あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

BIOHAZARD CODE:Zero-02


「夢……じゃなかったようだな」

 藁束の中で目覚めたレオンは、辺りを見回し、溜息を吐いた。
 必要最低限の家具しかない殺風景な室内は自分の部屋と似ていなくもないが、そこに置
かれているアンティーク風のタンスやベッドは、明らかに自分の趣味ではない。
 何よりベッドの中では、今もこの部屋の主がすやすやと寝息を立てているではないか。
 部屋の隅に敷かれた藁束。それが使い魔であるレオンの現在の寝床だった。
 申し訳程度に与えられた毛布から這い出ると、女物の下着がその手に触れる。そういえ
ば昨夜、自分の主となった少女に洗濯しておけと渡された気がする。

 使い魔の役割は、主人の目となり耳となる事。そして、主人の望むものを見つける事。
 昨夜そう説明を受けたレオンだったが、本来ならば可能なはずの視覚・聴覚の共有は何
故か二人の間では行う事が出来なかった。
 この世界についての知識を持たないレオンには、主の望むもの――例えば秘薬など――
を見つける事も難しいだろう。
 結局、レオンに与えられた役目は、護衛を除けば掃除、洗濯、その他雑用という、使い
魔というよりは使用人のようなものだった。

 二度目の溜息と共に下着を床に放り投げ、ベッドの中で未だ夢心地の我が主を眺める。
 桃色がかったブロンドの長髪に、磁器のように白くきめ細かい肌。
 ――黙ってさえいれば、可愛いんだがな。
 出来ればこのまま眠っていてもらいたいが、そういうわけにもいかない。レオンは彼女
の使い魔として、与えられた任務を遂行しなければならないのだ。
 毛布をそっと剥ぎ取ると、体を揺すり、驚かさないよう極力優しく声を掛ける。
「朝だぞ、眠り姫。起きろ」
「ふぇ……? ああ、おはよ……って、あんた誰よ!?」
 身を守るように毛布を引き寄せ、寝惚けた声で怒鳴る主の姿を見て、レオンは三度目の
溜息を吐いた。

「泣けるぜ」



 Chapter.2



「確認だけど……あんた、本当に別の世界から来たのよね」
 朝に弱いのか、レオンの手を借りて着替えを終えたルイズは――ルイズに言わせれば、
それも使い魔の仕事らしいが――ふらつきながらも何とか椅子に腰掛けた。
 寝惚け眼を擦りながら、昨日の記憶を一つ一つ辿っていく。
「ああ、ジョン・カーターの気持ちがよく分かったよ」
「誰よそれ……」
「俺の元いた世界の有名人さ。火星の大元帥だ」
 レオンは昨夜見た、夜空に赤と青、二つの月が浮かぶ奇妙な光景を思い出していた。ど
うやらこの世界では月は二つあるものらしい。火星にも衛星は二つ。いつもの軽口のつも
りだったが、意外な一致にうすら寒いものを感じる。
 一方のルイズは聞いた事のない単語を並べられ、頭に『?』マークが浮かんでいる。不
満そうな視線を受け、レオンは苦笑とともに突飛な想像を振り払うと、テーブルの上にPD
Aと二挺の拳銃を並べた。
 それらを除けば、レオンの所持品はジャケットの下に着込んでいた、動きを阻害しない
程度の軽量のボディアーマー、拳銃の予備マガジンが二本ずつ、手榴弾と焼夷手榴弾が各
一個のみである。
「ふーん。本当、不思議なアイテムよね」
 昨夜も全く同じやりとりをしたにも関わらず、ルイズは何が楽しいのか、スノーノイズ
しか映らないPDAを興味深げに弄っている。
 壊すなよ、と注意しようかとも思ったが、電波の届くはずのないこちらの世界では使い
道もないだろう。
「確かに、ハルケギニアにはないものだって事は認めるわ。そっちの銃も」
 仕組みを説明されたところでルイズにはちんぷんかんぷんだったが、ハルケギニアの技
術力で同じ物を作るのは不可能だという事だけはかろうじて理解出来た。
 それは銃についても同様で、ハルケギニアでは未だに火縄銃やマスケット銃といった単
発式の銃が主流なのである。
「こっちも確認するが、元の世界に戻る方法は――」
「ないわ。少なくとも、私は知らない」
 もはや何度目か分からない溜息を吐く。
 本来であれば、サモン・サーヴァントはハルケギニアの生物を呼び出す魔法だ。決して
異世界間を繋ぐ魔法ではなく、何故レオンが呼び出されたのかはルイズにも分からないと
いう事だった。
 また、サモン・サーヴァントは使い魔を一方的に呼び出すだけの呪文で、元に戻す呪文
は存在しない。試しにもう一度使ってみようにも、使い魔が死ななければ再度使用する事
は出来ないという。
 つまりは、お手上げという事だ。

