰かを出す前に、近い内に必ず解決しなければならないだろう。


 しかし、それでも疑問は残る。
 どうして俺は――――黒神めだかの事が、こんなにも気にくわないのだろう。




「人吉善吉さんとは、どんな人だったのですか?」
 行動方針を決め終え、出発の準備を整えていると、ニナが唐突にそんな事を訊いてきた。

「――――! ち、ちょっとニナさん!」
「構いません。……いずれは、話さなくてはいけない事ですから」
 思わず声を荒げるが、黒神は首を振ってそれを止めた。
 彼女も解っているのだろう。どれだけ話を先延ばしにしようと、結局のところ、いつかは絶対に話さなければならない、ということに。

「一言で言ってしまえば、善吉は「私にとって必要な人間」でした」
 そう言って黒神めだかは、心を静かに、遠くを見つめ、想いを馳せた。


「私と善吉は、いわゆる幼馴染だった」
 彼と初めて会ったのは、十五年前。私と彼は、それからずっと一緒に居た。
 そしてこれからも一緒に居るのだと、理由もなく思っていた。

「私は成長の速い子供で、人より多くの事が出来た。
 だからその分、人より多く頑張って、人より多く成果を出してきた」
 そしてその分。人は私を恐れ、私から離れていった。

「そんな私について来れる人など、そうはいなかった。
 それでも善吉は、文句を言いながらも傍にいてくれて」
 誰よりも“完璧”だった私は、誰にも心配される事はなかった。
 そんな中、彼だけが私を心配してくれた。

「善吉がいなければ、私は「私」には成らなかった。
 善吉がいなければ、私は別の「何か」に成っていた」
 人生に意味など無いのだと。そう諦めていた私に、夢をくれた。

「だから善吉は、「私にとって必要な人間」でした」
 彼に初めて会ったとき、私は彼に救われた。

 “きっときみは、みんなを幸せにするために生まれてきたんだよ!”

 だから私はその言葉を私の目標にして、その言葉に恥じないように生きてきた。
 だから私は、彼に恥じない様に、これからもそうやって生きていくのだとに誓った。
 だから―――

「――――黒神さん。善吉さんに、会いたくはありませんか?」
「――――え?」
 だから黒神めだかは、ニナ・フォルトナーが言った言葉を、理解する事が出来なかった。

 会いたくない訳がない。もし会えるのなら、何をしてでも会いたい。
 けれど善吉は死んでしまって、もう二度と会えない。
 そんなわかり切ったことを、彼はどうして訊くのか。

「会わせてあげましょうか?」
 そう、まるで天使が囁く様な声で、ニナが言った。
 ガチリ、と何かしらのギミックが軋む音が聞こえた。

 テレビや映画などで聞き慣れたその音に、背筋が凍りつく。
 その音に、ニナの言葉に混乱した黒神は気付いていない。

「黒神、危ない!」
 咄嗟に黒神を抱き込み、床へと伏せる。直後、銃声が二度響いた。
 躱し切れなかった銃弾がデイバックへと当たり、その中身を巻き散らかす。
 続く銃撃はない。いまだに混乱している黒神を庇いながら、凶弾の撃ち手へと目を向ける。

