かつて名城と謳われたニューカッスルの城は無残に瓦礫と化していた。戦場跡には人間の体が焦げた臭いが立ちこめている。
風が死臭を運んだ。死体を避けながら瓦礫の間をぬって歩くワルドは、思わず顔を顰める。
スクウェア・クラスのメイジでありトリステイン魔法衛士隊のグリフォン隊隊長であったワルドには、もちろん戦場など珍しいものではない。
風が死臭を運んだ。死体を避けながら瓦礫の間をぬって歩くワルドは、思わず顔を顰める。
スクウェア・クラスのメイジでありトリステイン魔法衛士隊のグリフォン隊隊長であったワルドには、もちろん戦場など珍しいものではない。
(だが、被害が二千とは多すぎる。それもすべて、あの一匹の幻獣によって壊滅的な打撃を受けたのだ……)
左腕がずきりと痛んだような気がして、ワルドは手を伸ばしかけた。ち、とワルドは己に向かって毒づいた。
ルイズの使い魔によって切断され、もはやそこには左腕はないのだ。
吐き気をもよおすような臭いを運ぶ風が吹くたびに、ワルドの左袖ははたはたと揺れた。
ルイズの使い魔によって切断され、もはやそこには左腕はないのだ。
吐き気をもよおすような臭いを運ぶ風が吹くたびに、ワルドの左袖ははたはたと揺れた。
(それにしても、異様な光景だ)
ワルドの周りでは『レコン・キスタ』の兵士たちが黙々と瓦礫をどける作業を行っていた。誰一人として宝漁りなどするものがいない。
みな、『婢妖』に頭を乗っ取られ、人間ではなくなった兵士であった。見ると、片腕を吹き飛ばされたり、目が潰れた兵士も混じっていた。
みな、『婢妖』に頭を乗っ取られ、人間ではなくなった兵士であった。見ると、片腕を吹き飛ばされたり、目が潰れた兵士も混じっていた。
(もはや血もでないのだろう。死体を操っているようなものだ)
むしろ兵士としてはよほど有用だな、とワルドは冷酷に呟いた。
自分がウェールズを刺した場所にたどり着いたワルドは、右手で杖を抜こうとした。すると、誰かが遠くからワルドに声をかけた。
自分がウェールズを刺した場所にたどり着いたワルドは、右手で杖を抜こうとした。すると、誰かが遠くからワルドに声をかけた。
「子爵! ワルド君! 我らが友人、ウェールズ皇太子は見つかったかね?」
「ただいま探索をさせるところでございます、閣下」
「ただいま探索をさせるところでございます、閣下」
そう言ってワルドは一礼した。
近づいてくる男は三十代半ばだろうか、一見すると聖職者のような、緑色のローブとマントを身に付けている。
高い鷲鼻に碧眼、カールした金色の髪が丸い球帽の裾から覗いている。
近づいてくる男は三十代半ばだろうか、一見すると聖職者のような、緑色のローブとマントを身に付けている。
高い鷲鼻に碧眼、カールした金色の髪が丸い球帽の裾から覗いている。
「君の討ち取ったウェールズ皇太子の亡骸はぜひとも必要なのでね! 燃えてなければなお都合が良いがな。して、探索とはどうするつもりだね、子爵?」
「婢妖に血の臭いを追わせます。ウェールズの血が私の杖に残っていますので」
「婢妖に血の臭いを追わせます。ウェールズの血が私の杖に残っていますので」
そう言いながら、ワルドはマントの下から婢妖を出した。ミス・シェフィールドに貸し与えられたものである。
婢妖はワルドの杖にからみつくようにして血の臭いを嗅いだ。そして、しばらく辺りを飛び回っていたが、やがて中庭の一端を指した。
なるほど、そこだけ土が掘り返され、小さな石が墓石代わりにのせられている。傍には花まで添えてあった。
婢妖はワルドの杖にからみつくようにして血の臭いを嗅いだ。そして、しばらく辺りを飛び回っていたが、やがて中庭の一端を指した。
なるほど、そこだけ土が掘り返され、小さな石が墓石代わりにのせられている。傍には花まで添えてあった。