「あ、そうだ。聞き忘れてたけど、あんた元いた世界じゃ何してたの?」
「そいつは難しい質問だな」
 途方に暮れているレオンの事などお構いなしに、期待と不安が入り混じった視線が向け
られる。仕方なく思考を中断し、何と説明すべきか考える。
 大統領直轄のエージェント組織に所属していたと言っても、ルイズに理解出来るはずが
ない。ハルケギニアの国の多くは王制国家であり、そもそも大統領とは何かという講義か
ら始めなければならない。
 かといって、国で一番偉い人間に全ての行動を容認されていたと正直に説明する事も躊
躇われた。そんな肩書はこちらの世界では何の役にも立たない。それならば、わざわざい
らぬ期待を抱かせる事もない。
「警察官だった。こっちの世界では衛兵みたいなものか」
「へえ! 衛兵だったの!」
 ルイズの瞳が輝いた。昨日は農民や商人じゃないだけマシだと自分に言い聞かせたが、
衛兵なら上出来じゃないか。
 しかし、そんなルイズの期待は、次の一言で打ち砕かれる。
「ああ、一日だけな」
「あんた見かけによらず根性ないのね……」
 ルイズはレオンに負けず劣らず大きな溜息を吐いた。
 まさか配属初日に勤務地となる街が消滅したなどという考えに至るはずもない。レオン
だって、今でも長い夢を見ているのではないかと思う事がある。永遠に覚めない悪夢を。
「で、それからは何してたの? まさか無職とか言わないわよね……?」
「それからの仕事は害虫駆除みたいなものかな。デカいゴキブリや蜘蛛に寄生虫。依頼が
あればどこでも駆けつけますってやつだ」
 おどけたような口調でそう説明すると、最後に一言、レオンは僅かに顔をしかめつつ付
け加えた。
「例え数か月ぶりの休暇の真っ最中でもな」
 今度はルイズが顔をしかめる番だった。
 一日で衛兵を辞めて害虫駆除業者に就職なんて、何という転落人生だろう。確かに戦闘
を生業にしてはいるが、まさかその相手が虫だとは。そんな見かけ倒しの駄目男が私の使
い魔なのだ。
 ――か、考え方を変えるのよ。この平民はあの凄い銃のオプション。そう、あの銃が私
の使い魔なのよ。
 必死に言い聞かせている自分が虚しくなり、ルイズは頭を抱えた。

 そんなルイズの思いなど知る由もなく、ある意味ドラゴンよりも危険な害虫との戦闘を
生業としてきた男は、決意を新たにしていた。
 今こうしている間にも、元いた世界ではバイオテロが発生しているかもしれない。B.O.
W.による新たな被害が出ているかもしれないのだ。
 自分は何としても元の世界に戻らなければならない。その為の方法をこの少女が知らな
いのであれば、自分で探せばいいだけだ。
 レオンはこれまで、どのような理不尽な運命にも抗ってきた。そのスタンスは例え異世
界にあっても何ら変わる事はない。