「ニナさん。あんた、一体どういうつもりだ」

 そこには、右手に警察が持つような拳銃を構えた、ニナ・フォルトナーがいた。
 その表情は変わらず笑顔のまま。その事実に、感情が冷えていくのが実感できる。

 ニナは拳銃を構えたまま、微動だにしない。
 拳銃の性能をよく理解しているのか、避けるには近く、攻めるには遠い距離を維持している。

 手の届く範囲には地図やメモ帳など、ただの紙切れしかない。
 武器や盾になりそうな物は、どれも一歩以上の距離を必要とする場所に落ちている。

 つまり手詰まり。普通の人間には、どうする事も出来ない状況だ。

「なんでこんな事をした」
「ああ、それはね、彼女が“僕”を知ってしまったからだよ」
「僕を……知った……?」

 その答えに首をかしげるが、すぐに続きが来た。
 即ち、ニナ・フォルトナーの目的だ。

「僕の目的はね、『完全なる自殺』なんだ。だから、少しでも“僕”のことを知っている人間は、全て殺さなきゃいけないんだ。
 それなのに彼女は僕の性別に気付いてしまった。なら、もし“本物のニナ・フォルトナー”に出会ってしまえば、僕の正体に気付いてしまうかもしれない。
 だから、あなた達には死んでもらわなくちゃいけないんだ」
「…………そうか」
「それじゃあ、出逢ったばかりだけど、さようなら」
 声は酷く淡々としている。
 それはニナ・フォルトナー――名前も知らない男にとって、当たり前の事なのだろう。
 それを証明するかのように、男は水鉄砲でも撃つかの様に、あまりにも軽く引き金を引いた。

 朝のカフェテリアに似つかわしくない、乾いた音が再度響き渡った。

 ―――直前、

「―――同調(トレース)―――」

 既に準備の出来ていた魔術回路をスタートさせる。
 床に放り出された地図を拾い眼前へと広げ、強化の魔術を叩き込む。

「―――完了(オン)―――!」

 防げるはずのない銃弾を防ぐ。
 当たり前の物理法則を無視して火花が飛ぶ。
 魔力を籠め過ぎたのか、鋼鉄並みに強化された地図が千々に破け散る。

 戦闘開始だ。舞い散る紙片が床に落ちる前に、俺は敵へと駆け出した。


2/行動論理『なまえのないかいぶつ』


 男が銃を撃ちながら、逃げるように後退する。
 途中に在った白と黒の二つの短剣を拾い、弾丸の射線上に置く。
 拳銃から撃ち出された弾丸は、当然の様に弾道を遮った白い短剣に防がれた。


 衛宮士郎は弓において射を外した事は一度しかない。その一度も、予め外れる事が判っていた。
 それはつまり、自身の矢が何処に中るかを予測できるということ。
 逆に言えば、他人の矢でもある程度は何処に中るか予想できるということだ。


 続く弾丸も黒い短剣で弾く。
 敵との距離は残り三歩。
 その時点で見切りを付けたのか、男は銃を手放すと、デイバックから黒い剣を取り出した。
 柄尻から切っ先までを漆黒に染め、赤い文様を脈打たせるソレは、その外見とは裏腹に、どこまでも尊い魔力を纏わせている。

 ――――おそらくは宝具。
 聖杯戦争におけるランサーの槍と同じ、“貴き幻想(ノーブル・ファンタズム)”。
 その切れ味は、そこら辺の名剣など足元にも及ばないだろう。
 たとえ持ち主が素人だろうと、その脅威は推して余りある。
 だが――――

「………っ!」
 振り下ろされた剣を正面から受け止める。
 受け止めた剣には、亀裂一つ入っていない。
 男の方から驚きの声が聞こえた。


 驚く事ではない。
 相手の剣が宝具なら、こちらの剣もまた宝具。
 聖杯戦争においてアーチャーが用いていた、錬鉄の夫婦剣。

 陰剣莫耶、陽剣干将。
 際立った能力こそないものの、剣としての頑丈さは折り紙つきだ。
 たとえその剣がどれほどの名剣でも、一撃二撃で砕かれる事はない。

 驚愕の間に、男の剣を弾き飛ばす。
 不意を突かれた男は容易く剣を手放し、その身体を曝け出した。
 そこに渾身の力で体当たりを入れる。

「ぐうっ………!」
 男は壁に叩きつけられ、呻き声を上げる。
 即座に干将を男の肩ごと壁へと突き刺す。
 そしてもう一方の莫耶を、男へと突き付ける。

「一つ、聞かせろ。お前は今までも、そうやって人を殺してきたのか?」
 身動きの取れない男は、きょとんとした顔をしたあと、すぐに笑顔へと変わった。

「うん、そうだよ。僕は“怪物”だからね。“怪物”が人を殺すのは、当然の事でしょう?」
「……………………」
 当然の様に返された返答。それで理解した。
 こいつもジョーカーと同じ壊れた人間なのだと。
 つまりは、殺さなければいけない“悪”だということを。