「ウェールズはあそこに埋葬されています、オリヴァー・クロムウェル閣下。おそらくはルイズ・フランソワーズのやったことでしょう」
「そうか、心優しいことだな、君の元婚約者は! もっとも、するなら火葬にするべきだったな。埋葬したおかげで、墓石が我々の目印になったわけだ!」
「そうか、心優しいことだな、君の元婚約者は! もっとも、するなら火葬にするべきだったな。埋葬したおかげで、墓石が我々の目印になったわけだ!」
閣下と呼ばれた男は、にかっと笑みを浮かべてワルドの肩を叩いた。
ワルドはわずかに頬を歪める。しかし、すぐに真顔に戻った。
ワルドはわずかに頬を歪める。しかし、すぐに真顔に戻った。
「さて、我らが友人、ウェールズ皇太子にはもう一働きしてもらわなくてはな! 余としても死人に鞭打つようなまねはしたくないのだ。
もっとも、彼はすこぶる協力的であってくれるはずだがな……」
もっとも、彼はすこぶる協力的であってくれるはずだがな……」
軽口を叩くクロムウェルのローブの下から、びゅる、と何かが飛び出した。ワルドの婢妖より一回り大きいそれは、あっという間にウェールズの墓の下に潜りこんだ。
何かが蠢くような音が微かに聞こえてくる。満足そうに男はそれを眺めていた。
何かが蠢くような音が微かに聞こえてくる。満足そうに男はそれを眺めていた。
やがて……ウェールズ皇太子の白い腕が、ぼこりと土から突き出された。
ルイズたちが魔法学院に帰還してから三日後、アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の婚姻が発表された。式は一ヵ月後である。
それに伴い、トリステイン王国と帝政ゲルマニアは軍事同盟を締結する運びとなった。
直後、アルビオンの新政府樹立の公布がなされ、新皇帝クロムウェルからの打診により両国との間に不可侵条約が結ばれた。
トリステイン魔法学院にも平和が戻り、ルイズも穏やかな生活に戻ることとなる――はずであった。
それに伴い、トリステイン王国と帝政ゲルマニアは軍事同盟を締結する運びとなった。
直後、アルビオンの新政府樹立の公布がなされ、新皇帝クロムウェルからの打診により両国との間に不可侵条約が結ばれた。
トリステイン魔法学院にも平和が戻り、ルイズも穏やかな生活に戻ることとなる――はずであった。
「――なのに、なな、なんでこんなことになるわけ!? とと、とらはいないし! 変なのは来るし!」
半泣きになってわめくルイズに、目の前の妖魔(としかルイズには見えなかった)が言う。
『お嬢さん、安心しろ~。あたしたちは敵ではないぞう』
『ずーいぶん探したんだよぉ……60年も間違えるとはなーあ』
『じーさんが流れを読み間違えたせいだよう』
『ああっ、あたしゃ悪くないぞう!』
『ずーいぶん探したんだよぉ……60年も間違えるとはなーあ』
『じーさんが流れを読み間違えたせいだよう』
『ああっ、あたしゃ悪くないぞう!』
自分で会話を始める妖魔に、ルイズは頭を抱える。まったくもって散々な一日であった……。
朝……。
ルイズはぐっすりと眠っていた。それはもう、朝食の時間に間に合わないほどにぐっすりと眠っていたのであった。だから、目を覚ましたルイズは開口一番慌てふためきながら叫んだ。
ルイズはぐっすりと眠っていた。それはもう、朝食の時間に間に合わないほどにぐっすりと眠っていたのであった。だから、目を覚ましたルイズは開口一番慌てふためきながら叫んだ。
「どど、どうして起こしてくれなかったのよ、とら――!」
寝ぼけ眼をこすりながら叫ぶルイズ。その予想に反して、とらからの返事はなかった。高くなった日が差し込んでくる部屋には静けさが漂っていた。
あれ、とら? どこ? と呟きながらルイズは部屋を見渡した。普段は、とらは夜には散歩に出かけ、朝になるとルイズの部屋に帰ってきてルイズを起こしてくれるのだが……