 二人が部屋を出ると、ちょうど隣の部屋から一人の少女が姿を現した。
 トリステイン魔法学院は全寮制だ。ならば、この少女も学院の生徒なのだろう。
「おはよう、ルイズ」
「……おはよう、キュルケ」
 にこやかに挨拶をする級友に、ルイズは明らかに嫌そうに返事をする。
 レオンもこのキュルケと呼ばれた少女には見覚えがあった。確か昨日、自分とルイズを
取り囲んでいた生徒の一人だ。
 炎のような赤い長髪と褐色の肌、胸を強調するように着崩した制服が目立っていた為、
記憶に残っている。
「ご機嫌よう、ミスタ・ケネディ」
 気が付けば、キュルケの視線はレオンへと向けられていた。彼女もレオンの事をよく覚
えていたらしく、人懐こい笑みを浮かべている。
「名前を憶えていてもらえたとは光栄だな。ええと……」
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ」
「……噛みそうな名前だな」
 クスリと笑ったキュルケの体から、不意に力が抜ける。慌てて支えようとしたレオンの
腕は、柔らかな感触に包まれた。
「キュルケと呼んで」
「あ――――っ!!」
 ルイズの絶叫など聞こえないかのように、レオンの腕にしなだれかかったまま、キュル
ケは囁く。
「ああ、逞しい腕……ゼロのルイズなんかの使い魔にしておくには勿体ないですわ。どう
かしら。ルイズの使い魔なんかやめて、私の騎士になってくれませんこと?」
「そうだな。君がカルト教団に誘拐された時は、真っ先に駆けつけるよ」
「まあ、嬉しい! 約束よ!」
 何をわけの分からない事を言っているんだ、こいつらは。ルイズは半ば呆れながら、キ
ュルケの頭とレオンの肩を掴み、二人を引き離した。
「ちょっとー、何するのよヴァリエール」
「黙りなさい、ツェルプストー!! こいつは私の使い魔なのよ! あんたの使い魔はそっ
ちでしょうが!」
 ルイズが指し示す先には、レオンが昨日B.O.W.と間違えた、真っ赤な蜥蜴が鎮座してい
た。その体は虎ほどの大きさがあり、尾の先には燃え盛る炎が灯っている。
「ええ、そうよ。火竜山脈のサラマンダー、フレイムよ。いいでしょー? 好事家に見せ
たら値段なんかつかないほどのブランドものよー?」
 得意気に胸を張るキュルケとその使い魔を見て、ルイズは思わず拳を握り締めた。
 ハルケギニアでは『メイジの実力をはかるには使い魔を見ろ』と言われている。
 ただの平民とサラマンダー。それは魔法の才能のない自分とトライアングルメイジであ
るキュルケとの実力差を、何よりもはっきりと表していた。
「あ、ああそう! それはよかったわね! だったら、ただの平民なんて相手にする必要な
いじゃない!!」
「あら、勘違いしないで、ルイズ。私は使い魔として彼に興味があるわけじゃないの。一
人の男性として、彼を愛しているの。彼が欲しいのよ」
 あまりにもストレートな告白に、ルイズは言葉を失ってしまう。
「それにね、彼は確かにあなたの使い魔かもしれないけど、意思だってあるのよ。彼が誰
を選ぼうと、あなたがとやかく言う事じゃないわ」
「だ、騙されちゃ駄目よ! この女はただ惚れっぽいだけなの!」
「そうね……人よりちょっと恋ッ気は多いのかもしれないわ。でも、仕方ないじゃない。
私の二つ名は『微熱』。松明みたいに燃え上がりやすいんだもの」
 キュルケは寂しそうに首を振った。潤んだ瞳が、上目遣いにレオンを見つめている。
「それでも今、私の中にいるのはあなただけ! 信じて、ミスタ・ケネディ! あなたが颯
爽と現れ、あの怪物を退治した時、私の体は炎のように燃え上がったの!」
 キュルケは恋愛に関しては百戦錬磨だと自負していた。事実、自分に言い寄られて動揺
を見せない男など、これまで一人もいなかった。
 だからこそ、キュルケがレオンの言葉を理解するには、少しばかり時間を要した。
「ああ、俺も体が燃え上がりそうだ。お互い少しそいつから離れた方がいいみたいだな」
 レオンの視線の先、口から炎を迸らせながら不思議そうに首を傾げるフレイムの姿を見
て、キュルケはようやく自分の魅力が通用しない男がこの世に存在する事を知った。
 彼女にすれば渾身の告白を袖にされた形だが、レオンの軽口と、使い魔の大柄な体に似
合わぬコミカルな仕種に、思わず吹き出してしまう。
「ご心配なく。『火』属性の私には涼しいくらいですわ。もしかして、火トカゲを見るの
は初めて?」
「そうだな。10メートルのワニとなら遊んでやった事があるんだが」
「まあ、ステキ! そのお話、詳しく聞かせてくださいません? よろしければ今夜、ベッ
ドの中で……」
 瞬間、凄まじい殺気を感じてレオンは視線を移した。自分の主がその小さな体を小刻み
に震わせながら、無言で二人へと杖を向けている。
「まあ、怖い。ではミスタ・ケネディ、今夜お待ちしていますわ」
 大袈裟に震えてみせると、キュルケは軽やかな足取りで去っていった。角を曲がる際、
レオンにウィンクする事も忘れない。