「悪いな、俺はお前を殺さなくちゃいけない」
「それは、なんでかな?」
「俺は“正義の味方”だからな。当たり前の様に誰かを傷つけるヤツを、許す訳にはいかないんだ」
 俺にとっては決まりきった回答。
 男にとっては何かが意外だったのだろう。大きく目を見開いている。

「―――ああ、そうか。君も“怪物”なんだね」
「………ああ、そうかもな」
 男は得心がいったように頷き、俺はそれを肯定した。
 なぜなら、


 ――――誰かを救うためならば、俺も、当たり前のように人を殺せるからだ。
  それのどこが、目の前の“怪物”と違うというのだろう。


「じゃあな。別に、恨んでくれても構わない」
「恨まないよ。だって、“正義の味方(ヒーロー)”が“怪物(モンスター)”を倒すのは当たり前の事でしょう?」
 それもそうだ、と頷き、莫耶を振り下ろした。

 莫耶が名前も知らない男へと迫る。
 その白刃は、容易に男の体を切り裂き、その命を散らすだろう。
 男にそれを止める術は無く、また、その意志があるようにも見えない。


 だがその刃は、男へと届く直前に横から割り込んだ別の刃によって止められた。
 すぐに後方へ跳び、距離を取る。

「どういうつもりだ、黒神」
「どうもこうもあるか! 貴様、今何をしようとした!」
 男を庇いながら黄金の剣を構える黒神を睨み付ける。
 それに対し、黒神めだかは怒りを見せながらこちらを睨み返してきた。
 そこにはやはり覇気はなく、いまだ立ち直り切っていないことが伺える。

「何をって、見たままだが」
「ッ……貴様……!」
「黒神の方こそ、何で邪魔をするんだ。
 そこをどいてくれ。黒神に、そいつを守る理由なんてないはずだろ」
「関係無いと、言ったはずだ」
「………そうか。なら、あんたも敵だ」
 深呼吸を一つ。それで感情を凍らせ、表情を無にして告げる。
 これはいずれ起こった問題が、今ここで起きたにすぎない。

 ………出来る事なら、彼女とは敵対したくなかった。
 だが、こうして問題が表面化した以上、今ここで黒神との決着付ける。




 黒神へと一足で踏み込み、莫耶を振り下ろす。
 狙いは剣を持つ右腕。流石の黒神でもすぐには応戦出来ない。
 腕を狙った理由は、彼女を殺す為ではなく無力化するためだ。
 これまでの行動から鑑みても、今ここで彼女を失うのは惜しい。

「なっ――――!」

 だが、黒神へと振り下ろされた刃は、当然の様に黄金の剣に弾かれた。
 その事に驚きつつも、即座に回り込む様に移動しつつ斬り込む。
 しかし黒神は人間離れした反応速度で、先ほどと同じように短剣を防ぎつつ回り込んできた。

「チィ――ッ!」

 見誤った。
 黒神の反応速度は俺以上だ。

 否。その程度では済まされない。黒神は斬り結ぶ中で、俺の短剣を奪おうとまでしてくる。
 その予備動作すら感じさせない動きは、明らかに人間の限界を超えている。

「この……っ!」

 俺がそんな黒神に対応できているのは、既に俺がサーヴァントと言う“人間以上の存同士の戦い”を見慣れていたのと同時に、精神的な理由からだろう、黒神の動きが精彩を欠いているからにすぎない。

 このままでは勝てない。
 長剣と短剣。反射神経の差。カフェの中という、戦闘を行うには狭い場所。
 それらの要素が、黒神に有利に働いている。

 後方へと飛び退いて距離を取り、僅かに乱れた息を整える。
 追撃はない。黒神の目的が男を守ることである以上、それは当然だろう。
 こちらの得物が短剣である以上、一刀では足りない。かと言って銃器は持っておらず、仮に持っていたとしても、普通の銃弾では黒神ならば弾ける可能性がある。

 その圧倒的に不利な状況の中、黒神をどうにか退け、男を殺す方法を模索しようとして、

「…………だ」

 黒神が僅かに俯いて、呟くように口を開いた。
 今の彼女に戦う意志はない。否。元より黒神は、戦意など持っていなかった。
 あるのはただ、純然たる疑問だけ。

「なぜだ。なぜ彼を殺そうとする、衛宮士郎!」
「…………、まだそんな事を言っているのか黒神。こいつの行動も、考えも解っただろう。命を狙われたって言うのに、よくそんな事が言えるな」
「そんな事は関係ないと言ったはずだ!
 私は誰も死なせないと誓った! たとえそれが、どれ程の悪人であっても、だ!
 貴様の方こそ、なぜ彼を殺そうとする!」