あれ、とら? どこ? と呟きながらルイズは部屋を見渡した。普段は、とらは夜には散歩に出かけ、朝になるとルイズの部屋に帰ってきてルイズを起こしてくれるのだが……
「とら? とら、どこー? ちょっと……出てきなさいよ、とら! もう!」
次第に不安になってキョロキョロとルイズは周りを見渡す。だが、いくら部屋の中を探してみても、自分の使い魔の姿はどこにもないのだった。
急に焦りはじめたルイズは、ベッドの下に押し込んであった古ぼけた鞘から、デルフリンガーを引っ張り出した。
鞘から抜かれた途端にデルフがまくし立てる。
急に焦りはじめたルイズは、ベッドの下に押し込んであった古ぼけた鞘から、デルフリンガーを引っ張り出した。
鞘から抜かれた途端にデルフがまくし立てる。
「おうおい、娘っ子! 久しぶりに抜いてくれたと思ったら、あいかわらずちっせー胸――」
「黙りなさい」
「はい」
「黙りなさい」
「はい」
ルイズが鬼のような形相になってデルフリンガーを睨むと、インテリジェンスソードはピタリと軽口をやめた。
「デルフ、とらがどこ行ったのか知らない? 昨日の夜から帰っていないみたいなのよ」
「さぁね」
「……正直に言わないと溶かすわよ? あ、コラ?」
「さぁね」
「……正直に言わないと溶かすわよ? あ、コラ?」
ドスの利いたルイズの脅しの言葉に、デルフリンガーは動揺した様子もない。
「ああ、溶かすなら溶かせよ、娘っ子。いっそせいせいするね」
「ど、どうしたのよ、デルフ」
「どうしたもこうしたも……うっ……うぐっ……うう」
「ど、どうしたのよ、デルフ」
「どうしたもこうしたも……うっ……うぐっ……うう」
突然、おいおいとデルフリンガーは泣き出して、ルイズが面食らってしまった。この涙らしき水は一体どこから出ているのだろう?
「娘っ子よ……わ、わかるか? 何百年もずっとずっと相棒を待ち続けて、とうとう見つけたときの俺の気持ちが! うぐっ……
し、しかも、そいつは最強の使い手と来たもんだ! ああ、そうさ。俺は感動したね。こんな錆びた体でも、心が震えたよ」
し、しかも、そいつは最強の使い手と来たもんだ! ああ、そうさ。俺は感動したね。こんな錆びた体でも、心が震えたよ」
う、とルイズは言葉に詰まる。なるほど、とらを引き当てたと言えば、デルフリンガーもルイズと立場は一緒かもしれない。
「それがどうだ。相棒ときたら、俺を使おうともしねぇ! うぐっ……畜生、俺はちゃーんと教えてやったんだ。『お前の心の奮えが俺を強くする』ってな!
そ、そしたら相棒、なんて言ったと思うよ、娘っ子? よう! なんて言ったと思うよ!?」
「し、知らない」
そ、そしたら相棒、なんて言ったと思うよ、娘っ子? よう! なんて言ったと思うよ!?」
「し、知らない」
これまでの不幸を全てぶつけてくるような剣幕のデルフリンガーに、ルイズは思わずたじろぐ。デルフリンガーは自嘲気味に続けた。
「相棒の奴……『獣にゃ心なんざねぇ』だってよ。そうさ、相棒は無敵だ、俺なんていらねぇのさ……さぁ、溶かすなら溶かせよ娘っ子! せいせいすらぁ!」
泣きながら大声で叫んだデルフは、それっきり、がっくりと黙り込んだ。ルイズも黙った。部屋には哀しい沈黙が立ち込めた。
やがて、寂しそうにデルフリンガーは呟いた。
やがて、寂しそうにデルフリンガーは呟いた。
「相棒の行き先はしらね。ここ二三日、鞘から抜かれてもいねえし」
「……そのうち、いいことがあるわ」
「……そのうち、いいことがあるわ」
ルイズはそっと呟くと、優しくデルフリンガーを自分のベッドに下ろしてやった。
(とにかく、とらを探しにいかなきゃ……とらに限って、危険な目にあってたりなんかしないと思うけど……。そうだ、あのメイドに聞いてみよう)
手早くマントを羽織り、ルイズは部屋を出る。静かにドアを閉める時、デルフの押し殺した嗚咽が扉の向こうから聞こえていた……。