「……あんた、まさか行くつもりじゃないでしょうね」
 既に誰もいなくなった曲がり角へと視線を向けたまま、ルイズはボソリと呟いた。
「魅力的なお誘いだが、あいにく火遊びは趣味じゃなくてね」
「ならいいけど……」
 肩を竦めるレオンを、ルイズは横目で睨み付ける。
「いいこと。確かにあんたが誰と付き合おうとあんたの勝手だわ。でも、キュルケだけは
駄目なの」
 そもそも、そんなつもりは最初からないんだが……と、レオンに弁明する暇も与えず、
ルイズは続ける。
「そもそもキュルケはトリステインの人間じゃない。隣国ゲルマニアの貴族よ。そして、
ラ・ヴァリエール家とキュルケのフォン・ツェルプストー家の領地は国境挟んで隣同士!
戦争のたびに戦ってきた! 殺しあってきたのよ!!」
 話しているうちに興奮してきたのか、ルイズは堰を切ったように捲し立てる。
 気が付けば、ルイズの先祖がキュルケの先祖に恋人を奪われただの、婚約者を取られた
だのと、戦争と関係ない話にまで発展している。
 二人の脇を笑いながら通り抜けていく子供達の視線が痛い。
「OK、分かった。微熱の二つ名が示す通り、彼女の家は罪作りな家系って事だ」
「そうよ! だからヴァリエール家の物はもうこれ以上、例え小鳥一匹でも取られるわけ
には――」
「二つ名と言えば、ゼロっていうのが君の二つ名なのか?」
 いたたまれなくなったレオンは、何とか話題を変えようとした。その方法はいささか強
引ではあったが、意外にもルイズは言葉を詰まらせる。
「まあ……そんなところよ。今は、ね」
 ルイズは目を伏せたまま踵を返すと、そのまま無言で歩き出した。先程までの熱が嘘の
ようだ。
 ――あまり気に入ってはいないようだな。
 彼女の態度は気になったが、とにもかくにも目的は達したのだ。レオンはその二つ名に
ついて、それ以上言及する事をやめた。
 しかし、その名の由来はすぐに分かる事となる。



 トリステイン魔法学院の学院長室は、五つの塔に囲まれた本塔の最上階にある。
 他の部屋と比べ、一際重厚なつくりの室内。しかし、その中央に横たわる生物は、およ
そその部屋に相応しいとは思えなかった。
 剥き出しの皮膚。だらりと伸びきった長い舌。同じく剥き出しの脳に穿たれた穴から、
この生物が生命活動を停止している事は誰の目にも明らかだ。
 にも関わらず、その死骸が今にも動き出しそうな威圧感を醸し出しているのは、腐敗防
止の為にかけられた固定化の魔法だけが原因ではないだろう。
 学院長秘書のミス・ロングビルは、恐怖と不快感からその理知的な顔を歪めた。

「で……君はこの生物をどうしろというのかね?」
 この部屋の主である学院長オールド・オスマンは、顔の下半分を覆い隠す長く白い髭を
撫でながら、もう一人の闖入者を眺めた。
 招かざる客――奉職20年の中堅教師、コルベールの主張はこうだ。
 このような生物はどの図鑑にも載っていない。即刻王室の研究機関に引き渡すべきだ。
 もっともな意見である。しかし、王室の腰の重さを嫌というほど理解しているこの老人
は、どうにも気が進まずにいた。
 報告をしたところで、「いずれ確認に向かう故、それまで先方で保管されたし」などと
適当にあしらわれ、放置されるのが目に見えているのだ。
 それならば、いっそ『炎蛇』の二つ名を持つ目の前の教師が焼却してくれれば、どれだ
け楽か。
「誰かが大トカゲか何かの皮を剥いだんじゃろう。他愛もないイタズラじゃよ」
「このような巨大な脳を持つトカゲがいるとすれば、間違いなく新種でしょうね」
 ロングビルの冷静な指摘に、オスマンはますます顔をしかめる。どうにも自分は数か月
前に採用したこの秘書に、あまり好意を持たれてはいないようだ。
 もっともそれは、退屈凌ぎに彼女の尻を撫でたり、使い魔のネズミ――モートソグニル
を利用してスカートの中を覗き見たりするオスマンの完全なる自業自得なのだが。
「ではコルベール君、君はズバリ、この生物は何だと考えるね?」
「キメラ……ではないかと」
 表情を強張らせるコルベールを見て、オスマンはわざとらしく溜息を吐いた。予想して
いた通りの回答だった。
 キメラとは数年前にガリア王国の一部貴族がファンガスの森で研究を行っていた、人造
合成獣の総称である。この神をも恐れぬ所業は、研究者自身がキメラによって殺害される
という呆気ない幕切れを迎えた。
 今では生み出されたキメラ達も、あらかた狩り尽くされたと聞いているが……
「確かにのう……未だにそんな馬鹿げた研究を続けておる者がおるなら、放ってはおけん
わのう」
 腕を組んで、瞳を閉じる。いかにも何かを考えているというポーズ。しかし、そう簡単
に妙案が浮かべば苦労はしない。
 それでも数秒の後、オスマンは何とか一つの提案を捻り出す事に成功した。
「おお、そうじゃ。こやつと一緒に呼び出されたというミス・ヴァリエールの使い魔。彼
ならこの生物について、何か知っているのではないかね?」
「そう言われれば、この生物を何とかという名で呼んでいたような……」
「まずは、その使い魔君から話を聞いてみてくれ。どうするかはその後でよかろう」
 何の事はない、ただ問題を先送りにしただけなのだが、コルベールはあっさりとその提
案を受け入れた。
 コルベールがわざわざこの不真面目な学院長の元へと足を運んだ理由は、この生物の処
遇を訪ねる為だけではない。むしろ、もう一つの用件の方が本題であったからだ。
「それともう一点……オールド・オスマンに見て頂きたいものがあるのですが」
「なんじゃ、まだあるのか」
 不満を隠す様子もなく、心底鬱陶しそうな顔と声音でオスマンは答える。
 その態度は手渡された『始祖ブリミルの使い魔たち』と題された歴史書を見ても変わら
ない。それどころか、今更何の役にも立ちそうにない古臭い文献を見せられた事で、その
表情には呆れが加味されている。
 しかし、続いて差し出された一枚のメモを見た瞬間、オスマンの目の色が変わった。
 昨日、コルベールがレオンの左手に浮かび上がったルーンをスケッチしたものである。
「……ミス・ヴァリエールの使い魔に聞かねばならん事が増えるかもしれんな」
 その場の誰にも聞こえない程度の声でそう呟いたオスマンは、厳しい表情でロングビル
に退室を促した。