 黒神の言葉に呆れ、同時に羨ましくも思う。
 俺には、その道を貫き通す事が出来なかった。
 俺に出来た事は、ただ見殺す事だけだったから。

 ―――けど、だからと言って、引き下がる事は出来ない。

「判り切った事を聞くな黒神。そいつはジョーカーと同じで、どうしようもなく壊れた、“救えない人間”だ。どう頑張った所で人殺しを止める事は出来ない。なら、前にも言ったように殺すしかないだろう。
 それともお前には有るって言うのか? この殺し合いを強要された世界で、そいつを抑えながら、誰も死なせずにすむ方法が」
「それは………」
 黒神が口籠る。
 聡明な彼女の事だ。その意味を当然理解しているだろう。


 例えば、ここに銀行強盗と十人の人質がいたとする。
 当然、人質全員を救うことは困難だ。生半可な方法では必ず救えぬ誰かが出てしまう。
 だが、もし仮に人質十人を救えたとしても、それでも救えぬ者は出てきてしまうのだ。

 そう。人質を救われてしまった強盗だ。
 強盗を救うと言うことは人質を見捨てると言うことで、人質を救うと言う事は強盗を切り捨てると言うこと。
 どちらも救う方法など、皆無に等しい。


 だが黒神は、その両方を救いたいと言っているのだ。
 その過程に、どれ程の犠牲が生まれ得るかを理解したうえで。

「お前だって解っているんだろう、全てを救うことが出来ないって事は。
 ……なら。そいつを生かして余計な荷物を背負うよりも、今ここで殺して身を軽くした方が犠牲も出ないし、より多くの人を救える。
 黒神の言いたい事は解る。けど、俺はお前みたいに、一縷の希望に縋って被害を広げる事は出来ない。
 そんな決断を先延ばしにする弱さが、逆に救えたかもしれない人間を死なせる事になるんだ」
「――――――――」

 放っておけば十人の人が死ぬ。
 それを、予め一人の命を絶つ事で九人を救えるのなら、それこそが最善。
 他の考えは全て打算と妥協にまみれた失策だ。

 黒神の言い分は正しい。
 どちらがより多くを救えるか、という事ではなく、誰かを救うという点で、黒神の願いこそが正しく、それは――――

 ―――それは。
 かつて衛宮士郎(おれ)がずっと憧れてきて、心の奥で、諦めていた過去(げんそう)ではなかったか?

「――――違う。貴方は、間違っている」
「黒神……?」
「私は犠牲など出させない。
 貴方の方こそ、やりもしない内に結論を出す衛宮上級生こそ、弱いのではないのですか」
「っ――――!」

 そうして漸く気付いた。
 多大に共感できる彼女の、いったい何が気に食わなかったのか。
 その答えに。

「私は、自分が“みんなを幸せにするために生まれてきた”のだと信じている。
 だからこそ、たとえ誰であろうと、手の届く所にいる限り絶対に死なせるつもりはない!」
「……………………」

 つまるところ、黒神めだかは衛宮士郎(おれじしん)だったのだ。
 全てを救うのだと、幼い夢を見ていた頃の、理想の具現。

「ああ、そうだな――――俺は弱い。
 どうしようもなく弱いから、味方をした人間しか救えないんだ」
「…………?」

 正義の味方は、味方をした人間しか救えない。
 そんな当たり前の事実が、この上ない程に悔しい。

 ――――敵も味方もない。目の前に居る全ての命を救うのだと。
 その、かつてのエミヤシロウが果たせなかった夢を、黒神めだかは掲げている。
 その羨望こそが、この感情の正体だったのだ。

