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ルイズと無重力巫女さん-97




 それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。
 場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。
 陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。
「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ~?理由は知らないけど」
「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」
 リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。
 袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。
 何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。
 兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。
 とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。

「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」
「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」
「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」
 トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。
 あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。
 最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。
 しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。
 以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。

 その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。
「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」
「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」
 年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。
 それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。
「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」
「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」
 開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。

 卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。
 しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。
 自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。
 両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。
 お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。
 そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。


 自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。
 しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。
 いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。
 ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。
 自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。
 兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。
 得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。

 結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。
 懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。
 持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。
 王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。
 偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。
 本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。

「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。
 貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」

 そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。
 今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。
 それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。
 ……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。


「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」
「分かってるって――…って、お?あれは……――」
 通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。
 何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。
 一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。
「どうしたのよお兄ちゃん?」
「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」
 兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。
 幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。
 その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。
「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」
「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」
「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
 トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。
 妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。
「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」
「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」
 妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。

「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」
「お兄ちゃん!」
「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」
 この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。
 それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。
 「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。
 するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。
 最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。
 ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。
 通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。
 そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。
「よし、やったぜ」
 軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。
 流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。

 そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。
「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」
「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」
 防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。
 小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。
 どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。
 トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。
 この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。
 だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。

「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」
 カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。
 彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。
 そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。
 何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。

「凄い、まさか本当にあっただなんて……」
 喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。
 二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。
 少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。
「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」
「もう、お兄ちゃんったら」
 思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。
 リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。

「あー君たち、ちょっと良いかな?」
「……ッ!」
 背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。
 二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。
 そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。
 青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。
「……あ~、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」
 青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。
 特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。
「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」
「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」
 警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。

「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね?
 それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」

 男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。
 リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。
 彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。
 何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。 
 つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。
 だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。

「ん、あれは君たちの荷物かい?」
「へ?あ、あぁ……そうだよ」
 てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。
 どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。
 よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。
 きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。
 もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。
「そうか、そのカバンは君たちの物なのか~……ふ~ん、そうかぁ~」
 トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。
 更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。

 兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。
 それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。
 表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。
 男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。

「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」
「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」
「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」

 自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。
 リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。
 対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。
 仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。
 丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。
 最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。

――ダグラス・ウィンター

 血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。
「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」
 心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。
 しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。
 限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。
 無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。
 トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか?
 既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。
 ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。
 幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。
 これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。
 今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。

(唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ)
 盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。
 同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。
 ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。
 突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。
 男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。
 筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ
 そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。

 そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。
「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」
「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」
「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」
「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」
 まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。
 そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。
 冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。
 その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。

 妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。
 ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。
「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」
「お兄ちゃん!?」
「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」
 トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。
 無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。
 しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。
 ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。
 ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。
「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」
「え……え?でも、」
「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」
「……ッ!」
 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。
 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。
「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」
 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。
 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。
 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。
 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。
 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。

「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」
「この、野郎ッ!」
 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。
 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。
 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。
 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。
 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。

「このガキめ、大人を舐めるな!」
 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。
 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。





「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」
 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。
 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。
 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。
 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。
 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。
「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」
 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。
 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。

「それって、どういう……」
「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」
「でも……あぅ」
 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。
 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。
 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。
 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。

 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。
 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。
 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。
 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。
 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。
 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。
 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。
(やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?)
 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。


 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。
 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。
 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。
 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「は、離して!」
「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」
 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。
 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。
「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」
「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」
「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」
 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。
 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。
 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。
 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、
 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。
 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。


 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。
 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。
「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」
「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」
「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」
 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。

「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」
 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。
 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。
 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。
 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか?
 まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。
 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。
「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」
「え?そ……それは…………だから」
 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。
 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。
「何?ハッキリ言いなさいな」
「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」
「大金……?――――ッァア!」
 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。
 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。
「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」
「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」
 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。

「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。
 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」

 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。
「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」
「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」
「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」
 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。
「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」
「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」
 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。
 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。

「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」
「え?なんで、どうして……?」
「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」
 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。
 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。
 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。
「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」
「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」
「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。
 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。
 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。
 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」

 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。
 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。
『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』
「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」
『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』
「事情ですって?」
 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。
 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。
 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。

『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。
 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。
 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』

 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。
 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。

『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。
 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。
 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』

 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。
 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。
 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。
「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」
「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」
「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」
 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。
 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。
 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。
 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。
 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。

「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」
『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』
 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。
 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。
 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。
 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。

 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。
 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。
 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。
 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。
 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。
 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。
 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。

「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」
 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。
 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。

「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。
 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」

 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。
「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」
 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。
「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」
「ぎしん……あんき?」
『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』
 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。

「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ
 きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、
 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」

 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。
 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。
 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。
 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。
 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。
 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。

 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。
 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。
 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。
 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか?
 そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。
 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。

「?どうしたのよアンタ」
「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」
 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。
 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。
 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。
 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。
 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。
「……え?あの」
「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」
 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。

「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」
 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。
 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。
「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」
「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」
 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。
 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは話を続けていく。
「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」
「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」

 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。
 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。
 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。
「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」
「え?それ……って」
「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」
 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。
 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。
 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。
 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。
 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。
『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』
「デルフ?どういう事よ」
 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。
『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』
 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。
 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。

「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」
 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。
 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。
 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。
 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。
 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。
 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。
「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」
「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」
 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。
 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。

「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。
 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」

 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。
 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。
「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」
 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。
 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。
 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。
「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」
 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。

「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。
 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。
 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」

 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。
 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。
 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。
 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。
 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。

 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。
 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。
 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。
 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。
 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。
 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。
 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。
 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。
「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」
「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」
 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。
 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。
 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。

 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。
 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。
 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。
 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。
 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。

 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。
 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。
「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」
「え?ちょ……――グェッ!」
 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。
 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。
 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。
 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。
「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」
「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」
「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」
『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』
 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。
 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。
 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。
 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 
 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。
 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。
 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。
 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。


 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。
 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。
「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」
「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」
「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」
 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。
 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。

「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。
 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。
 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」

 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。
 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。
 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。

「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ?
 いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」

 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。
「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」
「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」
 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか?
 そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。
「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」
「忙しい……今それどころじゃない?」
「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」
 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。
 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。

「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。
 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」

 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。
 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。
 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。

 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。
 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。





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