 ――これでゾンビでも出れば完璧なんだがな。
 散乱する瓦礫を拾い上げ、レオンは苦笑した。
 彼が立っている魔法学院の教室は、惨憺たる有様だった。割れた窓ガラスから吹き抜け
る風が砂塵を舞い上げ、大学の講義室のようなその室内には、粉々に砕けた椅子や机、生
徒達のものであろうノートが散らばっている。
 まるでバイオテロにあった、トールオークスのアイヴィ大学だ。
 あの時と違うのは、真実を知る為に教会まで走り回る必要がない事と、惨劇の首謀者が
逃げも隠れもせず、目の前に立っている事だろう。

 本塔にある『アルヴィーズの食堂』で、スープとパン二切れというあまりに質素な“使
い魔用の”食事を終えたレオンは、学生達が受ける授業への同席を命じられた。
 どうやらこの授業は使い魔のお披露目も兼ねているらしく、教室内はさながら動物園の
ようだった。こんな状態で授業になるのかと心配になったが、予想に反して使い魔達は皆
大人しくしている。
「契約したら使い魔は主人の言う事を聞くようになるのよ。あんたは違うみたいだけど」
 ルイズが不満げに説明してくれる。なるほど、それも魔法の為せる業なのだろう。
 元の世界に戻る為にも、まずは自分を呼び寄せた魔法というものについて知る必要があ
る。そう考えるレオンにとって、一年次の復習を兼ねたこの授業は渡りに船だった。

 紫のローブと帽子という、いかにも魔法使いという服装に身を包んだふくよかな中年の
女性教師、『赤土』のシュヴルーズ曰く、この世界の魔法には火・水・土・風、そして今
は失われし『虚無』の五つの系統が存在する。
 この世界の魔法は、レオンの世界でいう科学技術に相当し、例えば金属の生成や加工、
石を切り出し建物を建てるといった事までが、シュヴルーズの属性でもある『土』系統の
魔法を使えば可能となる。
 メイジのレベルは、魔法の系統を足せる数によって『ドット』『ライン』『トライアン
グル』『スクウェア』とクラス分けされる。シュヴルーズも含め、魔法学院の教師クラス
となると、三系統を足せるトライアングルメイジがほとんどとの事だ。

 基本的な説明を終えたシュヴルーズは、次いで土属性の基本である『錬金』の魔法を披
露し、石を一瞬で真鍮へと変えてみせた。
 世の錬金術師達が永きに渡り追い求めてきた奇跡が、誰でも使える基本中の基本だと知
り――もっとも金の生成となると、スクウェアクラスの力が必要らしいが――レオンは魔
法の持つ力に、内心舌を巻く。
 そして、事件は起きた。
 シュヴルーズは錬金を実演する生徒の代表として、ルイズを指名したのだ。
「ルイズ、やめて」
 キュルケを始めとする生徒達の制止を振り切り、ルイズは教室の前へと歩を進める。
 その表情には緊張の色こそ滲んでいるが、実に堂々たる態度である。レオンには生徒達
の懇願の意図が分からなかった。
「ミス・ヴァリエール、錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」
 優しく微笑むシュヴルーズに頷き返すと、ルイズは机に置かれている石に向けて杖を構
えた。真剣な表情でルーンを唱え、勢いよく杖を振り下ろす。