「もし俺が、お前の様に強かったら―――」
 遠い夜空の星を眺めるように、黒神めだかという少女を見つめる。
 そして。


「――――俺は、桜を見殺しにせずに済んだかもしれないのにな」

 そう、心からの後悔を口にした。


3/現実『切り捨てたモノ』


「………桜とは、誰ですか?」
 黒神が恐る恐る、と言った口調で聞いてくる。
 理解しているのだろう。その名前が、“黒神めだかにとっての人吉善吉”だと言うことに。
 黙っている理由もない。むしろ話さなければ、黒神は納得しないだろう。
 故に、真っ直ぐに彼女を見据え口にした。

「…………彼女は―――間桐桜は、年下の後輩で、親友の妹で、俺の妹分で、そして――――」

 俺が守りたかったもの。
 俺にとって大切だったもの。
 失うことさえ、思いつかなかったもの。
 そして―――

「――――俺の好きだった女の子だ」

 それを俺は、正義の味方という理想の為に、斬り捨てた。


 黒神は、目に見えて狼狽している。
 その表情は、何か聞き間違いをしたのでは、と疑っているようでさえある。

「………好きだった女の子? それを……見殺した?」
「ああ、その通りだ」
「っ――――――――!」
 息を飲む。衛宮士郎の言葉、その行動に、口にするべき言葉を失っている。
 当然だろう。容易く理解できる事ではない。容易に納得できる事でもない。

 それでも理解しようと――したいと願うなら、

「それは………何故」
 出来る事は、ただ、その理由を問う事だけだ。
 たとえその結果、聞くべきではない事を聞いてしまうとしても。

「―――だって、俺は―――」
 零れ出た己の声は、ただ虚ろな、伽藍の洞を吹き抜ける隙間風のようだった。
 怒りもなかった。悲しみもなかった。当然だ。衛宮士郎の中にはもう何もない。
 あるのはただ、愛した者を切り捨ててまで張り通した、薄っぺらな理想だけ。

「俺は―――正義の味方に―――なるから、だ」

 その空虚な誓いだけが、今の衛宮士郎を生かす全てだった。

「せいぎの………みかた、だと…………?」
 黒神は顔を伏せ、肩を震わせている。
 否応なしに高まる感情を、どうにか抑えている。

「貴様は、そんなモノの為に、自分が愛した少女を、見殺したと言うのか………」
「……………………」
 黒神の問いに無言で返す。
 答えるまでもない、と言外に告げる。
 それを受け、黒神は抑えきれなくなった感情を爆発させた。

「ふざけるな、衛宮士郎! そんなものが“正義の味方”であってたまるか!」
 激情を顕わに、剣を振り上げ斬りかかってくる。
 いや、その表現は正しくない。黒神は剣の刃を向けずに、その腹で叩き付けるように打ち抜いてくる。

「くっ――――!」
 咄嗟に短剣で受けるも、その勢いにたまらず引き下がる。
 そこへ、烈火怒涛と黒神の剣が襲いかかる――――!

 繰り出される黒神の剣を防ぐ事しかできない。
 反撃を試みれば、その隙に黒神の剣が躰を打つ。
 いや、そもそも反撃にまわれるだけの余裕などない。
 黒神の剣に込められた力は、莫耶を握る手を一撃ごとに痺れさせる。

 だが決着は、剣を取り落とすより早くついた。
 黒神の剣圧に耐えられず、片膝をつく。
 そこへ、黒神は止めとばかりに剣を振り落とす。

 必倒(そ)の一撃を、莫耶を両腕で支える事で受け止める。
 戦いはそれで終りだ。
 黒神の剣を受け止めたものの、その圧力に動く事が出来ない。
 短剣を支える両腕を僅かでも緩めれば、黒神の剣が俺の頭を強打する。

「ぐ――――づ…………!」
 両腕に力を籠め、黒神の一撃を食い止める。
 額に汗が滲み、呼吸が千々に乱れる。
「――――――――」
 対して、黒神は呼吸さえ乱れていない。
 こと身体能力において、俺は黒神に大きく劣っている。