 瞬間、眩い光と共に目の前の石は――――爆発した。



 ――なるほど。魔法の成功確率が『ゼロ』か。
 子供達の反応を見るに、彼女が魔法を使おうとする度に、あの爆発が起きているのだろ
う。教室を破壊した罰として課せられた後片付けを手伝いながら、レオンはゼロと呼ばれ
た少女へと視線を向けた。
 レオンに背を向けて床を掃くその小さな肩が、心なしか震えているように見える。
「ルイズ」
 肩がビクッと跳ねた。
 思わず声を掛けたものの、レオンも二の句が継げずにいる。魔法の存在しない世界から
来た自分が慰めの言葉を掛けたところで、彼女に届くとは思えなかった。
 やがて気まずい沈黙に耐え兼ねたように、ルイズが口を開いた。
「……これで分かったでしょ。私がゼロって呼ばれてるわけ」
 絞り出したような、か細い声。それでも、一度溢れ出した感情は止まらない。
「笑っちゃうわよね。魔法も使えないくせに、貴族だなんて言って、あんたにも偉そうに
して……これじゃ、平民の方がまだマシだわ」
「おい、俺は別に……」
「あんたも嫌よね。才能も成功確率もゼロのご主人様なんて。いいわ。キュルケの所でも
何処でも行きなさいよ。あの子、トライアングルだもん。ゼロの私と違って、元の世界に
帰る方法だって探してくれるわ」
 これまでの生意気な態度からは想像も出来ない、自嘲めいた物言い。
 爆発が起きた時、子供達は口々にルイズを罵った。彼女は学院に来てから、いや恐らく
それ以前から、ずっと虚勢を張ってこうした状況に耐えてきたのだろう。
 誰からも期待される事も、認められる事もなく、ただ一人耐え続けてきたのだろう。
「ゼロってわけでもないと思うがな」
 ルイズの動きが止まる。レオンからはその表情は窺えない。
「爆発が起きた。俺からすれば立派な魔法だ」
 脳がその言葉を認識するよりも早く、ルイズは体がカッと熱くなるのを感じた。
 馬鹿にされている。メイジだけでなく、使い魔である平民にまで蔑まれている。
 情けない表情を見られないように背を向けていた事も忘れ、ルイズは使い魔を振り返る
と同時に叫んでいた。
「何がっ……何が魔法よ! あんなのただの失敗じゃない!! ……いいえ、その通りね。
私に使える魔法なんて、どうせあの失敗だけよ。ゼロのルイズだものね……!」
 怒りに任せ感情を吐き出すルイズを、レオンは黙って見つめていた。そして、彼女が荒
れた息を整えるだけの時間を空け、おもむろに口を開く。
「なら、もし君の目の前に怪物に襲われ、助けを求める人がいたらどうする? 君はゼロ
だからと見て見ぬふりをするのか?」
 ギリ、とルイズの歯が軋む。この使い魔は何処まで私を馬鹿にすれば気が済むのだ。
 悔しさから、ルイズは再び声を荒げる。
「そんなわけないじゃない! 私は貴族よ! 貴族が敵に後ろを見せるなんて、ありえない
わ!! ……それでもっ!」
 ルイズの瞳からは、間際で堪えていた涙が溢れ出していた。
 使い魔に馬鹿にされた事が悔しいのだろうか。それとも、自分が現実から必死に目を背
けていると気付いてしまった事が悔しいのだろうか。ルイズにもよく分からなかった。
「それでも……あんたに言われなくても、本当は分かってるわよ……ゼロの私に出来る事
なんて何もないって……」
 分かってはいた。分かってはいたが、考えないようにしていた。自分はいずれ魔法が使
えるようになるのだから。それでも、心の何処かではいつも思っていた。自分は一生魔法
なんて使えないのではないかと。
 涙でぼやけた視界に、不意に何かが飛び込んで来た。
 反射的に受け止める。レオンが自分に向かい、先程拾い上げた瓦礫を放ったのだと気付
くには、少しの時間を要した。
 意図が分からず、ルイズはレオンを濡れた瞳で睨み付ける。
「これだけの爆発が起こせるなら、どんな奴でもフッ飛ばせるさ」
 出会った時と同じ様に、青い瞳が真っ直ぐにルイズを見つめていた。



 誰しもが望んだ力を手に入れられるわけではない。
 鳶色の瞳を見つめながら、レオンは一人の少女を思い出していた。
 マヌエラ・ヒダルゴ――エージェントとなったレオンが南米の某国で出会った少女。少
女は不治の風土病の治療の為、t-Veronicaと呼ばれるウィルスを投与されていた。
 ウィルスを適応させるには、多くの人間の命を犠牲にする必要がある。そして適応出来
なければ、理性を持たぬ怪物と化す。
 全てを知ったマヌエラは、人としての死を望んだ。
 それでも彼女は、最終的にはウィルスによって得た力を使い、窮地に陥ったレオン達を
救うという道を選択した。
 ――死ぬべき人間など一人もいない。それに、犠牲となった少女達の為にも、君には生
きる義務がある。
 あの時、レオンはマヌエラにそう告げた。それは、彼女に人として生きて欲しいという
レオンの願いでもあった。
 しかし、あの時パートナーとして背中を預け、そしてあの任務により道を違えた男――
後に自分とレオンを『コインの表と裏』と称した男は、こう思ったはずなのだ。
 ――お前は残酷だ、レオン。彼女には誇りを与えるべきだ。新たな生命体としての。
 レオンは今でもそれが正しいとは思わない。人としての死を望んだマヌエラは、人とし
て生きるべきだ。しかし、あの男の考えが全て誤りだと言い切る事が出来るだろうか。
 人間であろうとする彼女の心も、彼女がレオン達を救う為に使った力も、彼女以外の誰
にも否定する事など出来やしないのだ。
 ――本当に、俺達はコインの表と裏だな、クラウザー。二つを足して、ようやく正しい
答えに行き着くなんて。
 だから、自分はあの時、本当はこう告げるべきだったのだ。

「その力は君が望んだものではないだろう。それでも、それは確かに君の力だ。誰かを救
う事が出来る力だ。それをゼロにするかどうかは、君が決めればいい」



 唖然とした。
 小さい頃から駄目だ駄目だと言われ続けてきた。ヴァリエール家の面汚しだと陰口を叩
かれていたのも知っている。父も母も、もはや自分には何の期待していない。
 そんなルイズにとって、爆発はただの失敗の証でしかなかった。
 何も言えず、ただただ立ち尽くすルイズの視線の先に、レオンは左手を翳す。サモン・
サーヴァントの成功の証であるルーンは、光の加減のせいか、僅かに輝いて見えた。
「それに、俺を呼び出してこいつを刻んだのは君だろ。勝手に呼び出されて、勝手に暇を
出されちゃ、たまったもんじゃない」
 微笑みを向けられ、ルイズは慌てて視線を逸らした。
「……な、何も知らないくせに、適当な事言わないでよ」
 ルイズに同情や慰めをくれる者も中にはいた。次姉が本心から自分を心配してくれてい
る事も知っている。
 それでも、今のルイズに出来る事があるなどと言う者は一人もいなかった。
 ――本当に……
 言いたい事だけ言って、いつの間にか片付けを再開している使い魔の姿を、横目でチラ
リと見やる。
 ――本当に、私にも出来る事があるのかな。
 それが分かれば、こんな自分の事でも、少しは好きになる事が出来るのだろうか。



 ――なんて……何、使い魔の言葉なんかに感化されてんのよ、私。
 決闘だ、と喚き立てるクラスメイト――ギーシュ・ド・グラモンを眺めながら、ルイズ
は数時間前の自分を激しく後悔した。

 ようやく片付けを終えたルイズは、遅めの昼食をとるために一人食堂を訪れていた。
 レオンは学院内を見て回りたいと席を外している。先程取り乱した姿を見せてしまった
為に、ルイズを気遣い一人にしてくれたのかもしれない。
 後でコックに言って、彼の分の昼食を取っておいてもらおう。少なくとも、朝食よりは
マシなものを。
「君の軽率な行動のおかげで二人のレディの名誉が傷ついた! どう責任を取るつもりだ
ね!?」
 食堂に似つかわしくない怒声が響き渡り、ルイズは不快そうに顔を上げた。
 その声の主には見覚えがある。金色の巻き髪。フリルのついた小洒落たシャツ。ルイズ
の級友でもある、ギーシュだ。
 それなりに整った容姿と軍の元帥の息子という肩書から、彼を慕う女子は少なくない。
しかし、そのキザで見栄っ張りで移り気な性格の為に、彼を避けている女子もまた少なく
はなく、ルイズも後者だった。
 ギーシュの前では黒髪の給仕――確かシエスタという名だった気がする――が何度も頭
を下げている。彼女が何かヘマでもしたのだろう。そう珍しい光景でもない。
 ルイズとしては厄介事に関わるつもりはさらさらないのだが、興奮したギーシュがあま
りにも大声で喋るので、事の顛末が嫌でも耳に入ってしまう。
 発端は彼が落とした小瓶をシエスタが拾った事だった。
 ギーシュは知らぬふりをしたが、彼と一緒にいた友人が、その小瓶の中身を同じくルイ
ズの級友であるモンモランシーの香水だと気付いてしまった。
 ちょうどその場に現在ギーシュが必死にモーションをかけている一年生のケティという
少女とモンモランシーがいたのが運の尽き。哀れ二股がバレたギーシュは二人の女性に愛
想をつかされ、先程の発言へと繋がったようだ。
 ――何よ、それ。無茶苦茶じゃない。
 ルイズは呆れてしまった。
 それでも、普段のルイズであれば無視をして食事を続けていたかもしれない。しかし、
その時、ルイズの頭の中には使い魔の言葉が甦っていた。
 こんな自分にも出来る事がある。
 だからこそ、ルイズはつい立ち上がり、余計な口出しをしてしまったのだ。