「――――なぜだ、衛宮士郎。好きな子を守るのは当然の事だろう。だと言うのに、なぜ貴様はその少女を見殺した!」
「……好きな子を守るのは当然、か」

 そう、好きな子を守るのは当然だ。そんな事、俺だって知っていた。
 だが俺は、そんな当たり前の事を、守れなかったのだ。

 両腕に一層力を籠める。
 そのまま一度だけ黒神を見上げ、

「だって、仕方ないだろう。
 桜は外道に堕ちてしまった。自分が生きるために、他者を犠牲にする存在(モノ)になってしまったんだ」

 真っ直ぐに、昏い目をしてそう告げる。
 魔術師でない黒神めだかに、その言葉を正しく理解する事は出来ない。
 解るのはただ、衛宮士郎が愛した少女が人を殺す存在になったのだと言うことと。
 その言葉に込められた、深い慟哭だけだ。

「―――そこに、桜自身の意思は関係ない。桜の体は、己が生き延びるために桜の心を無視して人の命を喰らっていく」

 俺の前でだけ笑っていた少女。
 その影で、どれだけ泣いていたのかさえ、俺は知らなかった。
 決して声を上げず、顔にも出さず、絶対に知られたくないと願いながら、けれど、それでも助けを求めていたのに。

 ――――先輩。もし私が、悪い人になったら――――

 俺は、何一つ気づく事が出来なかった――――気づこうとすらしなかった。
 そして気付いた時にはもう手遅れで、俺にはどうする事も出来なかった。
 ………いや、気付いた所で、どうしようもなかった。
 桜もそれを分かっていたのだろう。

 ――――はい。先輩になら、いいです。

 桜は言った。俺ならいい。俺にならば、殺されてもいいと。
 それなのに俺は、彼女のそんな願いすら、叶えてやれなかった。
 彼女にとっての最後の救いさえ、与えてやれなかった。
 俺に出来た事は、ただ、彼女の死を許容する事だけだった。

「…………俺には、桜を救う術がなかった。桜の人喰いを止めるには、殺すしかなかった」

 誰かの味方をすることは誰かの味方をしないということで、
 誰かの味方になるということは誰かの敵になるとうことだ。
 衛宮士郎が正義の味方を張り通す限り、間桐桜は、倒さなければならない敵だった。

「だから殺した。誰よりも死んでほしくないと願ったまま、大勢の為に桜には死んで貰った」

 より多くの人を救う為に。十年前の惨劇を繰り返さない為に。正義の味方になる為に。
 顔も知らない誰かの為に――――


 ――――誰よりも愛した少女を、見殺した。


 それこそが黒髪めだかが感じた不快感の正体。
 より多くの人々を救う為に、自らの感情を殺して決を下せる、“セイギノミカタ”という理想だった。

「衛宮……………」
 黒神の剣が緩む。
「ふっ――――!」
 その隙に立ち上がり、自由になった足で黒神を蹴り飛ばす。
「っ――――!」
 吹き飛ばされつつも、黒神は危なげなく着地する。
 状況は先ほどと変わらない。
 男を殺そうとする俺と、壁に縫いつけられた男を背にする黒神。
 互いの距離は、またも五メートルほどの間合いとなった。

「……………………」
 黒神に先ほどまでの怒気はない。
 それでも油断なく莫耶の切っ先を突き付け、決別の言葉を口にする。

「俺にはもう、たった一つの理想(モノ)しか残ってない」

 ――――正義の味方になる。

「その為ならば、どんな事でも成し遂げてみせる。それがより多くの人を救う為ならば、悉くを受け入れて、その存在を切り捨てよう」
「………衛宮………お前は、本当にそれで――――」
「その為に、たとえこの世の全ての悪を担うことになろうとも―――構わない。
 それでより多くの人が救えるのなら、俺は喜んで引き受ける」
「…………ッ」
 黒神が息を飲む。
 その言葉の重み、そこに込められた意志と覚悟を、否応なしに理解させられた。
 黒神めだかは、もはや自分に衛宮士郎を止める言葉がない事を理解してしまった。

「―――― I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」

 自然と浮かび上がる言葉。恐らくは衛宮士郎の未来を暗示する呪文を、
 心を静かに、鉄に変えて口にした。

 ――――それで終わり。
 衛宮士郎と黒髪めだかの道は違えた。きっと二度と、同じ道を歩くことはない。
 同じモノを夢見た少年と少女は、今ここに、完全に敵同士となったのだ。




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