「あ、あの……?」
 突然現れ、無言のままつかつかと二人の間に割って入ったルイズに、シエスタは怯えた
瞳を向けた。
 椅子に腰掛けたままのギーシュも、この少女の目的が分からず、ただ呆然とルイズを見
上げるしかない。
「……? いったい何だと言うのだね、ゼロのルイ――」
「馬っ鹿じゃないの? そんなの、完全にあんたの自業自得じゃない。貴族が八つ当たり
してんじゃないわよ、みっともない」
 時が止まった。遅れて周りにいた彼の友人達からドッと笑いが起こる。
「ゼロのルイズの言う通りだ! お前が悪い!」
「ルイズが『ゼロ』なら、お前は『二股』のギーシュだな!」
 ピシリ、とギーシュは自分の体にひびの入る音が聞こえた気がした。よりにもよって、
ゼロと呼ばれる落ち零れに笑いものにされるなんて、彼には耐え難い屈辱だった。
 それでも、この時のギーシュはまだ、かろうじて冷静さを保っていた。
「は、はは……君は何か勘違いをしているようだな。だいたい君は一部始終を見ていたわ
けではないだろう。それなのに口を挟むなんて貴族として……」
「あんた、声がでかすぎるのよ。あんたの二股はもう、ここにいる全員に知られてるわ」
 慌てて周囲を見回す。様子を見守っていた者達が、自分の首の動きに合わせて視線を逸
らせていくのが分かった。生徒だけでなく給仕の平民の中にさえ、口元に手を当て、笑い
を堪えている者がいる。
 怒りと羞恥からギーシュの顔は真っ赤に染まっていた。
「き、き、君は言いがかりをつけるだけでは飽き足らず……我がグラモン家の名まで汚そ
うというわけか……!」
「はあ? だから、それもこれも全部あんたが――」
 ガタンと椅子を倒し、ギーシュは立ち上がった。驚いて一歩下がったルイズの鼻先に、
手にしていた薔薇の造花を突きつける。
「け、け、け……決闘だ――!!」



「け、決闘って、あんた本気で言ってるわけ? だいたい貴族同士の決闘は……」
「ああ、禁止されている。しかし、君は僕を侮辱したのだ。これで君が詫びを入れないと
言うならば、僕の名誉を回復するには、もはや決闘しかあるまい」
 ルイズは後悔していた。
 しかし、だからといって詫びを入れるつもりなど毛頭ないし、こうなった以上、シエス
タを見捨てて立ち去るなどという選択肢が彼女の中に存在するはずもない。
 ――決闘? 上等じゃない!
 ルイズはマントの下の自分の杖へと手を伸ばす。
 先程使い魔にも言われたばかりじゃないか。自分の爆発の力は戦闘に使える。ギーシュ
はメイジのランクとしては最下級のドットメイジ。勝てない相手ではないはずだ。
 ――でも……本当に爆発が起こせるの?
 しかし、ルイズの手は杖に触れる寸前で止まってしまう。
 彼女は気付く。自分が決闘は疎か、魔法を使った戦闘らしい戦闘をした事がない事に。
そもそも、ルイズは自らの意志で爆発を起こした事など一度もないのだ。
 もし爆発を起こそうとして、何も起きなければ――その時こそ、自分は本当のゼロにな
ってしまう。
 心に灯った火が萎んでいくのを感じる。
 10年以上もの間、浴びせ続けられた否定の言葉は、少女から自分を信じる力さえ奪い去
っていた。

 無言のまま俯いてしまったルイズを見て、ギーシュは内心でほくそ笑んだ。
 ギーシュだって、禁止されている決闘を行うような馬鹿な真似をするつもりはない。し
かし、自分に恥をかかせたこの少女をただで帰すわけにもいかない。
 ――相手はあのゼロのルイズだ。ここまで脅せば、きっと謝ってくるに違いない。それ
を快く許してやり、度量の広さを見せつける。ああ、何と完璧な作戦なのだろう。
 周囲の者がギーシュの度量をどう評価するかはともかく、全ては彼の目論見通りに進ん
でいた。そのはずだった。

「――なるほど、貴族同士の決闘は禁止か。勉強になるよ」

 不意に、ルイズの背後から聞き覚えのある声が響いた。彼女にはその声が、とても懐か
しいもののように聞こえた。
 ギーシュの余裕に満ちた表情が、忌々しいものを見たかのように歪んでいく。
「こっちに来てまだ日が浅いものでね。ついでに教えてくれないか? 貴族と平民が決闘
した場合はどうなるのか」
 ルイズが振り向いた先には、不敵な笑みを浮かべる使い魔の姿があった。




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